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【09】巨頭襲来


 流れの早い黒雲が木立に切り取られた頭上を埋め尽くしていた。

 木々のざわめき。その中に混ざって、微かに聞こえてくる不愉快な音。


 ぶぶ……ぶぶぶ……。


 黒い点が煙のように舞っている。


 ぶぶぶ……ぶぶぶぶ……。


 それは、巨頭地蔵の祠の周囲だった。

 明らかな異臭の中、おびただしい数の蝿が飛び交っている。

「あああ……勝江……」

 師崎康史は祠の前で、その意味するところを悟り絶望にうちひしがれる。

 南京錠で閉ざされた両開きの扉の隙間から、丸々と肥った蝿が顔を出し、頭部をクルクルと回した。

 じきに羽根を震わせて飛び立ち、仲間たちの群れへと加わる。

「師崎のぉ……覚悟はいいか?」

 実松茂親が南京錠に手を伸ばす。神社で管理しているはずの祠の鍵を差し込んで捻った。南京錠を外す。

 すると、その瞬間だった。

 扉が勝手に開き、大量の羽音と共に何かが飛び出してきた。

「うわぁッ!!」

 師崎は驚きのあまり飛び退いた。視界を覆う蝿の群れを手で追い払う。鼻に突き刺さるような異臭。それは、吐き気をもよおすほど芳醇(ほうじゅん)な死の臭いであった。あまりの濃厚さにむせ返る師崎。

 そして、その祠の前の地面に転がった黒い塊を見て、彼は甲高い絶叫をあげた。

 それは、背中を丸めて膝を抱えた格好の屍であった。すっかりと腐乱していたが、その服装から師崎勝江である事はすぐに知れた。

「勝江……勝江ぇ……うっうう」

 地面にへたり込み嗚咽(おえつ)する康史。

 もう間違いはない。

 ここ最近、一つ屋根の下で暮らしていたのは、長年連れそった妻ではない何か(・・)であったという事を……。

 堪えようのない恐怖と嫌悪感。そして、激しい怒り。

 師崎は背筋を震わせて(むせ)び泣く。

 すると、実松が勝江の腐乱死体を硝子玉のような瞳で見おろしたまま、ぽつり、ぽつり……と、言葉を吐き出す。

「やはり、去年、余所者が祠を開けたからこんな事に……」

「あぁ……」

 康史は顔をあげて実松を見あげる。

「師崎のぉ……全部、余所者らよ。余所者のせいなんが……」

「よそ……もの……」

「また、悪い余所者が、神社でなんかしようとしてる……」

「神社……おめさんとこのか?」

 康史の問いに実松は頷く。

「ああ。いって追い払わねぇと。余所者を。鴉みたいに……」

「鴉みたいにか……」

 康史がふらふらと立ちあがる。

 その姿を見て実松は深々と頷く。

「そうだ。悪い鴉みたいにな」

「鴉か」

 康史は虚ろな眼差しで、祠の前から歩き出す。

 そして、元きた道を引き返し始めた――。




 ホームセンターを出たあと、桜井梨沙と茅野循は適当な農道の道端で猫じゃらしを採集した。

 それから清戸町内にある米屋『田辺米店』に立ち寄る。

 店主に棧俵を譲って欲しいと頼んだのだが、基本的に棧俵はディスプレイ用の米俵の注文があってから製作するとの事だった。

 仕方がないので、自分で編む事にした茅野は、棧俵編機(さんだわらあみき)を貸してもらえるように頼み込む。

 棧俵編機とは中央から杭が突き出た円形の板で、単なる作業台である。そこまで高価なものではない。

 運良く古くて使っていないものが倉庫にあったらしく、それをどうにか借りる事が出来た。

 店主に礼を言って『田辺米店』をあとにした。因みに棧俵が欲しい理由を聞かれたので、茅野は適当に“学校の授業で使う”と答えた。

 ともあれ、二人はすべての準備を整えて大己貴神社へと向かう。

 くだんの神社は住宅街の一角にあり、左右と前方には路地が横たわっていた。裏手には宮司の実松の家がある。

 敷地を囲む玉垣の内側には杉の樹が並んでおり。外から境内の様子は見えにくい。

 そして、鳥居を潜り抜けて右手には、遊具や砂場、ゲートボール場などあった。人気(ひとけ)はまったくない。

 作業をするにはうってつけである。

 車を鳥居の近くの沿道に停め、二人はトランクから道具や材料を運び出す。

 ゲートボール場の(すみ)にブルーシートを広げて、そこで作業を行う事にしたが、その前にまずは桜井の作ってきたハンバーグ弁当を食べる事にした。




「……あら。良いわね。クリームチーズがインしている」

 ビニールシートの上に置いたスマホに目線を落としながら、ハンバーグを頬張る茅野。

 彼女は食べながら棧俵作りの動画を見て、編み方を頭に叩き込んでいた。

 そんな相棒の姿を眺めながら、桜井はくまさん水筒のキャップにミントティーをそそぎ入れた。

「何とかなりそう?」

「もちろん。一見すると編み方は複雑そうだけれど、結局は単純作業の繰り返しだわ」

「流石だね。循は」

 と、言って桜井は、ミントティーをぐびりと飲んだ。

 すると、そこで動きを止めて大きく目を見開く。

「循……」

「何かしら?」

 茅野は目線をあげた。

 それは神社の敷地の周囲を取り囲んだ玉垣の向こう側だった。

 沢山の頭の大きな人々が、ずらりと並んで境内の中の二人をじっと()めつけていた。

 老若男女、様々な服装の巨頭たち……。

 顔つきは一様に無表情であったが、その視線から感じるのは、ひりつくような敵意であった。

「キモ……」

 桜井があっさりと吐き捨てる。

 茅野は勝ち誇ったような笑みを浮かべて言う。

「やっぱり、神社の中には入れないみたいね」

「あたしたちを怖がらせたいのかな?」

「そうなんじゃないかしら?」

 茅野が呆れ顔で肩をすくめた。

 すると、唐突に神社の周囲を取り囲んだ巨頭たちが、ゆらゆらと頭を前後左右に振り始めた。無表情のまま、一心不乱に……。

 かなり狂気染みた光景である。

 しかし、桜井と茅野は例の如く、その巨頭の群れにスマホとデジタル一眼カメラを向けた。

「……やっぱり、映らないね」

「まあ鏡に映らない時点でお察しではあったけれど」

 残念そうな二人。

 巨頭たちは、なおも頭を振り乱し続ける。

「うーん。あたしたちを怖がらせたいなら、それこそ矢でも鉄砲でも持ってこないと。頭なんか振ってる場合じゃないよ」

「それは、私もそう思うわ」

 二人は頭を振り乱す巨頭たちを無視して、食事に集中し始める。

 巨頭たちは、ずっと頭を振り続けていた。



 師崎康史は巨頭地蔵の祠から自宅へ帰ると、自室にあった鍵つきの長細いケースを開けた。

 そこに入っていたのは、一挺のエアライフルと、その弾丸であった。

 エバニクス社のレインストーム。

 狩猟で使われる実銃で、当然ながら殺傷能力を持ち合わせている。 

 康史は、そのエアライフルを手に取り、手動ポンプで空気を入れ始めた。

「余所者を追い払わねば……悪い鴉のように……」

 そう言って、彼は暗い洞穴のような双眸(そうぼう)を虚空にさ迷わせながら笑った。

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― 新着の感想 ―
[一言] ライブ会場(神社)でヘドバンする巨頭ズ
[良い点] >「うーん。あたしたちを怖がらせたいなら、それこそ矢でも鉄砲でも持ってこないと。頭なんか振ってる場合じゃないよ」 フラグ回収しそうな感じだけど 桜井さん自身 「そろそろ銃持ったやつを相手に…
[一言] 余所者のせいは間違ってないんだよなあ…… 梨沙さんならきっと弾丸を手掴みしてくれる。 そんな信頼がここにある。
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