【09】it
桜井と茅野はスマホを西嶋に渡し、ツーショット写真を撮影してもらう。その画像を九尾に送ったあと、西嶋に“少し話し合いがしたい”と断り、車中へと戻った。
すると、すぐに九尾から電話の着信があった。
スピーカーフォンにしたスマホをダッシュボードの上に置く桜井。
「もしもし、センセ、どうだった?」
九尾は開口一番、血の気の失せたような声で二人に問うた。
『どうもこうも、こんな凄いのどこで拾ってきたのよ……』
「という事は、私たちの後ろに何かいるのかしら?」
と、茅野。
『ええ。取り憑かれてるのは、梨沙ちゃんの方ね』
「やたっ!」
「ちっ……」
ガッツポーズをする桜井と舌打ちをする茅野。対照的な反応を見せる二人だった。
「……で、その凄いのというのは、いったい何なのかしら? 今日、探索した死人の森と関係があるのかしら?」
『ん? よく聞こえなかったけど』
「だから、その凄いのというのは、いったい何なのかしら? 死人の森と関係があるのかしら?」
『……はい? 今なんて?』
そう聞き返す九尾の声は震えていた。
「だから、その凄いのというのは、いったい何なのかしら?」
『いや、そのあと。何て言ったのかしら?』
そこで桜井が声をあげる。
「あたしたち、今日、死人の森へいったんだ。それが何か関係あるの?」
『あああ……』
絶句した様子の九尾。怪訝そうに首を傾げる桜井と茅野。
『……あなたたち、あそこに行ったのね……』
「で、どうなの?」
『どうもこうも……』
と、九尾がすべてを諦めた様子で嘆息し、
『……何となく事情は察したわ』
「それで、今のところ、特に何ともないけれど、あたしに取り憑いているのは危険なやつなの?」
『危険ではないわ……たぶん』
九尾は桜井の質問にそう答えてから語り始めた。
あの死人野森と呼ばれた一帯は、昔から不可思議な事ばかりが起こる呪われた土地だったのだという。
名前の由来は、そのものずばりで“死人の魂がさ迷う森”という意味らしい。
そう呼ばれるにいたった由来については、九尾にもよく解らないのだそうだ。
『それで、いつしか、森の中心部にあった廃寺に恐ろしい人喰い鬼が住み着き始めたの。記録が残っている訳ではないけど、近隣の村や近くの山道などでかなりの被害が出たらしいわ』
「それはエキサイティングだね」
「梨沙さんに憑いているのは、その人喰い鬼なのかしら?」
『いいえ。違う』
「じゃあ、何なのかしら?」
茅野がルームミラーに目線をやりながら問うた。そこに映り込んだ後部座席には何もない。少なくとも、彼女の目にはそう見えた。
『その人喰い鬼を退治しようと、ある陰陽師が名乗りをあげたのよ。それが明治の終わり頃の話よ』
「明治の終わりって、どれぐらい昔?」という質問に茅野が「百年以上前ね」と答える。
『……で、その陰陽師の使役していた強力な式神が、今、梨沙ちゃんの後ろにいる凄いやつよ』
九尾によれば、その式神は主人である陰陽師が命を落としたあとも、ずっと人食い鬼と戦い続けていたのだという。
何年も、何十年も……。
「仇討ちか……よほど、主人である陰陽師の事を慕っていたんだね」
感心した様子の桜井であったが、またもや九尾は即座に否定する。
『いいえ。仇討ちというより、コントロールを失った無人兵器というニュアンスの方が近いかも』
「ああ……そういうやつね」
と、桜井は得心した様子で頷く。
『兎も角、そんな訳で、あの死人の森に近づくと、その両者の戦いに巻き込まれて、割りと洒落にならないレベルの霊的な被害を受けてしまうはずなんだけど……』
その九尾の言葉を耳にした桜井と茅野は首を傾げる。
「何ともなかったよ。普通の森だったし」
「ええ。そもそもなぜ、その式神は梨沙さんに取り憑いたりしたのかしら?」
『それは、たぶんだけど、もう戦いは終わっていたのよ』
「ああ……」
「成る程」
桜井と茅野は顔を見合わせる。
『恐らく式神はずいぶん前に人喰い鬼を滅ぼしていた。そして、あなたたちは、あっちの世界に関わりを持ちすぎている。式神はその臭いを感じとったのでしょうね。だから、あなたたちについていく事にした。あなたたちについていけば、新たな敵に巡り会えると信じて……』
「成る程。要するに、この式神も梨沙さんと同じ戦闘狂って事なのね?」
『ええ。まあ、そうね。恐らく片っ端から、そこら辺にいる霊とか……そういったこの世ならざるモノを祓い続けるだけの存在になってしまっているわ』
「じゃあ、この式神がいる限り、せっかくの心霊が台無しって事なの?」
『心霊にせっかくも何もないっていう突っ込みはさておき、そうなるわね。その式神がいる限り、大抵の霊は梨沙ちゃんに近づく事すらできないわ。こんな強力な式神はちょっと見たことないもの』
「それ、困るでしょ……」
と、青い顔をする桜井。
茅野も渋い表情だった。
「九尾先生、この悪霊、祓えないかしら?」
『……悪霊て』
九尾は呆れた様子で声をあげる。
『凄い強い守護霊だと思えば害はないわよ。むしろ、得しかないわ』
「いやいや、損しかないじゃん、こんなの」
『こんなのて……わたしは羨ましいけど』
だんだん、式神が可哀想になってくる九尾であった。
『そもそも、陰陽道にはそこまで詳しくないから、私にもこんな凄いのどうしたらよいのか解らないわ。力ずくではがすのは、ちょっと無理そうだし』
「そんなあ……」
桜井は悲しげに眉をハの字にする。
そして、追い討ちをかけるような九尾の得意気な声が響く。
『まあ、これを切っ掛けに、心霊スポット探索なんかやめて、普通の女子高生らしくなりなさい』
しょんぼりとする桜井とは対照的に、茅野はあくまでも冷静な調子を崩さずに言う。
「だいたい、事情は飲み込めたわ。ありがとう、九尾先生。また何かあったら連絡するわ」
『ちょっ……』
茅野は九尾の言葉を最後まで待たずに、ダッシュボードの上のスマホに手を伸ばし、通話を終えた。
「とりあえず、梨沙さん、この式神についてはあとで考えましょう。それよりも……」
そう言って、茅野はSAの軒先で待つ西嶋の方を見て言った。
「まずは、彼女の方よ」
「そだね」
と、桜井も気持ちを切り替えた。