【09】土蔵探索
二〇二〇年五月十九日、御堂寿康の部屋にて――。
桜井と茅野は“かんおけ”と書かれたクッキー缶の中に入っていた切り抜きを畳の上に並べ直す。
全部で八十八人分。
そして、並べる過程で学校行事のスナップ写真を切り抜いたものをいくつか発見する。
そのジャージに刺繍された学校名を検索し、トシヤンソンの母校である事を確認した。更に彼が虐めの加害者であったらしいという情報も手に入れる。
「……この虐め騒動のあとに、あのトシヤンソンは、学校にこなくなったとあるわ。元同級生の情報らしいけれど……」
茅野がスマホに指を這わせながら言った。
「確か、前の動画では、自分が虐めの被害者だったって言っていたらしいけど。嘘なのかな?」
その桜井の疑問に、茅野は首を横に振る。
「解らないわね。これだけの情報では、予断は許されないけれど……でも」
「あのトシヤンソンだからねえ……」
と、桜井は苦笑しながら肩をすくめた。そこで茅野が指を止め、眉間にしわを寄せてスマホ画面を凝視する。
「どったの?」
「トシヤンソンのクラスメイトが一人、行方不明になっているみたいね。最後に目撃されたのは二〇〇九年の二月十四日だって。彼女が目撃されたのは、この七沼地区が最後らしいわ」
「それ、トシヤンソンがやったの?」
端的な問いに、茅野は肩をすくめる。
「さあ。彼を疑っている人もいるみたいだけど、具体的な根拠はないみたいね。恐らく、過去の彼の所業や例の動画なんかから“あいつならやっていてもおかしくはない”という意味合いだと思うけれど……でも」
「あのトシヤンソンだからねえ」
桜井は再び渋い表情でその言葉を繰り返した。
「流石にこれに関しては、ちょっと穿ち過ぎだと思うわ。このクラスメイトが行方不明になった当時、トシヤンソンは十四歳な訳でしょう? もしも、彼がクラスメイトの失踪に関与していたとしても、大した事ができるとは思えない。どんな形であれ一人を消すって、容易な事ではないもの」
「だね。あのトシヤンソンだからって、何でもかんでも疑いの目で見ちゃいけないよね」
「……でも、彼なら何らかの形で関与していても、さして驚きがないというところが何とも言えないのだけれど」
「あんな動画を撮ってヘラヘラしているぐらいだしねえ」
桜井は嘆息する。そして、何か思いついた様子で言う。
「もしかして、野添さんたちが土蔵で見た幽霊って……」
「まだ予断は禁物よ。梨沙さん」
「そだね。でも、あのトシヤンソンだし」
「そこが、何とも言えないところなのよね……」
「取り合えず、そろそろ土蔵へいく?」
その桜井の問いかけに、茅野は頷く。
「そうね。だいたい、本題はあのトシヤンソンじゃなくて、逆さまの幽霊の方よ」
「糞ちゅーばーにロマンなし」
こうして二人は、並べた切り抜きを箱の中へと片付けると母屋をあとにした。
桜井と茅野は土蔵の入り口の前に佇む。
「さて、いよいよ、本丸に攻め込む訳だけど……」
そう言って桜井はスマホで、ぱしゃりと撮影する。
土蔵の外観は青い瓦屋根のオーソドックスな作りだった。
鬼瓦から両端へと傾斜する破風。
二階の観音扉。
水切り蛇腹と石造りの腰巻の帯。
そして庇の奥の蔵戸前の分厚い二枚扉は開け放たれている。
蔵の左側には生簀があり、暗緑色に淀んだ水に満たされている。その手前には幹と枝の太い赤松が生えていた。
土蔵の裏手には敷地の縁を横切る金網のフェンスがあり、その向こうには三メートル幅の川が流れている。生簀とフェンスの間には排水用らしきバルブがあった。
とりあえず桜井と茅野は土蔵の入り口前に立つ。
すると開かれた二枚扉の奥にも、もう一枚の扉が見えた。
「普通は、この両開きの扉の奥には、裏白戸という防火用の引き戸があるのだけれど、この扉がその代わりのようね……」
茅野はその一枚扉に手を突いて押す。すると扉が内側に開く。多少、引っ掛かりはあったが蝶番の動きはかなり滑らかであった。
二人は土蔵の中に入る。
中には様々な農機具、肥料や農薬などの袋や缶などが残っていた。
左右の壁には窓があった。
右の窓はしっかりと観音扉で閉ざされていたが、左の窓は空いていた。どうやら観音扉が外れているらしい。
内側から板が打ちつけられているが、その板も割れており、外から陽の光が射し込んでいた。
奥の壁に斜め右へ向かって傾ぐ階段が見える。
「野添さんたちは、中に入って、恐らくこの内側の扉を閉めた……」
茅野が扉を閉める。
すると、蔵の中が一気に真っ暗になった。光源は左側の窓から漏れる光のみである。
「ひんやりしてるねえ」
「これだと、窓を閉めたら、ほぼ光は入ってこないでしょうね」
桜井と茅野は各々スマホとカメラを構えて、幽霊が出現したという右側の壁際の方を向くが……。
「何も出ないか……」
桜井がしょんぼりと眉尻をさげた。
茅野はデジタル一眼カメラのライトで天井をくまなく照らしあげる。
特に変わったところはない。
「いったい、野添さんがここで見たモノは何だったのかしら……?」
茅野は蔵の中を見渡しながら考え込む。
「取り合えず、二階も見てみましょう」
「らじゃー」
二人は階段をあがる。
二階も一階と似たようなものだった。
埃を被った雑多な物が無造作に収納されている。
窓は前後左右の壁に一つずつあったが、前方のもの以外閉ざされている。ゆえに相当薄暗い。
「うーん。何か年代物っぽい箱もいくつかあるみたいだけど……何か呪いのアイテム系かな? 先祖伝来の祟り的な……」
桜井の言葉に、茅野は二階を見渡しながら答える。
「取り合えず、不審なものがあったら写真を撮って、その画像を片っ端から九尾先生に送りつけてみましょう」
「いいねえ」
こうして、二人は土蔵の中の物を漁り始めた。