【00】ゴニンメサマ
丑骨小学校の七不思議のひとつに“ゴニンメサマ”という話がある。
ある儀式を行うと、何でも願いを叶えてくれるゴニンメサマという存在が現れるのだという。
その儀式の舞台となるのは小学校の二階となる。
東西に横たわる中央校舎。
中央校舎の両翼から北に向かって延びた東校舎と西校舎。
その東校舎と西校舎の北端を二階建ての渡り廊下が繋いでいる。
この三つの校舎と渡り廊下が形作る四角形。
その二階の南西、南東、北東、北西の角に一人ずつが待機する。
そして、時計の針が午前四時四十四になったと同時に南西の一人目が南東へと向かう。
そこで背を向けて待機している二人目の肩を叩く。
そうして、今度は南東の二人目が北東の角に向かい同じ事をする。次に北東の三人目も北西に向かい四人目の肩を叩く。
最後に北西の四人目が南西の角に向かう訳だが、このとき南西の角には本来ならば誰もいないはずである。
しかし、なぜかそこには儀式に参加した四人のうちの誰でもない、五人目が背を向けて立っているのだという。
この五人目が異次元からやってきた“ゴニンメサマ”という事らしい。
このゴニンメサマの肩を四人目が叩き願い事を口にする。
そうしてゴニンメサマが異次元に帰れば、儀式は成功となり願い事は叶う。
しかし、その代償として四人目を担当した者は右眼の視力を失ってしまうのだという。
ここで注意すべき点は五つ。
一つ。四人目以外は儀式が終わるまで絶対に壁の方を向き、自分のやってきた方向に背を向けていなければならない。
二つ。儀式が終わるまで全員、四人目の発する願い事以外の言葉を口にしてはならない。
三つ。二つ以上の願い事を叶えようとしてはならない。
四つ。死者を蘇らせようとしてはならない。
五つ。生者を殺そうとしてはならない。
これらの禁を破った者は、ゴニンメサマによって異次元へと連れていかれてしまうのだという。
それは三年前の事だ。
中学二年生の倉本百子は懐中電灯で腕時計の文字盤を照らしたまま、じっとその時を待っていた。
そこは薄暗い丑骨小学校の校舎二階の南西の角だった。
左側には階段の入り口があり、背中の壁には大きな姿見があった。
この姿見からゴニンメサマは現れるのだという。
「ゆうちゃん……」
倉本が大好きな彼女の名を呟き、左手首に巻いたバンダナの結び目をきつくした。
それと共に腕時計の針が四時四十四分の位置にやってくる。
ピピッ……ピピッ……というアラームの音と共に一人目の倉本は静かに歩き出す。南東の角へ向かって。
やがて、アラームが鳴り止み、自らの息遣いと足音が耳をつく。
そのまま南東の角に辿り着くと二人目の榎田が右手に懐中電灯をぶらさげて背中を向けていた。
倉本はごくりと唾を飲み込み、緊張で渇いた喉を湿らせる。榎田の肩をポンポンと叩いた。
すると、榎田は何も言わず九十度身体の向きを変えると、北東を目指して歩き出す。
倉本は横目の端で榎田が遠ざかって行くのを見送りながら、そのままじっと暗闇の中で佇む。
それから、数分間が過ぎ去り倉本の背後――南西の角から微かに物音と人の気配を感じた。
四人目の“ゆうちゃん”が南西の角に着いたのだ。
彼女はこの儀式をやるにあたって、率先して危険な四人目をかって出てくれた。
当初は倉本自身が四人目をやるつもりだった。
しかし、彼女は自らの事情で他人に代償を支払わせる訳にはいかないと、頑なに譲らなかった。
そういう、優しいところも大好きだった。
儀式はもうすぐ終わる。
後は彼女が終了の合図を発するまで、じっと待つだけだ。
そうすれば、また“ゆうちゃん”と一緒にいられる。
倉本はほくそ笑む。
……ところが終了の合図はいつまで経っても聞こえてこない。
倉本は心の中で呼びかける。
……ゆうちゃん。まだ?
終了の合図は四人目の彼女が発する事になっていた。
しかし、その声はいっこうに聞こえてこない。
懐中電灯を握る掌から汗が吹き出る。
彼女は大丈夫だろうか。何かの手違いでもあったのではないだろうか。
もしも手違いがあれば、その手違いを犯した者はゴニンメサマによって異次元へと連れて行かれてしまう。
連れて行かれた者は、いかなる手段を用いても、現世に戻れなくなる。
……もしかして、ゆうちゃんが――
倉本の不安が臨海点に達する。
もう限界だった。
「ゆうちゃん!」
倉本は弾かれたように後ろを振り向いてしまった。
懐中電灯を廊下の先の南西の角に向ける。
すると――
「ひっ……」
倉本の口から掠れた悲鳴が漏れた。
懐中電灯の明かりの中に一瞬だけ、何かの影が過った。
それはすぐに懐中電灯の光の外に消え失せる。
倉本は駆け出す。
「ゆうちゃん! ゆうちゃん!」
その叫びを聞いたらしい榎田の声が聞こえた。
「あっ、倉本、まだ声を出しちゃ駄目だよ!」
しかし、倉本は駆ける。南西の角に向かって。
そして、南西の角には……。
「ゆうちゃん……?」
……誰もいない。
この日以降、倉本は彼女の姿を見ていない。