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【02】404


『……娘が失踪して、ちょうど、一年になります』


 それは二〇二〇年四月二十六日の十三時過ぎだった。

 リモート越しに陰気な声音でぽつぽつと語るのは、やつれた五十代の主婦であった。

 彼女の名前は清田澄子(きよたすみこ)

 その彼女の話に熱心に耳を傾けるのは、九尾天全である。

 本日は『Hexenladen(ヘクセンラーデン)』二階のリビングにて、ノートパソコンと向き合いながらリモート心霊相談を行っていた。

『当然、警察にも届けましたし興信所にも足を運びましたが……』

 画面の向こうの清田が、がくり……と、疲れた様子で項垂(うなだ)れて目頭を抑える。

 彼女の娘である清田冬美の失踪が発覚したのは、二〇一九年四月三十日の事であった。

 当時、大学二年生であった冬美の同級生が、彼女と連絡がつかない事を不審に思い、高円寺にある下宿先のアパートを訪ねた。

 因みに同級生が最後に冬美とやりとりしたのは二十五日の二十時頃。

 メッセージアプリを使っての何気ない雑談が最後だった。

 ともあれ、清田冬美の部屋の鍵は開いており、もぬけの殻だった。

 室内には貴重品やスマホ、衣類などが残されており、冬美が家出をする動機も見当たらない。

 ただ事ではないと感じた同級生は、ただちに110番へと通報する。

 その後、警察によって彼女は何らかの事件に巻き込まれた可能性があると判断された。

 ニュースや新聞でも短く報じられ、聞き込みを中心とした積極的な捜索も行われたが、現在にいたるまで芳しい成果はあがっていない。

「……何度も同じ質問を受けたでしょうが、娘さんが失踪する原因に心当たりは?」

 九尾の質問に清田は首を横に振る。

『ありません。学校やバイト先でも、上手くやっていたようです』

 彼女は自分でも何かの手がかりがないかと、娘の遺品やメールの履歴、SNSなどをつぶさに調べたそうだが成果はあがらなかったらしい。

『お願いです、先生。娘を……娘を……うっうう……』

 両手で顔を覆い嗚咽を漏らす清田。

 九尾は溜め息を一つ吐いて宣言する。

「解りました。お任せください。……では、娘さんの捜索にあたっていくつか(たず)ねたい事があるのですが――」




 失踪した清田冬美が当時住んでいたアパートの住所や彼女の生年月日、そして彼女の顔写真を送ってもらい、リモートでの面談を終える。

 それから清田冬美の行方をタロットカードやダウジングで突き止めようとしたのだが……。

「はあ……駄目だ」

 九尾は溜め息を吐いて、天井を見あげる。

 骨董家具が並ぶリビング中央の応接。

 その胡桃(ウォルナット)の座卓の上には、高円寺近辺の地図とプリントアウトした清田冬美の顔写真、ライダー版のタロットカードと煙水晶の振り子(ペンデュラム)が無造作に置かれていた。

 九尾はミネラルウォーターのペットボトルを手に取ってキャップを捻り、独り言ちる。

「これは、厄介ね……」

 この案件が怪異からみである事と、彼女のだいたいの場所はすぐに解った。

 東京都心からそれほど離れていないところに清田冬美はいる。

 しかし(・・・)そこまでだった(・・・・・・・)

 何か(・・)に邪魔されて、それ以上は視えなかった。

 清田冬美は、その何かに未だに囚われ続けている。

 とてつもなく狂暴で得体の知れない何かに……。

「兎も角、もう少し情報が欲しいわね」

 九尾天全は警察庁の穂村一樹に、事の次第をメッセージにしたためて協力を要請した。




 穂村から折り返しの連絡があったのは、三十分後の事だった。

 座卓の上に置かれたスマホから彼の声が響く。

『あー、清田冬美失踪の捜査資料を取り寄せた。あとで君のパソコンに送っておく』

「ありがとね」

 穂村の声を聞く限りで少し喉の調子が悪そうだった。相変わらず忙しく喫煙量が増えているのかもしれない。

 普段はあまり気を使わないが、九尾は流石に申し訳ない気分になる。

『それで、こちらでも、ざっと、資料に目を通してみたが……』

「本当に仕事が早いわね」

 なぜ、こんな有能な人間が心霊案件を担当する胡散臭い部署に回されているのだろうか。それとも、有能だから今の仕事を任されているのか。

 九尾には、ときおりよく解らなくなる事があった。

 以前に本人が酒で口を滑らせたところによると、今のままだと絶望的なまでに出世は望めないらしいのだが……。

『……ああ。とりあえず、気になった点は、清田冬美の同級生が部屋に入ったとき、パソコンの電源がついたままだったそうだ。画面は“404(・・・)”でフリーズしていたらしい』

「404……」

 その言葉を鸚鵡(おうむ)返しにする九尾。

 404とはエラーコードの一種で、つまるところ“お探しのページは見つかりませんでした”という意味になる。

「彼女が開こうとしていたURLは?」

『そこまでは、資料には書いてなかったな』

「そう」と、そっけなく返事をする九尾。このときはまだ、それが重要な謎解きのピースである事に気がつけていなかった。

 ともあれ、清田冬美の失踪前の状況が知れたのはかなり大きいと、気をよくする。

 そうした情報の有無は、ダウジングやタロットなどを使った霊視の精度を大きく左右するからである。

 捜査資料を読み込んだのち、もう一度、彼女の行方を視れば違う結果が得られるかもしれない。

『とりあえず、夕方にはちょっと時間が空く。こっちでも、もう少し調べてみる』

「ごめんなさい。本当に」

『構わん。貸し一つだ』

 そう言って、穂村は通話を終えた。

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