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【04】ナナツメサマ


 近藤は語る。

 彼女が小学五年生の春先、籠目村で暮らす祖母の家で、網戸越しに目撃した男の事を……。

「ワタシは、ばあちゃん子でねえ……」

 近藤は山沿いの籠目村に住む、実の祖母の家によく泊まりがけで遊びにいっていたのだという。

 当時の彼女は引っ込み思案で友だちもおらず、まだ姉の瞳ともそれほど仲はよくなかったらしい。

 そのためにどこにも自分の居場所がないと感じていたのだという。そんな寂しさを癒してくれたのが、祖母のタミであった。

「ばあちゃんは、山であった不思議な話や不気味な出来事を話してくれてね。ワタシが驚いたり怖がったりするのを見るのが大好きだったんだ。とても、優しい人だったけどねえ」

 懐かしそうに目を細める近藤に、茅野は尋ねる。

「もしかすると、あのおはぎの作り方も貴女の祖母から教えてもらったりしたのかしら?」

「そうだよ。よく解ったね」

 桜井と茅野は、彼女の風変わりな人格を形成した原点がどこにあるのかを何となく理解した。

 近藤は更に話を続ける。

「兎も角、あれは、絶対に何かに憑かれていたんだよお……」

「単に頭のおかしい変質者という可能性は?」

 茅野の問いに近藤は首を横に振り、

「あの眼球の動きは明らかに異常だったよ。あれは呪われていたのさあ……」

 興が乗ってきたのか、いっひっひ……と、不気味に高笑う。

 そんな彼女に茅野は問うた。

「その取り憑かれた人は、けっきょくどうなったのかしら?」

 近藤は「さてね」と肩をすくめて笑う。

「しばらく、窓越しにワタシとおばあちゃんの事をじっと(のぞ)いていたけど、どこかへフラフラと歩いていったよ。きっと生者の精気を吸おうと、夜明けまで村中をさ迷い歩いていたんだろうね……」 

 明け方になるとナナツメサマは、あの世へと帰るらしい。そのとき、取り憑かれた者も連れていかれてしまうのだとか。

 ゆえに、村の人々はナナツメサマに取り憑かれた者が現れると、家の中に隠れてやり過ごすのが習わしなのだという。

「中々の強敵みたいだね」

 桜井は闘志を燃やし、虚空に向かってワンツーを放った。

 その様子を見て近藤は目を細めて微笑む。

「でも、ナナツメサマにも苦手なものがあるらしいよ」

 茅野が興味深げに身を乗り出す。

「苦手なもの?」

 近藤はたっぷりもったいつけてから、首を横に振る。

「それが、けっきょく聞けずじまいでね」

 何でもナナツメサマを目撃した翌朝、タミは「次に遊びに来たとき、ナナツメサマの弱点を教えてあげる」と言って笑ったそうな。

 それから数日後、畑仕事の最中に帰らぬ人となったらしい。死因は脳卒中だった。

「ばあちゃんはね、いつもそうだった。私の気を引くために『次に来たときは何々してあげる』ってのが、口癖だったんだ……そうしないと、私がもう遊びに来なくなると思っていたみたいでね。そんな事は心配しなくてもいいのに」

 近藤は哀しげに微笑んだ。

 その籠目村は二〇一六年頃に住む者がいなくなり、今は廃村となっているのだという。

 そこで桜井が腕組みをしながら難しい顔で言う。

「でも、何で家の中だと安全なんだろうね……」

「さあ」と(かぶり)を振る近藤。

 すると茅野が声をあげる。

「家にいれば安全といえば、吸血鬼もそうね」

「吸血鬼……? ドラキュラ?」

「そうよ。ヴァンパイアの事よ。ヴァンパイアは、家人に招かれないとその家に入る事ができないのよ」

「ふうん……でも、何で吸血鬼は招かれなければ家に入れないの?」

「キリスト教では“悪魔は歓迎されていない場所に行く事はできない”とされているんだけど、この故事が起源らしいわね。それから、吸血鬼は伝染病のメタファーであるとも言われている。その事が関係しているというわ」

「伝染病? どゆこと?」

 桜井が首を傾げた。茅野は右手の人差し指を立てる。

「コロナウィルスもそうだけれど接触や飛沫で感染する伝染病は、当然ながら感染者に近づかなければうつる事はないでしょう?」

「いひひひ……吸血鬼もそうだねえ。噛みつかれた者も吸血鬼になってしまう。つまり吸血鬼(・・・・・・)という怪異は(・・・・・・)感染する(・・・・)

 近藤の言葉に茅野は頷く。

「つまり家に閉じ籠っている限りは、感染者を招き(・・・・・・)入れなければ(・・・・・・)、病原体も家の中に入ってこれない。さっきのキリスト教の故事と疫病の特性が混ざり合い、そういった吸血鬼に関する伝承が生まれた」

「なるほど……じゃあ、今回は、にんにくと十字架でも持ってく?」と、桜井。

 茅野は苦笑しながら首を横に振る。

「まだ何とも言えないわ。“招かれないと家の中に入れない”という特性は、何も吸血鬼だけのものではないもの」

「少なくとも、十字架は効きそうにはなかったねえ」

 そう言って、近藤は笑った。


 ……このあと、二人はご飯を食べ終わり、籠目村や八女洞の場所を教えてもらう。そして部屋にある檜風呂(ひのきぶろ)を堪能する事にした。

 近藤は食べ終わった食器を持って部屋をあとにする。

 因みに彼女の許婚がやってくるのは日が暮れてからとの事だった。色々と出迎えるための準備はあるらしいが、少なくとも昼過ぎまで時間が空いているのだとか。

 そういった訳で、午前中は近藤と過ごし、それから探索に向かう事にした二人であった。


 ……それから入浴後。

 桜井と茅野は浴衣に着替えて寝室に並んだベッドの上に身を横たえる。

 淡いナイトスタンドの明かりの中、茅野は思案顔でスマホに指をはわせる。

「やっぱり、検索しても出てこないわね。ナナツメサマと八女洞」

「ネットの知名度がないって、逆に凄いよね。今どき」

 近藤の話によるとナナツメサマの伝承は、蛇場見でもごく限られた山沿いの地域で語りつがれていたのだという。

 しかし、時代の流れと共に山沿いの村落から人々は離れ、更に籠目村が廃村となってからは、その伝承を知る者はほとんどいなくなってしまったらしい。

「つまり、今回は隠れ家的な心霊スポットという訳だね」

 隣のベッドから聞こえてきたその言葉に、茅野はクスリと微笑む。

「でも、現時点では眼球の動きがヤバい男に家の中を(のぞ)かれたというだけの話でしかないわ」

「もう少し情報が欲しいねえ」

「そうね。まずは籠目村を探索して、夕暮れ時になったら八女洞に行ってみましょう」

「りょうかーい」

 桜井はそう答えて大きな欠伸(あくび)をした。

「それじゃあ、そろそろ寝ましょうか」

「うん。そだね。流石に疲れたよ……」

 茅野がナイトスタンドの明かりを消す。

「おやすみなさい」

「おやすみー」

 室内は静寂と暗闇に包まれた。

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