【10】決別
源は大きく目を見開きながら絶句している。
滝川は周囲を見渡してから、もう一度、源の顔を見すえて言い放つ。
「団結!? 仲間!? 冗談じゃない! もう私に関わらないで!!」
その瞬間、体育館の暗がりから嘆きの声が響き渡る。
悲痛な三年A組の叫び……。
空気が震える。
それを打ち消すかのように、滝川は天井を見あげて叫んだ。
「五月蝿い!」
鳴動していた暗闇が静まり返る。
すると源は血走った目を大きく見開いたまま、唇の右端をピクピクと動かしながら言う。
「いい加減にしろよ、滝川……俺たちは仲間だ。三年A組なんだっ! おい滝川……お前のそういうところだぞ?」
源が滝川へと一歩にじり寄る。
「もういいじゃないか。笑って許してやろう。……もう二十年以上も昔の話だぞ? 笑って仲直りだ」
滝川は思った。
確かに、もうどうでもいい。
彼らへの嫌悪は十年前のあの日、同窓会案内の葉書を初めて見たときよりはずっと薄れている。
もしも彼らが死んでいなかったら、トーク番組でヘラヘラと笑いながら当時の事を話せる程度にはどうでもよくなっていた。
もう滝川も三十七歳になる。
柿倉を離れて手にした数々のものは、過去の苦い記憶を埋め尽くしてしまうほどの輝きにあふれていた。
しかし、だからといって、三年A組の面々と仲よく酒を飲みながら語り合う……そんな事ができる訳がない。
なぜなら滝川は何も持ち合わせていないからだ。
彼らとの思い出も暖めるべき旧交も、何もない……。
勝手に縁にされる煩わしさがあるだけだった。
「滝川、お前はもうよい大人なんだ。いつまでも中学生の頃の事を根に持つんじゃあない。輝かしい青春の思い出じゃないか」
源が両手を広げて、醜悪な笑みを浮かべた。
そんな彼に向かって滝川は喉の奥から言葉を絞り出す。
「何年も前の事にこだわっているのは、あんたらの方でしょ」
「は?」
源が首を傾げた。
その瞬間、滝川さくらは床を蹴った。右肩で源の胸に体当たりをかます。
源が尻餅をつく。そのまま滝川は体育館の出口へと向かう。
「何をするんだっ! 滝川ッ!」
背中越しに源の叫び声が聞こえた。
体育館の外に出て振り返る。
すると怒号が轟く。
「おい、滝川ァ!!」
源はゆらゆらと立ちあがり、ジャンパーのポケットからスタンガンを取り出す。恐ろしい形相で滝川に向かって走り出す。
滝川はそのまま校門を目指して駆ける。すると、そこに人影があった。
十代の少女が二人。滝川は大声で叫ぶ。
「助けて! お願い、警察を呼んで!」
手首を拘束されている為に上手く走れない。
「待てぇ、滝川ァ!! 俺たちと団結しろッ!! 友情を育めッ!!」
背後から源が迫る。
前方にいた小柄な少女が、滝川に向かって走り出す。
「こっちこなくていいから、警察! 警察を早く!」
しかし、小柄な少女は止まらない。
後ろに控えた背の高い少女も、不敵に微笑みながら事態を見守るのみだ。
……この子ら今の状況を理解しているのか。
……それとも映画か何かの撮影だと勘違いしているのか。
滝川は混乱する。
そうこうするうちに、小柄な少女がすぐ目の前までやってくる。
「早く警察ゥ! お願が……お、ええっ!?」
小柄な少女は何事もなかったように滝川とすれ違い、迫りくる源の前に立ちはだかった。
「何だッ!! 貴様ァ!!」
源が少女の顔面目かけて右手のスタンガンを突き出した。
同時に小柄な少女は首を傾ける。
青白い火花を散らしたスタンガンが、彼女の左耳の横を通過した。
同時に少女は、その伸びきった右腕を抱え込むように取りながら、くるりと身を翻す。
「うりゃあー!」
若干、間延びした声をあげながら、源の身体を引っこ抜くように投げる。
見事な一本背負いであった。
砂利敷きの地面に強か背中を打ちつけて顔をしかめる源。
滝川は流れるような一連の動作を、ただ眺める事しかできなかった。
そこで、すぐ滝川の背後から声がした。
「ちょっと、動かないで」
びくっ、と身体を震わせる。
ミリタリーコートの背の高い少女だ。
それからものの数秒で手首の手錠が外れたので、滝川は目を白黒させた。
背の高い少女は、その外した手錠を放り投げる。
源を組伏せようとしていた小柄な少女が、左手を伸ばして手錠をキャッチする。
「はーい、動かないでー」
そのまま彼の上半身を無理やりひっくり返し、両手を後ろ手にして手錠で拘束する。
そこでようやく、背の高い少女が滝川の顔をまじまじと見つめ……。
「あら、この人、女優のSAKURAさんよ」
「あ、本当だ。すごーい」
小柄な少女が無邪気な調子で応じる。
そして源を押さえつけたまま興奮した調子で言う。
「この前のドラマの“頭のおかしいベビーシッター役”最高でした」
「私は“呪われて狂死する霊感アイドル役”がとてもよかったと思うわ」
「あ……ああ、そうなんだ……あ、ありがとう」
滝川は半笑いで応じる。
けっこう正当派ヒロインもやっているはずなのだが……というか、世間一般としては、そっちのイメージが強いはずなのだが、なぜよりによって、その二つの役なのか……と、首を傾げた。
そこで、はっとして、自分が今置かれている状況を思い出す。
「そっ、そんな事よりも、早く警察を……」
二人の少女は顔を見合わせ、渋い表情になった。
「警察はちょっと……」
「そうだよねえ……」
「何そのリアクション」
またもや滝川の脳裏に疑問符が飛び交う。
「あの……貴女たちは、いったい何者なの!?」
すると、二人は顔を見合わせて得意気な笑みを浮かべる。
そして、これが漫画なら『バーン』という効果音がつきそうな勢いで、背の高い少女が言い放つ。
「藤女子オカ研副部長、茅野循!」
そして小柄な少女がこれでもかという、どや顔で胸を張る。
「同じく部長、桜井梨沙!」
「オカ……研……え? ええ!?」
滝川は唖然とするしかなかった。




