【02】思い出のクラス
群馬で教職を営んでいた源邦一の自宅に、田仲麗佳からの電話があったのは、二〇一〇年一月某日であった。
それは柿倉東中学の一九九八年度卒業生による、初めての同窓会の開催を案内する葉書が届いて間もなくの事。
田仲が言うには、自分のせいで滝川は同窓会にこないかもしれないのだという。
事情を聞いてみると田仲と滝川は、二年生の頃に恋愛関係で揉めていたらしい。
当時、田仲はクラス委員の藤盛に好意を持っていたが、その藤盛に滝川がちょっかいをかけたのだそうだ。
しかも、滝川は田仲の気持ちを知っていたのだという。
これには田仲のみならず、クラスの女子全員が滝川に対して反感を覚えた。これが原因で、当時のクラスの雰囲気は、かなり剣呑なものだったらしい。
一応、騒動は藤盛と田仲が二年生のクリスマスに付き合う事となり無事に終息したというが、正式な和解はしていないとの事だった。
源にとっては初耳で多少は驚いたが、思春期によくありがちな話だと、内心で微笑ましく思いながら田仲の声に耳を傾ける。
『……だから、滝川さんは、気まずくて同窓会にこないんじゃないかと……私としては、もちろん、もう過去の事ですし、滝川さんへの遺恨はないんですが』
「向こうだって今更気にしてないよ」
源は笑う。
卒業後、華々しい活躍をする滝川さくら。
いちいち、そんな昔の小さな事などをウジウジと気にかけるようには思えない……そう言い聞かせても田仲は、がんとして納得しようとしなかった。
『私、ずいぶんと滝川さんに酷い事を言ったし……』
田仲が言うには、今や郷土のスターとなった滝川にクラスメイト全員が会える事を楽しみにしているのだという。
『私のせいで滝川さんが来ないなんて事になったら、みんなガッカリするだろうなって……申し訳なくって』
「田仲は、あの頃と変わらず優しいね」
源は受話器を耳に当てたまま目を細める。そして、こう続けた。
「でも、どうしようもないだろう? 向こうは多忙な芸能人だ。おいそれと会う訳にもいかない。ならば、彼女を信じて待つしかないんじゃないか?」
『まあ……そうなんですけど』
「大丈夫だよ。滝川はきっときてくれる。彼女だって、私たち三年A組の大切な仲間なのだから」
『はい……』
渋々といった様子で納得する田仲。
そのあと、他愛もない話をして、源は受話器を置いた。
彼にとっても滝川は自慢の教え子だった。
彼女の出演する映画やドラマが公開される度に“あれは俺の教え子だ”と周りに言いふらしていた。
いずれ彼女がトーク番組に呼ばれ、自分の事を恩師として紹介してくれるかもしれないと、密かに期待したりもしていた。
滝川と話すのは中学卒業以来の事で、源も同窓会が待ち遠しくて仕方がなかった。
しかし、彼の期待に反して、滝川は同窓会を欠席した。
やはり、都会で華々しい成功をおさめ、柿倉で過ごした日々など忘れてしまったのかと、源は悲しくなった。
教師である源邦一にとって、柿倉東中学の一九九八年度の卒業生は思い出深い生徒たちであった。
廃校になる寸前の最後の生徒たち。
クラスが一つしかないせいか、非常に団結力があって、生徒たちの仲はよかった。誰もが助け合い、慈しみ合い、尊重し合う。クラスメイトというよりも家族のような……それが源の記憶の中にある三年A組であった。
そんな中でも浮いた存在だったのが滝川さくらだった。
彼女は他の生徒と違い柿倉出身ではない。中学に入学したのと同時に県北より、この地にやってきた。
何でも両親が事故で他界し、柿倉に住む遠縁の親戚の元に身を寄せる事になったのだという。
そんな滝川の印象は、源の中では“変わり者”であった。
だから、後に彼女が芸能人になったと知ったときは妙に納得したものだった。
やはり、我々とは少し違う人間なのだと……。
兎に角、中学時代の滝川はどこか周囲を客観的に見ているようなところがあり、人の輪に入りたがろうとしなかった。
いつもつまらなそうな顔をしており、欠席も多かった。
源から見た滝川は周囲を見くだして、下に見ているような……そんな態度を取っているように思えた。
彼女について源が今でも忘れられない印象的なエピソードといえば、三年生の春先。ある日の授業中の事だった。
窓際の席の滝川が、唐突に悲鳴をあげたのだ。
注目を集めたくてふざけただけなのだろうと源は考えて滝川を叱責した。
彼女には、そうした目立ちたがり屋の部分が少なからずあったからだ。
すると滝川は嫌々といった様子で、こんな事を言い始めた。
“今、グラウンドの方を見ていたら、変な杖を持った人が立っていて、ふっと消えた”
もちろん、源はおろかクラスメイトは誰も彼女の言う事を信じなかった。
しかし、その日からだった。
他の教員や生徒たちの中にも、変な杖を持った不審者を見たという者が現れ始めた。




