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ゆるコワ! ~無敵の女子高生二人がただひたすら心霊スポットに凸しまくる!~  作者: 谷尾銀
【File21】人喰い忌田

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【01】失われた怪談


 二〇二〇年二月九日だった。

 桜井梨沙と茅野循の二人は、県央にある柿倉町(かきくらまち)を訪れていた。

 心霊スポット探訪である。

 時刻は昼過ぎで、朝から降っていた雪は既に止んでおり、路面は消雪パイプの吐き出す水により、びしゃびしゃだった。

 ようやく冬らしい気候となってきたが、本格的な寒さからは程遠い。

「このまま、雪が積もって冬本番に突入かな?」

 と、白い息を吐き出しながら言ったのは桜井梨沙である。

 因みに雪国で暮らす者たちにとって、ほんの数日で融けるような数センチ程度の積雪など“積もった”うちに入らない。

 ともあれ、桜井の言葉に、隣を歩く茅野循がスマホを見ながら答える。

「週間予報だと、週の中頃は気温があがるらしいから積もらないでしょうね」

「今年は何もかもが異常だねえ……何かコロナも増えてきたっぽいし」

「そうね。このままいけば、おいそれと外出できなくなるでしょうね」

「それなら、今のうちにスポットへと行き貯め(・・・・)しておかないとだね」

「当然ね。梨沙さんが退屈で死んでしまうわ」

「心配してくれて嬉しいよ」

 ……などと、九尾天全が聞いたら、頭が痛くなるような会話を続ける二人。

 そんな彼女らの周囲には、この地方特有の風景が広がっていた。

 (まば)らに建ち並ぶ古い瓦屋根の家々。その合間から(のぞ)ける田園風景は真っ白に染めあげられ、至るところに落ち穂を食む白鳥の姿が見受けられた。

 更に遠くに(のぞ)めるのは、海沿いと内陸を隔てる青々とした山脈である。

「それにしても、今回のスポットだけど……田んぼなの?」

 桜井の質問に、待ってましたとばかりに語り始める茅野。

「そうよ。耕すとその家に不幸が起こる、人死(ひとじ)にが出る、気狂いがでる……そういった云われのある田んぼを“病田(やみだ)”もしくは“忌田(いみだ)”というの」 

「ふうん」

 と、桜井がぼんやりとした眼差しで、沿道の庭先から突き出た柿の枝を見あげながら相づちを打った。

 今回の二人の目当ては人喰い忌田と呼ばれる田んぼである。

 この柿倉一帯の昔話で語り継がれる忌田であるらしいのだが、話中に登場する地蔵や底無し沼となった田んぼが未だに残されているのだという。

 そして、田んぼといえば桜井は、やはりあの一件を思い出したらしい。

「あのカカショニみたいな感じなのかな?」

「まあ、同じ田んぼの怪異である事は間違いないわね」

「けっこう、田んぼってヤバい場所なんだね。その辺にたくさんあるけどさあ」

「そうね」

「でも、今はそんなに聞かないよね。『あの田んぼがヤバい』みたいな話。だいたい、スポットといったら事故物件でしょ?」

「それは、農耕が昔より、人々の生活から遠ざかったからではないかしら? 庶民の暮らしの中心は農村部から町中へ……それと同時に、そうした“ヤバい田んぼ”の話も忘れさられていった」

「時代の流れと共にスポットのスタイルも変わりゆくんだねえ……」

「まあ、そんなところね」

 そこで茅野は再びスマホの画面に目線を落とし、地図を確認した。

 すると、桜井が田園の方を見ながら首を傾げる。

「ところで、だんだんと田んぼの方から離れてるみたいだけど、今はどこへ向かってるの?」

「そういえば説明がまだだったわね。まず、この辺りの歴史に詳しい郷土史家のお宅にお邪魔して、例の田んぼについて話を聞きたいと思うわ」

「おおっ。今回はのっけから本格的だねえ」

 目を輝かせ、ぱらぱらと拍手を打つ桜井。

「その郷土史家の人と、どこで知り合ったの?」

「つい最近、偶然にSNSでね。なかなか、面白い方で意気投合しちゃって。それで今回の『人喰い忌田』の話を教えてもらったのよ」

「へえ。その人はどんな人なの?」

 その質問に茅野は首を傾げながら答える。

「直接は会った事がないからどういう人なのかは解らないけど、県内の大学で教鞭(きょうべん)を振るっていた事もあるそうよ。今は引退して文筆に励んでいるらしいけれど。あの郷土史研究会だった牧田香織さんとも面識があるらしいわ」

 そこで桜井は両腕を組合せ、難しい顔で唸り出す。

 茅野が「どうしたのかしら?」と(いぶか)しげに問うと、桜井は鹿爪らしい顔で答える。

「ほら。最近、SNSで未成年の女子を釣って、善からぬ事を企んでるエロい変態が多いじゃん?」

 茅野は笑い飛ばす。

「大丈夫よ。いくらなんでも女子高生を忌田の話で釣ろうとする変態なんかいないわ」

「でも、あたしたちには効果抜群だよ」

「まあ、それは否定はしないけど……もしも、そういう輩だったとしたら、それはそれで楽しいわ(・・・・)

 と、茅野は悪魔のように微笑む。

 桜井も獰猛な笑みを浮かべて「それも、そうだね」と言いながら、両肩をぐるぐると回しだした。




 そんな二人の期待を裏切り、郷土史家の九段昌隆(くだんまさたか)は、人のよさそうな好好爺(こうこうや)であった。

 大きな倉のある立派な一軒家の呼び鈴を押すと、白髭を顎に蓄えた彼が顔を出して、二人を快く迎え入れてくれた。大きな和室の居間へと通される。

 因みに茅野は例の如くオカルト研究会ではなく、郷土史研究会と身分を詐称していた。

 ともあれ、九段氏の妻である八千代(やちよ)が温かいお茶と栗羊羮(くりようかん)を運んでくる。そのまま、しばし他愛もない話に興じた。

 九段は、桜井と茅野のような若者が地域の歴史を学ぼうとしている事を喜ばしく思っているらしく、終始笑顔であった。

 今回、二人を招いた理由は若い世代の勉学の助けになりたいという思いからなのだという。

 しかし八千代によれば、単に孫と中々話す機会がないので寂しいだけなのだとか。

 そんな九段夫妻に対して、二人は若干の罪悪感を覚えつつも、にこやかに受け答えをする。

 それから、八千代が中断していた家事を再開する為に席を立つと、九段の方から本題を切り出してきた。

「“人喰い忌田”の話だったねえ」

 その田んぼは一瞬にして底無し沼となり、田植えの作業中であった人々を飲み込んだのだという。

 以降その田んぼは埋めても埋まらず、そのまま放置される事となったのだといわれている。

「実は人喰い忌田にまつわる話には裏があってねえ……」

 そう言って、九段は傍らにあった古びた巻物を座卓の上に広げた。

 桜井と茅野は、その巻物に目線を落とす。

 すると、そこには、みすぼらしい姿の男が描かれていた。

 襤褸布(ぼろきれ)をまとい、尖端に硬貨らしきものを糸で吊るした奇妙な杖を携えている。

「これは、いったい……」

 茅野が視線をあげて問うと、九段は得意気に語り始めた。

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