【14】証拠集め
「よいしょ……っと」
桜井はうつ伏せに倒れた武嶋の背中から降りて、立ちあがる。
それを見ながら茅野が薄手の布手袋で覆われた両手をぱらぱらと叩き合わせた。
「見事な裸絞めだったわ」
この日、二人は昼頃からパチンコ『ユニバース』の駐車場で、武嶋の部屋へ侵入する機会を窺う為、張り込みをする予定だった。
裏手のフェンスの向こう側にある用水路と田園を一つ挟んだところに『コーポアイリス』の駐車場がある。
近くのファーストフード店を拠点に、一時間交代で武嶋の動向を監視するつもりだった。
そうして張り込みを始めようとしたところ、『ユニバース』の駐車場に止めてある武嶋の車を発見する。
これは好機と、二人は『コーポアイリス』の『一〇五号室』へと侵入を果たした。
しかし、室内の探索をやり始めて間もなく、早々に引きあげてきた彼と鉢合わせてしまったという訳だった。
「とりあえず、せっかくリスクを犯してきたんだから、何か収穫は欲しいわね」
倒れた武嶋のズボンや上着のポケットを漁り始めた。
スマホを手に取る。画面を覗き込みながら、ほくそ笑む茅野。
「あら。指紋認証のロックなんて、不用心だこと」
倒れたままの武嶋の右手の人差し指でロックをあっさり解除する。
指を這わせ、しばらく画面を凝視し、顔を不愉快そうにしかめる。
「完全にアウトね。こいつ……」
そう言って、桜井にスマホの画面を見せる。そこには福島みどりの無惨な姿が写し出されていた。
すると、桜井も「うわ……」と引き気味で表情を凍りつかせた。
「取り合えず、これを警察に届ければOKね」
そう言って、いくつかスマホの設定を弄ったのちに電源を落とす。リュックから取り出したジップロックにしまった。
「盗るものは盗ったし、とっととずらかるわよ」
「らじゃー」
二人は玄関から堂々と武嶋の部屋をあとにした。
それから、駅へと向かう為に近くのバス停を目指す。
その傍ら、桜井は茅野に問うた。
「それで、もう一人の犯人はどうするの? もちろんとことんやるんだよね?」
「それは当然」
茅野は即答する。
もう一人の犯人とは、あの館の主である梶尾銀こと芦屋育郎である。
「でもさあ、あたしたちは、その芦屋っていう人が、誰を殺したかも解っていないんだよね?」
「そうね」
「どうする? 無理やり吐かせる?」
桜井が、しゅっ、しゅっ……と、虚空に向かって、ワンツーを繰り出す。
茅野は首を振る。
「大丈夫。そんな荒事を起こす必要はないわ。彼が殺人を犯した証拠は、あの地下室にある」
「え、そうなの!?」
驚いて目を見開く桜井の言葉に、茅野は確信めいた表情で頷く。
「ええ。きっと、芦屋育郎に殺された女性の死体は、あの地下室の床下にあるはずよ」
「いいかしら? 梨沙さん」
茅野は右手の人差し指を立てて、語り始める。
「羽田さんの夢で友澤さんが殺されるシーンは下から覗き込むようなアングルだったでしょう?」
「うん……あっ!」
桜井も気がついたようである。
「そうよ。あの時、芦屋育郎が殺した女性の遺体は、あの地下室の床の下に埋まっていたのではないかしら。羽田さんの夢は彼女の視点だった。それを考えれば、そこまで突飛ではないわ」
「なるほど」
得心した様子で頷く桜井。
「更に友澤さんの死体を遺棄しようとしたのも、芦屋育郎ね」
「なるほど、そういう事ね……いや、待って、やっぱ解らない」
桜井が眉間にしわを寄せて思案するが、二秒程度で諦めたようだ。
「どゆこと? そもそも何で芦屋は武嶋に協力なんかしたの?」
「それはもちろん、あの地下室へ警察が踏みいって欲しくなかったのよ。だから芦屋は通報せずに、友澤さんの遺体を人知れず遺棄する事にした」
「でも、ちょっと待って……コンクリートの床下に埋まっている死体なんて、わざわざ掘り返そうとしなければバレなくない?」
「まったくその通りよ。素直に警察に通報した方がずっとリスクが少なかったはずなの。普通ならばね」
「でも、何か普通じゃない事が起こったんだね?」
茅野は「そうよ」と頷く。二人は狭い住宅街の路地を抜けて、バス停に辿り着いた。
「その普通じゃない事って?」
「それは、前日の地震よ。調べてみると二〇一四年の七月六日に、震度四程度の地震が県内を襲っていたわ。恐らく、それであの地下室の床が、ひび割れか何かで破損してしまったのではないかしら?」
「地震あったんだ……覚えてないけど」
「きっと、あの館は二〇一四年の当時は鍵が掛かっていなかった。それをいい事に武嶋は友澤さんを地下室に連れ込もうとした。その際に騒がれてしまい、武嶋は友澤さんを殺害するに至る」
「うん。羽田さんの夢は、そんな感じっぽいね」
「……そのあと、芦屋は前日の地震で、不安になったのでしょうね。それで、地下室の床の状態を確認する為に風見鶏の館へとやってきた」
「そこで、友澤さんの死体を見つけたと……でもさ、循」
「何かしら?」
「羽田さんの夢の話を聞く限りじゃあ、二人は遺体に気がついていないっぽいよね?」
「ええ。そうね」
「結局、その前日の地震では床は壊れていなかったって事なの? それなら、やっぱり床下の遺体は、友澤さんの遺体の事を警察に通報しない理由にならなくない?」
「梨沙さんにしては、鋭いわね」
「それは、どうも。……で、どうなの?」
「その辺りは、想像になるけど、ぱっと見て気がつかない程度だった。もしくは、床の破損は大した事はなかったけど、警察と関わる事によって痛くない腹を探られたくなかったのか……」
「人間、後ろ暗い事があると疑り深くなるからねえ……」
と、桜井が解ったような事を言って、鹿爪らしく頷く。
「兎も角、芦屋は死体をこっそり遺棄する事を選んだ。しかし、それが裏目に出てしまい、偶然にも大学生に見つかってしまった」
「まあ、九尾先生も、あの地下室に『女がいる』って言ってたから、循の推理通り、あの地下室の床下には死体が眠っているんだろうけど……」
「そうね。その辺りは念の為に九尾先生にあとで確認しておきましょう」
「最強霊能者だからね」
結局、思惑に反して頼られる破目に陥る九尾であった。
「まあ十中八九、まだ死体は、あの地下室の床の下よ。だって、わざわざ破損した床を補修するって事は、簡単にあの地下室から動かせない状態だという事だもの。きっとコンクリートに塗り込められているんじゃないかしら」
そこで茅野は浮かない表情になり、肩をすくめる。
「ただ、それはそれで、問題があるのだけれど……」
「だねえ……」
桜井もしかめっ面で、灰色の曇り空を見あげた。




