【12】聖書の暗号
都内某所にある占いショップ『Hexenladen』
様々な呪いの品々が並ぶ人気のない店内の最奥。
カウンターの中で、九尾天全はチリトマトヌードルに電気ポットのお湯をそそいだ。
蓋を閉めて割り箸を置くと、その直後にカウンター裏の台に置いてあったスマホが震えた。
手に取ると茅野からのメッセージだった。例の如く本文はなく画像だけである。
その画像を見た瞬間、九尾天全は困惑した。
「今度は何なのよ……」
それは九尾が見たこともない男――武嶋夏彦の似顔絵であった。
九尾は茅野に電話をかける。
レスポンスは早く、ほとんど間をおかずに通話が繋がる。
「ちょっと、次から次へとおかしな画像を送りつけてこないでよ……」
開口一番、ぷりぷりと怒る九尾であった。
『ごめんなさい。ちょっと、九尾先生に頼みたい事があって』
「な、何なのよ……」
何だかんだ言いつつ、一応話に耳を傾けてしまうところが、九尾天全である。
『さっき送った画像の男の現在の住居を知りたいのだけれど』
「人探し?」
『調べようと思えば調べられそうだけれど、手間が掛かりそうだから、先生にお願いしてみようと思って。前のときみたいに先生の力で探してくれないかしら?』
前のときとは楝蛇塚の一件の事だ。
このとき、九尾の占いによって行方不明だった小茂田愛弓を発見する事ができたのだ。
しかし、九尾は思い切り渋い顔をする。
「循ちゃん……」
『何かしら?』
「わたし、一応、これでもプロなのよ? いくら循ちゃんの頼みとはいえ、これ以上はお金を……」
『じゃあ“調伏法の真髄”の譲渡の条件にこれも追加するわ』
「うぐ……」
それを持ち出されると、ぐうの音も出なくなる九尾であった。
まさか、このまま“調伏法の真髄”を盾にいいように使われ続けるのでは……そんな懸念が脳裏を過る。
そこで九尾は一計を案じた。
「ま、まあ、よいけど……でも、あれよ!」
『何かしら?』
「わ、わたしの占いも百発百中ではないわ。外れるときもあるのよ?」
九尾はわざと適当に占って、外すつもりだった。
それほど当てにならないと知れば、向こうも頻繁に頼ってこなくなるだろう。そういった腹積もりであった。
『それなら、それで仕方がないわ。構わないからやって頂戴。名前は武嶋夏彦で……』
と、茅野が男に関して知っている情報を述べ始めた。それをろくに聞かず「うん、うん、うん……」と適当に相づちを打ちながら聞き流す九尾。
『……以上が今の手持ちの情報よ』
「あ、ああ、そう?」
『ちゃんと、聞いてたのかしら?』
訝しげな茅野の声。
「あー、大丈夫。でも、外れたら本当にごめんねえ? あははは……」
『そう。じゃあ、結果はあとで送っておいて』
「りょうかーい」
『よろしくね』
そこで、通話を終えて一息吐く九尾。
ひとまず、チリトマトヌードルを食べながら、雑な感じでタロットを三枚引いて、スマホで茅野たちの住んでいる県の地図を見ながら何となく地名を定める。
タロットの画像と共に、その地図を茅野に送った――
その頃、オカルト研究会部室では……。
「きたわ。随分と速いわね」
茅野が九尾からのメッセージを確認する。
「この人って、あの呪いの井戸のときの霊能者よね?」
西木の問いに桜井が答える。
「愛弓さんを見つけたのもこの人だよ」
「れ、霊能者の方と知り合いなんですね。流石はオカルト研究会」
驚きつつも感心した様子の羽田。
そして桜井は、まったく九尾を疑いもしていない純粋な瞳で言う。
「腕利きだよ。あたしたちのスポット仲間でさあ」
「スポット……仲間?」
羽田が首を傾げると、スマホの画面に指を走らせて、占い結果で出た場所を確認していた茅野が顔をあげる。
「今日の放課後、さっそく行ってみましょう」
こちらも、あくまで表面上は九尾を疑っていないように見えた。
……こうして昼休みが終わり、放課後となった。
茅野循は九尾の占いの精度の高さに驚嘆していた。
「流石は九尾先生ね」
桜井と茅野は放課後、県庁所在地の郊外にあるパチンコ店『ユニバース』の裏手にあるアパート『コーポアイリス』の敷地前を横切る路地の端に立っていた。因みに西木と羽田は部活である。
そんな訳で、九尾から送られてきた占い結果は以下の通り。
まずは県庁所在地の地図。
そして、三枚のタロットカードの画像。
アルカナは“世界”“節制”“戦車”である。
「なるほど……さっぱり解らん」
桜井は腕組みして唸る。
「解説をお願い。循」
「まず“戦車”は勝負事に深く関わるカードよ」
「パチンコは確かにギャンブルで勝負事だけど……」
納得がいかない様子の桜井。茅野は解説を続ける。
「この三枚のカードのアルカナ番号は、“世界”が二十一、“節制”が十四、“戦車”が七。全てが七の倍数。七は古来から賭け事において重要な意味を持つ数字だった。六面体賽子の表と裏の二面の数を足すと、必ず七になるでしょう? スロットもスリーセブン、ブラックジャックも合計二十一になるのを競うゲーム。七の倍数よ」
「確かに、パチスロとかあるけどさあ……」
桜井はやはり納得していない。
「それだけじゃないわ。あのパチンコ屋の店名」
「ユニバース?」
「そうよ。かの有名な神秘主義者アレイスター・クロウリー作のトート版タロットでは、“世界”は“宇宙”という名前なのよ」
「でも、九尾センセのタロットは、そのトート版ではないんでしょ?」
「そうね。でも九尾先生の使っているライダー版もトート版と同じく、魔術結社“黄金の夜明け団”の教義に則って作られたタロットなのよ。無関係という訳ではないわ」
「ふうん……まあ、それはいいとして、何でこのアパートなの?」
「それは“節制”のカードが指し示しているの」
「どゆこと?」
「ライダー版の“節制”のカードの背景には、西洋菖蒲が画かれている」
「えぇ……」
やはり桜井は納得いかない様子だった。
「先生から送られてきた地図の中で、三枚のカードが関係している場所は、ここしかないの」
「こじつけじゃないのー? 流石に」
と、桜井がジト目で言った直後だった。
黒くて古い軽自動車がやってきて、『コーポアイリス』の駐車場に入っていった。
その車から降りてきた人物を見て、桜井は目を丸くする。
あの似顔絵の人物――武嶋夏彦であった。
武嶋は敷地の前の路上にいる桜井と茅野を胡乱げな眼差しで一瞥したあと、一階の奥の角部屋へ消えた。
桜井と茅野は顔を見合わせ、そっと武嶋の部屋の扉の前まで移動する。その部屋番号を確認する。
『一〇五号室』
「見て。梨沙さん。これも七の倍数よ」
「九尾センセ……すげー」
二人は九尾天全の驚愕すべき能力に戦くのだった。




