【03】藤見少女連続誘拐殺人事件
友澤を連れた不審な男の身元は、事件発覚より数日で判明した。
藤見市に住む武嶋夏彦という男であった。
武嶋はすぐに藤見署で任意の取り調べを受ける事となる。
そのとき彼は、七月七日の午後十六時頃に友澤明乃と一緒にいた事は認めたが、彼女の殺害に関しては否定した。
武嶋の供述は次の通りだった。
彼は散歩の最中、明乃と遭遇し「八割れの白黒の仔猫を見なかったか」と尋ねられたのだという。
話を聞くと、その仔猫は彼女が近くのお社で餌付けしていた猫らしい。その姿が見えないというのだ。
休日で仕事が休みだった武嶋は、彼女の猫探しを手伝う事にしたのだという。
結局、近隣の農道などを歩き回っても猫は見つからず、十七時頃に彼女と別れて家に帰ったのだという。
父親である洋司の証言から、明乃が八割れの白黒の猫に餌付けをしていた事の裏は取れた。しかし、肝心の武嶋が白鈴地区の農道で何をやっていたのかが、いまいち判然としない。
武嶋の自宅から白鈴地区までは八キロほどもあり、ちょっと散歩でぶらりと……という距離にしてはやや遠い。
「八キロは遠すぎる……か」
桜井がぼんやりと呟き嘆息する。
そこで茅野が、ふと問うた。
「梨沙さんは、ハリィ・ケメルマンを読んだ事があるのかしら?」
「いや、当然ないけど……ていうか、誰?」
「何でもないわ」
「ふうん。それで、結局はどうなったのさ?」
「すぐに武嶋のアリバイは成立したわ」
友澤の遺体発見現場で不審な男が目撃された七月八日の午前一時頃、武嶋は自宅近所のコンビニで買い物をしていた事が判明した。
防犯カメラに、その姿がとらえられており、店員も彼の事を覚えていた。
おまけに遺体を発見した大学生の証言によれば、そのとき目撃された人物は長身で痩せ形だったのだという。
さほど身長が高いともいえず小肥りの武嶋とはずいぶんと容姿が違う。
更に遺体遺棄現場に残されたスコップから検出された指紋は、彼のものとは異なっていた。
「今、思いついたけど……共犯がいたとか」
その西木の見解に茅野は首を横に振る。
「武嶋には、あまり仲のよい知り合いがおらず、両親も共に鬼籍に入っていたそうよ。唯一懇意にしていた友人にもアリバイがあった。警察の捜査で共犯の存在は否定されたらしいわ」
「そっか……まあ、私が考える事ぐらいは、もう誰かが思いついているか」
と、少し残念そうに微笑む西木だった。
「そもそも、防風林で大学生が友澤さんの死体遺棄現場に遭遇したのは偶然よ。そこで目撃されなければ友澤さんの死体遺棄時の武嶋のアリバイは成立しないわ。何にしろ、彼のアリバイは本人が意図して偽装したものではないという事ね」
「ふうん」と、桜井がいつもの調子で相づちを打つ。
そして、逸れた話の筋を元に戻した。
「それで、けっきょく、夢の方はどうなったの?」
「あ、はい……」
話を振られた羽田は姿勢を正して、再び語り始める。
「それから、友澤さんが男に『本当にここにいるの?』って訊くんです。そこで男が急に後ろから友澤さんに抱きついて……」
驚いた様子の友澤は必死にもがき、しまいには男の股間を後ろ足で蹴りあげる。
男はうずくまり、友澤は逃げようとする。
しかし、結局、手首を捕まれて逃げられない。悲鳴をあげる友澤。
男が激昂し、訳の解らない叫び声をあげてポケットから取り出したカッターナイフを友澤の首元に突き刺す……何度も突き刺す。
崩れ落ちるように倒れる友澤。広がる鮮血……。
「そこで、いつも目が覚めます」
話が終わると、桜井が気の抜けた様子で「ふうん」と言った。
ちゃんと話を聞いてくれていたのかと不安になる羽田であった。
そんな後輩の心情を察して、西木がフォローを入れる。
「大丈夫よ。桜井ちゃんは、ああ見えてちゃんと人の話は聞いているから」
「そ、そうなんですか……」
羽田は苦笑し、そこで茅野が口を開く。
「確か、防風林で発見された友澤さんの遺体には首元を中心に複数箇所の刺し傷があったはずよ」
「じゃあ、その夢は事件のときの光景なのかな?」
と、桜井。
茅野は首を横に振る。
「そうだとしても、夢の最初で羽田さんの首を絞めている男の存在が謎ね……」
と、そこで羽田へと話を振る。
「他には何かないかしら? 例えば音とか匂いとか。暑かった、寒かったとか……何でもいいから夢の中で感じた事をできる限り教えて欲しいのだけれど」
羽田は記憶を掘り起こしながら言う。
「最初の……私が首を絞められているのは……ぼんやりしていて、あんまり印象に残っている事はないです。でも次の友澤さんが殺されるシーンは、すっごく寒くて……」
羽田が自らの両肩を抱いて顔をしかめる。
「それで、遠くの方から鳴き声が……」
「鳴き声?」
茅野は眉をひそめる。すると羽田は神妙な顔つきで頷き、
「そうです。多分あれは鴉の鳴き声だと思うんですけど……たくさんの鴉が、ぎゃあ、ぎゃあ、って鳴く音が遠くの方から微かにして……」
そこで桜井と茅野は顔を見合わせる。
「循。鴉って……」
「ええ。友澤さんの出身は、白鈴地区よ……」
このとき、二人の脳裏に思い浮かんだのは、半年以上前に訪れた心霊スポット“風見鶏の館”の事だった。




