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ゆるコワ! ~無敵の女子高生二人がただひたすら心霊スポットに凸しまくる!~  作者: 谷尾銀
【File18】霧先橋

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【04】霧


「くっそ……何だ。この霧は……」

 サーチライトの光が作りあげた闇の裂け目に、白い霧が大量に流れ込む。フロント硝子が曇り出して、ワイパーが作動する。

 きゅっ、きゅっ、きゅっ……という音だけが車内に響き渡っていた。

 そこで豊治は、ずっと聞こえていた渓流の音が、いつの間にか止んでいる事に気がつく。

「……ここ、どこだ?」

 左側には崖。

 右側には深い森。道はその崖に沿って左へ湾曲(わんきょく)しながら霧の向こうへと延びている。

 カーナビを見た。

 車の現在位置の目印は、車道を大きく外れた場所にあった。

 そして、突然……。


『目的地まで四十九キロ……目て……ち……ま……四……キロ……』


 カーナビが喋り出す。

「何だよ……クソ……壊れたのか!?」


『目的地……ももも目て……もぉくぅてぇきぃちぃいいいいいいい……ちちちちちちちちちちちいいいちいちいちいちいちいいち……』


 豊治は舌を打ちながらカーナビの電源を落とそうとした。

 すると……。


『えいいちさん』


 ぷつりと音声が途絶える。カーナビの電源が落ちた。

 豊治は思わずブレーキを踏む。

 最後の声。

 水野は逢瀬(おうせ)の時は、豊治の事を下の名前である“英一さん”と呼んでいた。

 こめかみから汗が滴る。

 不意に視線を感じたような気がして、豊治は辺りを見渡す。

 闇と霧。そして、静寂。

 ワイパーの動く音以外、何も聞こえない。

 きゅっ……きゅっ……きゅっ……。

「クソっ、クソ、何だっていうんだよ……偶然だ。偶々(たまたま)そう聞こえただけだ」

 豊治は道の端に車を寄せてサイドブレーキを引いた。ジャケットの内ポケットから、セブンスターと百円ライターを取り出す。

 残りは四本。そのうちの一本をくわえて、百円ライターで火をつけようとした。

 するとフロントガラスの向こう側だった。霧のベールの中に人影が浮かんだ。

 豊治はくわえた煙草を元に戻し、ダッシュボードの上に、百円ライターと一緒に置いた。

 車を降りる。

「すいませーん。ここ、どこか解りますか?」

 影は答えない。ぴくりとも動かない。

「すいませーん……」

 やはり返事はない。

 豊治は苛立たしげに顔をしかめ、影の方へと近づく。

 しかし……。

「何だよ、クソっ」

 それは人ではなく、道の脇に立つ枯れ木だった。

 不気味に(ふし)くれて捻れた枝。

 病気のような(こぶ)がいくつもはえた幹。その陰影が人の顔のように見える。

「クソがっ……」 

 豊治はその木の幹を蹴りつけ、車へと戻った。運転席のシートに腰をうずめて、再びダッシュボードの上のライターとセブンスターを手に取る。

 一本くわえると、火をつけた。

 煙を吸い込む。

 すると、その瞬間、(たん)がからまり、激しく()せ返ってしまう。豊治は嘔吐(えず)いた。

「……おぇ……」

 冬の乾燥している時期はいつも喉が荒れる。それに加え、ストレスが増えるとたまにこうなる。

 それでも豊治は、煙草をやめる事ができなかった。まるで水野との浮気のように……。

 ともあれ、慌ててドリンクホルダーに差しっぱなしだったミネラルウォーターのペットボトルを手に取る。

 急いでキャップを開けて、口の中をすすぐ。そして、運転席の扉を開けて地面に向かって吐き出す。

 喉に(しび)れるような感覚が残っており、再びペットボトルを(あお)る。

「畜生……とっとと、あのバカ女を埋めて帰らなければ……」

 豊治は空になったペットボトルを投げ捨てる。運転席の扉を閉めた。

 車内の時計を見ると零時四十二分だった。

 豊治は窓の外を見渡す。

 時刻はもうすぐ丑三(うしみつ)つ刻だ。しかも、この深い霧。

 この付近の森の奥で、死体を埋めてしまうか……と、そう思いかけた時、頭を過ったのは、あの橋で出くわした奇妙な二人組の少女だった。

 普通ならば、誰かと出くわす心配などするだけ無駄だろう。こんな霧の夜に、こんなところを出歩く者などいる訳がない。

 しかし、豊治は、現にあの二人の少女と出会ってしまっている。

 誰かが通りかかり、路肩に停車したリーフを不審に思うかもしれない。霧の向こうから響き渡る、土を掘る音の正体を確かめにやってくるかもしれない。

「……糞」

 疑念と不安にかられてしまった豊治は、結局この場所を立ち去る事にした。

 もっと誰もこないような山奥へ……。

 スマホで現在位置を確認しようとするが、地図アプリを開いてみても結局よく解らない。

 現在地を示すマーカーは何もない山の中を指している。

「何だこれは……不具合か?」

 豊治は水野を殺して以降、何度目になるか解らない溜め息を吐いて、ポケットの中にスマホをしまう。

 何かがおかしい。

 再びサイドブレーキを倒し、アクセルを踏んで車を走らせる事にした。




 濃い霧が冷えた空気の中でゆっくりと流れ、渦を巻いていた。

 桜井と茅野は霧にまみれた夜闇を歩き続ける。

 車道の右側には山肌に広がる深い森。左側には白いガードレールが連なっている。その向こう側は谷底のようだ。

 しかし渓流の音は聞こえない。

 桜井の放り投げたサイリウムがガードレールに当たり、かつん、と音を立てて地面に落ちる。

「それにしても、何にもないねえ……」

 紙袋の中のサイリウムはずいぶんと数を減らしていた。

 茅野は時計を確認したあと立ち止まり、桜井に問うた。

「梨沙さん……今サイリウムは何本かしら?」

「ちょっと待って」と、桜井も立ち止まり、紙袋の中を確認する。

「あと十七本だよ」 

「……という事は、これまでに使ったサイリウムは百八十三本。五十歩おきに一本だから九千百五十歩。梨沙さんの身長から歩幅は一歩あたりおよそ六十八センチ……だいたい、六千二百メートル程度ね。時刻は一時三十分過ぎ。特におかしなペースでもないわ」

「ふうん」

 再び歩き出す二人。

「天狗さん、いないねえ……」

「それは、天狗だって、自分を倒しにきた人とは会いたくないんじゃないかしら?」

「でも、義経さんは、天狗に武術を習ったんじゃなかった? あたしも稽古をつけてもらいたいよ」

「あら、よく知っているわね。そんな事」

「こういうのは知ってる」

 桜井は得意気な顔で胸を張る。茅野はくすりと笑い、

「まあ、取り合えず、そのサイリウムが無くなったら引き返して橋まで戻りましょう」

「らじゃー」 

 と、桜井が答えたところで道の右側の山肌に大きな何かの影と、ぼんやりした明かりが見えてくる。

「循、あれ!」

 木々の合間から瓦屋根が見える。

 そして、数メートル先の沿道に大きな朱塗(しゅぬ)りの鳥居があった。そこから石段が続いている。

「何だろ。神社かな?」

「まだ何とも言えないわ」

 と、思案顔で階段を見あげる茅野。

「……ただ、一つ言える事は……」

「スポットに入らずんば心霊を得ず」

「その通りよ。梨沙さん」

 桜井と茅野は鳥居の前で顔を見合わせると、その木立の間を割って延びる石段を登った。 

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― 新着の感想 ―
[一言] 天狗さん「こいつらめんどくせえ」 天狗隠しとか鯖が嫌いとか美少年攫ってR18するとか天狗に纏わる話は色々ありますが この山では果たしてどんな天狗がヽ(´ー`)ノ
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