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【06】屋根裏の死者


 その白骨死体の右手には殺虫剤のスプレー缶が握られていた。

 そして、少し奥の屋根の頂点と平行に横たわる(はり)の下だった。そこに空になった雀蜂の巣が四つも並んでいる。

「雀蜂の駆除をしようとして死んだのかしら? ……それにしては軽装過ぎるけど」

「……にしても、誰なんだろうね? 駆除業者じゃないなら」

「さあ……頭蓋骨の形から女性ではあろうけれど」

 と、答えながら冷静な表情で死体のポケットをあさる茅野……。

「……もしかしたら、消息不明となっていた小見山氏の別れた奥さんかしら?」

 中からは、大量の乾燥した草花が出てきた。茅野はそのうちの一つを摘まんで匂いを嗅ぐ。

迷迭香(ローズマリー)だわ」

 干からびた迷迭香(ローズマリー)は、ズボンや上着などのあらゆるポケットに詰め込まれている。

「あの花壇のやつかな?」

 茅野は桜井の問いに首を傾げる。

「それは、解らないけれど……」

 そして、上着のジャージのポケットからICレコーダーを発見した。

「レコーダー?」

 桜井が首を傾げた。

「意味深だけど、ますますよく解らないね」

「取り合えず、再生してみましょう」

 茅野は電源を入れて再生ボタンを押した。

 すると……。



頼子(よりこ)……。これを、君が聞いているという事は、私はもうこの世にはいないであろう。私の最後の我が儘を聞いて欲しい。かつて君の伴侶であった小見山哲朗の願いを……』


 桜井と茅野は顔を見合せる。

 このレコーダーに録音されているのは、小見山哲郎の声らしい。

 そして、どうやら元妻である頼子なる人物に向けた物のようだ。


『私はとんでもない過ちを犯してしまったようだ……事の起こりは今からおよそ一年前だ。私は中東人のヤキン・カツィールなる人物から、ある呪われた品を購入した。それがガリヤラ・カヴェルネソーヴィニョン……あのイスラエル産のワインボトルだ。あれにはディビュークが宿っていた』


「でぃ……びゅーく……?」

「ヘブライ語で“封じられた霊”という意味の言葉よ。つまり悪霊ね」

「やっぱり、あの瓶にはヤバいやつが封じられていたんだね」


『ヤキンは言った。“決して瓶を開けてはならない。瓶の中の悪霊の言葉に耳を貸してはならない”と。それを守っていれば安全なのだという。彼は金に困っていたらしく、どこからか私の蒐集癖を聞きつけてやってきたのだという。興味を持った私は、彼の持ってきたワインボトルを購入する事にした。かなりの大枚を叩いてね……』


 そこで小見山は自嘲気味に笑い、一息吐いた。


『それ以来、瓶が囁くのだ。“私は本物の悪霊だ。私の力があれば、お前をぺてん師呼ばわりして(あざけ)った者たちを見返してやれる。瓶を開けて欲しい”と。私は……私は……うぅ……』


 しばらく小見山の(すす)り泣く音が響き渡る。


『開けて……しまったぁ……ううぅ』


 桜井と茅野は何とも言えない表情で顔を見合せた。


『……あの悪霊は、封印が解かれたあとも未だに瓶に縛られている。その為に言葉巧みに我々を惑わし瓶やコルクを処分させようとする。奴自身は瓶とコルクをどうやっても(・・・・・・)処分する事ができないのだ。奴の目的は、瓶の(くびき)から離れ、この私に乗り移る事だ。そして、この人里離れた場所を巣穴にして、更なる災厄を人々にもたらそうとしている』


「……という事は、瓶が破壊されない限りは人間に取り憑いたり、直接操ったりはできないって事ね」

「案外、しょぼいね」


『……そこで頼子……君に頼みたい。あの恐るべき悪霊を封じて欲しい。瓶に向かって、ヘブライ語の祈りの言葉を詠唱し、悪霊を真名で呼べ。さすれば悪霊は再び瓶の中に戻らざるを得なくなる……真名とは悪霊の本当の名前という意味ではなく、悪霊を封じた者がコルクに印したヘブライ語の名前の事だ。 ……ああ、それから奴は獣や毒虫を操る事が出来る。充分に気をつけて欲しい』


「循。獣や毒虫って……」 

「ええ。梨沙さん。きっと、あの熊も……おかしいと思ったのよ。いくらなんでも、執拗過(しつようす)ぎるもの。あの熊は穴持たずじゃなくて、無理やり悪霊に起こされたのよ」

 それを聞いて、ほっと胸を撫でおろす桜井。

「よかった。あの熊さんに嫌われていた訳じゃなかったんだね」

「……それから、この人も雀蜂にやられたんじゃないかしら?」

「だね」と桜井は頷き、雀蜂の巣へと目線を向けた。


『これから、その祈りの言葉と奴の名前を続けて唱える。瓶とコルクを見つけだして、このレコーダーを再生しろ』


 それからヘブライ語の祈りの言葉が続く。

 そして……。

「循……この音なあに?」

 それは、チェーンソーのエンジン音のような……とても不愉快な……。

「これ、多分だけれど雀蜂の羽音よ。それも凄い数……」

 その音は小見山の唱える祈りの言葉の後ろからどんどんと大きくなる。

 そして、小見山の絶叫が響き渡る。

 ガタガタと音がして再び絶叫。

 それから、扉の開閉音……再び雀蜂の羽音。絶叫……そして、重く湿った音の後にガザガサと何かがこすれ合うような音……。

 それから音声は遠くで飛び交う蜂の音がしばらく聞こえ、やがて無音となる。

「これは、きっと、小見山氏の死の直前に録音されたのではないかしら?」

「だね」

 桜井は茅野の言葉に頷いた。

 録音された音声は途切れる事なくずっと続いていた。

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