【12】くっ殺
「貴方の目的も私たちと同じ宇佐美孝司さん……だから、貴方もここにいる。違うかしら?」
男は何も答えない。
「貴方は昨日ピッキングで相田先生の部屋に侵入した。しかし、想定よりずっと早く帰宅した相田先生と鉢合わせしそうになり、咄嗟に隠れたのね。そして先生が浴室に向かった隙に逃げ出した訳だけれど、その時、先生のスマホを盗み見た……」
「中々、抜け目ないね」と感心した様子の桜井。
「それで、私が先生に送ったメッセージからソレイユ黒狛四〇四号室の事を知った」
「ああ。それで、循と同じでソレイユの四〇四号室のふどうさん……とうき、だっけ? 兎に角、それを見たんだね。それで、あの部屋のオーナーが今川さんだと知った」
桜井が納得した様子で頷く。
茅野は更に続ける。
「そして、先生の部屋から逃げ出した貴方は、すぐに自分の棟へ戻ろうとしたけれど、そうしなかった」
「どうして?」
桜井が首を傾げた。
「それはね、梨沙さん……あの先生の住んでいるアパート“シャトー岩峰”の玄関扉の開閉音が他の家までよく響くからよ」
「なるほど……いや、解らん。どゆこと?」
「考えてもみて。先生の部屋から逃げ出してすぐに自分の部屋に帰ったとしたら、その時に玄関の扉の音で先生に侵入者が同じアパートの住人であると気がつかれてしまうかもしれない。だから、そのままアパートを離れて時間を潰すしかなかった」
まるで見てきたように語る茅野に、男の顔色が見る見る青ざめてゆく。
茅野は容赦なく話を続ける。
「当然ながら、最初に逃げ出す時の扉の音で、先生が侵入者に気がつき、警察を呼ぶ事は予想できた。なるべくなら警察と顔を合わせたくなかった貴方は、どうせなら……と、しばらくアパートから離れて時間を潰す事にした。大方、コンビニ前のパチンコ屋にふらりと入ったんでしょうね。しかし、予想以上に玉が出て帰るに帰れなくなったのね?」
桜井はアパート前ですれ違った時に、男が煙草やカップラーメンの入った紙袋を抱えていた事を思い出した。
あれはパチンコの景品だったのだ。
「それで、アパートに帰ってきて、あたしらが出掛ける時にすれ違ったんだ」
「そうよ。パチンコなんてとっとと止めて、もう少し早く切りあげてくれば、少なくとも私たちに顔を知られる事もなかったのに」
「賭け事はやっぱり身を滅ぼすんだねえ……」
しばしの沈黙の後で、男は恐ろしい怪物に遭遇したかのような顔をしながら問うた。
「お前ら、いったい何なんだ……?」
すると、茅野はあっさりと名乗りをあげる。
「私たちは、藤見女子高校オカルト研究会の者よ!」
「オカルト……? な……何なんだ!? 本当にお前ら、何なんだ……何なんだよっ!」
男の顔色が変わる。それは理解の埒外にある存在と遭遇した時に湧きあがる根元的な感情の発露であった。
茅野が邪悪な笑みを浮かべる。
「さあ、洗いざらい話して頂戴。貴方が追っている宇佐美孝司という男は何者なのかしら?」
「もし話さないなら、変態として社会的信用を失うか……ペッパースプレーか……」
桜井が両手をわきわきと不気味に蠢かせる。
「アイアンクローだよぉ……」
もう男のプライドはズタズタだった。
不運な偶然や自分の迂闊さがそもそもの原因にしろ、プロの自分がこんな若い小娘共にいいようにやられるだなんて……。
その容赦のない現実が、男の口から例の言葉を自然に紡がせた。
「くっ。いっそ、殺せ……」
「リアルくっ殺どうもありがとう。……さあ、話して頂戴?」
茅野は凄く嬉しそうに、そう言った。
男は少女たちに事情を話す事にした。
「俺は私立探偵をやってる」
「名前は……?」
「江島だ。江島真也……」
長い話になりそうだったので、江島は近くの駐車場に停めてあった白いバンの中に二人を連れ込んだ。
因みに助手席には防犯スプレーを構えた茅野が……運転席の後ろからは桜井が江島の両肩に手を置いている。逃げ場はない。
「それで、あの宇佐美孝司と名乗っている男は、どういう人物なのかしら?」
「あいつは、女を食い物にするロクデナシだよ。元々、首都圏を拠点に活動するインディーズで人気のあったバンドのギタリストで、ファンの女を喰いまくってた」
茅野は桜井と顔を見合わせて言う。
「ギターは、やはり仮称宇佐美の物だったのね……」
「それで、色々と金銭関係のトラブルがあってバンドを辞めた後は、ルックスの良さをいかして女から金を巻きあげて生活していた。標的は婚活パーティなんかで漁っていたらしい」
「クソだね。そいつ」と桜井がばっさり切り捨てる。
「それだけならまだいいが……いやよくないが、兎に角、奴は女を暴力と恐怖で支配するDV野郎だった。奴につきまとわれた女は、身も心もボロボロにされて最後は廃人同然となる。しかも奴はその過程を楽しんでいた。ゴールインしようと必死な女を結婚を餌に釣りあげてぶっ壊すのが堪らねえんだとよ。……とんだ、サイコのサディスト野郎さ」
「成る程……」
と、茅野。桜井は一言「キモっ」と吐き捨てる。
「それで、そいつの被害者か被害者の親族から、奴を探すように依頼を受けたのね?」
江島は頷く。
「そうだ。依頼を受けた時には既に、奴は雲隠れした後だった。何かヤバイ奴とトラブったって噂もあったが、散々好き勝手やり過ぎて、東京辺りじゃ顔が売れ過ぎてたからな。そろそろ潮時だと悟ってたんだろうよ」
「……それで、貴方はどうやってかは知らないけど、彼がこの町にいる事を突き止めて、やってきたのね?」
「そうだ。奴の知り合いに聞いた。奴がこの県にいるって……」
それを聞いた茅野は一息にまくし立てる。
「それから、県のホームページで藤見市の商店街で開催される婚活パーティの事を知った貴方は、それに彼が参加したかもしれないと当たりをつけて、主催者に連絡を取った」
「そうだ」
「そこで彼が宇佐美孝司という偽名でパーティに参加していた事と、彼が相田先生とカップリングになった情報を上手く引き出したはよいが、流石に住所などの個人情報は教えてもらえず、今度はSNSなどから、参加者を辿ってそこから情報を得る事にした」
「そ、そうだ……」
「プロフィールカードを見たであろう参加者ならば、彼に関する情報を知っているだろう……しかし、流石にプロフィールカードに住所など連絡先の情報は記載されていない。だが彼とカップルになった相田先生の職業が高校教師である事を覚えている者がいた」
「その通りだが……」
呆気に取られた表情の江島。
茅野は構わず、更にまくし立てる。
「……相田先生の名前で検索すれば、学校のホームページの部活動紹介が引っ掛かる。そこで貴方は相田先生の職場を突き止めて、住居を突き止めて、彼女の方を見張る事にした。そうすれば彼はいずれ姿を見せると睨んで……」
「ちょっと、待て……」
「ちょうどシャトー岩峰の部屋が一つ空いていた。だから、貴方はそこを拠点にして先生を監視し始めた。しかし、いっこうに彼は姿を見せない。業を煮やした貴方は、更なる情報を得る為に先生の部屋に忍び込んで、盗聴器を……」
「ちょっと……ちょっと待てって!!」
江島は堪らず声を張りあげて、茅野の言葉を遮った。
そして、不気味な何かを見るような目つきを茅野に向けながら言う。
「……お前、本当に何なんだよ? おかしいよっ!」
茅野は目を細めて微笑み、端的に問う。
「正解なのかしら?」
「あっ、ああ……全部、当たりだ。何で……解るんだよ……」
「すごいでしょ?」
桜井が自慢げに言う。
すると茅野は思案顔で少しの間、黙り込む。
「……しかし、そうなってくると、四〇四号室の水城真澄さんが心配ね」
「そだね。このおじさんの言ってる事が本当ならば偽物の宇佐美は危険な男みたいだし」
桜井が心配そうに言った。
すると、江島は訳が解らないと言いたげに眉をひそめる。
そのリアクションを不審に思った茅野が問うた。
「どうしたのかしら……?」
「お前、今、水城真澄が心配って言ったよな?」
「ええ。言ったけれど……。その水城真澄さんという女性が、ソレイユ黒狛の四〇四号室に住んでいて……」
江島が右手をかざし、茅野の言葉を制した。
「ちょっと、待て。話が噛み合ってないぞ……?」
「どういう意味かしら?」
「俺の追っている男の名前が、水城真澄だぞ?」
「ええ? どゆこと?」
「は?」
桜井と茅野は同時に声をあげた。
「水城真澄が宇佐美孝司という偽名を使っているんじゃないのか?」
江島の問いに、茅野は鞄の中からクリアケースに入った一枚の紙を取り出した。
それは相田が描いた宇佐美孝司の似顔絵であった。
「この男が、水城真澄?」
「ああ。そうだ」
桜井と茅野は顔を見合わせる。
「ねえ、循……」
「梨沙さん……」
「じゃあ、あの四〇四号室にいた女は誰?」




