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【00】プロローグ



 スマホを落とした事に気がついたのは帰路に就いて、ずいぶんと経ってからだった。

 少女は自転車を立ちぎしながら、必死に坂道を登る。

 道の左側には落石防止の法面(のりめん)モルタルで塗り固められた崖、右側には白いガードレールが連なっている。

 少女は、そのガードレールに沿って弧を描く白線をなぞるように必死に自転車を漕ぎ続ける。

 ガードレールの向こう側は針葉樹で覆われた下り斜面となっており、木立の隙間からは広々とした田園が臨めた。

 その景色を染めあげる夕暮れの赤が、(よい)の口の紫へと移り変わろうとしている。もうすぐ夜がくる。

 日が落ちてから、あの廃病院へ戻りたくはなかった。

 かといって、スマホを置いて帰る気には当然なれない。

 どこに落としたのかは何となく心当たりがあり、覚えている。

 早く……早く……暗くなるまでに戻らなければ――




 五月中旬の昼下がりだった。どこかの湿地で牛蛙がひと声鳴いた。

 それは、山深い森を割って延びる未舗装の路上だった。

 沿道から飛び出した木陰の中に、一匹の芋虫が蠢いている。

 茶色と緑の斑色で細長い角があった。湯でた海老のように丸まったり、まっすぐ伸びたりして、のたうっている。

「……ねえ」

 切れ長の眼で芋虫を見おろしながら、鈴の音のような声を発したのは、長い黒髪の女子高生であった。

 彼女は桜色の唇でしとやかな微笑を形作る。

「この芋虫、男性器を思い起こさせるわね」

 名前を茅野循かやのじゅんという。

 藤見女子高校の二年でオカルト研究会の副部長である。

「ウソ!? だ、男子のアレって……角がはえているの!?」

 循の隣で頬を赤らめ目を丸くするのは、癖のある栗毛をポニーテールにした小柄な少女であった。

 名前を桜井梨沙さくらいりさという。

 彼女はうりざね顔の茅野とは対照的に丸顔の童顔だった。身長も同年代の平均より少し低い。

 茅野と同じく藤女子の二年で、オカルト研究会の部長を努めている。

 その桜井の疑問に、茅野は極めて真面目な顔で頷く。

「そうね。風呂あがりに見た弟のやつは角つきだったわ」

「マジで!? カオルくんのって、角はえてんの!?」

「そうね……」

 あくまでも真面目な表情を崩さない茅野。

 桜井は「すごーい……」と言いながら、まじまじとのたうつ芋虫を見つめ続ける。

「ところで梨沙さん」

「何?」

「芋虫を見ながら、私の弟のアレを想像しないでほしいのだけれど」

「べっ……別にしてないけど」

 桜井は目線を泳がせる。

「本当かしら……」

 茅野がふっと笑って芋虫を平然とつまみ、沿道の木の枝に乗せた。

「何にしろ、男性器の話をしている場合ではないわ」

「循がし始めたんじゃん」

 ……などと、知能指数の低い会話を繰り広げながら、二人は歩き出した。

 彼女たちの行く先には、鬱蒼(うっそう)と生い茂る雑木林(ぞうきばやし)に埋没した古めかしい瓦屋根があった。

 おびただしい苔と蔦によって侵食されたその建物は、大正時代に建てられた精神病院の廃墟である。

 桜井梨沙と茅野循はなぜ、そんな場所へと足を踏み入れようとしているのか……事の発端は数日前に(さかのぼ)る――


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新が来るまで2周目突入シマース。
[一言] この頃の2人は大人しかったんですよ…「まだ」この頃はね……まさかこの2人があんな心霊スポットでエンジョイ&エキサイティングする様になるとは誰が予想できたんでしょうかね(遠い目)
[一言] 一話での内容がほぼ男性器の話だけとはロックですね
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