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09 閑話



 少女が泣いていた。

 寝台に横たわる、今にも死にそうな母親の前で。

 無力に、絶望に、怒りに。

 少女は、泣いていた。

「嫌い、嫌い。お父様も、皆も、大嫌い! お母様、お母様、どうして? どうして、お母様が……!」

 心の奥底から、血を吐くように問われる。

 寝台に横たわる母親は、それに困ったように微笑んだ。そっと手を伸ばし、細いその手で、少女の頬を撫でる。

「泣かないで、私の愛しい子。仕方がないのよ。お母様も、お父様も、貴族だから仕方がないのよ」

「どうして? 貴族って何? 他の人と何が違うの?」

「違うのよ。貴族は、国に尽くす存在。国の為、民の為、その命を捧げるのが貴族なの。だからね、私達は他の人達よりも、ずっとずっと綺麗な服を着て、美味しい物が食べられるの。他の人に傅かれ、世話をしてもらうのよ」

 いやだ、と少女は首を振る。

 そんなものは要らない。だから、もっとずっと、わたしと一緒にいて、と少女は母親に縋り付く。

 けれども母親はゆっくりと、少し困ったように、首を振った。

「お母様の愛しい子。貴女も貴族なの。どうか、お母様のように、民を愛して。貴族の誇りを持ってちょうだい」

「嫌だ、嫌だぁ! お母様、お母様、死なないで! もっと私といて! そしたら私、頑張るから! もっともっと頑張るから! お母様が胸を張れる子になるから!」

「貴女は素敵な子よ。優しくて、可愛い、可愛い、私の大切な、愛しい子」

 母親は、愛おしげに微笑みかける。

 何よりも愛しい者を見る目。

 笑って、と語りかける。母の最期の思い出に、貴女の微笑みが見たいわ、と。

 少女は涙を零しながら、母親を見つめる。

 ひ、ひ、としゃくりあげながら、ゆっくりと、頬を撫でる母の手に、己の手を重ねた。

「私が、笑ったら、お母様は、幸せ?」

「ええ、とっても幸せよ」

 母親の手から手を離し、両手でぐしぐしと乱暴に涙を拭った少女は、歪みそうになる口元に力を入れ、口角を持ち上げた。

「大好き、お母様」

 それはそれは不格好な微笑み。それでも、少女の心からの微笑みだった。

 その微笑みに、母親はとても嬉しそうに、満足げに微笑み、そっと目を閉じる。ゆっくりと、身体から力が抜けた。

 頬を撫でていた手が、ぱたり、と落ちた。














◆◇◆◇◆◇◆◇











 遠くで鐘が鳴っている。

 少女しかいない墓地。

 誰にも知らされず、訪れることのない葬式。

 喪服に身を包み、泣き崩れる少女に寄り添う者さえいない。

 日が暮れ、ようやく、遠くから見守っていた神父が、少女を墓地から連れ出した。

 屋敷に送り返された少女の前に、父親のほかに二人の人物が出迎える。

「今頃戻ったのか。遅い。何をしていた」

 冷たく吐き捨てられた言葉。

 今際の際にも、葬儀の際にも、その姿を見なかった父親の、娘へかける言葉。

「……申し訳、ありません、お父様……お母様の葬儀に立ち会っていました……」

「葬儀? そんなもの、数時間も前に終わった、と執事から聞いている。どうせお前はその辺でもほっつき歩いていたのだろう。出来損ないが」

 嫌悪に眉をしかめる父親。その隣でいやらしい笑みを浮かべる女と、敵意たっぷりに睨み付ける少女。

 少女は、見知らぬ二人に首を傾げた。

「お父様、そちらのお二人は……?」

「ああ、新しい母親と、お前の妹だ。年はお前と同じ。父親は私だ」

「……は?」

 少女の目が見開かれ、何を言っているのか理解ができない、そう言わんばかりの表情を向ける。それに、父親はあからさまに顔をしかめた。

「気に食わないのなら、今日から食事は自室でとれ。二人が異物ではない。お前が、この家の異物だ。追い出されたくなければ、私たちの機嫌を損なわないように細心の注意を払って生活しろ」

 吐き捨て、背を向ける。

 母子を引き連れ、食堂の方へと消えた。

 その後に、嫌らしい微かな笑い声をわざと零しながら続く使用人たち。

 少女は、玄関に一人、取り残され、立ち尽くしていた――。





























「なるほど。それが、始まりなのか」

 墓地に立つ男が、ぽつりと呟いた。


誤字脱字報告を下さる皆様へ。


いつも大変助かっております。

トドは、ホラーだと、自分の作品も読み返せない、残念なビビリストです。(ただでさえ誤字脱字が多いのに……)

皆様の報告に、本当に本当に助かっております。

ありがとうございます。


猫田 トド

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