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07 騎士隊長



 送りだした騎士五名と連絡がつかなくなった。

 訓練している鳥を飛ばしても、返事は返らない。



 それはまぁ、稀にあること。

 逃げたか、死んだか、捕らわれたか。



 送りだした先は、近頃怪しげな人の出入りがある、と奇妙な噂が立ち、確認に兵士を何度か向かわせたところ、確かに人の出入りがあることが確認できた廃屋。

 廃屋内部の確認の為、そこそこ腕の立つ者を五名、向かわせた。その結果、連絡が取れなくなった。



 さて、逃げたか、死んだか、捕らわれたか。いずれにせよ、面倒なことになった、と溜息をつきたくなる。



 腹立たしいが、送りだした騎士は若手にもかかわらず、剣の腕がそこそこ立ち、見目が良い。当然、それなりに入れ込む令嬢が多く、そのうちの一人が厄介だった。





 王太子の婚約者。





 五人のうちの一人、ロスという男を、命の恩人だと全幅の信頼を寄せ、王太子に頼み込んで自分の護衛にまでした。それを、今回の任務にあてた。

 正直、私はあの男を信用していない。あの男は、基本的に獲物となりうるかどうか、その一点のみで他人をみている気がする。あの、他人を見る時の目。品物を見定める商人のように不躾で、それでいてそれを感じさせないよう取り繕う姿。王太子やその婚約者など、あの男にとっては格好のカモだとしか言いようがない。とくに婚約者の方。距離が近すぎる。あの男から見れば、簡単に手玉に取れそうな箱入り娘だ。今はまだ護衛について日が浅いから問題ないだろうが、深い関係になるのも時間の問題かもしれない。

 私はまだ首と胴は仲良くしていたいんだ。

 王太子が病で臥せっている今がチャンス。上司である騎士団長に詳細を話し、許可をもらい、護衛の任を解いた。

 あの男は私の隊の一員。護衛の任さえ解いておけば、私の権限で任務に駆り出せる。その間に外堀を固め、王太子にあの男の危険性を伝える予定だった。その予定だったのに……!



 副隊長たちと共に頭を抱える。

 どうしたものか。

 いきなりいなくなりました、ではいくらあの男の危険性を説いたところで、却ってこちらが不審感を覚えられそうだ。抜擢された若手を妬んだ、などと言われたら目も当てられない。

 首と胴も仲良くしていたいが、仕事も失いたくない。

 どうしてこう問題が起こるんだ。

 私が何をしたというんだ。

 堅実に、着実に、剣の腕を磨き、戦術を身に着け、一小隊の隊長になった。あと十年同じように腕を磨き続ければ騎士団長も夢ではない、そういう位置につけたというのに……。

 頭が痛い。

「失礼します、隊長。お荷物が届いております」

 沈黙と、重苦しい空気を払うように声がかかる。



 荷物?

 今日はそのような予定はないはずだが……。



 一応差出人を聞けば、公爵家。それも王太子の婚約者の実家だ。

 副隊長たちと顔を見合わせ、重い溜息を零す。

 どうせあの王太子の婚約者が、あの男が護衛の任を解かれたことを父親に泣きついたのだろう。

 ああ、面倒なことになった。かといって、見もせず送り返すわけにもいかない。

「入れ」

「はっ。失礼します」

 すぐに入ってきた騎士。

 どうせ賄賂がてらの小物と、厭味ったらしい長々とした手紙に違いない。そう思っていた私は驚きに瞬いた。

 騎士が五名。大きな箱を担いで入ってきたのだ。箱は、入り口をぎりぎり通る程度の横幅に、騎士が入っても余りそうな長さ。

 一箱運び入れた、と思ったら出て行き、次をもってくる。



 いったい幾つあるのだ!?



 驚きに戸惑う私たちの前に、四つの大きく立派な箱と、雑多な細長い、剣でも入っているのか、程度の箱が運び込まれた。

「以上になります!」

「そ、そうか……ご苦労だったな」

 賄賂にしては、随分と量がある。いったいなんなんだ?

 ああ、もしや、娘の方が勝手に送ってきたのか? 本来なら懐に隠せる程度でこっそりと行うべきを、何もわからずに、手前勝手に量を送ってきた、とか?

 副隊長たちも同じ考えなのだろう。一様に呆れたような、面倒そうな表情を浮かべていた。

 賄賂なら、隠せるほど小さく、それでいて価値のあるものを贈るべきだ。こうも堂々と人目に付くものを受け取れば、醜聞として騒がれる。かといって、突き返すには、相手は公爵家。なんとも厄介なことになった。





 ああ、出世は遠のいたな。

 溜息を吐かずにはいられない。

 見たく、ないな。

 問題の先延ばしだが、今日はいなかったことにして、このままここに放置していこうか? そんな事を思った瞬間だった。










 突然、箱の蓋が消えた。












 まるで焼けた紙切れのように煤け、ぼろりと崩れて。

「うわぁああああっ」

 箱の隣に立っていた騎士が、尻もちつく。真っ青になって箱の方へと視線を向けていた。



 何が、起きた?



 両隣に立って控える副団長たち。尻もちついた騎士のように、真っ青な顔を箱へと向けている。

 正直見たくない。けれども、視線は勝手に箱へと――。


















 死体が横たわっていた。














 四つの大きな箱には、魚のように体を拓かれ、中身が空っぽになっているフィアの死体。それから、顔の皮膚のない死体が一体。これは髪の色から、おそらく調査に出した一人、ツヴァイだと判断がつく。そして、首の無い死体が二体。他三名は似たような体格の為、これだけでは誰の死体かは不明だ。服装から、一緒に調査に出したうちの誰かだ、と判断がつく程度。違いは、傷口。片や、鋭利な刃物で一刀両断されたかのように滑らかな傷口。片や、強大な力で無理矢理ねじ切ったかのような、肉も神経も何もかも、歪にはみ出した傷口。



 いったい、彼らに何があったのか。



 死体は全て、真っ白い花の中に丁寧に横たえられていた。

 その時になってようやく気づく。箱が、棺だ、と。

 外から見れば人一人が入れそうな長方形の箱。蓋を開ければ、内部だけ形を整えた棺。

 何故、こんなものが……?

 公爵家は、何を考えて? もしや、あの男、既に娘に何かしていたのか? これは、見せしめ?

 ぐるぐると疑問が渦巻く。



 遺体が一人分足りないが、雑多な箱に入った一本の腕。他の死体は、四肢は全てある。ということは、不明者のもので間違いないだろう。そう考えれば、不明者もおそらく、と想像に容易い。



 もう一度、送り主を確認した。今度は、フルネームで。

 尻もちついた騎士が、慌てて立ち上がり、懐から伝票を取り出す。そして、読み上げられた名。私は目を見開く。

 王太子の前婚約者。病の為、既に亡くなられた方の名だった。



「た、隊長……」

 副団長の掠れた声。一瞬停止しかけた思考が戻ってくる。どうした、そう声をかけようとして、できなかった。












 棺の上に、死体が立っている。

 ゆらゆらと前後に揺れながら。













 夢を、見ているのだろうか?

 何が起きているのか理解できないまま、茫然と眺める私たちの前で、突然死体がぐしゃりと潰れた。

 まるで柔らかい果実のように、ぐしゃり、ぐしゃり、と潰れ、どんどんその形状を失っていく。

 固形から、どろどろとしたペースト状に。ペースト状から、やがて真っ赤な、血の塊のようになって、全てが混ざり合う。



 空中に浮かぶ、赤い球体。

 固唾をのんで見守るしかできない私たちの前で、弾けた。

 壁に、床に、天井に、窓に、扉に、真っ赤な文字が書かれていく。













 許さない。










 死ね。










 殺してやる。










 呪われろ。










 呪われろ。










 呪われろ。










 痛い。










 苦しい。























 許すものか。












 呪ってやる。











 次々に、埋め尽くしていく赤い文字。

 まるで殴り書いたかのように乱暴で、純粋な恨みと怒り。

 時折混ざる、まるで引っ掻いたかのような痕。

 恐怖で、誰も動けなかった。

 震えながら、赤い、赤い、真っ赤な文字に埋め尽くされていくのを見ているしかない。

 やがて、書く場所がなくなったのか、それとも、書くためのものが無くなったのか、ぴたりと止んだ。

 けれども、誰も、誰一人、動けない。声さえ発せない。

 がたん、と何かが倒れる音。

 誰もが肩を跳ねさせ、音のした方を見る。



 細長い箱が、倒れて、いた。



 アレは、誰のかわからない、腕が入った……。

 ごそり、と音がする。

「ヒッぃいいい!!!」

 すぐそばにいた、運び入れた騎士が腰を抜かし、必死に逃げようともがくも、他の騎士たちは助ける事もせず、身を寄せ合い、少しでも離れようとする。



 何が、起きた……?



 情けないことに、私は椅子に座ったまま、がたがたと震えているしかできない。

 何が、起きているんだ?

 死人しびとから届いた荷物。

 室内を埋め尽くす怪奇現象。

 もう、これ以上は要らない。

 頼むから、何も起きないでくれ……!

 しかし、願い虚しく、それは動き出した。

 誰のものかわからない腕。

 無理矢理肩からもぎ取られたのがわかるソレが、指で床を引っ掻きながら、動き出した。

 ずるずる、ずるずる、腕を重そうに引きずりながら。

 扉が勝手に開く。

 けして立てつけが悪いなどということはない扉。それが軋んだ音をたて、ゆっくりと。人一人分開いたそこを、腕が潜り抜けたその瞬間、今までのゆったりした動きはなんだったのか、と問いたくなるほどのスピードであっという間に姿を消した。

 取り残された私たちは、情けなくもただただ震えてお互いの顔を見渡す。

 何が起きているのか、全く理解ができない。ただ、今あったことが現実だと、赤い部屋と、空の棺だけが物語っている。







「た、隊長……お、追わなくて、良いの、ですか……?」






 真っ青になって震えながら問う副隊長の一人。

 追う……?

 あれを……?

 我々が……? いや、私、が?

 何を、言っているんだ、こいつは……?

 信じられないものを見るかのような眼差しを向けるも、身体が勝手に椅子から立ち上がる。

「行くぞ」

 口が勝手に言葉を紡ぐ。

 何故。

 何故?

 何故!?

 手が、椅子に座る為立て掛けていた剣をとる。足が、勝手に前へ出る。

 止まれ。

 止まれ。

 止まれ!

 必死に願うも、足は動く。

 けれどそれは私だけではなかった。

 副隊長並びに、荷物を運んで聞きた騎士たちが、真っ青な顔して後ろに続く。必死に首を左右に振っている。腰を抜かしていたはずの騎士も、奇妙な動きで立ち、ついてくる。

 どう考えても、誰も彼も自分の意思ではない。おそらく、私に問いかけた副隊長もまた、自らの意思ではなかったのだろう。



 何故だ?

 何故、こんなことになっている?

 誰か、助けてくれ!!

 必死に願うが、不思議なことに誰にも出会わない。兵舎から王城内へと続く道を歩いているのに!

 普段ならそこかしこにメイドなり、巡回の兵士なり、門番なりがいる。だが今はその全てがいない。

 まるで無人の城の中を歩いているようだ。

 床には真っ赤な足跡。

 右手側の壁には、五本の線。時折掠れ、また思い出したようにべったりと……。




 姿を消したのは、右腕一本なのに、何故足跡があるのか。足跡が、明らかに小さい、子供か、女性のものなのは何故か。

 恐怖に震えながら、必死に思考を巡らせる。そうでもしなければ、おかしくなりそうだった。



「た、隊長……この道は……」

 何かに気づいたかのように声を上げる副隊長。

 ああ、わかっている。私だって、気づいている。

 この先は、王族の居住区。現在、病で臥せっている国王並びに王太子。そして、王妃の寝室がある。

 足跡は、淀みなく、続いていた。



 いざなわれ、黒い靄のようなものが渦巻く、居住区入り口に辿り着いた。

 全員の足が一度止まり、見上げる。誰も、一言もない。

 覆い尽くすような黒い靄。

 嫌な、予感がする。

 この先に行きたくない。

 そう思っても足はいう事を聞かず、言葉にすることもできない。



 嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ!

 行きたくない!

 嫌な予感しかない!

 頼むから、そちらへ行かせないでくれ!

 行ったら最後、帰ってこれない気がするんだ!

 いや、きっとそうに違いない!




 頼む……!!!!



















 突然、辺りが明るくなった。

 何が起きたのかわからないまま、ゆっくりと見渡す。



 私の、執務室……?



 いつもと何も変わらない、最初に副隊長たちと会議をしていた、私の執務室に、いた。

 アレは、なんだったのだ? 私は、夢でも見ていたのだろうか?

 壁も、床も、どこにも、何もない。いや、四つの棺と、細長い箱。それは、あった。

 副隊長たちも、騎士たちも、瞬きを繰り返しながら室内を見渡している。

 その様子を見るに、全員があの悪夢を見ていたのだろうか?




「箱を、開けてくれ」

 私の言葉に、箱のすぐそばに立った騎士が、ぎょっとしたような顔をした。その顔が、何故、と物語っている。

 つまり、彼はこの箱の中身を知っている。

 目を合わせ、しっかりと頷けば、彼も私が知っていることに気づいた。じっと私の目を見つめ返し、やがて一つ頷く。

 意を決したような表情を浮かべ、ゆっくりと箱に手をかけた。

 箱の中には、死体。

 全ての箱を開けさせる。

 死体が四体と、右腕が一本。

 差出人は、元婚約者。

 何もかも、悪夢どおり。

 立ち上がり、胸に手を当て、死者の冥福を祈る。他の者達も私に倣い、胸に手を当て、目を閉じる。






 バン! と真後ろの窓が叩かれる音。





 驚いて目を開け、振り返る。

 窓の外についた真っ赤な手形。

 ま、まさか、あれが正夢になるのか!?

 私なのか、他の誰かだったのか、わからないが、ヒュ、と喉が鳴った。

 窓に、赤い文字がゆっくりと描かれる。














『邪魔をする者は 許さない』












 脳裏をよぎる、棺の中に横たわった物言わぬ彼等。

 『病で亡くなった』元婚約者。『病で臥せる』王太子と国王。不気味な怪奇現象。部屋を埋め尽くした呪いの言葉。

 つまり、そういうことなのだろう。



 机の横に立て掛けられた剣へと視線を落とす。王より賜りし、私の騎士としての誇りだったはずのもの。

 ぎくり、と体が震える。






 剣に絡みつく女と、目が合った。

 髪は全てむしりとられ、右目は抉られ、顔の左半分は焼かれていた。乳房は両方とも覆うほどの釘を打ちつけられた、裸の、女の上半身。













 女は、にたり、と笑った――。









※隊長は、普通の人間。中間管理職。

 ロスが言うような、人の足引っ張ってニヨニヨする人間ではありません。

 ロスがクズで斜めに見ていただけです。



オーソドックスなホラーが書きたかった。

文章力が足りない。

映像で見れば、多分怖いはず?

表現する文章力が、壊滅的に足りていない……><;

ホラー、苦手とか言ってないで、読もうかな……?

どなたか、オススメありませんか??

で、できればビビリでも読めそうな表現力のあるホラー……表現力があるのでビビリが読めるのってないか……orz

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