05 とある騎士
何故だ、何故だ、何故だ!!
何故、こんなことになっている!!
あのバカ太子を騙して、俺の女が王妃になる。それで俺は王妃専属の近衛になる。
俺とバカ太子は、同じ目の色髪の色。俺達の子を王家の子供として、行く行くは王位につける。
計画は完璧だった!
進行も!
邪魔なバカ太子の婚約者も犯罪者として突き出してやったのに!
◆◇◆◇◆◇◆◇
俺の女の姉だとかいう婚約者。つまらなさそうな女だった。公爵家の長女だってのに、栄養が行き届いていないのか、痩せ細り、女らしさの欠片もない体。それに、死んだ魚のように濁りきった目に、何を言われても、殴り飛ばしても、蹴り飛ばしても、反応一つない。流石に腕の骨を折ってやった時は多少声をあげたがその程度。不気味な女だった。
顔が腫れあがるほどボコボコにしてやった後、縄でふんじばって、殺すつもりで襲ってきたから、と言って王太子に差し出してやった。
あのバカ太子は、俺の女の誘惑にすっかりまいっちまってた。
テメェの婚約者の否定の言葉なんて、無いも同然。むしろ言い訳をしている、くらいにしか思っていなかった。無抵抗を好き放題殴ったんで、不自然なほどの怪我をしてたってのにな。
笑い転げそうだったぜ、あんときゃ。いや、むしろ、自分に都合の良い情報だけで生きていけるなんて、随分生っチョロイクソみたいな世界に生きてるんだなって、腹がたったくらいだな。その幸せを昔の俺にも是非分けてもらいたいもんだ。
御姉様がそんな、と嘘泣きしてる俺の女に寄り添い、必死に慰めてる。
馬鹿な男だぜ。
その女は俺のモノで、俺の上で腰振って喜ぶメスなのにな。
バカ太子の見えないところで視線を合わせ、笑ったもんだ。
しばらくしたら俺の女が、バカ太子が婚約者である姉を殺し、自分を婚約者にした、と情報を持ってきた。
ああ、二人で祝杯あげてやったわ。
順調だった。
完璧だった。
ああ?
騎士道?
馬ッ鹿じゃねぇの?
そんなもん後生大事に抱えてどーすんだよ!
なぁにが、強きを挫き弱きを助け、女子供老人に優しく、正義を執行せよ、だ。アホか。強きに媚、弱気を挫き、バレなきゃなんだってやりゃいいんだよ。それが要領が良いってことだろうが。
騎士なんて、所詮人殺しだぞ? 守る為だろうが何だろうが、習う事は人を屈服させる暴力と、殺す方法だ。
どんな高位貴族だろうと、俺みたいな、三男以下で貴族としてスペアの価値もない奴らが身を立てるため、人を殺す。そんな人殺しの暴力集団が、今更何をお綺麗に取り繕うんだって話だぜ。
まあ、そんなこと口にしたら出世コースからは外れる。俺だって建前が大事だってことくらいはわかってるさ。だから表面上は理想の騎士様をやっている。おかげでバカ太子も、流石は近衛を目指す騎士、王太子の婚約者だろうと怯むことなく悪を挫く、と俺を全面的に信じた。で、俺の女……おっと、バカ太子の婚約者サマの護衛を王太子の命にて任じられる、エリート騎士様に昇格ってわけだ。
つくづくあのバカ太子には笑えてくるぜ。
堂々と二人でいられる免罪符も手に入れて、俺達が宜しくヤってるなんて、夢にも思ってねぇんだろうなぁ。
あの、俺の女の姉だとか言うにはあまりにつまんねぇ女も、俺達の為に死んでくれてありがとよ。なんて思ってた。
この世は俺達の為にあるんだって、本気で笑えるくらいには楽しんでた。
それなのに、なんだ、これは……?
なんだ、これは!?
突然護衛の任が解かれた。元居た部隊に戻される。
何度尋ねても上からの命令だ、としか返ってこない。その上、元気が有り余っているようならと、とある調査隊に組み込まれた。
ニヤニヤと笑う隊長に、隊長より若い俺が、バカとは言え王族の目に止まったことが許せない誰か――隊長だろうと俺は確信している――が、より上の奴らに適当な嘘でも吹き込んだのだろう。誰かに見られるようなヘマはしてない。俺と女の可能性には気づいていないはず。
王太子の婚約者の護衛をするほどの君なら簡単だろう。そう言って命を出した隊長のあのにやけ顔。
ほら見ろ。騎士だってこんなもんだ。自分以外の足を引っ張る為ならなんだってやる。汚い事だってな。騎士に夢見てどうする。騎士道なんてクソっくらえだぜ。
けど、俺に命を出したバカ太子、どうも最近話を聞かない。俺が護衛から外れたってのに何も言ってこねぇ。なんか起きてんだろうな。今は騒いだって仕方がねぇ。アイツが婚約者として上手くやるのを待つしかねぇな。
大人しく、言われた調査に出かける。
森に廃屋があるらしい。それなりに大きな。そこに、最近人の出入りがある。盗賊や犯罪に使われている可能性があるから、その調査。場合によっては、その場で討伐しても構わない。
楽な仕事のはずだった。
たった五人とは言え、俺を含め、剣の腕もそこそこあって、それなりに場数も踏んだ奴らだ。多少でかくても、廃屋を拠点にする程度の盗賊、どうってことない。
だるい任務だ。そう、笑いあいながら廃屋にきた。
まずは木陰に隠れ、様子を伺う。人の気配はない。パッと見た感じ、罠の類も見当たらない。
散開し、注意をしながら静かに近寄った。二、三個の罠が途中にあり、やはりあの廃屋には誰かがいるのだろう、と判断がつく。他のメンバーも同じだったらしく、少しだけ全員に緊張が走った。
慣れたように陣形を組む。
森から確認した限り、入り口は二か所。正面と裏口。一応最初に裏口を確認したが、鍵がかかっていた。内側からかけるタイプで、外からは開けることができない。正面玄関に戻り、正面玄関を囲む。
特に会話はない。
突入は慣れている。
一人が扉に罠がない事を確認する。そしてゆっくりと開いた。俺を含めた四人は抜剣し、いつでも動けるよう距離をとっている。
朽ちかけた扉は、慎重に開けたとしても軋んだ音をたてた。
もしも誰かいるのなら、気づかれたはず。だが反応はない。朽ちた館は静まり返り、埃だけがひらひらと舞っていた。
顔を見合わせ、隊列を組んで中へ。
入ってすぐ、廊下と、上へ続く階段。廊下の左右には見える範囲に扉が四つ。薄暗く、明かりがないので、廊下の奥は闇に沈んでいる。
先頭を行く仲間が、玄関から入ってすぐ左手側の扉に手をかけた。しかし、鍵がかかっているのか、開かない。
チッ。朽ちかけの廃屋のくせに、扉が機能してんなよ。めんどくせぇ。
他のメンバーも同じことを思ったのか、嫌そうに顔をしかめていた。
今度は反対側、つまり右手側の扉を軽く押す。
ギ、と音をたて、扉が動いた。
開いている。
顔を見合わせ、一つ頷く。
できるだけ音をたてないよう、慎重に、慎重に扉を開けた。
特にこれと言った反応はなく、ただ扉が開く。
その部屋は、蜘蛛の巣と、埃に塗れた食堂のようだった。
騎士が六人揃ってもゆったり食事ができそうな、広いテーブル。その上には汚れたテーブルクロス。そして、朽ちかけた食器。割れたグラス。
食器の上には埃だけでなく、元は何かの食材だったのか? 何かがのっているが、原型を留めていない。まぁ、腐った食材がハエたからせて、悪臭ぶちまけてるよしマシだな。
扉を開けた仲間が先に入る。次いで、俺を含めた三人が抜剣したまま中へ。最後の一人は扉の保持に努める。
カーテンは開かれているか、落ちて機能していない。森の中の館とはいえ、大きな窓からは日差しが入り込み、室内は明るい。
食堂の奥は仕切りも何もなく、台所になっていた。玄関から見えた奥の扉は、どうやら台所部分への出入り口のようだ。その奥に、小さな扉。おそらく、貯蔵庫に繋がるんだろうな。
壁側の食器棚や、その他の棚は、朽ち、残骸となりかけている。ざっと見た感じ、この部屋には何もない。奥の貯蔵庫を覗くか。
入り口の保持に努める仲間に声をかけようと振り返った俺は、眉根を寄せた。
いねぇ。
アイツ、どこ行った?
入り口の保持に回ったのは、メンバー一体格の良い奴だ。振り返って見落とすような、そんな線の細い奴でもねぇし、このメンバーの中では一番お堅い奴だ。早々勝手に持ち場を離れたりはしない。
舌打ち一つ。おい、と小声で呼びかけるだけで、他の三人も異常に気づいた。すぐさま四人で固まる。剣を構え、どの方向からの襲撃でも問題ないように備える。
「フィア! どこだ、フィア!」
小声で鋭く呼ぶが返事はない。
互いに視線を合わせ、一つ頷くと、じりじりと廊下へ向かった。
音はない。どこかで交戦していることはない。
今まで俺達が背を向けている間にも音はなかった。誰かに襲撃されたとは考えづらい。ということは、おそらく、アイツは何か――おそらく人の気配か、人影か――を見つけ、その後を追った可能性がある。痕跡や違和感、という程度なら、俺らに声をかけるはずだ。
上と、廊下の奥。どちらか。
チッめんどくせぇ。
部屋の中から廊下を伺う。
何もない。
静まり返った空間があるだけだ。
できるだけ音をたてないように廊下に出て、玄関の方へ一名、廊下の奥の方へ二名、剣を構える。
ってオイ、まてよ!
なんで三人なんだ!?
慌てて首をめぐらせ確認する。
「ドライがいないぞ!」
「馬鹿な!?」
「アイツは俺の後ろにいただろう!?」
ぎょっと目を見開く二人。
どうなってやがる……。
何故、俺達の後ろから出てくるはずのドライがいない?
ようやく、俺達は異常を認識した。
一応全員で食堂を覗くが、ドライの姿はない。
どうなってやがる……。
「ツヴァイ、アインス。ここからは絶対にはぐれるな。情報は共有だ。何があっても一人で行動するなよ」
「ああ」
「勿論だ」
緊張に顔を強張らせながら、二人は頷く。
クソッ!
マジでどうなってやがる……。
フィアはまだわかる。説明がつくんだ。だが、ドライは? 直前まで間違いなく一緒にいた。何故、消えた?
「どうする?」
「ドライは……可能性として食糧庫、か?」
「いや、ありえないだろう。ここから食糧庫に今の速さで音もなく行くか? それに、俺達に声をかけない理由は?」
……ねぇ。
わかってんだよ、んなこたぁ。ツヴァイだってわかって言ってんだよ。
クソが。
どうなってやがる。
「一応三人で食糧庫を確認。そのあと、他の部屋の確認、でどうだ?」
「問題ない」
「同じく。ただ、どこから回る? フィアの応援に早く行きたい。フィアはどっちに行ったと思う?」
ちらりと視線を送る。
階段。一部朽ち、抜けている。ここを音もなくあの巨漢が上がる? いや、無理だろ。それに、階段の埃もあれだけたっぷりあるんだ。足跡くらい残るはず。それもない。と、なると、他の見ていない部屋。そして、玄関すぐ左手の部屋はありえない。鍵がかかって入れなかった。今なお、その扉は閉じたまま。あり得るのは、奥左手の部屋か、廊下の更に奥。
「下、だろ。階段を上がれば、埃のせいで足跡がつくはずだ」
指摘すれば、二人はなるほど、と頷いた。
ふん、バカだな。この程度に気づかないなんて。だからお前らは俺に出し抜かれたんだよ。
ただ、気になることがある。
廊下にある埃にも、足跡がない。
アイツは……フィアは、本当に下にいるのか……?
だが、玄関から出て行ったのは考えづらい。だってそうだろう? 俺達が入るとき、かなり静かに開けたはずなのに、扉は音をたてた。俺達がいた場所は玄関直ぐ左隣の部屋。あの扉を、俺達に聞かれることなく開けるなんて、ありえねぇ。
クソ……気味が悪いぜ……。
三人で食糧庫を覗く。
朽ちた食糧があるだけ。ワインが入っていたであろう樽も、壊れて転がっている。
小さな部屋だ。入り口から覗くだけで全てが見渡せる。
案の定何もない。何もなかったことに、嫌な汗が伝った。
ドライは、どこへ消えた?
他に隠れるような場所はどこにもない。念のため、机の下を覗いたが、誰もいなかった。
異様な事態に、三人で肩を寄せ合う。
「俺が先に行く。アインス、お前は間で後ろ向きに歩け。背は俺につけろ。ツヴァイ、お前は殿だ。すり足で移動するぞ」
「わかった」
「了解」
さっと隊列を組む。これで死角はない。
ずりずりとすり足で僅かずつ進む。
フィアには悪いが、どこにも行けない場所からドライが消えた以上、俺達も慎重に行くしかねぇ。
クソッ!
いったいどうなってんだよ!
これでどっかに隠れてて、冗談だとか言って出てきたらぶん殴ってやる。
床は木が腐り、抜けそうな箇所もある。慎重に見極め、後ろのアインス達に声かければ、
アインス達は都度、返事を返す。これで、俺が正面を向いていても、後ろから二人がついてきているのがわかる。
何とか二つ目の扉に辿り着いた。
ドアノブに罠がないか簡単に確認する。
……特にないな。よし。
意を決し、できる限り音をたてないように開いた扉。三人で覗き込む。
……トイレ、か。
まぁ、大体予想どおりだな。となると、すぐ隣の扉は、おそらく風呂、だろうな。
しっかし、汚ねぇな。
便座は割れてるし、中の水は埃に埋まってやがる。
一人用の狭いトイレは、これ以上見るところはない。何もなかったことに、安堵なのか、虚無感なのか、三人で溜息ついた。
すぐに気持ちを切り替えて隣の扉へと移動する。
同じように罠を確認し、扉を開けた。
脱衣所。それから、バスタブが設置された風呂場。
大理石をくりぬいて、足をつけた貴族用のやつだ。まぁ、この廃屋はデカいし、朽ちてはいるが、家具はどうみても元は高価なものばかりだ。何でこんなとこにあんのかは不明だが、どうせ昔の貴族が避暑地か何かにしてたんだろうな。
ああ、しかし汚ぇな。
なんでバスタブに水張ったままにしたんだよ。緑色になってんじゃねぇか。底も見えねぇ。埃も浮いてるし。
「汚いな」
「仕方ないだろ。これだけ朽ちた場所なんだから」
「……」
「ツヴァイ? どうした?」
殿を務めていたツヴァイがゆら、と揺れた。
一緒にここまで入ってきたのに、そこから一度も声を聞いていない。不審に思い、顔を向けた俺は、目を見開いた。
日の光の入らない浴室。松明も何もない。暗がりに慣れた目に、ゆらりと立つツヴァイが映った。
目と、鼻と、口から血を垂れ流している。
そのまま、ぐらりと体が傾き、緑色のバスタブの中に倒れこんだ。
ばしゃんと水が跳ねる。
「ツヴァイ!!」
一瞬の硬直。
すぐにアインスと二人でツヴァイを引き上げた。
引き上げたツヴァイを仰向けにし、硬直する。
顔が、なかった。
いや、顔はある。ないのは皮膚だ。
顔面の、皮膚がなかった。
何が起きた!?
バスタブに落ちる直前、俺は確かにツヴァイの顔を見た。目と、鼻と、口から血を垂れ流していたが、確かに顔があったんだ。引き上げる時に何があった!?
「ろ、ロス……どう、なってるんだ……?」
「知らねぇ! 俺が知るわけねぇだろう!?」
取り繕うのも忘れて咄嗟に怒鳴る。
当たり前だ!
俺に聞くなよ! 俺が聞きたいくらいなんだ!
何が起きてるんだよ!?
さっきまで普通だったろうが!
なんで死んでんだ?
なんで顔の皮膚が一瞬で無くなるんだ!
わけがわからねぇ……!
どうなってんだよ、この場所は!!
わかることは、今の一瞬で音もなく襲撃され、ツヴァイが死んだってことくらいだ。
……襲撃?
そうだ、襲われたんだ。何者かに!
慌てて剣を構え、周囲を睨む。少し遅れてアインスも剣を構えた。
どこだ? どこにいる?
見渡すも、何かの影はなく、静まり返っていた。
クソッ!! マジでどうなんってんだよ!
「アインス。バスタブを確認する。警戒しろ」
「わかった」
背を預け、剣でバスタブをかき回す。
何も、無いな。
埃や廃材はあるが、ツヴァイの皮膚を奪うようなものは、ない。
栓抜きに繋がる鎖を、慎重に剣で持ち上げ、水を抜く。
ごぼごぼと音を立てながら水が抜け、バスタブの底が見えた。
……ねぇ。
何も。
埃と廃材だけ。
ツヴァイの、皮膚も、ねぇ……。
「何か出たか、ロス」
「ねぇ……ツヴァイの、も、ねぇよ……どうなってんだよ……」
「わからん。わからんが……この屋敷は、変だ。俺は、帰還を提案するぞ」
「フィアとドライはどうするんだ?」
「……なぁ、お前は、二人が生きてると、思うか?」
アインスの問い。
正直に言えば、わからねぇ。だが、俺はゆっくりとアインスを振り返った。
真っ青な横顔。
ああ、わかってる。
大体何を考えているか。
二人がまだ生きていたとして、助けを求めていたとして、俺達に何ができる? そうだよな。この、わけのわからない場所で、意味不明な襲撃で、密集陣形を組んでいたにもかかわらず、ツヴァイが死んだ。
ありえないことが起きているんだ。
俺達二人で何ができる?
ゆっくりと、アインスの視線が俺の方へと向いた。だから、俺も応える。
「ああ、正直、二人が生きているとは思えない」
あからさまに安堵に緩む、アインスの目。
そうだよな。
誰だって命は惜しい。
「ツヴァイの死体を持ち帰り、状況を報告し、一軍を率いるべきだと進言するべきだと思う」
多少何か言われたとしても、評価が下がったとしても、命の方が大事だ。
頷き合い、ツヴァイの死体をアインスが背負う。
死体を背負ったアインスに前や横を歩かすわけにはいかない。かといって、視界外に置いていつの間にか消えている、死んでいる、と言うのは断りたい。
声をかけ、時折振り返りながら正面玄関へ。
無事、と言っていいのかどうか、とにかく二人で正面玄関についた。
ああ、これで帰れる。
俺の顔にも、アインスの顔にも安堵が広がった。しかし、それも束の間。手をかけた扉が、反発した。
は……?
んでだ?
なんでだよ。
俺達はこの扉から入ってきたんだぞ?
誰が鍵かけるんだよ。誰もかけねぇだろうが。
ふざっけんなよ!
ぼろい扉の分際で、俺を阻むなよ!
蹴りを入れる。
朽ちかけの扉など、その程度で十分のはずだったのに、びくともしない。
どう、なってんだよ。
ふざけんな、ふざけんな!
何度も蹴りを入れる。
壊れない。
壊れない。
壊れない。
ああああああああああ!!!!
どうなってるんだ!!
廃材みたいな扉のくせに!!
雨漏りするような廃屋のくせに!!
は……?
……雨、漏り?
外は晴れだぞ?
なんで、雨漏り?
びちゃびちゃと当たる水滴に、震える手で触れる。
異様な臭い。
ぬるりとぬめる液体は、赤く……。
俺は、ゆっくりとアインスを振り返った。
アインスは、いた。
ツヴァイの死体を背負い、首から噴水のように血を噴き上げながら。
何が、あった……?
俺が、扉を蹴っている間、悲鳴一つなく、死体を背負った人間が、首を切り落とされる? そんなこと、あるわけが、あって良いわけが、ないだろう?
どう、なってんだよ……。
足が、震える。
いや、体中が震えていた。
何が起きているのか、どうしてこんなありえないことがあり得ているのか、理解ができない。
そして、俺は後頭部に衝撃を覚え、意識を失った。
後ろには、開きもしなければ壊れもしない扉しか、なかったのに。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「――ス! ――ろ、ロス! 起きろ、ロス!!」
「ッッ!!!」
目を覚ます。
どこだ、ここは?
「ロス! 目が覚めたか! 良かった!」
声に視線を向ければ、鉄格子。
鉄格子の向こうに、消えたはずのドライ。
椅子に座った格好のまま、拘束されている。
「ドライ! お前、今までどこ……クソっ!? なんだ、これ!」
動こうとして、できなかった。
俺もまた、椅子に座った状態で拘束されている。
なんだ、これは……?
「どういう、ことだ?」
「わからない。俺も、気が付いたらこの状態で、お前が目の前にいたんだ」
「……ドライ、お前の記憶はどこで途切れている?」
「フィアがいなくなって、廊下に出ようとした時だ。後ろから衝撃を受けて、気が付けばここだ。あの時、何があった?」
馬鹿な……。
警戒態勢の俺達に気取られず、しかも衝撃があったという事は、打撃があったはずだ。その音も漏らさず、揚句、俺達が廊下にいたのに、気づかれずに連れ去った?
どうしてだ。
何故、ありえないことばかりが起きる。
「何も、なかった。お前が消えた以外、何も、なかった」
「そうか……。それで? フィアには会えたのか? ツヴァイ達はどうした?」
「ツヴァイとアインスは死んだ……。目を離したその一瞬で、一人ずつ。襲撃は、誰もわからなかった。それで、気が付けば、俺もここだ」
二人が死んだ、という事に、驚くドライ。
何故だ。
何を間違えた。
俺は、王妃直属の近衛になり、俺の子を王位につけて……栄光の道を、歩いているはずだった。
何が、どこを、間違えたら、こんなことになっているんだ?
「フィアが生きていて、俺達を見つけてくれることに賭けるしかないのか?」
……フィアが生きて?
生きて、いるのか?
本当に?
だが、姿のなかったドライは、生きていた。なら……?
僅かに希望が見えた。
そうだ、姿が見えなかった奴が生きていたのなら、フィアが生きている可能性もあるんだ。
俺たちの中で一番剣の腕がたつのがフィアだ。アイツが生きているのなら……!
そう、期待した時だった。
天井から何かが降ってきた。
びちゃびちゃと。
液体と、物体。
生臭く、柔らかく、赤い……。
「うっあああああああ!?」
上から降ってきたのは中身。
上を見る勇気はない。
硬く目をつむり、吐き気を堪えるしか、ない。
嫌だ!
考えない!
見ない!
「ぎゃぁああああっがっあがああったすっあああああっ」
響く悲鳴。
びくりと肩をはねさせ、顔を上げた俺の目の前に、フィアが立っていた。
綺麗に、綺麗に拓かれ、空っぽになった、フィアが。
ゆらりと傾き、覆いかぶさってくる。
咄嗟に体を大きく揺らした。
椅子が傾き、そのまま俺は床に倒れこむ。おかげでフィアは椅子の足に当たり、そのまま転がった。
ほっとしたのも束の間。
目の前で、惨劇が起きていた。
ドライの真後ろに女が立っている。
髪は全てむしりとられ、右目は抉られ、顔の左半分は焼かれていた。乳房は両方とも覆うほどの釘を打ちつけられ、左足は切り落とされた、裸の、女。それが、血まみれのドライの首を、ねじ切るその瞬間を、見た。
何があったのか、わからない。けれども、先ほど聞こえた尋常じゃない悲鳴。あれが、ドライのものだとしたら……。
ごきり、とか、ぶちり、とか、聞きたくもない音をたてながら、ねじ切られた首。
生きたまま。
ゆらり、と女が揺れ、ねじ切った、苦痛と恐怖に歪んだままのその首を、ぽん、と投げた。
首は真っ直ぐに鉄格子に当たり、はじけ飛ぶ。まるで、たわむれに壁に投げつけられた果実か何かのように。
「あ……あぁ……」
全身が震える。
嫌だ。
嫌だ、嫌だ、嫌だ……
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!
あんな風に死にたくない。
いや、死にたくない!
死にたくない、死にたくない、死にたく、ない!!!!
嫌だ!
俺は、こんなところで死んで良い人間じゃない!
女が、鼻歌を歌いながら、俺を見る。
嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ……!!
逃れたい一心で体をゆする。
ふ、と次の瞬間、女が消えた。
きえ、た……?
女が消えた?
消えたってなんだよ……。
消えるって……目の前から突然……どういうことなんだよ……。
頭の中がいっぱいいっぱいで、うまく考えがまとまらない。
突然、カラカラカラ、と金属が引きずられる音。それも、俺のいる方の部屋……俺の、後ろから。
びくっと体が跳ねる。
助けて、くれ……。
音が、ゆっくりと近づいてくる。
俺は、椅子に拘束されていて、起き上がる事さえ、できない。
近づいてくる音を、聞いているしかできない。
みっともなく震えていると、突然体が浮いた。椅子ごと。そしてそのまま叩きつけるように起こされる。
目の前に、女がいた。
「た、助けて、くれ……」
縺れる舌で懇願する。
女が、にたり、と笑った。
「だ、め」
げらげらげらと響く笑い声。次の瞬間、強い衝撃。体が吹き飛んだ。すぐに引き戻される。また、吹き飛ばされる。
繰り返され、繰り返され、顔が腫れあがったころ、再び女と目が合う。
「は、はす、へて……」
げらげらげら。
必死の懇願に返る笑い。
吹き飛ばされる、戻される、懇願する、吹き飛ばされる……。
何故だ……。
何故、俺は、今ここで、遊ばれている……?
命を……。
俺の、命を……何故、この女は――化け物は、弄ぶ?
気を失うこともできず、痛みから逃げようと思考を飛ばす。
何故、俺だけ、こんな……?
笑いながら弄ぶ化け物を、ゆっくりと見た。そして、見開く。
アイツだ……俺の女の、姉だとかいう……!!
何故だ!?
アイツは死んだんだと、あのバカ太子が殺したんだと、俺の女が言ってたじゃないか!! 何故、こんなところにいるんだ!? それに、どうして俺を!? お前を殺したのはバカ太子であって、俺じゃねぇ!! その体にしたのは、俺じゃなくてバカ太子じゃねぇか!!
何の恨みで!?
お門違いだろうが!! 俺じゃなくて、バカ太子にするべきだろう!?
げらげらと笑いながら殴られ、蹴られ、吹き飛ばされ、次の瞬間、腹に焼けるような痛み。
「ぐぁあああああっ」
「い、た、い?」
あは、あは、と聞こえてくる笑い声。
とても、とても、嬉しそうに響いている。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!
腹が、焼けるように、痛い!!!
転がりまわりたいのに、拘束されていてできない。
何が起きたのかわからず、腹を見れば、そこに生えた剣。柄を握る、全ての指があらぬ方向に曲がった手。
「ぎゃぁあああっ」
今度は肩を貫かれた。
「い、た、い?」
嬉しそうに問われる。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!
「たす、けっぎゃぁあああっ」
足に剣が刺さる。
また痛いかと問われる。
「いやだっああああああっ」
次々に刺さる剣。
けして急所は刺さない。
すぐに殺さないようにか、深刻な深さまでは刺さらない。それに、不思議なことに、血が溢れてこない。
貫かれる痛み、引き抜かれる悍ましさ。けれども、剣が引き抜かれたそこに、傷はなく、ただただ痛みだけが襲ってくる。
「たすっぐぁああああっ」
俺は、俺は、こんなところで終わらない……?
嫌だ……
嫌だ。
終わりたい。
誰か、誰でもいい。
こんな、こんな繰り返されるぐらいなら、死んだ方がマシだ……!
「ゆるしっぎぃいいいっ」
先に死んだ奴らが恨めしく、羨ましい。
何故、アイツらだけ簡単に楽になったんだ。
誰か、誰でもいい。
俺を、今すぐ殺してくれ……!!!
これじゃない感。
和風の、サイレントホラー(?)なるものを目指そうとして挫折。
何が足りないのか、ホラーがわからないから、わからないです……。
申し訳ない……ッ><;