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02 とある侍女



 最近、お屋敷で奇妙な話を聞く。

 夜番の見回りの時、誰かがずっと後ろをついてくる。



 ひたひた…… ひたひた……



 後ろを振り返っても誰もいない。

 でも歩き出すと、また聞こえてくる。



 ひたひた…… ひたひた……



 付かず離れず。



 ひたひた…… ひたひた……



 まるで、人が裸足で歩いている時の足音にそっくりだって。

 で、そのことを言い出した人は、数日以内に皆静かになる。顔色も悪くて、俯き加減。話しかけても最低限以外喋らない。何かに怯えるように。



 嫌だなぁ、怖いなぁ。

 私、そういうの苦手なんだよ。

 折角できそこないが居なくなったのに。お嬢様が王子様の婚約者に選びなおされて、お屋敷も明るくなったのに!





 このお屋敷には以前二人のお嬢様が居た。

 一人は前妻の娘。

 もう一人は、今の奥様の娘。

 旦那様は、奥様の事を愛していて、奥様と将来を誓い合っていた。でも、前妻のあの女が旦那様に一目ぼれして、無理矢理婚約者になったんだって。

 当時旦那様はまだ御当主様ではなくて、当主である前公爵様が決めた以上、旦那様は断れずに結婚。


 愛し合う二人を引き裂くとか、同じ女として信じられないんだけど!


 前公爵様がいらっしゃった時は、それでも旦那様は一応お屋敷に帰ってきていた。でも、前公爵様が引退して、旦那様が家督を継がれた後は殆ど帰ってこなくなった。


 まぁ当然よね。


 私達使用人は、皆知っていた。帰ってこない旦那様がどこにいるのか。

 恋人のところに決まってるじゃない!

 いらっしゃらない旦那様のため、私たちはあの女を追い出すことを決意したのよ。

 皆であの女に嫌がらせをしたの。


 何が女主人よ。誰もあの女の言葉なんて聞かない。あの女の言葉なんて聞こえない。

 ふん! どうして自分が歓迎されていると思ってるの? 馬鹿じゃないの!


 ご飯は平民のものを出してやった。私達使用人のものよりずっと酷いもの。でもあの女は少し驚いた程度で気にせず食べた。

 どういうこと? あの女って良いところの娘じゃないの? なんで当たり前の顔して、平民のご飯食べてるの? こうなれば絶対追い出してやる!

 そう皆で決めて、翌日からは平民以下の食事にしてやったわ。むしろ残飯ね。

 あの女はさらに驚いた顔をして、それでも食事をとった。

 どういうこと?

 なんなのよ、アレ。残飯よ、残飯! 野菜の切れ端とか、虫が食って棄てるようなところよ? なんで普通に食べてるわけ? あの女、どっかおかしいんじゃない?

 気味が悪い。



 ドレスや宝石も買おうとしない。お茶会や夜会の参加も最低限。その資金は、自分が嫁入りの際に持ってきた宝石とかを売ったお金で賄っていた。

 さすがの私達も、お茶会や夜会はちゃんとした。あの女のいう事を聞くのは癪だけど、ここで失敗したら公爵家の恥だもの。旦那様の顔に泥を塗るのは本意ではないわ。破滅するならあの女一人でしてもらわなくては。



 そのうちあの女が妊娠した。

 石女だったら良かったのに! そうしたらそれを理由に追い出せたのに!

 でも、誰も手伝わなければ? 流れちゃう?


 悪い考えがよぎった。


 ああ、でもダメダメ。そういうのはどこからかバレる。

 使用人が手伝わない、医者を呼ばなかったから流産した。そんなことがバレたらそれこそ醜聞だ。

 仕方がないから医者を呼んだ。

 どうか男児ではありませんように!

 使用人一同心からお祈りした。


 あの女が妊娠したと報告した時も、出産のときも、旦那様は帰ってこなかった。


 まぁ、当然ね。

 私たちが手伝っただけでもありがたいと思いなさいよ。


 産まれたのは女の子。

 皆で胸を撫でおろしたのを覚えている。

 子供が生まれた後はほったらかし。

 乳母なんて雇わないわよ。食事は相変わらず残飯を与えた。母乳が出なくなって子供死なせちゃえばいいのよ。

 なんて思ってたけど、子供はすくすく育った。


 ま、でも結局あの女は子供が五歳の時に死んで、子供の方も最近死んだみたい。


 でも、お嬢様があの女の子供の後釜ってのが納得いかないわ!

 お嬢様の方が王太子妃に相応しいに決まっているのに!

 なんで旦那様はあの女の子供の方を、王太子の婚約者にしたのしら?

 そんなことをつらつら考えながら、旦那様の書斎を掃除する。




 ふと、旦那様の執務机の上の紙に気づいた。



 珍しい。

 旦那様は普段、この机を離れるときは何もない状態にしているのに。


 ちょっとした好奇心。

 いけないとはわかっていても、手にした。


 手紙?

 何だろう?

 いけないとは分かっている。でも、私は目を走らせた。

 それは、前公爵へあの女の実家が宛てた手紙だった。


 なんだか興がそがれた。


 どうせあの女が旦那様と結婚したいと言い出したから、なんて内容だと思ったのに。半眼で読み進めていた私の目が、くわっと見開かれる。

 飛び込んできた文章を、何度も何度も読み返した。

『……閣下からの提案である、そちらへの資金援助の見返りとして、我が娘を嫡子の正妻としていただく、との条件ですが、私は娘に幸せな結婚を望んでおり、娘の意に沿わぬ婚姻を望んでおりません……』




 どういうこと……?




 公爵家への資金援助?

 あの女の実家が?

 それに、あの女はこの結婚を望んでいなかった?

 どういう、こと?


 机の上にはまだ紙がある。

 震える手で全てを拾い上げ、目を通す。

『……先日の飢饉にて、甚大な被害をこうむり、何とか領民に食わせるだけの麦は確保できたが、それだけです。無辜の領民のため貴殿の助力を願いたく、また、才女と名高いエトワール嬢に、我が愚息の代わりに公爵家を導いてもらいたく……』

 確かに二十年前、公爵領は大飢饉に見舞われた。そのせいで前公爵が立ち上げた事業がとん挫。再開のめども立たぬまま潰えた。

 でも、あの後も前公爵様平然としていて、私たちの給料とかも変わりはなかった。

 とても危機的状況だったとは思えない。

『……そちらへ嫁いでも娘が幸せになるとは思えません。領民のため、援助をすることはやぶさかではありませんが、それ以外はお断りしたく。また、そちらが立て直されたら、貸し出した分を返却していただきたく……』

 あの女の実家は、金を貸すから、立て直したら返せ。その代り無利子で構わない、と言っていたようだ。





 どういうことなのか理解ができない。





 こんな何枚も、あの女がこの家に嫁ぐことを拒否している。

 どうして?

 だって、あの女が横恋慕して、無理矢理押し掛けてきたんじゃなかったの!?

 わ、私達は、この家が傾いたとき、助けてくれた家の娘に、嫌がらせをしていた、というの!?

 だから、あの女は、あの平民の食事を受け入れた!?

 公爵家が傾いているのを知っていたから、だから、こんな食事しかとれないんだって、そう、思ったというの!?

 あの後の残飯も、まさか、あの平民の食事が御馳走で、残飯が普通だと思ったというの!?

 そ、そんな……!



 どれだけ手紙に目を通しても、あの女の実家は延々断っていて、前公爵様が必死に頼み込んでいる。

 やがてあの女の実家が折れた。

 しぶしぶ、条件付きであの女を嫁にやることを了承した。


 娘を絶対に幸せにしろ、と。

 そうでない限り、許さない。

 もしも娘が幸せだったと判断できなかった場合、利息付で貸した金を返せ、と書いてある。


 ぶるぶると手が震えていく。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 絶対幸せじゃなかった。

 しゃ、借金はいくらなの!?

 ど、どこかに、書いてないの!?

 必死に手紙を読み進める。









 あった!

 あったわ!

 あ……う、そ……

 毎月、金貨百枚……?

 それが、五年分……?

 それに、時折、緊急で金貨五十枚も……?

 あの女の家は、そんなにお金持ちだったの? これじゃぁ、王家だって懇意にしている家だって丸わかりじゃない。私たちは、そんな家に、喧嘩を、売ったの……?

 あ……こっちは、督促、状……。


 へたり、と座り込む。


 あの女は、最期はやせ細っていた。

 どう考えても、幸せな生活を送っていたとは思えない。だって、旦那様は葬式を執事に丸投げしていた。しかも葬式が済んだ後に、帰ってこられて……。それで、すぐに、その日に、奥様を正妻に……。そして私たちはそのことを喜んで、方々に噂話を……。




 う、そ……。




 手紙が、次々手の内から落ちていく。

 私にはそれを拾い上げる気力はない。

 呆然と前を見つめ、ふと、気づく。


 薄暗い。


 どうして?

 ハッとして辺りを見渡し、ぎょっとした。

 物置小屋!

 何故!?

 私は、旦那様の部屋で掃除をしていたはず……。

 手紙を読みながら彷徨ってここに?

 いいえ、そんなわけがないわ!

 私は一歩も動いていない!

 どうして?

 どうして私はこんな場所にいるの?

 ここは嫌よ!

 だって、だってだって、あの女の娘を……お嬢様を、私が閉じ込めた場所よ!

 散らばっていた手紙が、突然燃え尽きたかのように真っ黒な煤になり、ぼろり、と崩れて消えた。

 何!?

 なんなの!?

 何が起きたのよ!?


 本能的に危険を覚え、逃げ出そうと立ち上がる。






 ひたひたひたひた……





 突然聞こえてきた足音。

 まるで、人が裸足で歩いているような、音。



 ひたひたひたひたひたひたひたひたひた……



 近づいてくる……!

 逃げなくちゃ!




 ばたん!




 大きな音を立てて小屋の扉が閉まった。

 ついで、鍵のかかる音。

 ひ、人?

 もしかして、庭師の誰か?

 たまたま小屋の扉が開いていて、それに気づいた誰かが閉めに来た?

 そうだ、あの人たちは水を撒くから靴が濡れている。それで足音が裸足の人に近い音がすることもある。

 きっとそれね。

 ああ、びっくりした……。

 でも酷いわ。私が中にいたのは見えたはずなのに、扉を閉めるなんて!


「ちょっと! 中にいるのよ! 開けてちょうだい!」

 扉を叩く。

 辺りはシンと静まり返り、誰も応えない。

 まだ、近くにいるはず、よね……?

 もう一度、今度は強く扉を叩く。

「ねぇ、ちょっと! 聞こえてるんでしょ? 開けてよ!」

 誰も、応えない。

 何で?

 どうして?

 だって、今閉めたじゃない! 立ち去るような足音がなかったんだから、そこにいるはずでしょう!?




 がさり、と小屋の奥から音がした。



 な、何!?

 慌てて目を向ける。

 誰もいない。

 薄暗い室内。よく目を凝らせばなんとか物の影が見える。

 庭師たちが使うこの倉庫は、肥料や、庭を耕すための道具、花の種が置いてある。

 積みあがった影は良く見えないけど、少なくとも何もないように見える。

 ぐるり、と見渡していた私の目に、崩れた肥料が映った。

 あ、ああ、なんだ。私が扉を沢山叩いたから、振動が伝わって、山が崩れたのね。

 びっくりした。

 胸をなでおろし、顔を上げた時だった。












 女が、 いた。








 髪は全てむしりとられ、右目は抉られ、顔の左半分は焼かれていた。乳房は両方とも覆うほどの釘を打ちつけられ、左足は切り落とされた、裸の、女。


 声は、でなかった。

 驚きのあまり、飛び退くように体が動き、扉に背中をぶつける。

 女が、笑った。

 口角を上げ、半開の口でにたぁ、と。

「いっいやぁああああああ!!! 誰かっ誰か誰か誰か誰か誰か誰か誰か!!!」

 体を扉へと反転させ、必死に叩く。



 ドンドンドンドン!



 叩いても、叩いても、誰も応じない。

 おかしいおかしいおかしいおかしい!

 これだけ音を出せば、お屋敷の中にだって聞こえるはず!

 どうして!?

 どうして誰もきてくれないの!?

 あああああああ!!

 誰かっ誰か誰か誰か誰か誰か誰か!

 誰でもいい! 誰か助けて!

 ここを、開けて!!!

『ダメよ……』

 後ろから、女が囁いた。

 がさりと掠れ、悍ましい音色の声。



 ひたり、ひたり、と足音が近づいてくる。

 片足しかない筈なのに、ひたり、ひたり、と両足で歩くような音を立てて。



 私は死に物狂いで扉を叩く。

 握った拳が、打ち付けた部分の皮膚が破け、血が出ても、必死に叩く。



 ひたり、ひたり、足音はもうそこまで迫っている。



 お願いお願いお願いお願いお願い! 誰かっ!


 ひた……ひた……







『だって、私がお願いした時、貴女、開けてくれなかったじゃない……』

 耳のすぐ後ろで囁かれた言葉。



 え……!?

 思わず、振り返ってしまった。

 不気味な顔で笑う女。

 腰が抜けて、その場に崩れ落ちながら見上げた顔。


 あ……あ……

 お、じょう、さま……




 髪は全てむしりとられ、右目は抉られ、顔の左半分は焼かれていも、面影は残っていた。

 私は、女の正体に、気づいてしまった……。

 全ての指がおかしな方向に曲がった手が伸びて、ゆっくりと首に触れる。

 ぞっとするほど冷たい。

 指が、おかしな方に曲がっているのに、恐ろしいほどの強さで締め上げられる。

 あの細い腕で、軽々と私の体を持ち上げた。

「ぐ、ぅう……」

 にたにたと嬉しそうに笑う顔。

 足元に火が噴き上がった。

 あ、ああ、私、死ぬの……?

 大恩ある家の血を引くお嬢様を閉じ込めた、この場所で……。

 めらめらと燃え上がる炎。

 舐めるように床を滑り、あっという間に天井まで届いていく。


 熱い……




 熱い熱い……





 息が、できない……







 くる、しい……








 もう、何もわからない……


すみません、すみません、すみません、トドは、ホラーが苦手なんです。

お化け屋敷は入れない、夜どころか昼も電気が消せない、ホラーゲームや映画なんて絶対無理。文章も苦手です><;

せっかくリクエストをいただいたのに、ちゃんとホラーになっているか心配です><;

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― 新着の感想 ―
[一言] 殺しちゃダメだよ主人公さん、このメスメイドは風俗に沈めて死ぬまで搾り取るんだから(・ω・)
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