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14 義妹2



 祈りながら走る。



 夢中で駆けて、駆けて駆けて、気が付けばお屋敷の敷地を出ていた。

 息を切らしながら、今出てきたお屋敷を振り返った。

 森のような庭付きの、広いお屋敷。いつもは自慢の立派な建物。それをふり仰ぎ、目を見開く。

 割れたガラス窓。一部黒焦げたような壁。崩れた塀。荒れ果てた庭。

 な、に……これ……?

 どうして……?

 わたくし、こんなお屋敷で生活なんてしていないわ。

「ヒッ!?」

 お屋敷の中から、あの気味の悪い姿の使用人たちが出てきた。

 真っ直ぐにわたくしに向かって歩いてくる。





 逃げなくては……!




 良くわからないけど、あの使用人たちはなんだか怖いわ……。

 でもどこへ行けば良いの?

 お城?

 ……ええ、そうね。わたくしは王太子様の婚約者。お父様だってお城にいらっしゃるでしょうし、そちらへ行きましょう。

 駆け出す。

 何故わたくしが、下賤の者のように自らの足で移動しなくてはならないのかしら? でもあの使用人たちはなんだか恐ろしくて、近寄りたくないし……。

 それにしても、確かにここは貴族街で、平民たちの通りはないとはいえ、使用人たちとすれ違わないのは変ね。馬車も通らないなんて……何故かしら? 普段馬車でお城へ向かっている時は必ずどこかの貴族とすれ違うのに……。






 ああ、それにしても遠いわ……。





 まだお屋敷の塀の途中だというのに息が切れてきたわ。

 思わず足が止まる。

 立ち止まり、肩で息をしていると、先に人影が見えた。

 あら、誰かしら?

 こちらに背を向けているけど、歩いているところを見るに、どこかの使用人かしら?

「そこの貴方、ちょっとよろしいかしら?」

 扇子は生憎持っていないから、顎をつんと上げる。

 公爵家の者でもなく、このわたくしに声をかけてもらえたこと、そして、わたくしの役に立てるのだから、這いつくばって礼を言っていただきたいところね。

 そんなことを思いながら、相手が近づいてくるのを待つ。





 ……。

 ……変ね?

 このわたくしが声をかけているというのに、何故あんなにもゆっくりと動くのかしら? 普通なら駆け寄ってくるべきではなくて?

 それに、何であんながくがくと上下左右に奇妙に揺れているの? まるであの使用人たちみた……い……?










 息をのむ。








 まさに、あの使用人たちのように気味の悪い姿をした男だった。

 ロス様と同じ騎士の服に身を包んだ男。その男は、顔の皮膚がなかった。

「ぅ……ぁ……」

 何とも言えない声をぶつぶつと零しながら、ゆらゆらと近づいてくる。わたくしにできる事は、その恐ろしい見た目に悲鳴を上げながら、身を翻すだけ。



 何なの!?

 何なの、何なのよっ!?

 何が起きているの!?



 駆け抜ける道、不意に現れる不気味な姿の人々。その度に道を変え、どんどんお城が遠ざかっている。けれどもそんなことどうでもいいわ。そんなことより、あの不気味な人々から逃げる事のほうが重要だった。

 どこをどう走ったのか覚えていない。ただ、どこかの行き止まりに辿り着いた。そこに蹲る人と、その正面に倒れ伏す人。

 ぐちゅぐちゅと奇妙な音がしている。

 乱れた息そのままに、視線を向け、ひぃ、と声を漏らした。

 蹲る人は、あの不気味な姿。そして、倒れ伏す人に噛みついては、その肉を食いちぎり、咀嚼していた。倒れ伏す人は、びくびくと痙攣している。

 眼前に広がる異様な光景に、喉がひきつり、悲鳴さえ零れない。


 化け物。


 その言葉が頭の中でぐるぐると回る。

 がちがちと震え、歯の根も合わない。

 逃げなくては。

 そうは思っても、足からは力が抜け、座り込んだまま立ち上がることもできない。

 何が起きているの?

 お屋敷の使用人たちも、この化け物になっていたの?

 わたくしを追ってきたのは、わたくしを食べようとしていたの?

 どうして……?

 何故……?

 わたくしが、何をしたというの?

 わたくしは、こんなメに遭って良い存在ではないのよ?

 だってそうでしょう?

 わたくしは魔女に幸せを奪われていたお姫様。

 魔女が死んで、ようやく幸せを手に入れたのよ? 本来在るべき場所に戻ったのよ? 五年間も耐え忍んだわたくしが、何故こんな酷いメに遭っているの? おかしいでしょう?

 お父様もお母様も、これからはずっと幸せだって……そう仰られていたのよ?


 どうして?


 わたくしは、今どうしてこんな怖いメに遭っているの?

 わたくしを振り返る化け物。

 ゆらりと立ち上がり、真っ赤な口元を拭うことなく近づいてくる。

 震え、立ち上がることもできず、後ずさろうにも体が上手く動かないわたくしには、化け物を見上げている事しかできない。















「ベス!」

 突然聞き慣れた声に、愛称を呼ばれた。

 そして、身体が引き寄せられる。

 化け物の首が斬り飛ばされ、身体は倒れ伏した。

 どくどくと溢れる血を見ながら、自分が助かったことを知る。

 そっと見上げれば、求めた精悍な顔ではないけれども、よく見知った顔。初老の、男。

「おじい様!」

「ああ、ベス。可愛いベス。無事で良かったよ」

 汗だくの顔に、安堵の笑みを浮かべる、あの家畜の祖父。わたくしを孫だと信じて疑わない、愚かで、哀れな老人。

 わたくし達を苦しめた魔女の父親だからわたくしは嫌いなんだけれども、お父様が言っていた。この老人は役に立つから、しっかり甘えておきなさい、と。仕方がないからお父様が言うとおりにしていたけれど……本当にそのとおりだったわ。

 しっかりと抱き合いながら、隠した顔でほくそ笑む。

 お前の孫を苛め抜き、婚約者を奪い取り、そして、引き渡したわたくしを、大切な孫だと信じて助けてくれるなんて……お父様の言うとおり、役に立つこと。まぁ、殺したのは王太子様で、わたくしはまったく関係ないし、悪くもないけれども。

 知らないって、幸せよね。

 まぁ、可愛らしい孫として貴方を幸せにしてあげているのはわたくしなのだから、こうして役に立つのも当然ね。



「さぁベス、こっちにおいで。私の屋敷に行こう」

「ええ、おじい様」

 愛しげに頬を撫でる老人。初めて会った頃に比べ、格段に皺の増えたその顔をくしゃりと歪めて笑う。

 街の中を横切り、街外れの枯れ井戸へとわたくしを案内する老人。途中何度も化け物に出会いそうになったけれども、老人の指示に従って隠れてやり過ごしたり、音をたてないように通り過ぎる事が出来た。

 枯れ井戸の蓋を外せば、かかる縄梯子。

「おじい様、ここは?」

「ここは、昔の抜け道の一つだ。危険が迫った時、貴き血を逃がすために造られたものだな」

 老人が言うには、その昔、この国が他国からの侵略があったり、愚かな下賤の者達が徒党を組んで貴き者達を狙ったことがあったのだとか。その時々、貴き者達を守る為、各地に抜け道が造られた。

 この抜け道は、老人の住まう屋敷の近くに繋がっているのだとか。

 今街中は先ほど見た化け物たちで溢れているので、普通の道は危険なんですって。

 縄梯子を降り、横道にかけられたランプに火をつけなら、老人が説明してくれた。



 おそろしいわ……。

 いったい、何が起こっているのかしら……。

 どうして、誰からも守られるべきわたくしが、こんなメにあっているのかしら……。




「おじい様、一体何が起きているの?」

「……そうか、わからんのか」

 困ったように微笑む老人。

 何、その返し。この老人も何もわかってない、ということ?

 使えないこと。

 でもまぁ、わたくしのことが心配になってお屋敷まで来てくれたのだというのだから、情報も持っていないような役立たずでも、罵倒しないであげるわ。

 老人はお屋敷に行ったものの化け物になった使用人しかおらず、わたくしがいなかった。だから化け物を斬り伏せながら探し回り、街中でようやくわたくしを見つけ保護した、と言った。




 保護ってなによ。




 わたくしがあんなに怖い目に遭って、あんなに走り回らなくてはならなかったのは、貴方が来るのが遅かったせいじゃない。それで何を偉そうにわたくしを保護したとか言っているのよ。図々しいにもほどがあるわ。一応助けてはくれたのだから、言わないでおいてあげるけど。

 ちらりと老人の姿を確認する。

 老人の服は血や埃で汚れていた。おそらく化け物たちと戦った時のものでしょうね。

 汚らしい事。

 こんな薄汚れた老人と一緒に、こんな薄汚い場所を歩かないといけないなんて……なんて可哀相なわたくしなのかしら。まぁ、わたくしは心優しいから一緒にいることを許してあげるわ。何かあった時、盾になってくれるでしょうしね。



 暗闇は一本道だった。

 この道に入った時と同じ、竪穴に縄梯子。

 老人が先に上がり、辺りの安全を確認してくれて、ようやくわたくしも地上へと戻る。

 ああ、よかった。

 あんな暗くてじめじめした場所、長居したくないものね。

 安堵する間もなく老人の屋敷へと移動する。どうやら枯れ井戸は、老人の屋敷から見ると裏手側の位置にあったみたいね。

 なんだってわたくしが裏門から入らないといけないのかしら? 確かにあの化け物とは会いたくはないけれども、何故公爵令嬢であるこのわたくしが、裏口から入らないといけないのよ。

 もうっ!

 本当に忌々しいわ!

 それでもまぁ、裏門をくぐり、屋敷を見上げ、ほっとする。

 どうやら、ここはあの化け物たちはいないみたいね。屋敷を囲う塀も、屋敷自体も、なんの襲撃跡も見られない。

 本当は、あの魔女たちのせいで過ごさねばならなかった小さな屋敷を思い出すから、この屋敷は嫌い。でもまぁ良いわ。大きくても、化け物だらけなうえボロボロの屋敷よりは幾分かマシよね。ここで過ごすのも我慢してあげなくてはね。

 本来なら使用人たちの入り口である裏口から屋敷に入る。

 厨房から食堂を横切り、玄関ホールに出た。

 ああ、狭いこと。わたくしのお屋敷の半分もないのではないかしら?

 調度品とかはお城並みに高いものを置いているくせに、屋敷の広さは敷地を含めても公爵家の半分、といったところかしらね?







「どこへ行くのだ?」









 いつものように二階のわたくしの部屋へと上がろうとしたら、突然肩を掴まれた。

 強い力に驚いて振り返れば、にこにこと笑う老人。

「わたくしの部屋に行こうと思ったのですが……」

「ああ、あんな目立つところは駄目だ。こっちへおいで」

 手が引かれる。

 爪が食い込みそうなほど力強く握られ、思わず眉をひそめた。

「おじい様……? 痛いわ」

「ああ、すまないね。お前に何かあったらと思うと、つい」

「大丈夫ですわ。わたくしはこのとおり無事ですわ。新しいお部屋に行くより先に、着替えたいのですけれども」

「安全な部屋で着替えなさい」

 有無を言わさない老人。

 ……まぁ、そうね。

 確かに、着替えの最中に襲撃でもされたら恐ろしいわ。安全な部屋で、落ち着いて着替えた方がいいわね。

 手を引かれるまま、後に続く。

 廊下を抜け、奥の倉庫に連れてこられた。荷物の影で気づかなかったけれども、床に切れ目がある。老人が片手でいじると、ぱくん、と上に向かって開く。

 隠し扉の下には、地下へと続く階段があった。

 貴族の家には大体ある隠し部屋。価値のあるものや、財産の一部を隠していることが多い。



 ……初めて見る物もありそうね。



 ふふっ急に楽しくなってきたわ。

 あの老人はわたくしを孫だと思っているから、可愛くおねだりしたらなんでもくれるのよ。そうね、心配しているからとはいえ、わたくしの手をこんなに強引に引いたお詫びに、なんていえば、それこそいくつでもくれるわよね。

 そんなことを考えていたら、突然突き飛ばされた。

 よろけ、壁にぶつかりそうになりながら、慌てて振り返る。

 ……?

 ここは、どこ……?

 薄暗い、石造りの部屋。

 老人の後ろには鉄格子。

 わたくし、いつの間にあんなところを超えて来たの?

 全く身に覚えがなくて、何度も瞬く。

「お、おじいさま……? どうなさったの?」

 老人は俯いていて、顔が見えない。

 ずかずかと遠慮なく近づいてきた老人が、突然わたくしの手を捻るようにしながら掴み、壁に押し付けた。痛みに顔をしかめた瞬間に、がしゃん、と金属のなる音。ひやりと冷たく硬い感触が手首に絡みついた。

 目を向ければ、壁とつながった手枷。

 何!?

 どういうこと!?

 驚愕しているうちにもう片方の手にも手枷が嵌められる。

「お、おじい様!?」

「ふん! よくもその汚らしい口で、私を『おじい様』などと呼べるな。流石はあのクズの娘といったところか!」

 ぱしんと響く音。頬がじんとした痛みを訴える。

 な……!

 こ、このわたくしを、こんな、こんな老人風情が叩いた!?

 カッと頭に血が上る。けれども、次の瞬間、すぐにその熱は引いた。

 少しずつ暗がりに慣れた目が、わたくしを見下ろす目を捕えた。侮蔑の色をのせた、冷え冷えとした目。ゾッとするほど冷たいその目が、わたくしを見ている。





 どうして……?





 いつだって愛しそうな目を向けていたじゃない。












 わたくしを愛していたんでしょう?









「お前が、私の孫でないこと、私が知らないとでも思ったか?」

「え……?」

「お前のその薄汚い口で呼ばれるたび、腸が煮えくり返る思いがしたか……」

 地を這うような声。

 怒りに染まった目。

 何……?

 こ、こんな老人の姿、わたくしは知らないわ……。

 ぞわりと全身が粟立つ。

「それに気づいたとき、あろうことかお前の父親はあの子の……私の本当の孫の命を盾に、私を脅してきおった……!」

「きゃぁあああああああああっ」

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!

 突然肩に走った、焼けるような痛み。

 老人が、腰に下げたままの剣を抜き放ち、それでわたくしの肩を貫いていた。そして、すぐに引き抜かれる剣。

 たかが老い先短いみすぼらしい老人風情が、こんなことをして、こんなことをしてぇええ!!

 わ、わたくしにっ!

 このっ公爵令嬢であるわたくしにぃいいっ!!

 怒りが先立ち、痛みが引いていく。

 闇に完全に慣れた目が、ふと、右手奥の人影を見つけた。

「そ、そこのお前! わたくしを助けなさい! この老人は狂っているのよ! 公爵令嬢であるわたくしにっこのようなっ」

 くく、と低い笑い声。

 にやにやと気味の悪い笑いを浮かべた老人。

 わたくしから離れ、鉄格子付近に行くと、ごそごそと何かを弄った。しばらくすると、ぽ、と灯るオレンジ色の明かりに、老人が弄っていた物がランプだと知る。

「お前が助けを求めた者は、お前の未来だよ」

 不気味な笑みを貼り付けた老人が、ランプを片手に壁際の人影に近づいていく。

 オレンジ色の光に照らされたその人物を見たとき、わたくしは絹を裂くような悲鳴をあげることしかできなかった。










 それは、苦悶の表情を浮かべた男だった。






 苦しんで、苦しんで、苦しみぬいて変形したかのような、歪な顔。カッと見開かれた目。顔中に刻まれた皺。真っ白な頭部。

 老人のような姿をした男。その首から下は――。








「いやぁあああああっっ」

 がしゃがしゃと手枷と壁を繋ぐ金属部分が音をたてる。

 アレがわたくしの未来!?

 いやよっ!!

 いやっ!

 わたくしは五年も耐え忍んだのよ!?

 これからは幸せになるだけなのよ!?

 この老人は頭がおかしいわ!!

 なんでわたくしの未来がアレなのよ!!

「そうそう、お前の自慢の公爵令嬢という身分だがな……」

 くく、とまた低い笑い声。

















「お前自身には、一滴も公爵家の血など流れておらんのだよ」
















 ……。

 …………。

 …………は…………?

 な、何を、言っているの、この老人は……?

 思わず動きを止めて老人を見てしまう。

 わたくしは公爵であるお父様と、そのお父様に愛されたお母様の子よ?

「何故お前に婚約者が今までいなかったか、考えなかったのか?」

 小馬鹿にしたような目がわたくしを見ている。

 確かに、わたくしには王太子様と婚約するまで、婚約者がいなかった。普通早くて五歳、遅くても十歳で婚約する。血が貴ければ貴いほど、その傾向は強い。

 で、でも!

 わたくしは五歳まで正式なお父様の娘で無かった。あの魔女と、その娘のせいで!!

 だから、そう、しかたがないのよ。

 わたくしは五歳になってから公爵令嬢として認められたの。それで、お父様がわたくしのことを溺愛して、できるだけ御傍に置きたがったから、だから、仕方がないの。でもそれも、ロス様と出会うための布石でしかなかったのよ。

 物語でもそうでしょう?

 不遇なお姫様は、素敵な王子様と出会って幸せになる。それまではいくつかの試練があるの。

 これは現実だけど、でも、物語だって現実を参考にしているのだから、当然ありえるの。そのお姫様がたまたまわたくしだっただけよ。

「お前の父親には、公爵家の血が流れておらんのだよ」

 老人がランプをもとあった場所に置きながら、鼻で笑った。

「何しろ、前公爵夫人と、使用人との間にできた不義の子だからなぁ……」

 またわたくしの傍へと移動してくる老人。



 なっ!?

 わ、わたくしだけでなく、お父様まで馬鹿にするというの!?

 このっ耄碌した老人がっ!



「訂正なさい! 伯爵風情が公爵家を貶めるなど……!」

「黙れ、薄汚い盗人が」

「ぐうっ」

 ごすり、と拳がお腹に叩き込まれた。

 口から胃液がせり上がる。

「前公爵が家の恥になるから、と産後の肥立ち、と理由づけて夫人に毒杯を与え、沈黙したからさほど有名ではないが、知っている者は知っている。隠し事など、どこからか必ず漏れるものだからな」

「あああああっ」

 今度は足に剣が突き立てられ、ゆっくりと引き抜かれていく。

「本当はお前の父親には一族から婚約者が決められていた。再び公爵の血を入れるためにな。だが、アレはそれが許せなかった。自分が本家なのに、分家からくる娘の方が重要だと言われることが」

 老人は淡々と語りながら、腕に、腹に、剣を突き立ててはゆっくりと引き抜いていく。

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!

 誰か、助けて!!

 この妄言を吐き出す、頭のおかしい老人から、わたくしを助けて!!

「故に、花嫁見習いとして屋敷に来た娘を、金を握らせた使用人に犯させ、自分から寝所に引き込んだふしだらな娘だ、と叩き出した」

 不意に、老人が剣に着いた血を、わたくしのドレスで拭い、鞘へとしまう。

 よ、ようやっと気が済んだの……?

 そう安堵した瞬間、頬に拳が撃ち込まれる。

「ぎゃっ」

「そういうことが三度続き、公爵家へ嫁ごうとする女は悪魔が憑く、そういう噂がたった。実際はお前の父親がしていたことだが、アレはそういったことを隠すのが上手く、皆が騙された結果だ。……私も長く騙されていたものだ」

「ぐっぁぐっ」

 ごすりごすり、と何度も振りぬかれる拳。

 顔中が痛い。

 右の瞼が熱を持ち、急に上がらなくなった。

 左の瞼も落ちてきている。

 ただでさえ薄暗い場所。老人の姿が殆ど見えない。





「それからしばらくして、公爵領に大飢饉が起きた。呪われた公爵家。没落寸前。誰も助ける者はいない。が、仮にも公爵家。我が家に王命が下った。助けよ、と」

「ああああああっ」

 剣で貫かれたお腹に、再び拳が打ち込まれた。

 今までの比ではない痛み。

 お腹を抱え込みたいのに、動かした腕はがしゃりと音をたてただけ。




「我が家は公爵、侯爵家に空きが無い、または受け取りを拒否されるような王族だった際に、受け入れ先となるための家。まぁそれだけではないが、な」



 もう、老人が何を語っているのかわからない。

 そんなことより、全身を襲う痛みがわたくしの思考を奪っている。

 その間も老人は語り続けた。

「王家の血を引く娘を引き渡し、有事の際王家に貢ぐために溜めてある金を、公爵家に流すことへとなった。王命でなければ、誰がそんな話受けようと思うものか! 私の可愛い娘を、苦労しかない道へと進ませるなど、前公爵自身から求められたときだって断ったというのに……!」

「ぎゃぁああああっ」

 一際強く、傷を打つ拳。









 何を、言っているの……?

 王家の血をひく娘……?

 あの、魔女が王家の血をひいている?

 あの、家畜が王家の血をひいている?

 妄言ばかりの耄碌老人が!!

「わ、わた、く、し、はっ五年も、耐えいぎっっ」

 ぐりぐりと傷口が指先で抉られる。

「五年? たかが五年がどうした? 私の孫は生まれてから十六年もの間、お前たちに苦しめられ、殺されたそうだが?」

「と、とうぜ、でしょ! わ、わたく、し、に、あんな、あんな不幸を与えたの、よっぎゃぁっ」

 突然前髪が掴まれ、後ろの壁に頭を打ちつけられる。

 幾度も、幾度も。

 痛い、痛い、痛い、痛い!!

「お前のどこが不幸だった!」

 憤怒の表情。

「お前の父親はっ」

 がつり、とわたくしの頭が後ろの壁へと打ち付けられる。

「私のつけた監視役たちをっ」

 がつり。

「私から毟り取った金で全員抱き込みっ」

 がつり、がつり。

「嘘の情報を流させた!」

 がつり、がつり、がつり。

 痛みになのか、目の前が霞みそうになる。

「お蔭で娘は不幸な死を遂げっ」

 がつり、がつり、がつり、がつり。

 止めてほしくても、手は手枷で壁に縫いとめられている。

「私はそのことに気づくのが随分と遅れた! 王も王だっ!! 娘にあったことを知れば私がどうするか……わかっておったから、散々妨害しよった!!」

 一言ごとに打ち付けられる。

 だ、誰、これ……?

 あの老人は、わたくしに甘くて、優しくて、声を荒げる事もなくて……。

「揚句、孫は虐待の末に、お前のような盗人に家族を奪われ、婚約者を奪われ、命までも奪われた! その間お前は何をしていた!? 美味い食事を食べ、綺麗な服を着、愛情をもらっていたではないか! お前のどこに不幸があった!」

 まるで獣の咆哮のように恐ろしい声。

 この老人は、あの、哀れな老人なの……?

 でも、でも、わたくしは悪くないわ!!

 だって、あの魔女がわたくしとお母様をしいたげたから……!

 だから、あの魔女が死んだのは仕方がないのよっ!

 皆言っていたわ!

 お父様も、お母様も、使用人たちも!

 今が本来在るべき姿だって!

 だから、わたくしは悪くないのよ!

 それに……!

「あ、あの子が、死んだ、のはわたくしのせいでは、ないわっ! 王太子様が勝手になさったことよっ」

「その原因をつくっておきながら、よくものうのうとっ」

 怒りに吼える、獣のような老人。

 けれども、お前がなぜこのわたくしを責められるというのッッ!?










「だ、だいたい、貴方だって、わたくしを孫だと思っていたじゃない! あの子のこと、助けなかったじゃない!!」










 ぴたり、と老人の動きが止まった。

 そうよ!

 そうじゃない!

 脅されたとかなんとか言って……でも助けなかったのはお前の方じゃない!!

 自分で助けないことを選択しておきながら、何故わたくしたちを責めるの!?

 おかしいじゃない!!

 にた、と老人が笑う。

「ああ、そうだとも。だから、私も罰を受けることにしたのだ」

 どろり、と老人の顔が溶ける。

「この身、この魂、私の持ちうる全てを捧げたのだよ」

 どろどろと皮膚が溶けていく。

 目の前で皮膚が溶け、肉が腐り、骨がむき出しになっていく。

 腐った肉が僅かばかりついた手が、わたくしの首に絡みついた。

「私程度の恨みでは大して役に立たないだろうが、それでもあの子は私を喰ってくれたのだ。こんな喜ばしい事があるだろうか?」

 骨と僅かばかりの肉だけの化け物のくせに、恍惚とした表情で笑う。

 気持ち悪い。

 気持ち悪い!!

 ああ、ああ、わたくしはなんて可哀相なの!?

 魔女に幸せを五年も奪われ、揚句、ようやく幸せになれると思ったら、こんな化け物に囚われるなんて!!

 いいえ、違うわ。

 きっとロス様が助けに来てくださる。

 ここで健気に耐えるわたくしを、きっとあの方が助けてくださる。

 だって、あの方はわたくしの騎士だもの。

 そうよ。わたくしにはロス様がいるのだから、大丈夫よ……!

「私は、あの子の呪いの一部となった。そして、お前たちに復讐する力を得たのだよ」

 ぎちぎちと締め上げる手に、呼吸ができずに苦しくなる。

 あ、あ、嘘……。

 ロス様……ろ、す、様……たす……。

 目の前が真っ赤に染まり、掠れ、消えていく。

 もうダメ、そう思った瞬間、急激に喉を締め付ける手から力が抜けた。

「ああ、いかんいかん。興奮のあまり、殺してしまうところだった」

 ふぅ、と化け物が息を吐き、二歩、後ろへと下がる。

「いかんなぁ……まだ、始まったばかりだったのに……なぁ……?」

 そして、にたり、と笑った――。


ギブしますっ><;

ごめんなさいっ><;

せっかくオススメいただいたのですが、『〇クソシスト』、最寄りの本屋さんにありませんでした。

ネットで検索すると衝撃画像が飛び出すので、ギブします><;

あと、どなたか、タブレットでネット開くと、『最近の検索からあなたへのオススメ商品』的な感じで横とか下とかに出てくるの消す方法知りませんか??

ホラー的なものがごそっと並ぶんです><;

正直ネット開くの辛いです……orz

慌てて色々検索してみたのに、なぜかホラーものばかり推してくるんです……orz

なんで……?(;_;)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 気になるのは裏切った監視役の一族郎党全部をちゃんと拷問にかけて殺したか?という事。
[一言] あとがきの件ですか、 『こんなような物を大量に検索』するとGoo〇le先生の adsense(のようなものを)学習します →今度こんなようなコンテンツをお勧めします ホラー以外の物いっぱ…
[良い点] 凄く続きが気になります………… 凄く怖いです…! [一言] あまりネットには詳しくないのですが、ホラー物などかなり検索していそうなのでそういった類の検索履歴を消したりしてみてはどうでしょう…
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