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11 第一王子2



 それは、幸せに満ち溢れた光景だった。

 『私』の目の前には、愛するお母様の笑顔。白く優雅な手が伸び、そっと頬を撫でる。愛しい者に触れる、優しい手の感触に、口角が上がり、微笑みを返す。

 それは、完成された、幸せに満ち溢れた光景だった。

 現実が無情だと知っているから尚更。

 その存在さえ忘れそうなほど姿を見ない父親。

 父親に従い、主人の妻とその娘に、平然と嫌がらせをする使用人たち。

 冷たい貴族社会。

 『私』の味方は母親一人。

 愛しい。

 愛しい。

 大切な人。

 お母様が笑っていてくれるなら、それでいい。

 まるで『私』の世界そのもの。

 お母様が好き。

 大好き。

 誰よりも、何よりも。

 『私』の世界。

 『私』の全て。

 『私』の幸せを、心から願ってくれるように、『私』もまた、お母様の幸せを心から願う。

 満たされる。

 愛し、愛され、満ちていた。












 その優しい世界は、長くはもたなかった。












 壊れた。

 壊された。

 栄養のない食事。

 家畜以下のそれ。

 少しでも栄養のあるものは『私』へと与えられ、お母様はどんどん弱っていく。

 お母様が守ってきた領民たちは、お母様を助けに来てくれない。

 父親は家に帰ってこない。

 使用人はやりたい放題。

 弱るお母様を見てほくそ笑む。

 領民の為にお金を使うのなら、自分の為に使ってくれ、といくら頼んでも、母親は頷かない。

 この領の民は、数年前の大飢饉で大変だから。

 領民はこれより貧しい生活をしているのだから。

 この領の民の生活が向上していない状態で、その上に立つ貴族が贅沢をするのは、貴族として間違った行為だと。

 お母様は、立派な貴族だった。








 けれど、愚かだった。









 どうしてあんな父親を信じているの?

 仕方がないのよ、とお母様は微笑む。

 お父様には本当は恋人がいた。けれどもお母様と結婚するために別れざるを得なかった。

 使用人たちはきっと二人の仲睦まじい姿を見ていたから、納得ができないだけ。それでもお父様はお母様に歩み寄る努力をしてくれているの。

 この髪飾りも、お父様がくれたのよ。

 そう言ってお母様はうっとりと目を細めた。

 お母様の手の中には、明らかに平民がちょっとしたおしゃれでつける程度の安物の髪飾り。貴族なら、男爵でも持たないような、その程度の安物。

 ()にはわかる。

 けれども『私』にはわからない。ただそれが、お母様にとってとても大切なものだということだけは理解した。



 お父様はお忙しいの。急にお家を継ぐことになったから。今は王都にいらっしゃって、こちらにはなかなかお戻りにはなれないけど、週に一度はお手紙をくださるわ。

 そう言って微笑むお母様は、まるで少女のよう。

 『私』には、理解ができない。

 顔もおぼろげなほど会わない男が父親だと言われても、わからないし、何故母がそんなに嬉しそうに『父』という存在について語るのかも、理解ができない。

 大好きなお母様だけれどもその話だけは理解できず、飽きてしまう。

 興味を無くしてしまった『私』に気づいたお母様は小さく笑い、『私』の頭を撫でた。いつか貴女にもわかる日がくる、と言って。

 お母様が言うから多分そうなんだろう。そう納得して頷いた『私』の目に留まるものがあった。




 お母様の胸元に輝くペンダント。

 真っ青な宝石がついた、鳥の羽の形。




 視線に気づいたお母様がゆっくりと起き上がる。

 髪飾りを膝上に置いて、ペンダントを外した。

 お母様のお父様が、お母様にくれたものよ。

 貴女は知らないけど、産まれてすぐの頃、貴女も会っているのよ。お父様が、肥立ちが悪く動けなかった私の代わりに、連れて行ってくれたの。

 そう言ったお母様に手招かれ、言われるまま背を向ける。そっとペンダントが首に回った。

 お母様の娘だという証よ。今はこの領地が落ち着かなくて会えないけれど、いつかお母様のお父様、貴女のおじい様に会ったときに、私が傍に居なくてもわかるように。

 そう願いを込めて。

 どんな時もお母様は『私』を愛してくれていた。

 想っていてくれた。

 それなのに『私』は――。






「嫌い、嫌い。お父様も、皆も、大嫌い! お母様、お母様、どうして? どうして、お母様が……!」






 わかっている。

 『私』は理解している。

 そんなことを言えば、お母様を困らせる事を。

 悲しませることを。

 それでも、言わずにはいられなかった。

 可愛いドレスも、美味しいご飯も、綺麗な装飾品も、何もいらない。『私』が欲しいのはただ一つ。お母様と過ごす日々。

 貴族になんか生まれたくなかった。

 ただ、お母様の娘でいたかっただけ。

 我儘は今日で終わりにするから。お願い、神様。お母様を連れて行かないで。良い子になるから。お母様が望むような、立派な貴族になるから。

 『私』が願う。

 『私』の全てをかけて。







 けれど、この世に神はいない。






 お母様は、ゆっくりと、静かに息を引き取った。

 父は帰ってこない。

 使用人は今日もいやがらせ。食事を運んでこない。

 お母様の遺体は一晩放置された。

 『私』は、冷たくなっていくお母様に縋り、一晩を明かす。















 ――知らなかったんだ――














 翌朝やってきた使用人が、お母様が死んでいるのを見つけた。

 嬉しそうに、あの女が死んだわよって声を上げなら部屋を出て行く。

 嫌がる『私』は無理矢理お母様から引き離される。

 部屋に押し込められ、次に出されたのは葬式の時。

 生まれて初めて、『私』が屋敷の外へと出た瞬間。

 馬車に押し込められて連れて行かれたのは、寂れた教会。

 道中見た景色は、ぽつりぽつりとぼろい小屋が建ち、干からびて、放棄された田畑。

 ぼろを着た数人の人間が、気まずそうに視線をそらし、そそくさと小屋の中へと消えて行った。

 共同墓地の端に埋められる棺。

 誰もこない。

 神父さえ、祈りの言葉を捧げない。

 『私』は、それが異常だと知らなかった。それが、普通なのだと、初めての葬式にそう認識した。










 ――知らなかったんだ――









 たった一人、みすぼらしい、名前さえ刻まれない墓標に縋って泣く『私』

 これが公爵夫人の墓だと、誰が気づくだろうか。そんな墓だと、『私』は知らない。

 この世の終わりのように嘆く『私』に、日が暮れたころようやく神父が声をかけた。そして館へと帰される。

 お母様と離されることを嫌がる『私』の気持ちなど、誰も汲んではくれない。

 最大の味方で、唯一の味方を失った『私』は、たった五歳で敵だらけの世界に放り出された。

 館に帰り着けば、その顔を忘れそうなほど会わなかった『父』を名乗る男。

 死の間際にも帰ってこず、葬式の手配もしない。

 五歳の娘を放置した男。

 母が死に、疲弊した娘を前に、蔑む視線を向ける、父親。その周りを固める着飾った女と、少女。とても、妻の葬儀の日に連れてくるような存在ではないはず。

「今頃戻ったのか。遅い。何をしていた」

 ありえない言葉。

 妻が死んだ。なら、何があったのか理解しているはず。それなのに、その娘になぜそのような言葉をかけられるのか。



 この人(・・・)は、私が嫌い。

 この人(・・・)と会話するのは、無駄。



「……申し訳、ありません、お父様……お母様の葬儀に立ち会っていました……」

「葬儀? そんなもの、数時間も前に終わった、と執事から聞いている。どうせお前はその辺でもほっつき歩いていたのだろう。出来損ないが」

 ほらね。







 『私』は期待していない。

 父親のはずなのに。

 血の繋がった、父親のはずなのに。

 ゆっくりと視線を初めて見る顔へと移す。

「お父様、そちらのお二人は……?」

「ああ、新しい母親と、お前の妹だ。年はお前と同じ。父親は私だ」

「……は?」

 お母様の死んだ日に連れてこられた新しい母と、父親の裏切りの証。











 その日、『私』の世界は壊れ、地獄が始まった。











 部屋は義妹に与えられるため、追い出された。

 もともと持ち物はほぼない。僅かばかりのみすぼらしいドレスくらい。

 お母様の部屋は、新しい母親に与えられるかと思ったけど、新しい母親が嫌悪を示したから客間となった。

 母親のドレスや装飾品のうち、公爵夫人に相応しいものは、新しい母親が根こそぎ奪っていった。そして、残りはゴミとして捨てられる。

 何一つ『私』には残らない。

 悲しみに暮れる間もなく、虐待が始まり、義妹に、最後のお母様との思い出の品を奪われる。

 ペンダントを手にした義妹は、父親と新しい母親に、動けなくなるまで殴られた『私』を見て、残酷な微笑みを浮かべた。

 ボロ雑巾のように打ち捨てられている『私』に、そっと耳打ちする。

 自分がお母様の娘として祖父に紹介されていることを。祖父が『私』ではなく義妹を孫だと認識していることを。



 彼女(・・)は父親似だ。きっと、嘘を信じ込まされたのだろう。



 義妹は続けて、言う。

 だから、これは私のものよ。

 輝くペンダント。羽の裏にひっそりと隠された家紋。

 『私』はそれが何かを知らない。義妹はそれがなんだか知っている。

 おじいちゃんの家だよ、と紹介された家に掲げられた家紋。

 『私』には理解ができない。だってそれは、愛するお母様がくれたもの。だから、自分のもののはずなのに。

 奪われていく。

 抗う力がない。

 義妹の胸元で揺れるペンダントを、黙ってみているだけ。




 殴られる『私』を見て、まるで面白い出しものだと言わんばかりに手を叩いて喜ぶ義妹。

 やがて『私』は理解する。口にすれば、表に出せば、知られてしまう。そうすれば、反抗意思を削ぐために痛めつけられる。ならば、口にしなければいい。いつか、きっと――。











 ――知らなかったんだ――











 転機は訪れるはずだった。

 引きずられ、無理矢理引き合わされた婚約者。

 けれど、その少年は『私』の敵だった。

 『私』に目を向け、その瞬間嫌悪に顔を歪める。

「お前が私の婚約者? 気味が悪いヤツだな。その青白い顔も、細い手足も、病気のせいではないのか? いいか、私は未来の王だ! その私の横にお前のような弱者が立てると思うな。私の婚約者だというなら、それに相応しくあれ。わかったら帰れ!」

 何も知らず、吐き捨てる婚約者。

 『私』はカーテシーしたまま、耐えていた。









 地獄はより深まる。









 家にいれば、父に、義母に、義妹に、果ては使用人に、疎まれ、蔑まれ、暴力を振るまれ、薄暗い小屋に閉じ込められる。

 城に行けば、大人と全く同じ成果を求める王妃。

 一ミリのズレも許さない。

 僅かなミスで鞭を振るい、『私』を否定する。

 完璧にこなせば、ご褒美に、と鞭を振るう。

 ぼろぼろになりながら帰ろうとすれば、待ち構えていたように王に、寝所へと無理矢理引きずり込まれる。

 愉悦に顔を歪め、手や舌を這わせる獣。

 『私』は、抗えぬ力を前に無駄な努力を棄て、手足を投げ出して耐える。

 ようやく解放され、帰ろうとすれば、すれ違う婚約者。

 煩わしげに顔を歪め、『私』を否定する言葉を紡いで立ち去る。『私』にとって、煩わしくはあれど、最も楽に流せる相手。

 憎い相手の中で、最もどうでもいい、と『私』が認識している相手。









 地獄の中で、ゆるゆると時間が流れていく。









 よくぞ生き残った。そう言える日々を、『私』はそれから十年も生きた。

 やがて、最もどうでもいい、そう思える存在が、『私』を殺すとは知らずに。









 耐えて耐えて耐えぬいて、本来なら味方となるべき婚約者が、義妹に愛を囁く姿をそこかしこで見るようになってなお、『私』にとってソレは、どうでもいい存在だった。

 それどころか、要らないからとっとととくっつけばいい。二人まとめて消えればいい。その程度にしか感じていなかった。

 『私』は、婚約者に微かな愛情一つ、持っていない。

 『私』の婚約者への印象は、ただの暴言男。鬱陶しいだけで、相手をするのも無駄。それ以上でも、それ以下でもない。

 『私』は、ノートに想いを書き連ね、憎しみを募らせ、地獄を生きる。

 不気味なほど、静かに――。





















◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 跳ね起きる。

 心臓が、どくどくと脈打っていた。

 薄暗い部屋。

 私の自室。

 あの日から、一歩も出ていない場所。

 ふと、視線を向けた鏡に、一人の男が映る。

 婚約者に暴言ばかりを吐き、そんな相手に愛されていると妄想した。しかもそのうえ、婚約者の義妹に懸想し、平然と浮気をした。その義妹が他の男と、自分が護衛に付けた男と、愛し合っているとは知らず。国を乗っ取ろうとしているとは知らず、そんな女に懸想して、冤罪で婚約者を殺した愚かな男の顔。



 私自身の、顔。



 その真横に、アレが微笑んでいる。生前と変わらぬ、儚い顔で。鏡を見ている私のすぐ後ろ、ベッドの上に、ひっそりと立っている。

 あの日から、夜ごと現れ私に悪夢を、悪夢と呼べる己の人生を見せる化け物。

 耐えきれず跳ね起きれば、暗闇の中何を言うでもなく、ただ無言で見つめるだけだったのに、今日は違った。

『どうですか? 私の人生は。幸せだったでしょう? 努力一つせずに、生きていたでしょう? 貴方を、愛していたでしょう? 義妹を殺そうと、していたでしょう?』

 鏡に血文字が浮かび、私に問う。

 細い手が、ゆるりと私の体に絡まる。

「知らなかったんだ!!」

 両手で顔を覆い、悲鳴のように声を上げる。

「許してくれ! 私は、知らなかったんだ!」

 途端に、するり、と腕が解かれた。

 アレが離れ、ベッドサイドに立ち、私を見下ろす気配。



 無言の時が過ぎ、私は耐えきれず、恐る恐る顔を上げた。



 アレは微笑みを消し、無言で私を見下ろしている。

 そして、鏡以外の部屋中に、血文字で殴り書かれた拒絶の言葉。

 『許さない』

 怒りに乱れたその言葉に、取り返しのつかないことをした、と気づく。




 突然、アレが着ていたドレスがどろりと溶けた。まるで、腐った果実のように黒ずんで、白い肌をなぞって消えていく。









『貴方を許して』








 鏡に血文字が増えた。

 裸のアレの爪がはじけ飛び、血が溢れる。指が、あらぬ方向へ曲がっていく。








『私の指は戻りますか?』









「ひぃいい……!」

 ぶちぶちと音を立てながら、髪が抜けていく。

 ところどころ皮膚がくっついた状態のせいで、頭から出血している。








『私の髪は、返ってきますか?』







 ごとん、と音をたてて片足が落ちて消えた。








『私の足はくっつきますか?』







 顔の左半分に火が付き、焼けただれていく。







『私の顔は、綺麗になりますか?』







 残った右目が、ごろりと落ちた。血が、涙のように頬を伝う。









『私の目が、機能しますか?』







 舌がぼと、と落ち、口の中から血が溢れる。









『私が再び喋れるようになりますか?』







 一つずつ、見せつけるように丁寧に。

 つきつけられる、取り返しのできない事実。

 最後に、鏡に書かれた文字。





















『私が、生き返りますか?』























 私の目から、涙が零れ落ちる。

 そのどれもが不可能だと知っているから。

 突きつけられる、私の愚かさ。

 けれど、私は知らなかったんだ。

 あの時お前が母親を失った直後だって。

 だって、母上も、誰も、教えてくれなかった!

 公爵だって何も言わなかった!

 私は子供だったんだ!

 知るわけがない!

 お前の人生には同情するが、私は知らなかった! そしてお前は、私に知らせる努力をしなかったじゃないか!

 何故私を責める!

 知らなければどうしようもない!

 何故、私だけが責められる!

 お前なんか、私を愛してもいなかったどころか、存在そのものもどうでもいいもの、と最低な認識をしていたじゃないか!



 ああ、私は傍から見れば暴言しか吐かない最低な婚約者だった!

 ああ、私は浮気をした浮気男だ!

 ああ、私は、お前を死に追いやった!

 だが、私だって知らされていなかった!

 だが、私だってお前に歩み寄られた記憶はない!

 だが、私だって騙されていた!

 私だけが責められるのは何故だ!?

 お前だって悪いじゃないか!

 何故私ばかりがこんなメに遭わなくてはならないのだ!

 お前はなんの努力をしたというんだ!

 人との仲を改善しようとしなかったのはお前の怠惰だ!

 祖父と連絡を取ろうと思えば取れたはずだ! それなのにお前はしていないじゃないか!

 祖父じゃなくても、私に助けを求めればよかった! そうすればあの家から逃げられたかもしれない!




 そのどれもが不可能だと知りながら、気が付けばそう声を上げていた。

 絶対の悪意、その死を受けてなお、弾んだ声をあげるような者達と、どうやって関係を改善できるのか。

 公爵に押さえつけられ、監視され、余所へ助けを求める手段を潰され、徹底して母親の実家とは会わせないようにされていて、どうやって祖父に連絡をとれるのか。

 己を見ない、暴言しか吐かない婚約者に、どうして助けが求められるのか。

 最後の希望をさえ踏みにじったのは私だ。それでもなお、理不尽だと声を上げる。



 私は、悪くない!

 そうだ!

 あの悪夢だって、あくまでもお前の主観だろう!?

 どうして彼らがあんなことをしていたのか、お前は知らないじゃないか!

 私がどうしてお前を嫌っていたのかだって、知らないじゃないか!

 お前は何も知らないくせに、どうして私達ばかりを責められる!

 そうだ、私たちはお互いにすれ違ったのだ。

 ちょっとした、そう、ボタンのかけ違いのようなもの。

 不幸な行き違いだ。

 私はこのことを反省し、教訓とし、今後はよりよい王となる為の努力をしようではないか!

 必死に言い募る私の目に、鏡に書かれた文字が映る。






『私が、生き返りますか?』






 最後の一文。

 ヒュ、と喉が鳴った。

 どれだけ言い訳を重ねても、私の罪が、そこにある。

 死者は、けして甦ることはない。

 片方だけの空洞が、ひたと私を見ていた。

 その奥にのぞく、無限の闇に、それ以上の言葉は出てこない。

 手元に落ちてきた本。

 あの日見た、アレの日記。

 本が勝手に開く。

 ぱらぱらとページが捲れ、あのページでぴたりと止まった。

 私の眼前に、あの、名前と怒りが延々書きなぐられたあの、真っ黒いページが飛び込む。

 全身が震えた。

 冷や汗が頬を伝う。

 許さない。

 この化け物は、けして許さない。

 このページに書かれた者全てを殺すまで、きっと止まらない。

 何故だか、そう確信できた。

「たす、けてくれ……」

 恐怖に目を見開き、乾いていく舌を動かして、何とか声を上げる。

 ぼたぼたと開いたページに落ちてくる赤い液体に、揺れる視界を持ち上げた。

 覗き込むように見下ろすアレの顔。

 口からとめどなく零れ落ちる赤。

 じっと見つめる片方だけの空洞。

「い、やだ……」

 無理だとわかっていて声に出す。

 突然、身体が宙に浮き、信じられない速さで壁にめり込んだ。



 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。



 全身が痛い。

 息がつまる。

 無様に呻く私へ向けて、嗤う声。

『ゆ、る、さ、なぁい……』

 しない筈の、声がする。

 楽しげに弾んでいた。



 誰か、誰か助けてくれ!!

 私を、この化け物から救ってくれ!!

 必死に願う。

 願ったところでどうにもならない、そう知りながら。

 だって、神はいないから。



 全ての指がおかしな方向を向いた手が、うずくまって痛みに呻く私の足を掴んだ。そしてそのままずるずると体が引きずられる。

 扉が開く音がする。滑る景色に、そのまま部屋の外へ行こうとしているのだとわかった。

 壁に打ち付けられたときに、片腕は折れたようで動かない。残った片腕で必死に抵抗を試みるも、何もないかのように、何一つ変わることなく引きずられる。

 ずるずる、ずるずる、ずるずる。

 引きずられ、気が付けば闇の中にいた。

 開いた扉、私の部屋が少しずつ遠ざかる。

 闇の中、姿が見えないほど遠くから、聞き覚えのある悲鳴が聞こえていた。

 あれは、母上?

 母上も捕まったのか?

 母上以外にも声が聞こえてくる。

 助けを求める声。

 恐怖に歪んだ声。

 それに勝るように響く、怨嗟の声。

 嫌だ。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ!!

 飲み込まれたくない!!

 誰か!

 誰かいないのか!?

 誰でもいい!

 助けてくれ!

「たす、け……!」

 必死に伸ばした手の先。

 あと少しで触れる事が出来る。

 その場所で、扉が、音をたてて閉まった。


書きたいネタがあるのに、文章が思いつかなかったので、代わりに箸休め的な気持ちで書きました。

あまりホラー感が出てない気がします。

未熟者ですみません……orz



『コン〇アム』観ました。

怖がりな自分、という自己紹介があったので安心して手を出した結果……めっちゃ怖かったです……!!

怖がりが観るレベルじゃないと思います><;

怖すぎて、途中で一度上映終了しました><;

パンツの下で、逃げ出した女の子の一人が宇宙人(?)になったところです……!!!

めっちゃ怖かった!!

涙出ました……orz

正直初めの印象は、キャラクターがちょっと引くレベルでキレまくってる話だなーって程度だったんですけど、突然あそこでガクッと怖くなる。

気持ちが落ち着くまでまって、それから続きを観ましたよ……。

でも、一番怖いのはあそこで、後は薄目対応で何とか観れました。

が、本当にあそこは怖い><;

あの後しばらく魘されました……。


トドは、ホラーが怖いので、上映はPC。モニターは使いません。でっかい画面で観たら怖いから。

音量もめっちゃ絞って、昼間に電気をつけて観ます。

一緒に観てくれる人に、ホラーの醍醐味全てをかなぐり捨てている。ホラーへの冒涜だとクレームを受けるレベルです。

いや、でも、電気消して、音出して、夜に観るとか、めっちゃ怖いじゃないですか><;


しかし私の文章で見る限りは、とても怖いと泣くほどではないのですが……なんであんなに怖いのでしょう?

突然だから?

最初に笑いのネタにした場所だから?

その前のキャラクターの焦燥感等にシンクロしたから?

この辺りが良くわかりません……。

ホラーとは、どこからくるんでしょう?

「怖いから嫌」と避けまくっていたせいで、ホラーに対する根本的な理解さえないんだなぁと気づかされました。


オススメありがとうございました!

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