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10 王妃



 ずしん、と揺れる部屋。

 まるで大地の怒りが起きた時のような衝撃に、悲鳴を上げれば、すぐに傍らに控えていた騎士の一人が肩を抱いてくれる。




 わたくしを抱き寄せる、強くて大きな手。

 わたくしをすっぽりと納める厚い胸板。

 わたくしを安心させるように微笑む端正な横顔。

 ああ、素敵。

 流石はわたくしが選んだ一人。

 王である以外なんの魅力もない、わたくしの夫とかいうあの男とは大違い。

 うっとりと見つめ、胸に頬を寄せる。




「嘘は嫌いだ、と言わなかったかな?」

 わたくしの世界を引き裂くように、冷めた声がかかる。

 ああ、そういえば居たのだったわね。

 胡乱な目を向けた先に、奇妙な恰好をした男。

 聖職者、というには少し違う。

 まるで神父のような服を着ているが、首から下げるのは神のシンボルなどではない。奇妙な形をした物体。

 太陽を背負った、枯れ木……否、葉のない大木には、沢山の実が成っている。豊穣に愛されたようなその樹は、おそらくは世界樹。神々が世界創造後、立ち去る際に残したという伝説の樹。

 太陽と世界樹なら確かに神のシンボルとも言えなくないけれど、それでも教会が掲げるシンボルとは違う。




 何と言ったかしら、この男……。

 そうそう、闇払い、だったわね。





 全く。

 王太子に続き、王があのような状態にならなければ、このような不気味な存在、わざわざ城に呼ぶこともなかったというのに。

 羽根をあしらった扇子をぱちり、と閉じる。

「嘘? わたくしが嘘を吐いた、と言うの?」

「無礼だぞ、貴様!」

「王妃様がお前のような下賤な者にわざわざお目通りしてくださっただけでなく、お言葉までくださったと言うのに!」

「不敬だ!」

 わたくしがほんの少し眉根を寄せるだけで、わたくしの可愛い恋人たちがこぞって男を糾弾する。

 ほほほ。小気味良い事。

 わたくしを崇める、わたくしの可愛い子達。

 やはり男はこうでなければ。

 権力だけのあの夫ではわたくしを満足させられるわけがない。

 そもそも、あのような寵姫ばかり囲って……仕方がないとはいえ、あれが一度でもわたくしに触れたなど……ああ、悍ましい。




「もう一度言うよ。僕は嘘は嫌いだ」




 折角気持ちが上がっていたというのに、一気に下がる。

 ああ、なんてこと!

「いったい何のこと? わたくしが、この王妃であり、陛下がご病気で休養中の為、この国の全権を預かる、この国で現在最も地位あるわたくしが、嘘をついた、と言うの?」

「そうだ。僕は知っているよ。君が、彼女に何をしていたのか」

 ゆっくりと、はっきりと告げる言葉。

 蔑むような目に嘘はない。

 わたくしが、あの元王太子妃の小娘にしていたこと――体罰を知っている男。

 どこから漏れたのか。

 見つけ出し、漏らした愚か者に鉄槌を下さねばならないようね。

 仮にも美しく、慈悲深い王妃で通っている身。たとえ教育の為とはいえ、体罰はわたくしのイメージに反する。

 まぁ、口にしたところで、証拠がない限りは誰も信じないでしょうけど。

「闇払いがどんな者達か、知らずに呼んだのか?」

 呆れたように溜息を零す男。

 ……いちいち勘に触る。

「随分と無礼な態度を繰り返すのね。貴方はもういいわ。帰って頂戴。新しい者を呼ぶから」

「いいのかい? 君は実力者を、と求めたんだろう? 僕以上の闇払いはいないよ?」

 ふん。

 今更媚でも売ろうっての?

 慌てて自分を売り込もうなんて、所詮下賤な輩ね。





「だって、僕が闇払いを統括する組織の最高責任者だよ?」





 なん、ですって……?

 こんな、どう見てもわたくしより若そうな男が最高責任者?

 どういう、こと?

「闇払いは実力でランクが決まる。君が最高ランクを、と言ったから、僕が来た。僕みたいなのが嫌なら君は『人格者の中で最高ランクを』と言うべきだったね。ま、人格者な闇払いなんて、素人に毛が生えた程度しかないけど」

「どういう、こと……?」

「実力のある闇払いは、別に人格者じゃなくても仕事はバンバン入ってくる。それだけの実績があるからね。人格者なのは、実力がないから、せめて人格で客を捕まえたい奴らの苦肉の策さ」

 軽く肩を竦め、小馬鹿にしたように笑う。

 なんて忌々しい男。

「僕たちだって商売だ。客が欲しくて頑張るのさ。実績がなければ上へも上がれないしね。でも、僕みたいな本当の実力者は客を選べる。引っ張りだこだし、国規模の依頼者なんてザラだしね。だから、僕はこの仕事を受けなくてもいい。そして、ここに他の闇払いを派遣しないようにもできる。実力者だからね」

 にやにやと笑いながら男は扉に背を預けた。

 再び部屋が揺れた。

 バン、と音がたった窓を見やれば、真っ赤な手形。

 息をのむ。

 キィ、キィ、とガラスを爪で引っ掻くような音。

 男の胸元に下がっていたモノに、ヒビが入る。

 男はまるで動じない。そして、扉に触れた。

 扉には男が貼った奇妙な紙がある。それに、男の手がかかる。

「今は結界があって入ってこれないけど、この札を外せば、外で待っている悪霊が、君を襲うだろう。でも、僕は要らないらしいから、これを取って帰るとしよう」

 男の言葉を歓迎するように、窓の手形が増えていく。

 ガラスのほかに、壁を引っ掻くような音も増えた。








 部屋の外に、何かがいる。








 壁の方はまだ、侍女の誰かが恐れ多くもこのわたくしに嫌がらせをしている、などとも言えるが、窓の方は説明がつかない。だって、窓の外には誰もいなかった。それに何より、ここは二階。窓の外に足場などない。誰にも見られることなく手形をつけるなど、不可能……。

「お待ちなさい!」

 慌てて男に声をかける。

 男は相変わらず、にやにやと馬鹿にした笑みを浮かべていて頭には来るが、ぐっと飲み込み、睨み付ける。

「お前が実力者かどうかはこの際置いておきます。そもそも、闇払いとは何なのですか? 教会のように、居もしない神を敬い、民の心の安寧に用いている者ではないのですか?」

「本当に知らずに呼んだのか……」

 多分に呆れを含んだ声。

 蔑む目。

 忌々しい。

 けれども、ここでそれを表に出すは愚策。

 扇子を開き、口元を隠す。

「今回の事がなければ聞いたこともなかったわ。この国で、貴方たちの世話になったことなんてあったかしら?」

「ああ、確かに僕が知る限り、記録はないね。この国には因習があるから、そのせいかもね」

 ゆっくりと男の唇が動く。

 一文字ずつ。

 それを読み取ったわたくしの眉尻が跳ね上がる。

 それの何が悪いというの?

 胸元に揺れるモノに、更にヒビが入った。

「ま、その因習でもどうにもならなかったから僕を呼んだみたいだけど」

 この男は、いったい何を知っているというの?

 どうしてわたくし達が既に行ったことを知っているの?

 今回は王と王太子の為だったから、告知はしていないはず。








 どこから、漏れた?








 それが漏れたのだとすれば、他の国の機密事項が漏れている可能性も視野に入れねばならない。早急に手を打たねば。

「ああ、生きた人間からは聞いていないよ。僕たち闇払いの中でも、特に力の強い者達は、わざわざ生きた人間からは事情を聞こうとは思わない。だって、君のように嘘をつくからね。死者から話を聞くか、悪霊のように強い念を残していれば、その残留思念を読むんだ。君たちに敢えて聞いているのは、君たちが守るに値するか、それを確認しているだけに過ぎないんだよ」

 まるで心を読んだかのように告げる声。







 思念を、読む?

 馬鹿なのかしら、この男。

 誰がそんな事を信じるの?

 そんな嘘を信じるほど、わたくしは暇ではなくてよ?






「十年間暴言のみ与え、揚句浮気。邪魔になったので真偽も確かめず冤罪で捕縛後、拷問の末に殺した婚約者の王太子。王妃教育を完璧にこなしても、己のストレス発散の為だけに鞭打ちにしたうえ、浮気現場を見られただけで脅しで更に暴行を加える王妃。普段手を出せない高位貴族の娘だが、王家の奴隷と勘違いして余計な手出しをした王。まぁ、王家が呪われるのには十分だね」





 ……何故、そんなに詳しく知っているの?




 がりがりと壁をひっかく音が、強くなる。まるで、男の言葉を肯定するように。





 ヒビが、ゆっくりと広がっていく。





「他にも呪われている者はいるけど、そこは今のところ依頼がないから必要ないかな」

「他、とは……?」




 どこまで知っているの、この男は。




「父親の現公爵。継母の公爵夫人。義妹。義妹の恋人。公爵家使用人たち。それに、民、だ」








 興奮するように、引っ掻く音が強くなる。







 その音が、男の言葉を肯定しているようで、気味が悪い。でも、この男がペテン師だとわかったわ。

「どうやら、貴方の嘘がばれたわね。民がなんだというの? 高位貴族の娘に、ただの民が、何をできたというの?」

「恨んでいるのさ。母親が、民を守るために死んだ。そう思っているんだよ。立派な貴族だったせいで、民が逆恨みされたのさ。ああ、それでいえば、あんな家に母親を嫁がせた、母親の実家も恨まれているだろうね」

 軽く肩をすくめる男。

 ヒビは、もうシンボル全体に広がっていた。









 あの小娘の実母……。






 あの、女……。











 エトワール。










 美女、才女ともてはやされ、このわたくしよりも社交界で目立った、あの女。

 次から次に事業を打ち立て、成功させる手腕。

 最初こそ、貴族の娘が、と鼻つまみにされていたのに、あの女の興した事業がことごとく成功を収め、王家より遥かに資金を得るようになると、誰もがあの女に媚びた。

 王家も、わたくしと決まっていた婚姻を白紙に戻し、あの女を正妃にし、わたくしを側妃にしようとした。











 おのれ、エトワール……。

 このわたくしに恥をかかせた、忌々しい女……!











 当時、わたくしが王家の婚約者だったことは有名な事だった。そして、わたくしが婚約解消されかかっていたことも。

 このわたくしが、影で笑われるなど、あって良い事ではないというのに……!

 あの女はわたくしとは対立派閥の公爵家に嫁ぎ、手出しできなくなったが、いい気味だった。

 あの、落ちぶれた公爵家の嫁だなんて、苦労すれば良いのよ。

 前公爵にエトワールを嫡男の嫁にするよう、手を回した甲斐もあって、嫁いでたった数年で死んだときは、笑ったわ。





 まぁ、あの女の庇護者であったはずの前公爵が、不運な事故(・・・・・)で死んだせいというのもあるわね。





 現公爵であるあの男が、エトワールを受け入れるわけがない。だってあの男、己より才ある者全てが許せない小物だったもの。

 恋人が好き、なんて口実だってわたくしは知っている。

 ペテン師並みに口は上手いし、外面だけは綺麗に取り繕っていたから、表面しか見えない愚か者たちは容易く騙されていたけどね。

 その外面に、エトワールが騙された時には笑ってしまったわ。




 何が「愛し合う女性がある。それでも民の為なら貴女と結婚したい。こんな私でも許してもらえるだろうか」よ。

 笑えてくるわ。




 あの男は、民の為結婚を承諾した良き貴族のふりをした。

 才能が有りすぎて、媚は売られども、女として見られたことのなかったエトワールは、あの男にあっさり騙されていった。

 歩み寄るふりをしたあの男に絆され、実家を財布にされていることに気づきもしない。

 自分と結婚するために別れたはずの女を、愛人として囲っているなど、夢にも思わない。

 不幸な事故のせいで突然公爵になったことを理由に、仕事が忙しい、仕事が忙しい、と家に帰らない夫を、敵だらけのあの屋敷で待ち続けた。









 みじめな女。







 所詮頭でっかちで、女として生きたことがないからあんなことになるのよ。

 それでも、あの落ちぶれ公爵家を立て直すだけの功績を上げたことには驚いたわね。

 どこまでも、その存在を見せつけてくる。




 忌々しい。




 許さない。




 許さない。



 許さない……!!!












 だから娘を王太子の婚約者にした。

 あの女が生きているうちは、あの女が守っていたせいでできなかったけれども、死んでしまえば容易かった。

 だってあの男は、公爵は、あの女を嫌っていた。だから、あの女に良く似た娘も嫌っていた。どうしたってあの女を思い出すもの。いいえ、似ていなくても、あの女の娘、というだけであの男は嫌ったでしょうね。

 みじめだものね。

 自分より妻の方が優秀だなんて。

 自分の周りに集まった貴族たちが、自分じゃなくて、その妻を目当てにしているなんて。








 わたくしがあの女を嫌っているのは有名だった。当たり前よね。自分の婚約を白紙にされかけ、しかも側妃にされかかったのだから。そんな恥をかかせた女、誰が好むというの?






 あの男は、わたくしが打診した時、喜んで娘を差し出した。

 本当に小さな男。

 暴力をふるえても、最後の一線、自分で手を下すことが一切できない。

 心の中で鬱憤をためるばかり。

 わたくしが、あの小娘に手を下すのを期待した醜い笑みに気づかないとでも思った?

 まぁ、手は下さないわ。

 曲がりなりにもあの小娘は公爵家の娘。それも、落ちぶれ公爵家ではない。エトワールによってすっかり立て直した、由緒正しき公爵家。わたくしの実家とも遜色ない。

 前回わたくしが王家に嫁いだから、今回は対立派閥の不満を解消するためにも、あの家から迎えるのは都合が良かった。

 ついでに、娘がエトワールの才を継いでいる事を期待した。

 確かに息子である王太子もそれなりに才がある。けれど、それなり。エトワールどころか、わたくしにさえ及ばない。







 わたくしは忌々しくも高みを知っている。

 高みへと届くためなら、悪魔にだって魂を売る。





 そうして、あの小娘を手に入れた。

 見れば見るほど、エトワールの面影のある娘。

 そして、王があの小娘に興味を示した。











 母親に続き、娘までも……!






 どこまでもわたくしを馬鹿にして……!








 少々教育に力が入ってしまうのも仕方がない事よ!!














「へぇ……? それが真実、か。人を小さい、と言う割に、君も随分と小さいんだね」

 男の笑い声。

 ハッとする。



 わたくしは、今……?



 扇子を落とし、口元を押さえる。

「残念だけど、君は、君たちは、呪われて然るべき存在だ」

 ドカン、と大きな音がして、部屋が揺れた。

 今までにない大きな、大きな揺れ。

 悲鳴を上げてわたくしの騎士に縋り付く。

 男は、相変わらず扉に背を預けたまま、平然と立っていた。その視線は、何もない天井へと向けられている。

「怒ってるね」

「な、何、何なの!?」

「怒ってるのさ。呪いの主が。君の話に」

 ゆっくりと、男がこちらを向いた。

「知らなかったみたいだね。君への恨みは、理不尽な体罰だけだったのにね」

 馬鹿だなぁ、と笑う男。

 棚に飾っていた飾りが落ち、砕ける。

「今わかったんだけどね、この呪い、生きているんだね」

「い、生きている……?」

「そうだよ。だから、都度力を増す。呪いの主の怒りが、恨みが、深まれば深まるほど。そして君は嘘を吐き怒らせた。真実を話し、彼女の知らなかった理不尽な真実を伝え、余計に恨まれた」

「で、でも、そなたなら、祓えるのでしょう!?」

「どうかなぁ。流石の僕も、タリスマンなしはきついな」

 男の胸元に下がっていたモノが砕け散った。

 まいったなぁ、と男は笑う。

 砕けちゃった、とどこか他人事のように呟く声。




 男が俯き、右手で顔の半分を覆い、肩を揺らす。低く聞こえる声で、笑っているのだと知れた。




 引っ掻く音に、奇妙な足音が加わる。

 まるで四足のモノが走り回っているような、奇妙な音。それが部屋中に響き、騎士も、空気のように控えていた侍女たちも、恐怖に顔を青褪めさせ、身を寄せ合う。







「ところで、知っているかな?」

「な、何……?」

 きょろきょろと忙しなく辺りを見渡すわたくしにかかる声。

 慌てて男を見た。

「招く、という事は、自ら受け入れることだ」

 男は低く笑った。

「魔除けがあって入れない部屋も、その部屋に居る者が招けば効果はなくなる」

 男の声にがさがさとした音が混じる。

 何を、言っているの?

 何を?

 何を?

 なに、を……?







「まぁ、その魔除けももう、この札しかない。この札が燃え尽きたとき、招こうとも、招かざろうとも、相手は入ってくるだろうけどね」







 ゆっくりと男が体を退かす。

 男の体に隠れていた札が、目に入った。

 火は出ていない。それなのに、ゆっくりと燃えながら煤になり、散っていく札。

「君たちは可哀相にね。完全にとばっちりだ」

 その人の、と男がわたくしを指差す。

「その人と一緒にこの部屋にいたから、悪霊に一緒に祟り殺されるんだ」

 可哀相にね、と男がもう一度言う。そして、ゆっくりと窓の外を指差した。

 その指先を追うように視線を向ければ、そこには女が、いた。

 髪は全てむしりとられ、右目は抉られ、顔の左半分は焼かれていた。乳房は両方とも覆うほどの釘を打ちつけられた、上半身しか見えないけれど、その見える上半身が裸の、女。






 あ……。







 あ、あ……。







 あの、小娘……!!









 あの女の、エトワールの、娘!!







 にたにたと笑いながらゆっくりと窓ガラスを引っ掻いている。

 キィキィとなる音は、あの娘がずっとああして引っ掻いていたから!?

 咄嗟に目を伏せる。

「きゃぁあああああっ」

 それは誰の悲鳴だったか。

 わたくし?

 それとも、侍女の誰か?

 わからない。

 わからないけれども、部屋中を悲鳴が満たした。

「いやぁああっ手招いている!」

 恐怖で叫ぶ侍女の声に、今一度、窓の外を見た。

 ゆっくりと窓ガラスを引っ掻く手。

 その手は、確かに手招いているような動きだった。

「ほら、お迎えだよ。可哀相にねぇ。その人といたから……」

 男が囁く。

 何を、言っているの!?

 この者達はわたくしに仕える者!

 わたくしに尽くす者!

 わたくしに傅く者!

 わたくしを守る者!

 このようなときに身を盾にしてでもわたくしを守るためにいるのよ!

 可哀相ですって!?

 何を馬鹿な事を!

 今まで十分甘い汁を吸わせてやったのだから、感謝こそされ、憐れまれる必要がどこにあるというの!?

「ぐっ!?」

 突然強い力に押さえつけられた。

「こ、このババァを窓の外に投げ捨てれば助かるのか!?」












 え……?











 聞こえた声に、一瞬時が止まった。

 何……?

 何を、言ったの……?

 わたくしの、お気に入りの騎士。

 わたくしを守るように抱きしめていた騎士が、わたくしを押さえつけ、何を……?

 わたくしが可愛がっていたから、近衛騎士になれた男が……わたくしを見捨てようとしている……?

 そんなこと、あって良いわけがない!!!

 無理矢理担ごうとする腕に、必死に手足をばたつかせて抵抗する。

「な、何を言っているの!? 貴方の仕事はわたくしを守る事でしょう!?」

「うるせぇババァ! こっちはいつだって我慢してお前に付き合ってやってたんだ! 今まで良い夢見させてやっただろうが!」

「何を言っているの!? お前たち! この者を取り押さえなさい! 不届き者よ!」

 お気に入りだけど、唯一ではない。

 惜しいけど、手放せないことはない。

 他の騎士に声をかける。

「チクショウ! 自分の年を考えもしない醜悪さに吐き気さえ我慢してりゃ、ババァのご機嫌伺いだけの楽な仕事だと思ってたのに!」

「ふざけんなよ! お前たちの事に巻き込んでんじゃねぇよ!」

「なっ何をっぎゃぁっ」

 伸びてきた手は、狼藉者を抑えるためではなく、わたくしを殴る為に振るわれる。




 何が、起きているの……!?

 どうして!?

 わたくしは王妃よ!?

 今、王の代理までしている、この国で最も尊き存在よ!?




「いつまでも抵抗してんじゃねぇよ、ババァ!!」

「ぎゃぁあああっ」

 騎士の剣が、わたくしを守るはずの剣が、わたくしの足に突き刺さる。

 痛い、痛い、痛いっ!!

 手に当たるクッションをかきむしる。それでも痛みは消えない。

「おやおや。人の痛みには鈍感なのに、自分の痛みには随分と大げさな反応をするんだね」




 男が嗤う。

 にたにた、にたにた。




「うるせぇ、ババァ!」

「ぃっぎぃいいいいっ」

 他の剣が、余った手足に刺さる。

 手も、足も、串刺しにされ、動けなくなる。




 視界の端に、男の笑い顔が映る。

 にたにた、にたにた。



















「……ねぇ……い、た、い……?」















 地を這うような悍ましい声。

 男の顔がどろりと溶けた。代わりに、窓の外にいたはずの、あの小娘の顔になる。

 わたくしの喉を、悲鳴が突き破る。

 ばん、と音をたてて勢いよく窓が開く。

 ハッとしたように全員が、窓へと目を向けた。

 窓には、誰もいなかった。

 ぎぃいいい、と軋んだ音をたて、廊下へと出る扉が僅かに開く。

 扉の前にいた男は、いなかった。






 ずる……





 ずる……ずる……







 何かが這い寄ってくる音。

 ぞくぞくと寒気が這い上がってくる。

 嫌……。

 やめて……。

 こな、いで……。

 ぬぅ、と隙間から手が伸びた。

 指の全てがあらぬ方向へと曲がった手。それが、通常よりもやけに低い位置でゆっくりと扉を掴み、開く。

「ヒッ!? いやぁああああああっばけものぉおおおぐべぁっ」

 覗いた顔に、思わず悲鳴を上げた侍女の頭が、はじけ飛んだ。




 何が、あったの……?




 噴水のように血を噴き上げ、ゆっくりと倒れていく体を、ぼんやりと眺める。

 半分が焼けただれたその顔に、にたりと不気味な笑みを浮かべた小娘が、ゆっくりと室内に入ってきた。

 四つん這いなのは、片足がないからか。

 ずるずると這いずってくる。













「あは……あは……あははははははははははははははっはっ!!!!」













 小娘が……化け物が、突然笑い出した。

 二本の腕と、一本の足だけで、驚くべき速さで部屋中を駆け回る。

「うっうわぁああああっ」

 恐怖に駆られた騎士の一人が、悲鳴を上げて逃げ出そうとした。

 次の瞬間、化け物に捕われ、ぶちぶちと手足を引きちぎられる。

 誰も、凶行を止める事が出来ず、ただただ見守っていた。

 首が、引きちぎられる、その瞬間まで……。

 ごとん、と投げ捨てられる生首。

 ボールのようにごろんごろんと転がり、ボールのように丸くないからか、直ぐに止まる。

「さ、い、て、ん、し、ま、しょ」

 化け物が嗤う。

 採点、採点、と嗤いながら、部屋中を四つん這いで走り回っては、一人、また一人、と捕まえて、その顔を覗き込む。

 覗き込まれた者達は、悲鳴を上げ、そして、ゆっくり、身体を少しずつもぎ取られ、痛みに悲鳴を上げながら、やがて息絶える。

 化け物は、何故だがわたくしには見向きもしない。

 手足に剣が刺さり、逃げ出せないわたくしなど、どうでも良いとでも言うの……?

「だ、め、だ、め」

 捕えた者が悲鳴を上げる度、楽しげにダメ出しを繰り返してはむしりとる。

 瞬間、脳裏に浮かぶ光景。








 王妃教育をするわたくしと、小娘……。







 ダメ出しをするわたくし。そして、小娘に鞭を振るう。それを後ろで見ながら、笑う騎士と侍女たち。







 まさか……まさか、この化け物……。






















「ばぁ」


















 突然、視界いっぱいに化け物の顔。

 ヒッと声を上げかけ、なんとか飲み込む。

「せ、い、か、い、は?」

 にたにたと笑う化け物。

 部屋の中、生きているのはわたくしだけ。

 血まみれの部屋。

 そこかしこに転がる、赤い何か。

 全身から汗がにじみ出る。

 何を、求めているの?

 正解?

 何の話?

「は、や、く」

 ひゅ、ひゅ、と息を吐いていると、化け物の手が串刺しにされた腕に触れた。

 ぶちぶちと音を立てながら、串刺しにされたままの腕が引きちぎられる。

「ぎゃぁああああああっ」

 痛みに絶叫する。

「せ、い、か、い、は?」

 再びの問い。

 ひたり、と反対の腕に触れる化け物の手。

 答えなければ。

 早く答えなければ。

「ご、ごめんなさいっごめんなさいっわたっわたくしがっエトワールにっ貴女の母親に嫉妬したからっああああああああっ」

 ぶちぶちと引きちぎられる腕。

 引きちぎった腕は、興味なさげにぽいっと棄てられる。

「せ、い、か、い、は?」

「ひぃ……ひぃ……お、王が、貴女に、何をしていたか、知っていながら、助けなかあぎゃぁああああっ」

 左の足首が握りつぶされる。

「せ、い、か、い、は?」

「あ、ああ……ゆる、して……許して……ごめんなさい……わたくしが、悪かった……わたくしが、わたくしがぁああああああああっ」

「せ、い、か、い、は?」

 げらげらと響く笑い声。





 ああ……




 ああああ……








 そう、だ……




 正解も、不正解も、関係ない……。





 そう、教えたのはわたくしだ……。





 この娘に、そう、教えたのは、わたくし……。






 きっと、この娘は、何を言っても、答えても、気が済むまで暴力を振るう……。





 残った体をもがれながら、問われるたび、何とか答えてはまたもぎ取られることを繰り返す。

 ふと、闇払いの男を思い出した。

 突然、顔が溶けた男。























「……闇払い、など……はじめか、ら……ここに、い、なかった……」





























 どうせ何を言ったって、未来は変わらない。

 そう思って、何となく口にしたその瞬間、痛みが消えた。いえ、消えてはいない。手足の痛みが、戻ってきた。ただし、もぎ取られた痛みではない。剣に貫かれた痛み。

 え、と思って視線を辺りへと彷徨わせれば、手足はあった。剣に貫かれたまま。

 室内は、先ほど見たとおり。生きている者はわたくしだけ。血まみれで、赤い何かがそこかしこに転がっている。

 ずるりと四肢を突き刺す剣が引き抜かれる。
















「せ、い、か、い」















 とても嬉しそうな声。

 にたぁ、と耳元まで裂けそうな笑みを浮かべた化け物。

「ご、ほ、う、び、あ、げ、な、きゃ」

 げらげらと笑いながら、わたくしの髪を掴む手。

 そのままずる、と引きずられた。

 床にずり落ち、無理矢理引きずられる痛み。けれどもあらゆる痛みに抵抗することもできない。

 ずるずると引きずられ、扉が近づいてきた。

「え……?」

 扉の向こうには廊下があるはず。でも、今私の目の前には、ただひたすらの闇が広がっていた。

 イヤッ!!

 怖いっ!

 そちらへは、行きたくない!!

 手足が痛む等と言っていられない。必死にばたつかせるが、化け物の手はびくともしない。

 ご褒美、ご褒美、と楽しげに口ずさみながら、化け物は、ずるずるとわたくしを引きずっていく。









 最後の抵抗に、床に爪を立てる。









 爪がはげ、血の跡が床に残ってなお、必死に。













 けれども、それは何の抵抗にもならず、わたくしの体は、ゆっくりと扉の向こう――闇の中へと引きずられていった。



今回はちょっと頑張った。

少しは怖くなってるといいな。



『ホーンテ〇ド・キ〇ンパス』1巻読みました!

いやぁ、一話目がいきなり怖かったです><;

やめてっ壁一面とか、ほんと、やめてっ><;

広がらないでっっ!!

と思っていたら、二話目は予想どおり系で、ただの人としてどうなの? という女性の話。とくに人外的には怖くなかったです。

いえ、一話目もちょっとどうなのって感じの人間女性だったけど……。

正直、一話目の彼女、よりもどしたい???

え? だって、母親の持ち物を窃盗して彼氏にあげたようなものですよね、あれ……。

しかもそれが原因……。

ついでにフった相手からの連絡は確かに気味が悪いかもだけど、もともと付き合ってた相手なのにあそこまで信じないって……何があったの……?

で、全て終わったらよりもどしそうって……男もそれでいいんかい><;

もやもやしたまま二話目読んで、クズすぎる女の話に、二話続けて最低女の話かーいw

と、最低女を書きなぐるトドが思わずツッコミをいれてしまいました……。

そう思えば三話目の素敵女子二人。

いやぁ、あの話は笑った。笑った。

うん、確かに実際に起きたら気持ち悪いけどね。でも、彼女たち強いわぁ……。

尊敬する。

四話目は……うーん、何とも言えないけど、いいご家族に恵まれて、よかったなぁ、と思いました。

でもなんかちょっとだけ切ない……。

最後の話は……うん、やっぱりクズな子の話だった。

主人公が珍しくめっちゃ頑張ったのにしまらない……。

ホラーでもあんなに笑えるんだなぁ、と思う作品でした。

一話目が怖くて、読むのやめようかと思ったのですが、最後まで読んでよかったです。

ああ、笑った笑った。

主人公よ。自覚があったんだねw

あと2巻~10巻が残っているので、ちまちま読んでいこうと思います。

オススメありがとうございます!



『スウィ〇トホーム』観ました!

怖かった!

めっちゃ怖かった!

あれが初心者向けですか><;

ホラーって結構敷居が高いですね><;

あ、でも、怖さのピークは田口君でした。

基本的に古い映画だなーという感じで、今の映像や技術に慣れた側からすると、グロ処理部分とかに若干の違和感を覚えつつ、でもその微妙な技術による奇妙な動きがより恐怖心をあおってくる……。

ああ、思い出しただけでも怖い……

「連れてって」とどこまでも迫る田口君。しかも結構速い。あんなのに迫られたら確かに怖い。うっかり鈍器で殴るよ、うん。

もう、あの時点で観るのをやめようかと、だいぶ本気で思った。

やはり這いずって迫ってくるモノは怖いですね!


個人的には山村さんがイケメンで好みです。

見た目も好みですが、溢れる漢気がイイ……!!

あと、なんか、聖母みたいに上がっていった夫人に納得がいきませんよ。

え? あれだけのことして、なんで?

君がいくとこって下(日本で死後呵責があるあの場所)だよね???

観終わった後に、激しく悩みました。

それともホラーではそういうのが一般的なんですかね??

うぅむ……ホラーとはなんとも難しい……。

そう思える作品でした。


オススメありがとうございました!




猫田トド

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― 新着の感想 ―
[良い点] しかしホラー云々以前にざまぁ物として実に容赦無く素敵な作品ですね。更新分半分ほど読んだ現時点で星5評価してしまった(๑╹ω╹๑) [一言] 主人公さん、カタコト以外のも喋れたのねw 知性の…
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