8:絶望
やっとあらすじに追い付いてきました。
『ヌハハハハ、どうした人間。そんな驚いた顔をして』
上空を見上げて茫然としている俺達を当の本人が笑いながら馬鹿にしている。
「そ、ソフィアさん。確認しますけど、あれに勝てますか」
「普通の竜ならばまだ、可能性はあっかもしれません。ですが、言語を操り高い知能をもつ永き時を生きたドラゴンはとてもじゃないですが、無理です。相手にすらならない可能性すらあります」
ソフィアさん達ですら相手にならないって絶望すぎる。
霊視スキルと神眼を発動する。もしかしたら何かしらの弱点が見えるかもしれない。
『ふむ、誰かが我を覗いているな? 我を覗こうとは片腹痛いわ』
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何だこれは、文字化けしすぎて神眼が役に立たない。
それなら、霊視スキルなら。
霊視スキルを発動した事を俺は後悔した。
絶望的な状況なのはわかっていた。
だが、ドラゴンのまわりを覆うオーラは絶望なんてことすら生ぬるい。次元が違いすぎる。あらかじめドラゴンはヤバイって分かっていなければ心がへし折られていた。
『どうやら勇者に他にも色々といるようであるな。懐かしい気配勇者のものだったのか? ヌハハハハ、まぁ、よい。久方ぶりの勇者だ。我が戯れてやるとしようではないか』
空を飛んでいたドラゴンが地面に降り立つ。
俺達を踏み潰せば一発なのにドラゴンはそうはしなかった。
『勇者がいるのであろう? 出てくるがよい』
勇者の存在を察知しつつも誰かまでは判断出来ていないのか。
『この中で一番実力があるのはそこのエルフか? いや、違うなでは、ガラスをつけた人間が?』
「僕だ、僕が勇者だ!」
黙っていればいいのに、天神は自ら名乗りをあげる。
勇者と名乗った天神をドラゴンはどこかキョトンとしながら見ていた。
『勇者……ヌハハハハ、冗談であろう。貴様のような力も感じない矮小な存在が勇者とは』
「嘘じゃない! 僕が勇者だ」
『来たばかりとはいえこの弱さは……成る程。まだスキルを使いこなせておらぬのか』
「ドラゴン。貴様の目的はなんだ」
『目的? ヌハハハハ。我に目的等ありはせんわ。我はただ悠久の時を如何に愉快に過ごすか、ただそれだけよ』
天神は言葉に詰まる。
ドラゴンはただ遊んでいるだけだ。目的がないから話が通じない。ドラゴンの気分次第で俺達はその命を呆気なく摘まれる。
「あり得ない。私がこんな所で死ぬわけがない。私は選ばれしエリートだぞ」
眼鏡男がゆらりと立ち上がる。
腰の剣に手を添える。
「私の奥義を喰らわせてあげましょう。さぁ、皆様も魔法を撃ちましょう。私達選ばれし者がこんなところで死ぬわけにはいきません!!」
死ぬわけにはいかない。このままでは目の前の化け物に成す術もなく殺される。
それならば一か八かとクラスメイト達は立ち上がる。
『ほう、やる気になったか。よいではないか、我が貴様らの力を受けてやるとしよう』
ドラゴンは余裕でをもって、攻撃を引き受けるという。
その言葉の通り、ドラゴンはそれから黙り身動ぎ一つしない。
「我々をなめているようですね。いいでしょう、その驕りで身を滅ぼしなさい。ソフィアさんミリアさんはわかっていますね」
「……りょうかい」
「了解しました」
眼鏡男達には一連の取り決めのようなものがあるのだろう。打ち合わせを交わすことなくやることがわかっているようだ。
「皆様、魔法を発射してください!!!!」
眼鏡男は剣を大きくふり、真空の刃ともいうべきものを飛ばしていた。
魔力が籠められているのか俺の目には見ることができた。
それを合図にクラスメイト達は魔法の弾幕をドラゴンへと向ける。
とはいえ、全員が魔法を撃っているわけではない。俺のように魔法を使えないものや、ドラゴンに怯えて動けない者達もいる。
「御手洗、なんなんのよあれは」
鬼灯もその一人だった。体を震わせている。
「見ての通り、化け物だろ。鬼灯今なら逃げるチャンスだぜ?」
成功するかは分からないが、今のうちにこの場を離れる事は可能だろう。
「馬鹿言ってるんじゃないわよ。そんなことできるわけないじゃない。あんたこそ逃げたらどう」
「俺だってそんなこと出きるわけないだろ。それに、俺だってもう足手まといでいるわけにはいかないんだ」
今こそ俺が得た力を発揮する時だろう。
ドラゴンに通じるかは分からない。それでもただ傍観している場合ではない。
「まだ、成功するかは分からないんだけどな____いくぞ、二人とも」
「御手洗……あんた何言ってるの……」
鬼灯が困惑している。だが、話している余裕はない。
鬼灯を無視してドラゴンへと集中していく。
「そこの君、いいか?」
そこに、先頭集団にいた筈の眼鏡男が声をかけてきた。
この男が俺に話しかけてくるなど、村人と判別してした時以来だ。
「どうしたんですか?」
「君に頼みたい事があるんだ」
眼鏡男はそう言って懐から一つの玉を取り出す。
「君にはこれをドラゴンの近くで投げてほしいんだ」
「これは?」
「これは、臭い玉といって鼻を摘まみたくなるような悪臭が込められた玉なんだ。ドラゴンは鼻がよく利く、これを近くで使えばドラゴンに大きな隙が出来る筈だ。その間にこの場を離脱する。街にさえ戻れば応援が呼べるからね」
眼鏡男の言葉に成る程と頷く。ドラゴンが鼻が利くならば確かに有効な作戦かもしれない。一つの欠点を除けばだが。
「何よそれ。ドラゴンの近くで発動すればって、それって御手洗にあの化け物の近くに行けって言ってるってこと! そんなの駄目に決まってるでしょ!!!」
鬼灯の指摘した通り、ドラゴンの近くに行く前提になってるのがこの作戦の欠陥だ。ドラゴンの近くに五体満足に近づける筈がないのにだ。
「それに、何で御手洗なのよ!!」
「勿論、理由があります。ドラゴンは先程勇者の気配を感じたと言っていました。あのドラゴンは恐らく魔力や、その魔力の性質まで知覚しているんでしょう。ならば、村人の彼ならば魔力も小さく、知覚されにくいんです。私を信じてください。それに、誰かがやらなければいけない事なのです」
ドラゴンが何かしらの方法で高い知覚力を持っているのは俺も同意見だ。だが、眼鏡男の作戦は余りに杜撰すぎる気がしてならない。
ドラゴンが知覚しているのが魔力とも限らないし、そもそも俺の魔力が低い前提なのも含めて、男の作戦は余りに都合のいい賭けに感じる。
何より、眼鏡男が賭けレベルの作戦なのにそこに触れない事がきな臭すぎる。わざわざ危険だと伝える事もないと思っているのかもしれないが、此方からしたら不信感が募るだけだ。
こんな、作戦引き受けるやつはアホだし、こんなもの受けたら死ぬ可能性が高すぎる。
受けるわけがない。
「それでも、危険よ! 御手洗あんたからも言ってあげな。そんな危険な事、できないって」
「____それ、渡してくださいよ」
「は!! あんた何受け取ってるのよ」
「何って、ドラゴンの近くに持っていく為に決まってるだろ」
鬼灯が心配してくれるのも分かる。余りに危険だ。
でも、俺はどうやらアホだったようだ。
「誰かがやらないといけないなら、やるしかねーだろ」
特に友達の俊輔や、鬼灯……お前が助かるなら俺にはやるという選択肢しかない。
「御手洗……まさか、私達の為に」
「自惚れなよ。皆の為だっての」
「よい、覚悟です。ドラゴンは余裕に攻撃を受けてます。近くに置くだけなら簡単でしょう!」
「帰りは危険だと言いたいんだよな。わかってますよ!!」
「御手洗!! 駄目!」
鬼灯の声を置き去りにして、俺は一気に駆け出す。
前方を見るが、魔法の弾幕でドラゴンの姿は見えない。
霊視スキル!!
普通に認識出来なくても、霊視でドラゴンのエネルギーを視る。
ドラゴンは油断している。急いで成功させるんだ。
身体強化を使うイメージをすると、進むスピードが変わり、風景が流れる早さも変わる。
「灰人!?」
「俊輔! そのまま打ち続けてろ! ただ、俺には当てるなよ!!」
魔法を撃ちながら、俺に気づいて声をあげる俊輔の声も一気に後ろに流れていく。
「御手洗くん!?」
「天神!! お前も止まるな! 皆がお前に支えられて、お前に引っ張られている。ただ、魔法は当てるなよ!!」
「み、皆!! できるだけ上に向かって魔法を放つんだ!! 御手洗くんには当てないように!!!」
一番先頭にいる、慌てた天神も追い越すと、後はドラゴンだけが視線の先に来る。
ドラゴンとの距離が一気に詰まる。
俺が近くに行ったからか、弾切れなのか魔法の雨が止む。
モクモクとした煙がドラゴンを包んでいる。
これだけ魔法を放てばとクラスメイト達が淡い期待に瞳を輝かせている。
霊視スキルに映るドラゴンのエネルギーには残念ながら乱れはない。
煙が晴れてドラゴンがその姿を見せる。
「嘘……だろ」
誰の言葉だろうか……後ろから絶望した声が聞こえてくる。
『うむ? これで終わりか?』
煙の向こうから姿を見せたドラゴンは全くの無傷で悠然としていた。
霊視スキルで視ていたから分かってたが、魔法を放っていたクラスメイト達からしたらたまったものではないだろう。
だが、無駄ではない。おかげで俺は直ぐ目の前まで辿り着けた。
『む? 何だ貴様……その奇妙な雰囲気は……』
「遅い!!」
玉を全力で地面に叩きつける。
叩きつけられた衝撃で玉が小さく破裂する。
『ぬわぁ、なんだこれはー!!!』
ドラゴンも初めて戸惑ったような声をあげている。
煙が俺とドラゴンを一気に包みこんでいく。
『ぬおぉぉぉ、何だこれはぁぁ。臭い、臭いぞぉぉ』
ドラゴンにしっかり効いているようだ。
今のうちに俺も退散させてもらうとしよう。
「皆様! 急いでこっちに来てください!! ここを離れます!!」
眼鏡男がクラスメイトを後方に集めていく。
よかった、皆も逃げる準備は出来ているようだ。
「こほっ! これ、煙、多い……こほ!」
想定以上に煙が多い。どんどんと煙が広がり、煙からでた俺を再度煙幕が包む。
霊視スキルを持っていて本当によかった。
視界が効かなくても、クラスメイトの魔力を見れば迷わずそこに進める。
ん? 何だあれ?
クラスメイトが固まる箇所を強烈な光の円が囲っている。
あれは、魔法を発動している時の魔力の高まりと似ている。
クラスメイト達を囲って何の魔法を使おうとしているんだ?
何をしようとしているのかさっぱりわからない。
胸をぐるぐると回る嫌な感覚はきっと気のせいだ。
クラスメイト達が集まる、一角、その中で、一人の誰かが魔法を使うように魔力を高めていく。
高まった魔力は魔法として射出される。
俺の目にはエネルギーの塊が俺に迫ってきてるのが見えてしまう。
咄嗟に横に飛ぶ。その瞬間、元俺がいた地面が深く抉れている。
何だ今の、ピンポイントで俺を狙ってなかったか?
いや、偶々だ。ドラゴンに当てようとしていたのが、俺の所に来ただけだろう。
……天神が上の方を狙うと言ってから一度も低い位置には来ていなかったのに今になって……?
浮かんだ疑念を無理矢理追い払う。
そんな、わけがないんだ。ありえるはずがないんだ。
「え…………」
霊視スキルで映っていた、人形の光の集団がその姿を消す。
嘘____だろ。
嘘だ嘘だ嘘だ。そんな事あり得る訳ない。
スキルで視たものが信じられない。
確かめないと、今視たことは間違いであると否定してほしかった。
『ぬぅ、こんなもの!!!』
ドラゴンが翼をはためかせる。煙が晴れるが、俺は前のめりに倒れてしまう。
『ぬ? クハ____ヌハハハハハハハ』
ドラゴンが大きく口を上げて高笑いする。
だが、その声は俺の耳には入ってきていなかった。
煙が晴れて、俺の視界は回復していた。
だから、見てしまう。
____先程までクラスメイトがいた空間には、既に誰の姿も見えない事を俺は見てしまった。
『貴様、転移するための囮にされたのか……ヌハハハ、相変わらず人間とは醜いな』
置いていかれたのはこの際構わない。
「どういう事なんだよ……」
最後に魔法を放ってきた人物。そのオーラはソフィアさん達よりも劣っているものだった。
つまり、クラスメイトの誰かだということだ。
あの時横に飛んで、大きく時間をロスしなければ俺は間に合っていた可能性があった。
理解が追い付かない。誰かが俺を貶めた等、信じられるわけがなかった。
しかし、状況はどうみても俺が貶められたと突きつけてくる。
俺は分かっていなかった。ドラゴンの桁違いの力に絶望を感じるものと思っていた。
だが、それは違う。
信じていたもののためにも、命をかけて、大役を果たしたと思った瞬間、信じていた者に裏切られる。これこそが絶望だったんだ。
____今、俺の中で何かが脆く崩れさっていった。