82話 魔導書使いの苦悩
遅くなりました
やっとプロットが固まったので、少しずつですが投稿していきます
よろしくお願いします
リーフィスが話を終えた直後、遠くで屋敷のドアが開く音がした。
「ただいま~」
「あ、ベルテだね。帰ってきたんだ」
ベルテの帰宅を確認し、リーフィスはソファーから立ち上がると、そさくさと紅茶を用意し始めた。実に手際のいい動作に思わず見とれてしまう。
「ただいま」
ちょうど紅茶を入れ終えたと同時に、翠色の髪をしたお下げの女の子―ベルテが部屋に入る。
「あ、アイリちゃん……と、他の皆様も」
「久しぶりベルテ。お邪魔してます」
「う、ん……ゆっくりして、ね……あ、アイリちゃんは……その、大変だったね」
たどたどしく挨拶する姿は、王宮で初めて見たままのベルテ・コートラだった。アイリと仲良くなったとはいえ、それでもまだすんなりと、市民と貴族の壁は破れないようだ。
「えぇ、大丈夫よ。皆で頑張ったから」
「…………そっか、良かった」
安心した様に笑うベルテ。その笑みはとても優しく、柔らかい物を見ている気持ちになる。
「さっ、帰って来たら手洗いうがいして」
「あ、うん。分かった」
テーブルに紅茶を置いて、リーフィスは母親の様なセリフを口にする。実際、この家で母親的存在はリーフィスなのかもしれない。見た目からして、雑そうな性格をしているように見られがちだが、本当のリーフィスの性格は優しくてしっかり者である。
そして、帰宅後のあれこれを済ませて、ベルテが戻って来た所で、再びレン達との話が始まった。内容はもちろん、
「邪悪そうな……物?」
「…………」
死宝。
これまでは混乱を避ける意味合いで、この話を王候補にすらしてこなかったが、前回の透水都市での出来事があると、流石に隠しておくことはできない。
現に、透水都市の王候補――シールからは、かなり厳しめに追求を受けた次第だ。
「…………死宝、わた、私、知ってるよ」
「っ!!」
それは思ってもみない言葉だった。
何せ死宝の存在は、アスモデウスに聞かされて初めて存在を確認したモノだ。それを以前から、しかも王候補が知っているというのはどういうことなのか。
ベルテの言った、まさかの発言に、全員の視線が集まる。それに驚いてベルテの肩がビクッとするが、すぐに深呼吸して話を進めた。
「……あの、本達が……教えて、くれるの」
「……本?」
ん?と考える。
意味の分かる様な、分からない様な事をベルテは口にした。
「あ、ごめん、なさい…………その、私、本達の声が……聞こえる、の」
「本の、声……?」
その言葉に、思わず聞き直してしまう。ベルテは「うん……」と小さく頷き、隣に座るリーフィスに目で合図を送った。
「魔導書使いにはね、特定の周波数を持ったシグナルを受信する事ができるの」
「しゅうはすう……?」
周波数という言葉を初めて聞くのだろうリヒトが、頭にはてなを沢山浮かべている。まあリヒトだから。と諦めてる3人に反して、リーフィスは優しく「そそ、」と相槌を打って話を進める。
「正確には“魔力の波”って言う方が正解なんだけど、それだと伝わりにくいからね。私達は周波数って言ってる」
この世界における魔導書使いには、本の発する周波数を拾うことができる。それでもって、その中でもベルテは特別で、例えば魔導書使い1人につきアンテナが1本だけだとして、ベルテはその何倍、否、もはや無限とも言える位のアンテナを所持しているのだ。故に本の声を常に聞き取り、どこに何が書いてあるのか、究極を言えば、どこで誰がどの本を読んだ等、追跡にも役立つことがある。
しかし、それ故の弊害もある。
「アンテナが多いって事は、それだけいっぺんに情報――つまり本の声が聞こえるの。それってどういう事か分かる?」
リーフィスは正面に座るレンを見つめて、答えを促す。
一度に沢山の声。知らない情報の波。
これだけの情報が有れば何となく想像はつく。簡単に言えば、人間1人が巨大な荒波に耐えられるかどうかという話だ。
つまり、
「……」
当然不可能な話。しかしベルテ自身のことである安直に言えない。辺に同情するのは余りに傲慢だ。
「さしずめ君が想像しているとおりのことよ。ベルテは、毎日四六時中年がら年中、本達の言葉が聞こえてる。だからこそ、この子は王候補に選ばれて、こうして『図書館』の館長も務められているのよ」
「なるほど」
納得せざるを得ない回答が提示された。
ベルテがあの、巨大図書館の館長を務められているのは、王候補だけではなく、本との交信術があるから。確かにそれがあれば、管理だけでなく、監視も同時に行えるだろう。
だが、
「1人でそんな大量の声を聞いて平気なのか?普通に考えれば、脳がパンクとか、恐ろしい結末になりそうだけど」
人間一人が巨大な波に耐えることはできない。そもそも物理的に不可能なことだ。しかしベルテは、恐らく十何年平気で生活しているのだから、きっと何かあるんだろうと推測できる。
「申し訳ないんだけど、一言で完結させちゃうわね」
そう言ってリーフィスは、姿勢を正してどこか自慢げに膨らんだ胸を張り、
「それは、ベルテが天才だからよ」
言ったとおり、一言で完結させた。
「おぉ……」
「……」
「……」
「……」
「~~~~~~っ!!!」
その自信満々な顔に何と返答すれば良いのか。
恐らく、元々この手の話を聞いていたであろうアイリとエレナは、「始まった……」と言わんばかりの顔をして紅茶を啜り、隣でリヒトが、あまりのドヤ顔っぷりに声を漏らす。
更にその正面で、物凄く恥ずかしそうに、まさに穴があるなら飛び込みたい!みたいな勢いで、ベルテは両手で顔を隠している。それも耳まで真っ赤にして。
かといって、当のリーフィスと言えば、ふふん!!と鼻を鳴らして、未だ誇らしげに豊潤な胸を張っている。
「~~~っ、そ、その、私は、わた、わたしは、その、その、そ……ぅぅぅぅぅ……」
赤面しながらベルテは、自分の従者のいきすぎた愛から産まれた微妙な雰囲気をカバーしようと頑張ったが、無理だった。
まあ、自分は天才なので。なんて、口が裂けても言えないだろうし、よほどの自信家じゃなければその領域には足を踏み入れないのだろう。
「とにかくベルテは、魔道書に選ばれた優れ者ってことよ」
溜息交じりにエレナ様が無理矢理に話を締めくくりに入る。
それを聞いて安心した様にベルテが、うんうん、と頷く。ここで頷くってことは自分が天才だって認めてることになるのだが、彼女はそれに気付かない。
ひとまず、脱線した話を戻して、再び話題を死宝へ。
「ベルテは、死宝の存在を知っているんだな?」
「うん……というか、私達が、アレを封じてるの。初めて見つけた時は、本達も凄く怯えてて、アレの周囲にあった本は、皆枯れて死んでいたから」
封じている。それはつまり、
「ベルテも光魔法みたいなのを?」
死宝を封じるためには、対となる光属性の魔法でしか叶わない。故に、それと同等のことをしているベルテは、
「ううん。私、魔法は使えないよ。全部、本に頼ってるから、それに、封印術はただの、気休め程度。私が、時折張り直しに行かないと、アレの瘴気が街に漏れるから」
「魔法が使えないのに、封印を?」
どういうことか、未だ理解出来ないレンの疑問を拭ったのは、やはりリーフィスだ。
「魔道書使いは、基本的に魔道書に記された術式を解読して、本に魔力を込めて魔法を使うの。魔術師との決定的な違いは、本を持つか持たないか。でも、魔道書使いの方が幅広い魔法を使えるのが利点ね。まあ、その分応用が利かないのが難点だけど」
「なら、封印術はその魔道書から?」
「うん……あそこまで強力なモノは完全に封印できないけど、押さえ込む程度なら、難なく、できるよ」
リーフィスの解説後に、ベルテが封印術詳細を説明してくれた。
結論まとめると、今のところ緑園都市にある死宝はベルテによって、一時的な封印をされていて、問題はない。と。
「だとしたら、死宝を私達に渡してくれないかしら?アレはこの世界を滅ぼす可能性を秘めたモノなの。多分、貴女なら十分理解出来ているでしょうけど」
一連の会話を聞いて、エレナは死宝の受け渡しを要求する。
予想だと、透水都市みたいに大問題が起こって、結局なんとかなるというオチを想像していたのだが、案外、簡単に済みそうで安堵する。
と、思っていたのだが。
「それは、できない、よ」
ベルテはエレナの要求を、途切れ途切れの言葉で断った。
「……へ?」
思わず固まるエレナは、目を丸くして、ベルテが一体何を言っているのか理解出来ない見たいに考え込み、
「どういうことかしら?」
結局、理解出来なかった。
「ごめんなさい。死宝は、渡せないの……あ、別に、信用していない訳じゃないよ。ただ、」
申し訳なさそうに、途切れた言葉を紡ぐベルテ。その話し方に痺れを切らしたのは、ずっと黙って話を聞いていたリヒトだ。
「おい!んなもん、俺らを信用してないのと同じじゃねぇかよ!!お前まさか、俺らを奴らと一緒だと思ってんのか!?」
「ち、ちが……」
「ちがくねぇよ!!」
机を叩き付け、怒りを隠そうとしないリヒトに、そっと冷たい声が響いた。
「一つ、問わせてもらう」
声の主は従者リーフィス。彼女の放つ雰囲気は、先程までの親バカならぬ主人バカの顔でなく、ただ純粋な真剣な目付きと声色で、
「あなた達は、私達に戦争を仕掛けに来たのかしら?」
と、一つの曇りもなく殺気を放つ。
「ごめんなさい、リーフィス。私達はそんなつもりじゃなくて、ただ死宝を回収するのが目的でこの都市に来たの」
すかさずアイリがフォローに回る。ここでリーフィスを怒らせて徳はない。加えて、ベルテまで敵に回すというのは、これから先を考えると避けたい事項だ。
かといって、リヒトの怒りも分からない訳ではない。
死宝について所在を知っているのはベルテであっても、それを完全に封印することができるのはアイリの光魔法を持って他ならない。故に、それを渡せないということは、レン達を敵と見なしているのか、それとも別の理由があるのか。
それをハッキリしないことには、流石にリヒトを叱ることもできないのだ。
「ごめんなさい。私の説明が足りないよね、その……本当に、渡せないの」
「っ、だからそれが――――」
「言葉通りなの!!」
リヒトの追求に嫌気が差したのか、ベルテは大声を張り上げ、再度要求を拒んだ。
だが、その言葉の意味に、レンは気付いた気がした。
「もしかして、ベルテの思いとかじゃなくて、『物理的に渡せない』ってことか?」
「……」
こくり、と頷くベルテ。
なるほど、つまり緑園都市の死宝は、言ったとおり物理的に取り外しが利かない代物らしい。
「でも、物理的に渡せないって、そりゃぁどういうモノなんだよ」
内容を理解して、冷めた様子のリヒトが改めて、ベルテに向き直る。もちろん先に「すまん」と謝罪して、ベルテとリーフィスには承諾してもらった。
その上で改めて、死宝を渡せない理由を問う。対して、リーフィスが返答する。
「まぁ、百聞は一見にしかず。案内するわ」
そして、
「この向こう側よ」
リーフィスに連れて来られたのは、屋敷を出て、緑園都市に聳え立つ巨大な『図書館』。中に入って、階段を上、ではなく下に降りた空間。
そこに厳重な施錠で封じられた扉がある。
見たところ、別におかしな点は見受けられない。言えば、これでもかと鍵が掛けられているくらいで、これは人が入らないようにしている為だろう。
「ベルテの言ってた封印って、これのことか?」
「ううん、これは只の鍵。私の、封印は、この『図書館』全体に張られてる守備結界。それと、一応この空間に七百の、多重層結界を張ってるよ」
「おぉ……そんなに、」
ベルテの言っていた結界の多さに、思わず驚く。
まあ、それくらい警戒しなければならないのは承知のことだが、それでも百を越える結界の維持となれば、流石に大変だろうに、
「リーフィス。そう言えば、この本が―――――」
と、ケロッとしているのだから、流石天才魔道書使いと言わざるをえない。
「よしっ!なら、俺が入って、さっさと死宝回収してやるぜ!!」
死宝の眠る部屋を前に、緊張感漂う一向。その中で、やけにやる気なリヒトが先陣切って施錠の解かれた扉を開く――――
「さぁ、ご対面だ――――――」
瞬間、
金属の軋む音が部屋に響き、
「おわぁぁぁぁ!!!」
恐らく百は越えているであろう刃が、リヒト目掛けて飛びつき、間一髪避けた地面に無数の穴を開ける。
リヒトを捉え損ねた刃は、まるで残念だと言っているように軋みを上げて、元あった部屋の中央――その台座に供えられた小さな道具へと戻っていく。
「あ、あれが、この都市に置かれた、死宝『千刃の簪』、だよ」
美しい美術品のように扱われている死宝を前に、ベルテは静かに、蔑むように、忌まわしいように、睨んでいる。
♢
♢
その薄暗い聖堂には十二の巨大な柱が立っている。それは中心を大きく囲む様にして立てられ、高さは数十メートルはある。その部屋の大きな扉が開き、二人の影が入る。
入った二人は中心まで行くと、そこに跪いて目の前の柱の上を見た。
「参集致しました。ご用件は?」
大柄な男が話す。そして、二人が集まった事を確認して、柱の上に立つ男―ガミルが話を始めた。
「よく来てくれた紅黑、サエラム」
大柄の男―紅黑。細身の男―サエラム。
それが二人の名前だ。
「早速だが緑園都市へ行き、役割を果たせ」
ガミルから指令は単純だった。力を示して制圧。そして彼等の集めるモノを持ち帰る事。故に単純。
たったそれだけならば何故自分達を呼んだのか。その疑問を感じたのは、
「ガミル様。お言葉ですが何故我々を集めたのでしょう?制圧であれば、他の部隊が適任かと思われます」
サエラムは、自分の力に自信があった。
確かに彼等は強い。黒使団幹部から直々に司令を貰う立場である彼等は、副官に位置する役職を持っている。それだけの実力と実績があるのだ。
都市の制圧であれば、適当な部隊を動かして、数で圧倒すれば簡単な話。そうなれば、こうして直々に呼ばれる事は無い。
ガミルが二人を呼んだということは、それなりの理由があると考えていた。
「……そうだな、全て話す方がいいかもしれないな」
そう言ってガミルはわけを話す。
「天使が、この地に降りた」
「!!」
「……まさか、あの天使?」
想像もしていなかった言葉だ。
天使。
天界に住まう、天界神エリシュエルが作り出した、言うなれば天界における戦闘部隊。大天使から構成されるその部隊は、今この世界で最も強力な部隊と言える。それ故に、地上への干渉は禁止とされ、これまで数百年天使達は地上に降りて来ていない。
その天使が地上に干渉したのだ。
「つまり我々を排除しようと、天界はヤケになっているのですね?」
「それもあるだろう。だが、今回はそうでは無いようだ」
「?」
しかし、そうでは無い、とガミルは言う。黒使団はこの地上で一番危険な組織だ。特に目的については、人間や天使、はたまた奈落の悪魔達にとっても危険と判断されるだろう。
今回天使が降りた理由が、それでないなら一体何だ。サエラムは考えた。
「天使達の目的については考えるな。お前達に頼みたいのは、姫の美品の回収と―――」
ガミルは一拍置いて、
「ミサキレンという男を生け捕りにしろ」
静寂の中に、一人の青年の名前が響いた。




