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78話 そして終幕へ……


…………

…………


「――――それが、私達が姫と崇める、私達のかみさま、パンドラ様だよ♪」


アスモデウスは話し終えて一息吐くと同時にニコッと笑みを見せて、昔話の終わりを伝えた。


「…………」


彼女の話した物語に対しての感想等無く、全員が無言で立ち尽くしていた。



壮大な神の存在していた時代。


アスモデウスの話に信憑性など無い。何せ、彼女の言う通りであれば、それは歴史から抹消された物語であるからだ。

時間として存在していない話であれば、証明も出来ないし、話自体を否定する事も出来ない。


だからこそ、皆は沈黙を続ける他なかった。下手に意見する事も、感想を述べる事も、誰もしない。


その沈黙を破ったのはシールだった。


「今の話が嘘でない証拠は――」

「無いよ♪ってか、抹消された歴史なんだから、証明なんて出来る訳無いじゃん。それくらい分かるでしょ?まぁでも、今のアナタなら少しは知ってるんじゃない」

「…………」


シールは答えない。


そして少し、何か意味ありげな言葉を残してアスモデウスは笑った。


「姫はその後、神殿を滅ぼした。でもアトラスが死際に姫の身体と魂を二つに分けちゃったの」


無言の間を見て、アスモデウスは追記を始める。


「抜け殻になった身体は、奈落の底にある“永遠の監獄”に、魂は更に六つに分けられて姫の持っていた物に振り分けられた―――」

「!」


そこまで聞いて、エレナはある事に気付き、ハッとする。


「…………そうか、それが“死宝”ね」


ここまでの話を聞いて、エレナは納得した様子で頷く。

それを見て、アスモデウスは何か不満げな顔をしながらも最終的には、「その通り♪」と肯定した。


「絶対に揃わない様にする為にそれぞれの都市に封印してたんだけど、時代が変われば皆忘れちゃってたみたいで、美品……死宝の封印は解かれて、どこかに散らばった」

「なるほど、国王はそれを知って、俺達に死宝を集めさせたいのか」


合わせてレンも話の繋がりを理解した。それに合わせて、


「一つ良いか?」

「どうぞ♪」


レンは軽く手を挙げてアスモデウスを見る。


「話に出てきた六つの村。お前は今の都市の基盤となった村だって言ってたけど、それだと数が合わない。この国の都市の数は五つの筈だ」


話に出てきた都市の基盤となった村は六つ。アトランティスにある都市の数は五つである。

単なる数え間違いとは思えなかった。


「いい所に気付いたね。キミの言う通り、今と昔だと数が合わない。何せ、実験となった村は消えたんだからね。聞いた事はあるでしょ?“霊氷都市 ラプラス”って」

「っ!いや、でもそれって確か百年前に戦争で無くなったって……」

「他の都市と霊氷都市との違いは、基盤が無いだけじゃない。そもそもアレは私達が造った即席都市だもん。中身なんて無いし、住民だって適当に集めただけ。さらに言えば、神の加護なんて無い。考えてごらんよ、他の都市は神の名前を使ってるけど、霊氷都市はラプラスなんていう、存在しない神の名前を使ってるんだよ?」

「なら、ネロはどうなる?あいつは霊氷都市の出身って」

「…………さぁね、そこは私の知った所じゃないから」


ここまで迷うこと無く質問に答えてきたアスモデウスが、ここに来て素っ気なく知らないと言い張る。


「……っ、どうなんだよ!答えろ!」

「………………」


答えない。それどころかアスモデウスは、レンの目をじっと見つめたまま、身動ぎ一つしない。


「っ」


言葉に出来ない恐怖が襲った。まるで自分の中を見られているみたいで恐ろしい。


そこにシールが割って入った。


「話は大体分かりました。信じるか信じないかはそれぞれの判断として、私からも一つ良いですか?」

「うん♪なぁーに?」


すると切り替わり、パァっと明るく笑ってシールを見た。


「貴女達の力について聞きたい。今分かっている段階で、貴女達を指す言葉は幾つかありますが、出来ればそれについても詳しく知りたいですね」


続いてシールが問うたのは黒使団の持つ力についてだった。

既に知られているアスモデウスの“欲望”については、自身の持つ魔力内なら好きな物を手に入れられるというもの。

それ以外は、


「うーーん、まぁ詳細は教えられないけど、発現についてなら教えてあげるよ♪」

「発現……」

「話したとおり、匣から出てきた十二の悪意によって姫は世界を破壊させる程の力を手にした」


再び説明が始まる。


「アトラスによって身体と魂を分断される前に、私達は姫から原因となった十二の悪意の根源を取り出したの」


…………

…………それは具現化すると黒い塊だった。


“絶望”

“嫉妬”

“醜愛”

“恐怖”

“死”

“無念”

“欲望”

“貧困”

“侮蔑”

“憤怒”

“苦痛”

“疫病”


姫―ベルポナから取り出された十二の力。一つ一つが世界の存在を脅かす程の力を持つ魔力。彼等はそれを―――


「私達はそれを自らの罰として取り込んだ」

「罰……」

「そう、罰。罪とも言えるかな?」

「どうして、それを罰と考えるのですか?経緯はどうであれ、パンドラが悪になった事について貴女達に積は無い筈です」


シールの言う通り、匣を開けてしまったのは、そこに住んでいた住民。

管理を怠っていたヘルディスにも責任があるとしても、それを黒使団全員が罪として受け入れるのはおかしい。


しかし、その答えは至って簡単だった。何せアスモデウスは普通な顔をして、


「何でって、私達が姫を心から愛し、忠誠を誓っているからに決まってる」


と、言い切るのだから。


「?」


どうして理解出来ないのかと、不思議そうに首を傾げて、部屋に集まった全員を見渡す。

その目は、


「本音、ですか」

「勿論♪」


本気の言葉に違いない。


「まぁいいや、話を戻すね♪」


皆の表情がどこか納得していない。それでもアスモデウスは、見越した様にくすりと笑って話を続けた。


「取り込んだ力は恐ろしいものだった。上位種族の精霊や魔人族なんて関係なくおかしくなるくらいに」


匣の中で熟成された悪意の塊は、神聖な力で特異なモノへ変貌していた。それは最早、神でさえ扱う事が出来ない代物。

そんなモノを、たった一つでも己に取り込んだ者は、それぞれの悪意によって狂ってしまう。


「私はまだラッキーだった。他の仲間達に比べたら軽傷?ってところかな♪でも、」

「…………っ、“心が永遠に満たされなくなった”」

「…………」


そこにポツリと、レンは呟いた。


それは少し前の話、グリフォン討伐に出た際に邂逅した少女の言葉を。


死の聖痕を受けたと言った少女が、悲しそうに語った仲間の真実を、レンは脳裏に回想した。


「…………そうだよ、私は“欲望”の力で永遠に満たされなくなった。よく知ってるね♪」

「お前の仲間から聞いたよ。その力でお前達がどう変わったのかを、それと最後に救ってくれるかともな」

「………………っ」


少女――スロバトリアの片割れ、アメリアは自分達を救ってくれるかと聞いた。同時に邪魔をするなら殺すとも言われたが、それよりもアメリアの本心は救って欲しいにあったと、今なら思う。


だからこそレンは迷った。敵と思っていた者達が実は被害者であり、真のやるべき事が何かを。


アスモデウスはふっ、と笑った。


「そっか、あの子はまだそんな事を…………」


目線を下に向けたが、瞳は汚れた床ではなく別の、遠くを見つめている。


「私からの話はこれで終わり♪後は自分達で調べるといいさ」


無理矢理締め括るようにして、アスモデウスからの情報は終わった。


「それよりさ、腕輪……“封印の腕輪”は何処かな?この近くにあるのは分かるんだけど」


話を逸らす様にしてアスモデウスは犬を真似して鼻をクンクンと動かし、周囲を見渡した。

そして、彼女の視界に目的としてなった、死の宝が目に入った。


死宝を手に持っていたのはアイリだった。それを確認するやいなや、アスモデウスの顔は順を追うようにして険しいものへと変貌した。


「ねぇ、どうしてその女が姫の物を持ってんの?」


静かに、しかし確実に怒りの炎を燃やしながらアスモデウスはゆっくりとアイリを睨み付けた。


そして何度も、


「ねぇ、どうして?」


と、壊れた機械みたいに言い続けた。


「今、アイリには光魔法を使って死宝の封印をしてもらっています」


可愛らしさから一転して、狂人めいた言動や行動に変わったアスモデウスに対して、皆が思わず尻込んでしまう。

そんな中、シールは特段気にする様子無く彼女と対話する。


シールの言った封印は、死宝を完全に封ずるモノでなく、黒魔法による干渉を防ぐ為の言わば応急処置みたいなものだった。

しかし、それだけでも効果はあるようで、封印を始めてから死宝から発せられる瘴気は抑えられた。


「チッ、封印とか別にどうでもいいさ。ぁあ、嫌だ、ホンットその力嫌だわ」


苛立ちを隠さない顔でアイリを睨みつける。


「私達を否定したその力が許せない。姫を救うと言いながら、傷付けたその力が許せない。何も悪くない私達を傷付けたその力が許せない。お前ともう一人居た無力な神が許せない」


許せない―――アスモデウスはただ、そう伝え終えて、口を閉じた。


「それより、私はこれからどうなるのかな??流石に即処刑なんてこと無いと思ってるんだけど……」


話終えると、未だ消えない光の鎖をジャラジャラと鳴らしてシール達の様子を窺った。


『これから』この部屋に来る途中でアイリから聞いた話だと、アスモデウスはこれから王宮へ移送され、そこで尋問なり更に詳しく情報を吐かせたり等するそうだ。


アスモデウスは、自分のこれからが気になって言っているのか、しかし顔は満面の笑みで、彼女が敵でなければ魅入る男も居ただろう。


「………………」


ふと、レンは後ろ髪引かれる様な、何か引っ掛かる感触があった。





「おぉ、結構凄いな……」


レンは高台の上から賑わう街を見下ろしていた。


戦いの傷跡が残る都市中心部は、街の姿とは異なって住民達の賑わう声で溢れていた。


「まぁ海竜祭なんて、いつもこんな感じよ」

「いつもって、毎年来てんの?」


未だ被害が残った街にて行われている海竜祭 。そこに集まる人々を見渡しながら驚くレン。


隣のエレナは勿論と言うと、髪を靡かせて坂を降りて行く。


「にしても…………」


まさか忘れていた海竜祭が、時期を外れて行われるとは思っていなかった。


本来、透水都市の海竜祭は海王との激戦、加えて黒使団の襲来の為に今年は行われない事になっていた。

しかし、数日過ぎたこの日、海竜祭は行われている。


その原因は、あろう事かレンにあった。


海王戦の終盤、レンが放った“流星光底(スターライト・スマッシュ)”は海王を消滅させただけでなく、海底の地形を大きく変えてしまった様なのだ。

その結果、年に一度に起こる特殊な海流が、タイミング良く今日来たという事らしい。

ちなみに、海底の地形については、海王の死体を調査していた聖鋭隊が発見したらしく、そこから計算して、今日というのが街の皆に知れ渡ったとか…………。


兎にも角にも、あれだけの被害がありながらも住民は、素早く用意をして今日を迎えている。


きっと、これまで頭を悩まされていた海王が居なくなった事に、被害よる悲しみよりも、喜びの方が勝っているからだろう。


と、まぁそんなこんなで、レン達四人は休息も兼ねて、せっかくの海竜祭を楽しもうと街へ繰り出している訳だった。


「おーい、早く来ねぇと置いてくぞー!」


遠くでリヒトが手を振っている。


「行こっ、レン」


すると後ろに居たアイリが、可愛らしい笑顔で声を掛けてくれた。


「……あぁ、行こう」





そんな訳で四人は街の中を歩いていた。


賑わいは光明都市での聖誕祭程では無かったが、それでも都市一番の行事と言うには充分相応しい程だ。


街の通りには市場が永遠と並んでおり、そのどれもが採れたて新鮮な海の幸を販売している。


「何だか、ここが海の中って感じがするわね」

「だね、潮の香りがして良い気分」


そんな街中を、女の子二人は並んで歩いていた。


互いにスカートを靡かせる美少女二人は、もちろんの事ながら住民の目を我がものとしている。

何せ一人はブロンドヘアの王女であり、一人は赤毛の候補者なのだから。


道行く人々が振り返り、無意識下に振り撒いている美貌に目を盗まれある所では、


「ちょっと!何見とれてるのよ!」


と、旦那に怒る妻も居れば、


「綺麗ね」

「ほんまそれ」


と、二人して見とれてるカップルも居たりする。


そんな、エレナとアイリの独壇場とも言えるこの環境で、その後ろを歩く男二人は何ともいたたまれない気持ちを互いに抱き、前を歩く女王二人の背中を追っていた。


「何かあの二人にすげぇ話し掛けたくないんだけど」

「左に同じ」


レンとリヒトがそう思うのには理由がある。


まず一つ。

説明した通り、現在アイリとエレナは住民の目を釘付け状態。そんな彼女達に話しかけるのはまさに至難の業と言っても過言ではない。


そして二つ目は、


「ちょっと、そこのダサい格好の二人!早く来なさ〜い!」

「レン〜!遅いよぉ〜!」


女王二人に急かされて、レンとリヒトは急ぎ足で隣へ向かう。


別に言い訳はしない。


しかし、祭りと言っても別にオシャレする必要は無い筈だ。

が、女性二人はオシャレを決め込み、合わせて軽く化粧もしている。


普段着を持ち合わせてないレン達にしてみれば、先程店で買った有り合わせの服で隣に並ぶのは少し気が引けた。

とは言え、あまり気にしていない様子の二人(アイリ、エレナ)はルンルン♪ウキウキ♪と軽い足取りで進んでいく。


「それにしても良かったわ。私のサイズに合って」

「うん、これ凄く可愛いよ!どこで買ったの?」

「金商都市よ。あそこは最新の服とか可愛い雑貨がたくさん売ってるのよ」


と、楽しそうに話している。


ちなみに二人の服装は、レンがこの異世界に来て初めて見た限りなく元の世界の服に似た服であり、言うなれば東京とか、都会に行けば道を行く女の子が着ていそうなシンプルかつオシャレな服だ。


「…………」


そんな服を売っている金商都市って、何だと考えるが、若しかすると単純に他の都市より最先端な街なのかもしれない。


「ほーら、」

「おわぁ!」


考え込むレンの眼前に、アイリは腰に手を当て姿勢を前屈みにして下から顔を覗かせている。


「そんな暗い顔しないで、行くよっ!」


何か考えていると悟られたか、アイリは満面の笑みを見せた後、レンの手を引いた。


そんな彼女に抵抗する理由も無く、


「うん、」


四人は出店を回り始めた。



あれから、アスモデウスからの情報を聞いたシール達は王宮へ連絡し、王宮御用達の転送魔方陣から騎士団が引取りに来た。


尋問。


その言葉を脳裏に掠めたレンは、心中にかかった曇り空の様に灰色な思いを浮かべた。


ある種の尋問は、

相手の指を折り、爪を剥ぎ、歯を抜き取り、休む間もなく殴られ続けるそうだ。


アスモデウスが受ける尋問がどれに当たるのかは分からない。しかし、例え敵だとしてもその様な行為に晒されるのは、流石のレンでも気が引けた。


「難しい顔してるわね」


困難な顔をするレンを見て、隣を歩くエレナが声を掛けた。


「何か、敵だとしてもそういうグロテスクな事されてるって考えると……あんまり良い気分にはなれないな」

「そうね、頭のおかしな変態じゃない限り、楽しめるモノでは無いわね」


でも、とエレナは言葉を発しようとして止めた。

その先は、皆分かっている事。内容がどうであれ、しょうがない事なのである。それが戦いというモノである。と。



四人は小洒落た喫茶店に入った。時間的に昼前の賑わい前の時間帯で、幸いにも人はまだ少なかった。

窓際のソファーへ案内され、腰を下ろした。


案内された店員に注文を済ませて、四人はそれぞれ顔を見合わせる。


「そう言えば、こうして落ち着いて話すのって初めてだよな」


照れくさそうに頬をかくレンは、こうして改めて仲間と話す時間を噛み締めるように話した。が、


「確かに前は、レンの幼女誘拐疑惑があったから、ゆっくり話せなかったよな」


と、正面に座るリヒトの言葉によって台無し。すかさず睨み付ける。


まあしかし、確かにリヒトの言う通りに透水都市で再会した時はアナが居た訳だし、アイリ達にとってみれば困惑するのも無理はない。


「レン君の言う通り、落ち着いて話が出来るのはいい事だわ。この際だし、改めて私達のやる事でもおさらいしておくべきだわ」

「そうだな」


隣に座ったエレナに同調して、リヒトは椅子に深く腰かけた。


改めて四人で確認したのは、やはり第一目標の「死宝の封印」について。


今現在、こちらが封印した死宝は透水都市――アナが持っていた“封印の腕輪”と呼ばれる死宝のみ。

アスモデウスの話だと、黒使団が所有しているのは“戒めの首飾り”の一つ。こちらと条件は同じだった。


「結局、どっちが先に死宝を見つけ出すかが重要なわけだな」


腕組みしたリヒトがそう言ってアイリを見る。


「そうね。それに例え死宝を見つけても、アイリが居なかったら封印出来ないし、要になるのはアイリの存在よ」


リヒトがアイリをチラ見したのはその為だった。

元々死宝の封印自体は、光魔法によって封印されていた。その為に、死宝の封印にはどうしてもアイリの使う光魔法が無くてはならない。


そして、それに伴うのは、


「つまり黒使団は、目的の邪魔になるアイリを―――」

「殺しに、来るだろうね」


言葉の先はアイリ自らが口にした。


自虐でも笑えないその行動に驚いた三人は、視線を一斉にアイリへ注目させる。


「こういうのは、ドンと構えてないとね。どっからでも掛かって来なさいってね」


三人の心中に気付いてか、アイリは困った様な笑みを浮かべて言ってみせた。


無理をしているのは嫌でも分かる。でも、だからこそなのか、アイリは笑って、困難を乗り越えようとしている。

なら、今はその気持ちを尊重しよう。


そう、レンは思った。



「ところで、次の行先は決まってるのか?」


会話が途切れたところで、リヒトはエレナに尋ねた。


「えぇ、ここから船に乗って直ぐの島――緑園都市 サイン。そこが次の目的地よ」

「緑園都市…………」


確か、聖鋭隊のナツが歴史を調べるなら緑園都市に行けと言っていたのを思い出す。


歴史を記録する街。それが次なる都市――緑園都市である。


「アスモデウスの話だと、緑園都市には死宝の一つ“千刃の簪”があるそうよ」

「って事は、まず間違いなく黒使団との戦闘にはなるか」

「そうだね。多分これまで以上に激しくなると思う」

「相手も、本腰を入れて死宝を取りにくるだろうね。この世界の為にも、絶対に負けられない」


皆の意見は一致している。

特にエレナとしては、亡くなった国王(父)の為に死宝を渡す訳にはいかない筈だ。


飲み物がテーブルに置かれて、場は一度リセットされる。


そこでレンは、ある事を思い出した。シール邸の地下牢で聞いたアスモデウスの話を。


そして最後に引っかかったモノの正体に気付く。


「そう言えば思ったんだ」

「「「?」」」


三人は配られた飲み物に手を付けながら、話し出したレンを見る。

注目を集めるレンもまたグラスに手を掛けて、一口すすって気が付いた事の説明を始めた。


「あいつらの力の源―悪意って、上位種族でさえおかしくさせる程の力だったんだろ?」

「そういやぁ、言ってたな」

「変じゃないか?」

「変って?」


レンの抱いた疑問はこうだ、


「アスモデウスの話だと、匣の中で作られた黒瘴気って暗黒物質でも神聖な力なんだろ。なら、どうしてあいつはシールに負けたんだろう?」

「え?」


その疑問にアイリは反応した。アイリはアスモデウスと対面して相手をしていたのだ無理もない。


レンは続けた。


「神具だって神の力かもしれないけど、それはあくまで人間が扱える程度のモノだろ?アイリの話だと、アスモデウスは殆ど手も足も出ずに負けた―――」

「レン君、何が言いたいの」

「つまり……アスモデウスは初めから負ける事を目的として戦った?いや、違う」


結論は、


「負けた後、王宮へ連れて行かれる事を見越して、わざと負けた」

「っ!」


言った自分も驚いた。その考えに三人も驚いて、レンを見る。


「でも何の為に?わざわざ痛い思いして負けるなんて」

「あっ、王宮はアトラスの加護で外側から敵の侵入は不可能の筈よ」

「って事は、何だ?わざと捕まって王宮まで行けば、一々奇襲を掛けなくて済むって事かよ」

「それでもだよ。アスモデウスは私とシールで殆どの瘴気を消した。だから、例え王宮に入っても王宮を落とせる力なんて無い筈だよ」

「……それもそうね、アスモデウスにはアイリの光魔法の鎖があるし。それに王宮には騎士団が居る。何かあってもエムル達で何とか出来るわ」


しかしレンの考えはあくまで憶測に過ぎない。証拠も無ければ、確証だってありはしない。


「つまり、考え過ぎってか」

「そういう事になるわね」


落胆して肩を落としたレンにエレナは肯定する。


「だよなぁ〜」


考え過ぎなのは分かっていた。

分かっていたが、可能性として捨てきれないと思って話をしたが、王宮で動きがない事を考えると、やはり結果は同じ事。


「…………」


それでも、どこか引っ掛かったアスモデウスの動きにレンは納得いかない顔でグラスに口を附けた。



「さて、俺から一つ話しておく事がある」

「な〜にが、「さて、」よ」


話を一段落つけて、リヒトが話を始めようとした。のだが、エレナはそれを見越してか、リヒトの意気込みを真っ向から否定する勢いで蹴落とした。


その行為に苛立ちを見せながらも、「まぁいいや」と諦めをつけて話を始める。


それは、『リヒト・アルテミラ』という人間の姿をした半魔人についてだった。


何も包み隠す事をせず、リヒトは自身の過去を、覚えている範囲の全てを話した。


リヒトの話が終わった後、皆が続く様に自分の中の秘密を打ち明けあった。


アイリの過去。

エレナの生い立ち。

もちろん、レンの事だって。


全て話すか迷った。

自分が異世界の住人何て、流石の三人でも信じられないと思ったからだ。だから、初めてアイリについた嘘と同様に、記憶の欠落を理由にしてレンの過去の詳細については話さず、別の事を話した、


「“未来視”ね………」


エレナは考える素振りをして腕を組む。その後、


「まぁ、大方想像はついてたから、驚きはしないけどね」


と、特に驚いた様子もなく言ってのけた。それに便乗して、


「俺もある程度は予想してたぜ。鍛錬場に居る時も、何度かお前に驚かされた事だってある。多分、ここに居る三人は誰も驚いちゃいねぇよ」


リヒトは残るアイリの分も丁重に説明してくれた。


「……だよな。まぁそんな気してた」

「国王様に初めて会った時も、その……予知してたし、言わなかっただけで、ある程度予測はついてたんだ。ごめんね」

「いや、良いんだよ!俺だって早く言うべきだった」


“未来視”で視た訳ではないが、こんな雰囲気になる気はしていた。だから、三人の知ってましたよ〜って反応にも耐えられた。


結論として、アイリ達はレンの口から聞くまで何も聞かず言わずにいてくれたのだ。


そんな仲間想いの彼女等にほっこりと感じながら、合わせて照れくささで緩んだ口元を隠そうとグラスを口に運ぶ。


「その“未来視”についてだけど、それって、常時未来が視えてるって解釈でいいの?」

「いや、毎日視えるって訳じゃない。それこそ昔は、TPO関係無くお構い無しに出てたけど。今は大丈夫なんだ。ちゃんと、自分の意思で力を使える」


不思議と、そんな自信だけはレンの中にしっかりと宿っていた。


力強い回答を得て、エレナは「そう」と微笑むと、再び置いたグラスに手を伸ばす。



改めて、この世界に来てミサキレンに仲間が出来たと実感させられた瞬間である。


リヒトが話を切り出したのはきっと、こうして互いの腹の中を見せ合う事で、仲を深めようと考えての行動だったのだろう。


そう思うと素直にリヒトに対しての感謝を思う。


思い返すと、久しぶりに仲間――友達が出来た気がする。

そして久しぶりに、こうして世界に色が灯ったと感じられた。


「へへっ、」


何とも照れくさいな。そう思いながら、賑わう街並みを窓の中から眺めた。


……………………


……………………


……………………


そして、日が沈み夜が来た。


暗くなっても賑わいを絶やさない今夜の透水都市は、まさに眠らない街に変わっていた。

とは言え、街に見えるのは日中と違って大人が殆どであり、子供は既に寝る時間。

街には多少のアルコールの匂いが充満していた。


そんな街を見下ろして、シール邸の中庭には、シールが一人テーブルに肘をついて街を見ながら晩酌を楽しんでいた。


「…………」


平和が訪れた街に微笑みを返し、酒を啜る。


こうしてゆっくりとした時間を過ごすことで、ようやく終わったのだと実感出来る。

それが何よりも幸せな事か。


海王討伐については、ラサニア家が都市を守る上で最優先に問題となる事項であり、代々の当主はそれに頭を悩ませていたという。

加えて、誰も知ってはいない事だが、海王のコアはかつてのミルターナ家の長女であったのであれば、最早問題は一刻の猶予も無いと思われた。


そう考えると、ミサキレンを含めた四人の活躍は本当に賞賛出来る事であり、返しきれない恩が出来てしまったと思ったりもする。


「…………っ」


近付く足音に気付いて振り向くと、そこにはヴォールが来ていた。


「シール。ここに居たか」

「えぇ、今になってやっと終わったと実感している最中です。貴方も一緒にどうですか?」


そう言って、隣の椅子を引いてヴォールを促す。「あぁ」と言って、彼はコップを片手に席に腰かけた。どうやら最初から一緒に晩酌するつもりだったらしい。


「昼間は大変だっだろ?資料の整理から何までやらせてしまった。従者として、申し訳ない」

「そんな事を気にしてたのですか?良いのですよ。貴方は怪我人でしたし、この都市は私達の家です。当たり前の事です。それより、」


昔からヴォールは、細かい事を深く気にしてしまう所がある……気がする。

決して悪い訳では無いのだが、それを気にしないシールからすれば、もう少し物事を簡単に考えても良いのではと思って…………いた様な。


「私は貴方に伝える事があります」

「…………シール?」


今一度改まるシールに対して、ヴォールは小さく息をのみ、同時に嫌な予感の影が心に掛かった。


シールは手に持ったグラスをそっと、テーブルに置いてヴォールと向かい合う。


「きっと、力の使い過ぎなのでしょう…………」


小さく、小刻みに震える唇を開く―――


「私には、もう過去の記憶が存在してません」


……………………


……………………


……………………





大きな汽笛を鳴らして、船は出航の準備を終えた事を知らせた。


「本当にお世話になりました」


港の船前で、レン達は世話になったシール達に軽く頭を下げていた。


海王戦から実に四日が経過した今日。レン達の支度やら、船の準備がようやく整い出発の日となっていた。


「気にする事はないです。貴方達恩人には返しきれない程の恩を頂いた。こんな事で返せたとは思えませんが、」

「いやいや、こんな立派な船に乗せて貰えるなんて、充分ですよ」

「えぇ、本当は筏でも漕いで緑園都市に行こうとしてたのにね」


出発の日にシールが用意してくれたのは、全長百メートルはありそうな船。

どうやら海王の脅威が無くなった事により、物資の運搬等をする為の船を出す事が出来るようになったとか。

レン達はそれに便乗して、次なる目的地――緑園都市サインへ向かう事になったのだ。


「それじゃあ、そろそろ」

「はい。お気を付けて下さい。あっ、それとアイリ」

「ん?」

「緑園都市に着いたら、ベルテに宜しくと伝えて下さい」

「分かった。私も会いに行こうと思ってたから丁度良かった」


別れ際のシールとアイリのやり取りを終え、レン達は船に乗り込んだ。


同時に汽笛が鳴り響き、船が動き出す。



「良かったの?」

「何が?」


動き出した船内で、デッキから港を見つめるレンの横にアイリは顔を出して問い掛けた。


「アナちゃんの事だよ。心配なんでしょ?」


アナ・ミルターナ。海王の触媒となっていた魔法少女。

レンが最後に見た時は、彼女は未だ病院で意識が戻らず眠っていた。


「心配だよ。でも、だからっていつまでもここに居るわけにはいかない。俺達には国王様からの命もあるし、黒使団だって待ってくれやしないんだ。ここで、止まるわけには…………」

「…………レンがそう言うなら分かったよ。でも、無理はしないで」

「分かってるさ」


聞けばアナはシールの先祖に当たる家系である。シールから聞いた話だと、彼女が目覚めたらシールが引き取り手としてアナを家に迎えると言っていた。だから、そこは安心した。


でも、やっぱり目覚めないままこの街を後にするのは、どうしても心残りがある感じでもどかしい。


そう残して、室内に入ろうとした、


その時―――、


「レンっ!!」

「…………」


声が聞こえた。


たった数日会ってないだけでも、とても懐かしいと感じる声が、


それは、必ず救うと心に決め、そして助け出した一人の少女の声が、


「…………アナ」


そこに、彼女は居た。


「……えへへっ」


少しずつ遠ざかる港に、アナ・ミルターナはシールに支えられながらも、そこに立っていた。


窶れた手足は未だ回復しておらず、きっと立っているだけで精一杯なのだろう。

それでもアナは、苦しい表情一つ見せずに遠くへ消え行く恩人に向かって、大きく手を振った。


「…………っ」


その姿が何とも嬉しくて、それでも照れくさい。


「ははっ、ほんと…………良かった」


今回の戦いにおいて唯一の心残りだった少女はレンの心配を吹き飛ばす位の笑顔で―――


「行ってらっしゃい!!」


船が消えるまでずっと、手を振り続けた―――



〜The Next Chapter〜

4章これにて終幕です。

次回、第5章をお楽しみに

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