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69話 正体

 

 そこは戦火の中。だが、そうだというのにまるでそこだけ異様な静けさが二人を包んでいた。


 寧ろ静けさと言うよりは、時間の静止。とでも表すべきなのか。

 現世から完全に隔離された時間内に二人は居た。


 異色のオーラと殺気を放ち合う二人の空間は、その場に留まっているだけで吐き気を催し、生物の持つ五感を鈍らせる作用を与えている。


 つまるところ、アイリは早々にその場から離脱し、遠く数メートル離れた位置からリヒトとソレの邂逅を観察していた。


 「アイリ様」


 固唾を飲んで見守る最中、敵兵と交戦していたセルヴィが到着。


 どうやら敵の一派は殆ど片付いたらしく、後は幹部 アスモデウスと謎の男のみ。

 戦っていた者達は、魔力と体力の消耗の激しい為か、その場から動けず、他の都市に在住する聖鋭隊の援護を待っていた。


 「……って事は、レン達と合流には時間が掛かるって訳ね」


 一刻も早く海王の元へ向かったレン達と合流したい。が、状況がそれを許さない今、アイリ達はここを動けない。


 「兎に角、時間がありません。あの敵は筋肉に任せるとして、我々は残党を片付けましょう」

 「……分かった」


 心配事は多い。が、適材適所という言葉がある。今アイリは街への被害を抑える役割、謎の敵はリヒトに任せる事にした。


 ……


 ……


 一方、異色の二人は促されるままに激しい戦闘を繰り広げていた。


 「ぅりゃぁ!」

 「―――」


 怒涛に続くリヒトの連撃をソレは簡単に弾く。だが、それに怯まずリヒトは攻撃を続ける。


 隙を狙って、腹を蹴り飛ばすと敵はリヒトの上へと陣を取る。


 全身を緑色の甲殻で武装したソレは、リヒトの攻撃を気にする事なく防御しきると、ただその場に佇みリヒトを見下ろしていた。


 殺気


 ソレから感じる圧は、人を人とも思わず殺すという冷たい殺意。この悪寒は、目の前の邪神にも似たオーラを漂わすソレが放出する圧倒的存在感に違いない。


 「……っ」


 遠くで見ていたアイリでさえ、思わず一歩後ろへ下がる。


 が、

 反対にリヒトはさらに一歩前へと出た。


 「……」


 リヒトの顔は険しく、そして今の彼からも同じ様に、冷たい殺気を感じる。


 リヒトは迷うこと無くソレの元へと歩いた。それに合わせ、空を陣取るソレもまた、リヒトの目の前へ降り立つ。


 「――――」

 「……」


 対峙する両者。


 背丈はほとんど変わらず、ガタイも差ほど違いはない。そのせいか、不思議と二人は似たものを持ち、二人はそれに反応している。


 まるで磁石の様に―――


 距離を保ち、リヒトは戦闘態勢を一旦解除した。

 敵が仕掛けてこないと分かっての判断である。そして口元を緩ませると、そっと笑い掛けた。


 「なぁ、お前だろ?分かってる。この魔力は魔人ベルゼヴブと掛け合わされて造られたお前だけのモノだ」

 「―――」


 リヒトの問いに答えない。


 若しくは答えられない。とリヒトは考えた。仮にそうだとした場合、彼の背後には別の誰かが居るのだろうが……


(可能性があるとしたら奴か、)


 リヒトにはその人物の見当がついていた。


 「……分かったよ。なら、話したくなるようにしてやるよ!」


 バッと切替えて、リヒトは仕掛ける。


 “縮地”にて一気に距離を詰めると、


 数秒の間を置いて初撃――リヒトの右拳が敵の顔面目掛けて放たれる。


 が、

 それを片手で凌いでみせるソレ。


 意図も簡単に防がれた攻撃にならばと、放った拳を引いて回し蹴りを繰り出す。


 ここまでのリヒトの動きは、精錬された技の一つ。型の様な動きであれど、攻撃力は海王に一撃食らわす程の威力を秘めている。


 だというのに、


 風を切って繰り出される回転蹴を身体ひとつ動かさず、まるで普通の動きと言わんばかりに片手で防いだのだ。


 しかしリヒトは顔色変えず、足を受け止められた状態でソレと睨み合う。


 「!」


 すると、掴まれた足に伝わる力。


 「……ちっ」


 舌打ちし、掴まれた足を引き離そうとする。

 だが、それを阻止する形でリヒトは体の操作権を奪われた。


 足を掴んだソレは体を一気に反転させ、リヒトを投げ飛ばす。


 「……っ」


 止まらぬ勢いのまま、見ると背後にはコンクリートでできた建物が待つ。


 空中で体を後転させて冷たいコンクリートに手を付き勢いを外へ逃がす。

 そのまま足を着くと勢いよく蹴り込み、大きなクレーターを残して元の場所へと飛躍。


 「“回旋”」


 飛んで迫る最中、体を回し回転蹴りの体勢を作る。そして射程範囲内にソレが入ると一気に加速。移動のスピードを乗せた“回旋”を繰り出す。


 普段、素手で海王を怯ませる実力を持つリヒト。龍騎拳の“回旋”に加えて、通常の回し蹴りを超えた速さを乗せた技の威力は、海王の顎でも簡単に粉砕してしまうだろう。


 しかし、


 対する敵は当たる寸前で腰を落として回避。それも寸前で避ける事によってリヒトにカウンターを確実に当てにきている。


 無論、そんな事は百も承知である。


 急所を狙った鋭い一撃。当たれば悶絶とかで済む話では無い筈。多分、一生お婿に行けない。

 そんな呑気に考えながら、突き上げられる拳に足を乗せて跳躍。そのまま上空へ体を逃がした。


 「“龍の舞”」


 相手の攻撃力を利用して防御、又は回避に使う技。場合によって異なってくるが、宙を舞う姿はまさに龍の舞。


 そして、この技の最大の特徴―――


 「っ!」


 カッと目を見開き、リヒトは空を蹴って再び迫る。


 相手の力を吸収して防御、回避し、その力を体に溜めたまま自身の攻撃力へ変換する事が可能。


 「“龍旋”」


 一線の閃光を描く鋭い拳の槍を放つ。


 「―――」


 あまりにも速い切返しカウンターの動きにソレは動く間もなく龍旋の一撃を顔面に食らう。


 そこからリヒトは距離取って相手に目を向けた。続けて攻撃を重ねても良かったが、リヒトの目的は違っていた。


 外傷は見られない。予想はしていたがやはりあの甲殻は普通の鎧とは強度がまるで違うらしい。だが、


 ピシッ


 「―――」


 狙い通りだ。目元を隠していた甲殻にヒビが入った。謎に包まれていた敵、ソレの正体を露に―――


 「…………やっぱ、お前か」


 一度息を呑み、再び声を掛ける。


 「“カルマ”」

 「―――」


 間違いない。とリヒトは確信を得た。その顔に、嫌でも見覚えがあったからだ。


 対するソレ――カルマは、無表情でただ真っ直ぐリヒトと見つめ、その瞳からは殺気も何も感じない。


 「やっぱ、お前なんだな」


 現れた顔はかつて友として、もっと言えば親友として苦楽を共にした者の顔。それを忘れる筈も間違える筈もない。


 その確信を胸にリヒトは再びカルマの元へ、


 「覚えてるか?俺だよ」


 一歩、


 「研究所で一緒だったリヒトだ」


 一歩、


 「覚えてるだろ……あの日、一緒に逃げようって約束して」


 一歩、


 「お前がどうなったか心配だったんだ。俺らだけ無事に逃げられて―――」


 また一歩とどんどん距離を縮めていく。その度に分かるカルマの身体。

 緑の甲殻は鎧の様なモノで全身をプロテクトして、その姿は狂兵と成り果てていた。


 いや、そんな事はどうでもよかった。リヒトが確認したかったのは別の、カルマの瞳。目に宿る生気である。それを確認できれば、まだカルマを救えると思ったから。


 しかし、


 「…………そうか、」


 短く呟くとリヒトは少し絶望した。


 結果は、案の定最悪だった。

 カルマの瞳に人としての生気は宿っておらず、それとは別に何か異なるモノが居る様に思えた。それに加え、


 「……」


 どこか、何か違和感がある。


 「……」


 具体的に何が違うのかは分からない。だが、リヒトの知るカルマとは別の違和感。

 それを確かめようと更に距離を縮める。


 するとその時、


 “標的を、抹殺しなさい”


 若い男か、それか少し歳をとった男の低い声が脳内に直接聞こえた。


 「――!」

 「!?」


 声と同時にカルマが動き出した。リヒトの胸ぐらを掴むとそのまま明後日の方向へ投げ飛ばす。


 「ぐっ、」


 遠くまで飛ばされ、硬い激痛が背中に打たれる。建物がクッションとなりそれ以上先に飛ばされる事は無かった。が、そこに住んでいた人の事を考えると罪悪感を抱いてしまう。幸い住民の避難は完了しており、被害は建物だけで済んだ。


 リヒトは追撃に備えてすぐ様体勢を立て直す。


 ブゥン、


 だがそれは、聞こえた耳障りな羽音によって遅かったと、無駄だったと知らされる。


 「くそっ、」

 「―――」


 砂煙の中から緑線を描く拳が飛んでくる。


 追撃には気付けなかった。しかし、攻撃が見えれば防御は可能。

 カルマのストレートを片手で掴んで直撃を避ける。そのまま右ストレートのカウンターを放つ。


 対するカルマ。まるで避ける素振りを見せず、わざとリヒトの攻撃を受けた。


 「―――」


 腹部に鋭い一撃。


 割れる甲殻はパリパリと音を立て、感触は間違いなく身体まで届いている。

 更にカルマは、少し離れた上空まで飛ばされた。


 が、


 「……まるで効いてねぇ、か」


 表情に苦痛は窺えず、元の通り凛として立っている。


 理由は分かっている。初見のアイリやレン等が相手であれば、苦戦を強いられたに違いない。しかし、相手がリヒトであったからこそ、今のカルマの状態を見て平常を保てている。


 だが、リヒトが問題としたのはそこでは無かった。すっと目を細める眉間にシワをよせると誰もいない空に問い掛ける。


 「おい、聞こえてんだぞ」


 誰に話しかけたのか。リヒトの声は空に消えた様に思えた。が、返答はちゃんとあった。


 “……まさか、私の声が聞こえて?”

 「そのまさかだクソ野郎。姿隠してねぇでさっさと出てこい」


 声の主は先程脳内に聞こえた男の声。恐る恐る自分の事かと確かめる様に男は話した。


 “コレは特定の周波数で流している筈。何故君に聞こえている……”


 男の声色から明らかな動揺が窺える。


 まぁ、それもそうだろう。男の言う通り、この声はとある特定の魔力を持つ者にのみ聞こえる仕組みとなっている。仕組みも男の素性もリヒトは全て知っていた。

 つまり、それをリヒトが捉えられるという事は、そういう事なのだ。


 「うるせぇよ。ってか、テメェなら分かんじゃねぇのか?俺が誰、いや、ナニなのか……」


 そう言ってリヒトはチラリとアイリの居た方を見る。


 良かった。あちらは残党の処理で忙しい様子で、リヒトのこの戦いを気にしている余裕は無いとみた。

 お陰で自分が独言を話す変な奴だと思われずに済む…という訳でなく、まだ彼女等にリヒトの事を知られずに済んだという安心だ。


 男は数秒黙り込んだ後、まさかと呟き声を発す。


 “君は……『リヒト・アルテミラ』、か”

 「……チッ、あぁそうだよ、クソ野郎が」


 素性を突き止められた事に、分かって知らせたとは言えど、腹立たしくなり舌打ち。この判断が間違いでないことを心で祈る。


 すると男は、先程までの声のトーンを変え、喜ばしいと言わんばかりに声を張り上げた。


 “そうか!君か!いやぁ、探したんだよ?あの時我々の研究所から逃げた時は最悪の失態と責めたけど、まさかこうして出会えるとは!本当に良かった。また会えて嬉しいよ、私の最高傑作の作品である君に!”

 「……」


 その声に、答える気は失せた。


 何でか、自ら知らせたのにこうして絶望に似た現実への嫌悪感が身体を燻っている。

 男の言葉に間違いはない。だからこそ、それを男から聞かされるのが、リヒトにとっては吐気を感じる程の嫌悪であった。


 “そう言えば、一緒に逃げた妹?は元気かね?彼女も最高とまでは言わないが、それなりの成果だ。またじっくり研究したいのだけど―――”

 「黙れ。妹は…………死んだよ」

 “……そうか、残念。とだけ言っておこう。まぁ代えは幾らでも居る。また配合して研究するとしよう”


 何食わぬ声で男は言い放った。


 その冷たい言葉が、更にリヒトの気分を害し、怒りを込み上げさせる着火材となる。


 あぁ、そういえばこんなヤツだったけな。


 しかしとりあえずだが、男に自分がナニかを分からせることは出来た。これで本題に入れる。


 「答えろ。カルマに、何した?」

 “…………”


 答えない。


 おちょくられているのか。それとも、答える気が無いのか。


 答えは前者であった。


 “それは君が確かめるといいよ。いや、寧ろ君自身で確認した方がいいさ。君のせいで友人君がどうなったかを”

 「……ぁんだと?」


 嫌な予感がした。


 背中をそっと詰るようなものでなく。別の、恐怖に似た感覚。

 罪悪感等ではない。その筈なのに、リヒト自身がそうであると断定してくる。

 この戦いが始まって初めてリヒトは不安を抱いた。


 ならば、


 「いいさ。もとよりテメェらの言葉なんざ信じてねぇんだ。カルマは、俺が救い出す!」


 拳に全力の力を込める。

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