65話 “アナ・ミルターナ”
……
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……
それから1日が経過した。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
長く重たい沈黙が室内を巡り、ここに居る皆の声が遮られる。
戦闘を終えた者達は、疲労のため身体を休めており、幸いにも死者が出なかった事が今回の戦績の一つであろう。
海王は倒れた。
皆が心にそう思った。いや、そう思いたかったと言うべきか。
激戦の後、光となったアナを取り込んだ海王は全身を石と変え微動だに動かなくなった。
聖鋭隊が調査した結果では、あの状態での行動は不可能。例えるなら蛹状態とも言える。
結果を踏まえると海王討伐は成功したとも言い難い。だが、奇襲を加えようにも蛹状態となった海王に攻撃は一切通じなく、ユキの魔剣、エレナの銃、リヒトの拳、アイリの光魔法でさえも防いでみせた。
その為一同は、一度シール邸に戻り休憩を取っていた。
「……レン」
何気なくぼーっと天井を見上げる俺にアイリは声を掛けてくれた。
その声色からは心配と不安が感じ取れた。
首を傾けてアイリの顔を見る。
「アナちゃんの事、私どう言っていいか」
「……アイリが気にする事じゃないよ。それにあいつの事だから、魔法少女の力とかで何とかしてるさ」
とは言うものの、そんな確証何処にもない。言うなればそうであってほしいと望んだ願望。
だが、アイリに心配掛ける訳にはいかない。
「だから気にしないで。俺の事よりも、この後どうするかが大事だから」
「……うん」
理解はしてくれただろう。が、薄ら不安な顔をしているから心のどこかでは心配してくれてるのだ。
アナについての話を終わらせると、部屋にシールとエレナが入って来た。二人の顔色は余り良くなく、シールは神具を使った影響もあってか最初よりも弱っているみたいだ。
「レン君、アイリ。ちょっといい?」
エレナは俺達を呼ぶと部屋の外に連れ出した。
建物内を進む事数分。
案内されたのは全面コンクリートで造られた倉庫の中。入ると目の前に巨大な本棚の列が続き、そこには綺麗に隙間なく本が敷き詰められていた。
「……凄いな、これ」
圧倒的される俺をよそに、エレナとシールは中へと進む。
室内は少し肌寒いくらいの気温で、紙の匂いとカビ臭さが入り交じった空間が広がっている。
そして目的の棚に着くと、シールは近くの机に呼んだ。
一冊の古い本がそこに。
「ここを見てほしいの」
そう言われて指差す箇所を見る。
本自体劣化が進み、所々破れたり字がきえかかっているがそこは鮮明に残っている。
「これは……人の名前か?」
「えぇ。これは透水都市に住む人達の名簿。言わば住民票みたいなものよ」
「……それで?これがどうしたんだ?」
「見て欲しいのはココよ」
さっきは本全体を見ていたが、シールに促されもう一度その箇所に目を向けた。
そこには、
『アナ・ミルターナ』
俺の知る女の子の名前が、そこに記載されていた。その名を見て、心が小さく刺された痛みを伴うが、直ぐに平常に戻す。
「アナの名前か。これが何なんだ?別におかしい所なんて一つも―――」
「えぇ。おかしな点なんて無いわ――」
俺の言葉を遮り、今度はエレナが話に入る。
そして発せられた言葉に俺は目を見開く他なかった。
「これが……透水都市建国当初の名簿でなければね」
「「!!!」」
それは――その言葉には、驚かされる以外無かった。余りにも唐突に、平然に淡々と言うエレナの表情に変化は無く、恐らくこの事実を元々知っていたからだ。
「待って……各都市が出来たのってもう何百年も昔の話でしょ?その名簿にアナちゃんの名前があるって……」
「当然信じられないでしょうね。私も確認した時は目を疑ったわ。でも、これだけじゃないの」
口を開けたまま驚くアイリ。再びエレナは話を続けた。
「これ。私達王宮騎士団が建国時から取り纏めている国の情報よ」
取り出した一冊の本。ここにあるモノと違い、古いものではあるだろうが、ちゃんと手入れされた古風の冊子。
それを丁寧に捲り、とあるページを見せた。
「ここに書かれているのは、海王が初めて姿を見せた時の日付。そして――」
もう一度エレナは名前の入った名簿に目を落とす。
「これが、アナ・ミルターナが姿を消した日付」
アナの名前の隣には、『行方不明』と書かれ日付が記されている。
そしてエレナが取り出した本の日付と、アナが消えたとされる日付を照らし合わせる。
「……同じ?」
俺が言うよりも早くアイリが事実を口にした。
「……」
思考が追いつかない。まるで世界が先に進み自分が何歩も後ろへ置いていかれているみたいで、不安と恐怖、そして耐え難く意味の不明な現実が頭の思考を遮る。
何を考え何を言えばいい。ただ一つそれだけは思考する事ができた。その所為か、伝として声に変えられた言葉は余りに幼稚な言葉であった。だが、誰もレンを責める事はできないだろう。何せその事実こそが最早人間の思考を逸脱したモノであるからだ。
「……悪い。意味がよく分かんないんだけど、どういう事だ?」
身体から冷や汗が出ている。
いつの間にか握られていた拳には力が込められ、それが怒りとも何とも言えない感情の現れだ。
「先ずは、昔の話から始めましょうか」
俺を見てシールは軽く微笑み言った。気持ちを安定させるためであろう。
椅子に座ると彼女は静かに騙り始める。
「世界が統神アトラスによって想像され、各神が都市を作り上げた、その数十年後、私の家系ラサニアは元々透水都市を収めるとある家系の分家としてありました。しかし、ある日を境に本家が消えた……正式に言うと都市を支えるだけのものを失ってしまったのですが。それをきっかけにラサニアは都市代表貴族としての地位を築きました」
神々が恩恵を受け与えた時。それは時間の概念が人間に存在していない時代の物語。その為、歴史を記録すると言われる緑園都市でさえ、その年代を記したものは無く誰も皆、知り得ない真実である。
そしてシールが語るのは自身の家系の話。どれだけの歴史を辿って今に至るかを丁寧に説明した後、彼女だけが知る真実を口にした。
「その本家というのが、ミルターナという家系です」
「!?」
未だ点と点が繋がらない状態である中、シールは続けた。
「元々ミルターナは、神より加護を授かった一族でした。それ故に都市の代表として選ばれ、その時まで都市を納めていました。ですが、ある日、一族は世継である一人の子を失いました」
「それが、アナだと?」
「ご名答」
シールは俺の回答を肯定する。
つまりアナは透水都市を納めていた“ミルターナ”の後継ぎ。そしてある日を境に姿を晦ました。という事。
が、
「待てよ。話が見えない。結局アナと海王の出現とではどういう関係になるんだ?」
そこまでの話を聞いた中でアナと海王の関係性は全く見えなかった。どういった接点かも全てが。
「まぁ、話は最後まで聞いてもらいたい。君が懸念してる事は、ここからの話を聞いてもらえれば全て辻褄が合うはずですからね」
「……」
「とは言っても、ここからは私の予想の話だから。でも、この通り考えないと話の筋が通らないの」
そう言って、今度は隣に立つエレナが話を始めた。
「まず、第一の疑問 アナ・ミルターナとは何か。これについてはシールの説明通りよ。証拠に過去の資料は全部確認したから」
「あぁ」
「そして第二に、彼女が如何にして何百年も生きながらえているのか。これが重要なんだけど私の考えだと、ここに海王との繋がりが関係してると思うの」
「……?エレナ、それってアナちゃんが海王のコアって意味?」
「うーん。そうとも言えるけど、私自身アナと海王のコアは別物だと考えてる」
「ならどういう事?」
「……アナが存在していた理由は、彼女の魔法少女の力が関係してると思う。多分、間違いなく」
「根拠は?」
俺の言葉に、エレナは少し俯き暗く答える。
「勘……って言ったら怒るんだろうけど、正直そこはそうとしか言い様がないの。あの力について詳しく知る人なんて居ないだろうから」
確かに、魔法少女の力とは未知のモノであった。あの莫大な魔力。そしてそれを司る力はきっとこの世界のものであっても人知を超えた代物であり、それこそ神具に匹敵するであろう力だ。
仮にソレを知る者が居たとしたら……
「その件は、私が答えるのだよ」
俺の気付きに同調して、アテナが目覚めた。
獣精霊の姿で現れたアテナは、本が積み上げられた机に座ると、皆の顔を見渡した。
「多分あの力については、私が一番よく知っている。それに、緊急事態となれば隠し事は良くないのだ」
「お前は、あの力を知ってるのか?」
「うむ。とは言っても、娘の力自体は知らない。私が知るのは力の元となった神の名前――プロメテウスの事なのだ」
「プロメテウス……」
確かアナがメティと呼んでいたものに違いない。
するとエレナはアテナの発言から生まれた疑問を問う。
「つまり、あの娘の力は神具って事かしら?」
エレナの考えだと、神の力であるという事は、それが神具ではないかと考えているそうだ。しかし、この世界に神具として存在しているモノは五つである。そのルールを犯して存在する魔法少女の力という神具はエレナの中に不可解な疑問を作っていた。
それに対してアテナは顔を顰めた後、ゆっくり口を開いた。
「神具……と言えばそうかもしれないのだ。でも、一概に神具とも言えない」
「どういう事だ?」
「この都市の加護として存在する神具は、エレナの言ったように五つある。
燐光の神 ルーチェの神具“ハル・バドル”
深緋の神 アドムの神具“エル・クシュート”
紺碧の神 カホールの神具“ムル・ディスパーダ”
翡翠の神 サインの神具“プリュトン”
黄金の神 イオナの神具“ミョルニル”
どれも色彩神の持つ強力な神具なのだ」
例に上げられた五つの神具。
各都市を司る神の恩恵。人はそれを神具と称する。
「元々神具とは、神の武器。各々の神が神具を持っているものなのだ。プロメテウスもまた例外ではなかった。プロメテウスは神として生まれた瞬間に自らの使命を悟ったという」
アテナの視界には遠い昔の映像が流れていた。それは神々存在していた神代。人間達が生まれ、神がそれを納めていた時代である。
「プロメテウスは世界に均衡を与える力を持っていた。善も悪も、光と闇も、生と死も全ての均衡を司る神だった。だが、その反対に均衡を崩す力もあった。故に彼は1つの場所に滞在する事を避け、世界を旅した」
均衡を保つために。
アテナは寂しそうに憂い呟いた。
「あの娘の魔力からして、まず間違いなくプロメテウスのモノなのだ」
「つまりアナちゃんは、私達と同じように神具を手にしてる……?」
「その可能性は高いのだ。だが、どういった経緯でプロメテウスと出会い、その力を得たのかは不明だがな」
「……でも、それとアナが海王ってのはどうなんだよ?そのプロメテウスって神が海王だってのか?」
今の話からも繋がりは見えない。
すると、アテナは咳払いして再び話を始めた。
「本題はここからだな。これはあくまでも私の推測だが――」
そう言ってアテナは険悪な顔をして俺を見た。まるでこれを言ってもいいのかと聞いてきている様に。
グッと息をのみ、返事はアイコンタクトで返した。アテナが気を使ってくれているのは嬉しいが、ここまでの事態になってはワガママを言っている暇は無い。
それに、覚悟なんてとっくに出来てる。
……そう、とっくに。
「……では話そう。まず、アイリは薄々気付いてるだろうが、この都市の死宝は海王の中にある。間違いないか?」
「うん。あの時みたいな、嫌な感じがしたから間違いないよ」
「よし。私の推測であり、結論だがあの娘と海王は直接関係は無いと考えてるのだ」
「!?は?何言ってんだ――」
「最後まで聞くのだ。関係ないとは言っても、それは海王本体とアナ・ミルターナという少女についてなのだ」
結論を急ぐ俺にとっては、アテナの話の持ち運びは明らかにむず痒いものであった。その為、回りくどい言い方をされて、焦った所をアテナは手を差し出して黙らせた。
「恐らく、元々この都市に封印されていた死宝が、海王本体の魔獣によって運び出されたのだろう。封印自体、数千年くらい経ってるから、劣化してたのだろう。そして、その先で会った娘と接触――海王が誕生した……大雑把だが、こんな所だろう」
「…てことは、全部偶然から発生したってこと……?」
話を理解したのだろうエレナは、そうかと言ってアテナを見る。
まるで雲を掴む様な話であるが、うっすらと俺も理解出来た。しかし、問題はまだ残っている。
「お前の推測通りだとしよう。だが根拠はなんだ?それに、そんな昔にアナが海王に取り込まれたとしたなら、俺が一緒に居たアナは何なんだ?」
まず一つ目にアテナの推測の発端となる根拠が見えない。その次に、あのアナは一体何者か。海王が作り出した幻影等と考えたが、それをするメリットは無い。
即ち、共に生活したアナ・ミルターナは誰なのか。それが俺にとっての問題点だ。
「一つずつ回答しよう。まず根拠だが、二つある。一つ目は、戦いの時に現れた人型の怪物だ」
「あの、死なない奴らか」
思考の中に黒い怪物が映る。
海辺での攻防の際に現れた正体不明の怪物。俺とアテナの攻撃でさえ仕留められない化け物だったのを覚えている。
その答えを返したのはエレナだ。
「えぇ、まず根本的な問題なんだけど、魔獣が味方を生み出すなんて事、普通は出来ないの。これは黒使団の仕業だけど、その次の問題として、野生の魔獣が人型の魔獣を生み出すなんて、絶対に有り得ない。そもそも奴らに形を作る為の思考なんて備わってないからね。仮に出来たとしても自分と同じ様な格好をしたモノの筈、でも―――」
「あの時現れたのは……人型だった」
違和感に気付いたアイリが答える。
それは見事正解であり、今度は話を聞いていたアテナが続けた。
「ここで一つ目の根拠なのだ。何故人型魔獣を作り出せたのか。それは本体は違えど、体内に取り込んでいる者が人であるからだ。それが影響して、あの怪物が作られた」
「……」
「次に二つ目の根拠だが――」
黙り込む俺を気にせずアテナは続けた。
正直に言って、これ以上話を聞く気では無かった。今すぐにでも部屋を飛び出して、布団で眠いたい。だが、それをさせないのは、真実への好奇心とアナに対する哀れみのせい。
つくづく自分が嫌いになりそうだ。が、それを抑え込んで話を聞いた。
「何故、あの娘は海王の出現場所を言い当てれる?」
そうだよな。それは俺も思っていた。本音を言うと、アナが海王と何らかの関わりがあるって気付いてた。
だが、それを見えなくしていた自分がいる。
最後にアテナ言った。
「……ここまで条件が揃っていれば、私の推測が正しい可能性が出てくるだろう。そして、海王と同化してしまっては、最早アレをアナ・ミルターナとは考えられまい。本体のコアと直結しているだろうから、本気で海王を倒す為には……」
そこまで言ってアテナは止めた。その先の台詞はここに居る皆が分かっているからだ。それは例になく俺も。
『アナを殺す』
これが俺に突き付けられた現実だった。
だが、それでもきっとどうにか出来ると思った。何とかして助けられると思った。希望は……消えていないと思った。
「おい……それだけでアナが敵だって認めるのかよ!?あいつは海王討伐に協力してくれたんだぞ!?それを……簡単に見捨てていいのかよ!」
「落ち着いて。私達だってアナちゃんを敵だとは思いたくない。でも、味方全員の前で海王との関係を示されたら、流石の私にだって皆の意見を強制出来ない。レン君の気持ちもよく分かるわ。それでもこれはどうしようもない事なの」
最後にエレナは「ごめんなさい」と呟き、俯く。
それを見て、自分の言った内容に気付き、罪悪感が込み上げた。エレナは悪くない。分かっている。
「……俺も、ごめん」
別にエレナを責めた訳では無い。
……いや、どうだろうか。本音を言うと今のあの瞬間だけエレナを敵視したのは事実だ。しかし、そうではない。そうではダメなのだ。
でも……
でも……
どうしようもない現実が目の前にあった。




