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56話 動き出す闇

 

「ハァ、ハァ、ハァ、」


 男は背後に迫る、死の一文字から暗い森の中を必死に走り、逃げている。


(こ、殺される。逃げなければ、遠くに、遠くに逃げなければ!)


 これでもかと走り続けた。

 だが、死神の足音は何処へ逃げても、何処まで逃げても、気が付けば直ぐ後ろに迫っている。


 無理だ。もう無理だ。逃げ切れない。殺されるのか。私は殺されるのか。

 絶望が心を満たし、それによって重くなる体を自由に動かす事は不可能になっていく。

 このままだと、足が止まる。いや、ダメだ!まだ死ぬ訳にはいかない!

 決死の覚悟で足を前へと。


「それが人間の、死に際にひんした際の現象か?」

「っ!?」


 足を止める。いや、正確には止めさせられたと言うべきか。

 冷たい声は、暗い森の木々の中からゆっくりと現れた。


「私の“絶望”に当てられても尚、その身体は動いた。これでは、私の恩恵も名折れか。」


 黒い外装の男は、微笑の笑みを浮かべながら姿を見せた。現れたのはガミルである。


「ひっ!き、貴様は!?」

「名乗る気は無い。そしてお前の名も聞く気は無い。」


 男の声はただ一色に、殺意に染まっていた。これ程冷たく冷酷な声と言葉を聞いたのは初めてだ。

 即ち、この男が人間でない事を指している。


「黒使団か、あの男に頼まれて私を殺しに来たのか。」


 一目見れば理解出来た。感じる魔力からしても、普通の魔術師とは根本的な何かが違う。


「そこまで分かっているなら、自分が殺される理由くらい分かるだろ。」


 ガミルが突き付ける事実。それは死を意味していた。

 男があの会議から生き延びる事が出来た理由は、ロキが提示したミサキレン殺害が条件である。しかし、それは果たされず、標的は牢獄から出たのち、エレナ王女によって離島へ転送された。

 追撃若しくは、何らかの策を考えたが、そうしてしまえば足がついてしまう。故に、逃げる事を選んだのだ。

 だが、敵は簡単に逃してはくれない。


「わ、私を殺して何になる!そうだ!金か?金が欲しいのか?それなら任せろ、お前達の望む額をいくらでもーー」

「馬鹿か貴様。」


 ガミルは言った。


「元々我々の目的はお前達を殺すことだ。あの少年を始末してようが、してまいが、お前の死に変わりはないんだ。」


 そう。

 あの時の男も言っていた、『今は殺さない』と。結局死ぬ運命だったのだ。

 そもそも、こんな奴らの案に乗るという時点で、王国の人間として終わっていたのかもしれない。


「それに、俺達、いや我等の王はお前達の存在を忌み嫌っている。だから、会議メンバーの最後のお前は、王直々に殺してやると言っている。」


 そう言ってガミルはゲートを作り出し、そこから誰かが現れた。


「あ、あなた様は!」


 男は現れたその姿に見覚えがある。と言うより、何年も見てきたその姿に間違える要素など、何処にも無い。

 そして、全てを悟った。


「まさか、あなたが国王を…。」


 真実とは、気付いた時には遅いものだ。


 男が真実を知った時には、暗闇に銀色の剣線が弧を描き、男を貫いていた。


「ぐっ、ぉ…」


 激痛が腹部から全身へと広がっていく。傷口からはドクドクと血が流れると同時に、段々と小さくなる脈拍を感じる。

 死ぬ。そう思った。

 だがその前に確認しなければならない。本当に犯人なのか。

 そして、彼等が一体何をしようとしているのか。


「ど、うして、あなた、が。エレーー」


 声は途切れた。同時に命も途切れた。

 ゲートから現れた者が有無を言わずに殺したのだ。その先の言葉を言わせまいとする様に。

 標的を始末した後は帰るのみ。再びゲートに入り、その場から立ち去った。


 その場に遺されたガミルは醜く殺された男の死体を見て、軽く吐気を感じた。


 汚い肉。醜くて汚くて臭い肉。これが人間。憎むべき絶対悪の塊。かつての同志は、こんな汚い肉に殺された。

 …。

 …。

 …憎い。

 …憎い。

 …憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


 グジャッ、ゴギッ、グジュッ、ブギュッ、



「その辺にしときなって〜。ご飯無くなっちゃうよ?」


 ピタリと動きが止まる。

 気付けば死体を踏み砕いており、最早原型を留めていないただの肉塊となった。

 自身の持つ怨みの大きさに驚く程だ。いつも冷静な自分が、我を忘れる程になるとは。

 声を掛けてきたのはロキである。いつの間にか背後を取られていた。話しかけて来なければ、永遠と死体を踏み砕いていただろう。


「それに、君達をドン底に突き落としたのはコイツらじゃなくて、遥か昔の奴らだよ?血脈や思念そのものは受け継がれていても、コイツらじゃない。君が本当に怨みをぶつけるべき相手は…分かっているね?」

「…分かっているとも。取り乱しただけだ。」


 そう言ってガミルは肉の前にしゃがむ。当初の目的は久方ぶりの食事である。

 ロキに良い獲物がいると言われて手伝ってみたが、まさかこんなモノとは思っていなかった。多少なりとも期待していたせいか、ため息が出そうだ。


 ガミルにとっての食事。それは肉を喰らうことではなく、対象の“絶望”を喰らうのだ。それはガミルだけに限らず、他の柱だって同じで、与えられた恩恵に沿った感情を食事としている。

 ガミルの場合、獲物に逃げ切れないなどの絶望を与え、その感情が頂点ピークに達した時点で喰らうのだ。


 こんな肉の塊と化したモノにそれが残っているとは思えないが、少しくらいは満たせるであろう。


「どうだい?肥えた絶望の味は?」


 食事の様子を見ていたロキが、気持ち悪そうに声を掛ける。


「ふん。豚の味など知らない。そんなに見るに耐えないのならば、ここを去るがいいさ。」

「いやいやね♪その肉を見てるのがキモいだけで、君に何か思う事は無いさ。」

  「…。」


 とは言うものの、決してガミルと目を合わせようとしてない時点で、発言が嘘だと分かる。


「それで?参集の呼び出しされてるけど、君は行かないのかい?」

「 行くに決まっているだろ。」

「だよね〜♪だからさ、僕も連れてってくれない?」


 なるほどそれが狙いか。


 食事を終えたガミルは立ち上がり、そっと頷く。

 再びゲートを作り、ロキが先に入った。それを追ってガミルも向かう。



 ※



「第1柱 ガミル」


「第2柱 アモン」


「第3柱 レグルス」


「第4柱 ヴィクト」


「「第5柱 スロバトリア」」


「第6柱 アストライオス」


「第7柱 アスモデウス」


 計7名の柱達は、各々が用意された席に座り参集を確認した。

 暗闇の会議室。しかし、席は何処にあるのか明白に分かった。どこから光が当てられているのか不明だが、それとも椅子や机自体が発光しているのか。ガミルはいつもの所定の席に座ると、小さくため息を吐く。

 一応は全員が来ている様だ。それに関して何か異論があるわけでは無い。もちろんそれを望んでいる事だし、皆が揃わなければ意味が無い。

 だが、彼らと顔を合わせる度にガミルの心は痛んでいた。

 こうして同志達と顔を合わせるのはもう何度も繰り返している。が、それでもあの頃と比べると皆変わってしまった。

 それに加え、残りの5名については未だ封印から解かれておらず、今も眠っている。

 

 呼ばれたのは他でもない、海王ヴァルトラの姿が確認されたと報告があったからだ。

 二大魔獣。またの名を“悪魔の災厄デーモン・ディザスター”と呼ばれる2体の魔獣、海王ヴァルトラと天王レオ・ヴィシャス。

 黒瘴気を核として存在する魔獣は、もちろんのことながら彼等、禁断の匣の配下にある。

 その中でも飛び抜けた能力を持つ二大魔獣。特段何かを管理することなどは無いが、目的遂行の為には二大魔獣を利用しない手はない。

 だが、ここで1つの問題がある。恐らく呼ばれた要因に、それも含まれているのだろうが、海王ヴァルトラは天王と違う生まれ方をした。


 問題なのは“違う生まれ方をした”という事。

 本来魔獣は、黒瘴気が野生生物に寄生することにより誕生する。

 しかし、海王については全く違うのだ。具体的に何が違うのかは、彼等でさえ分かっていない。故に打開策も無く、野放しにしている。

 それでも、計画の邪魔をする様な事は無く、何故か執拗に透水都市に住み着いているのだ。


「結論から言うと、海王については早々に処分すべきだ。幾ら我々に無害とは言え、それがいつ敵の配下に加わるかも分からない。」


 現状を整理し発言したのは第2柱 アモン。漆黒のロングヘヤーの美女は常に本を片手に話をする。

 アモンは状況分析の能力に長けており、判断を下すのが早い。それ故に第2柱に就いている。


「とは言えどですな。そう簡単に手駒を捨てる程、我らの手札も多くはありませんのですぞ?」


 アモンの意見に異議を唱えたのは、第6柱 アストライオス。他メンバーと違い、1番最年長の彼は、伸びた白髪を気にしながら話す。

 年寄りという事もあってか、どんな相手にでも意見を申す度胸と、磨き抜かれた技術を持っている戦闘エキスパート。能力上の階級が無ければ、間違いなく最強の男である。


「フッ、ご老体が無理に心配されなくても、私の持つ兵が貴方の代わりを努めますが、どうでしょう?」

「おやおや、それは心強いですなぁ。では、儂に課せられた使命()も代わりに頼めるもんですかな?」


 口の減らないジジイだ。アモンは悪態つき舌打ちする。


 何故かこの2人、決まって仲が悪い。特にアモンが嫌っている様だが。恐らくは実力込みの敗北を感じているのだろう。アストライオスはその気になれば第1柱になれる程の器を持っていたが、歳を理由に現在に至っている。アモンとしては、それが気に食わないのだろう。


「ケッ、またババアとジジイの喧嘩かよ。懲りねぇなぁ。そんなに数字が大事かぁ?」


 面白半分に会話を聞いていたレグルスが横から茶々を入れる。どうもコイツは、2人の喧嘩を見るのが好きらしい。


「おい狂人。それは私への侮辱か?“愛”の力なんて貴様には不釣合いだ。今のうちに返却するのも手の内だぞ?」

「あぁ?」


 珍しくアモンはレグルスの茶々に返答した。余程虫の居所が悪いのだろうか。

 だが、アモンも言葉を選ぶべきだった。


「お前、ぶち殺す。」


 レグルスの逆鱗に触れたのだ。しかしアモンは、それを気にせず更に深みを抉る。


「フェニクスの力を奪って得た第3柱の椅子はどうだ?恋人の生暖かさは残ってるのか?」

「…死ね、腐れ梟。」


 机を蹴り立ち上がったレグルスの顔は怒り一色。


 困った連中だ。

 さて、そろそろ止めるか。


「そこまでだ。」


 ガミルは仕方無しにと仲裁に入る。腕を止められたレグルスは舌打ちして席に戻った。アモンはやれやれと肩を竦め、アストライオスは自分には関係ないと主張するように目を閉じている。

 話が脱線したが、本題に入ろう。


「海王については、私はアストライオスの意見に賛成だ。それに必要ないと判断した時に消せばいい。今消すのは惜しいからな。」

「……ガミルが、そう言うなら。」


 アモンは納得して本を読みだした。もう話に入る気は無いそうだ。


「アンタがそう言うのは、あの小僧が関係すんのか?」


 再びレグルスが話に参加する。今度は茶々では無く、ガミルの意見を聞いたものだ。

 そして、レグルスの発言に1人女が反応した。アスモデウスである。


「それって、前に話してたやつぅ?確か、第13柱がどうとかってぇ。」

「そう、それそれ!で、どうなのよ?アンタの思惑はなんだぁ?」


 アスモデウスはアモンと正反対に、落ち着きの無い若者女である。髪の毛だって、「イマドキ〜」と言って、金髪に染めており、完全にやる気のない幹部だ。しかし、胸の成長はアモンの完敗。誰もがそう認めている。本人を除いては。


 レグルスとアスモデウスの2人がガミルを見つめ、答えを求めている。

 別に答えたく無い訳では無い。ただ単純に、このバカ達に教えて理解してくれるかが曖昧なのだ。故に回答は、


「その時が来たら話す。」


 と、なる訳だ。

 組織のリーダーというのも大変だ。それを唯一分かってくれているのが、2人で椅子にちんまりと座っているスロバトリア。黙って話を聞いている。


「ワタクシもご意見宜しいでしょうカ?第1柱よ。」

「何だ?」


 最後に手を上げて発言許可を得たのは第4柱 ヴィクト。黒いシルクハットを被った紳士風の男。だが、それはただの見せかけである。

 ヴィクトは手にした恩恵の力によって狂人と成り果てた。それはあのレグルスを超えるほどのものであり、組織の中で最も危険な男だ。

 しかし、そこまでになって得た恩恵は能力上最強のモノである。ただ、性格上の問題から、第4柱になっているだけ。


 ヴィクトは帽子を軽く被り直すと、話を始めた。


「海王については了解したしタ。しかし、“封印の腕輪”はどうしまス?あれは透水都市に保有されていると聞きますガ。」

「…姫の美品か。」

「ここ最近海王の活動が活発してまス。でしたラ、都市を襲った時にでも回収に向かうのが良いかと思いまス。鉄鋼都市の時の様に、邪魔が入るやもしれませんシ。」


 この男は、狂人とは言えまともな意見を出す。しかも指摘が的を得ているから何とも言い難い。だから第4でもあるのだが。


 確かに前回の様にイレギュラーな邪魔が入るかもしれない。

 組織の考えとして、出来るだけおおやけにせず事を済ませたい考えだ。

 とは言えど、聖鋭隊も前回の件で警戒をしている筈だ。簡単に美品の回収はさせてくれないだろう。

 どう決断するかが決め手となる。


「そこでワタクシからご提案ガ。」

「何だ。言ってみろ。」

「透水都市の美品回収には、アスモデウスを向かわせるのが良いかト。」

「ちょっ!?何でアタシなのよ!?」


 ヴィクトからの指定に驚いたアスモデウスは、ネイルの途中で机を叩いた。


「君の恩恵は、得たいと思うモノを得る能力でス。未だ美品の場所が特定されてない現状で、君の力は有効なのですヨ。」

「イヤよ!それに、アタシの能力使わなくったって、姫様からの恩恵は全員が受けてるのよ?美品の場所だって、誰でも分かるでしょ。」

「あ〜、俺はヴィクトの意見にさんせ〜。」


 自分の仕事を蹴ろうとするアスモデウスだが、その斜め対面に座るレグルスが阻止に入った。

 レグルスも話し合いで決めるより、適材適所が行動に出た方がいいと考えてるらしい。

 とは言え、本音は自分がやりたくないだけだろうが。


 危険を察知したアスモデウスは、必死に逃れようと話に入ったレグルスに方向を向けさせようとしたり、静かに本を読んでるアモンにさせようとしている。

 ちなみにアモンは全て聞こえないかの様に本を読んでいる。


「…アスモデウス、頼めるか?」

「えっ、ちょ、うそ…?」


 何で信じられないって顔してるんだコイツは?


「…アスモデウス、分かっているな?」


 今度は脅し風に言ってみる。


「……ぅぅ。ガミルが言うなら、やる。」

「有難う。」


 何で涙目なんだコイツは?

 昔からそうだが、何か仕事をやらせようとすると、決まって嫌がり、最後には半泣きで承諾する。

 これが幹部と考えると先が思いやられる。


「金商都市の件はどうなっている?あれから進展がない様だが?」

「おっと、忘れておりましたわい。」


 しまったと言ってアストライオスが話始める。


「未だ装置の完成には至ってなく、やはり完成には姫の美品が必要との事です。」

「って言われてもな、これ以上美品を傷つけたくは無い。」

「左様ですな。」

「とにかくお前は、引き続き奴の監視を頼んだ。協力者とは言え、アイツは危険な男だ。」

「承知しました。」



 会議はこれで終わった。

 方針も決定し、全員異論無し(アスモデウスに関しては嫌々)であった。

 会議を終えたガミルは、その場からゲートを使い次の目的の場所へ移動した。

 そこは彼等にとっては、王座と言うべきか。それとも神座と言うべきなのか。

 黒い漆黒の闇の向こうに、その方は居た。


『いつもお前には世話を掛けるな。』

「いえ。第1柱として当然の事です。」


 この方はいつも決まって労いの言葉を掛けてくれる。誰にも相談できないポジションにいるガミルからすれば、この神座は唯一心を許せる場所だ。


「次の回収は、透水都市に決まりました。取り急ぎ、アスモデウスを送らせます。」

『透水…か。潔き水が流れる美しい街だったな。全く、カホールらしい。』

「はい。美品については、海王が都市に攻めた時を狙って動くつもりです。」

『そうか。一刻も早く集めなければ、待たせる事になる。遊んではいられないぞ。』

「はっ。」


 報告を終えたガミルは、戻ろうと立ち上がった。


『ロキとは上手くやってるのか?あまり仲が良くない様に見えるが。』

「いえ、本音を申しますと、私はあと男を信用してはいません。どういう理由かは分かりませんが、自身が崇拝していた神を裏切る様な男を信用は難しいかと。」

『そうか。だが、何かと面白い男だ。それに計画を為すための力も持っている。仲間割れは、良くないぞ。』

「はい。」

『そう言えば、お前の気になってる少年も透水に居るとの事だぞ。』

「…そう、ですか。」

『お前は一体、あの少年の何処が気になったのだ?見たところ普通の人間だし、神の力も持っていない。なのに、お前が感情移入する程の何かが、あの少年にあるのか?』

「…。」


 実際の所自身も詳しく分かっていない。確かに、特別な力を持っている様に見えないし、ガミル達禁断の匣の脅威になるとも思えない。

 なのに、ガミルは何処かでアレが第13柱の素質、いや、それ以上を持っている様な気がしてならない。本当にそうなのか定かではないが。


 部屋を出たガミルは、思考の整理を始めた。

 とりあえず透水都市はアスモデウスに任せる事にしよう。それまでは、金商都市のあの男の実験に付き合うくらい。

 暇では無いが、あまり気の乗らないスケジュールだ。

 組織のリーダーも大変なものだな。

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