45話 死の邂逅
「今、なんて…。」
突然の衝撃は、言葉で表すと明らかに雑になる。
だが、電撃のように身体を一瞬のうちに走り去った衝撃は、レンの細胞を一気に起こしたに違いない。
「…聞こえなかった?」
アメリアは、レンの表情と応答に疑問を抱き、傾げた首を元に戻しながら再び冷たい声を発した。
「…私達の名はスロバトリア。禁断の匣 第5柱。…これで分かった?」
「…ぁ、ぅ。」
当然の如く話すスロバトリアにレンはただじっと、彼女の顔を見つめる事しかできない。
するとスロバトリアは、レンの表情に疑問を覚えたのか、不思議そうな顔で近寄った。
「…どうして、そんなに驚いているの?」
「….それは、だって…。」
近寄るスロバトリアに警戒するレンは、白銀の柄を持ちいつでも抜刀が出来る体勢をとった。
さらに、微妙な彼女との間合いを取るため1歩、2歩と後ずさる。
どうするか。
まさかこんな早くに敵の幹部と遭遇するとは考えていなかった。
この距離なら逃げれるか。いや、敵は恐らく逃がしてはくれないだろう。
だが、戦おうにもこの距離ではレンの技が最大限まで発揮できない。しかも武器として持っている白銀をまだ扱いきれる自信も無い。
戦うか。逃げるか。
そのどちらかでレンは迷っていた。
「…貴方が、今驚いているのは、私が、貴方達人間の敵だから?」
「なに。」
「…それとも、私がアーマ・ライトの仇だから?」
「!!」
さらに衝撃が走った。
そして、それと同時に悟った。
彼女は全て知っている。と。
「俺が、誰だか分かってて近づいたって事か。」
「…いいえ。貴方に会ったのは、偶然。…運命というつまらない糸が、巡り合わせた、一瞬の出会い。」
「ほんとうに…。」
だが、それを立証する術は無い。
どちらにしても、スロバトリアが言う事が正しいのであれば、今日の運勢は最悪であるということ。
「でも、丁度良いぜ。お前らには、散々言いたいことがあるんだ。」
「…。」
彼女は動かずに、ただじっとレンを見つめる。
レンは一息呑んで、話す。
「どうして。どうしてお前達は、人を襲うんだ。」
こんな事を聞くのは愚問かもしれない。だが、その原因が分かり、解決することが可能であれば、互いに歩み寄れるかもしれない。
争うだけが戦いではない。
レンはそんな思いを抱いていた。
その問いに彼女は、小さく口を開けた。
「…貴方は、どうして魔獣を殺すの?」
「なに?」
「…それは、貴方達にとって、彼らが危険だから。」
彼女は続ける。
「…それと同じ。私達にとって、人間を殺す事は、危険を避けるためであり、それが当たり前だと思うから。」
「そんな、こと…。どうしてお前は、平気な顔で言えるんだ!お前は同族を――」
「違う。」
レンの言葉を彼女は否定で遮る。
「…そもそも、貴方は勘違いをしている。私達は、人では無い。」
「何だと。」
「…私達という存在を、表す表現は、存在しない。ただ、1つ。私達は人では無い。それだけ。」
「だと、しても…。」
「…?貴方の言い方だと、人間同士の、殺し合いは否定している。なら、人間で無い私達を否定する事は、できない。…そうでしょ?」
彼女は、当たり前のようにその首を傾げ、レンを見る。
その瞳に殺生への疑問を抱いていることは無く、ただ本当に当たり前の様に言っている。
それだけで理解出来た。
彼女は本当に、人間で無いことが。
「お前は、それで良いのかよ。」
「…何が?」
「何の危害も与えない人間を殺すのが、本当に良いことだと思ってるのかよ!」
「…。」
彼女は黙った。そして、再び声を発する。
「…ガミルが。」
小さく、自信の無いような声質で、彼女は続ける。
「…ガミルが、私達に言うから。…だから、私達は、ガミルの指示に従う。…ガミルが、そう願っているから。」
「そんなの、奴のせいにしてるだけだろ!そんな事でお前は!」
「…だったら、教えて。」
すると彼女は、今までとは違う、殺意の目つきを向ける。
「何を。」
「…貴方にとって、大切な人が、魔獣を殺せと言ったら、貴方は何も考えずに殺すでしょう?」
「それ、は…。」
何も言えなかった。
確かにアイリにそう言われれば、レンは何も思わずに魔獣を倒すであろう。
そう言われてしまっては、彼女の言ってる事に反論することは出来ない。
人で無いと言う彼女からすれば、人間は彼女達にとって危険な存在。
レン達からするとそれは魔獣であり、見方を変えると、レン達も「悪」なのであろう。
しかし、だからと言って、それを肯定する事はできない。そうしてしまえば、人類は絶滅してしまうのだろうから。
「お前達の、目的は何だ。どうして、人を襲う?どうして“死宝”を集めているんだ。」
「…そこまで、知ってるのね。」
レンの質問に彼女は答えた。
「…“神聖戦”って、知ってる?」
「あぁ。」
対談の間にて、カムイからの報告で既に知っていた。
聖鋭隊の調べによると、遙か昔、人間がまだ国を持つ前、神々の間で起こった戦争。
詳しい内容までは知らないが、世界が半分無くなる程の戦いだったそうだ。
「…古の神達は、必死に隠してるけど、本当はどちらが悪なのかを、考えるべき。…私は、そう思う。」
「どういうことだ。お前達と“神聖戦”は、どんな関係が。」
「…それは、貴方の所にいる神に聞くと良い。…彼女なら、大半のことは知ってるだろうから。」
その言葉に思い出すのは、アテナの姿。
「アテナを、知ってるのか!?」
「…えぇ。彼女は、私達と最後まで解り合おうとした、神の1人だから。」
光の灯った瞳には、過去の映像が流れていた。
戦いのさなか、何度も何度も何度も何度も語り掛けてきたアテナ。
1度は話を聞いてみようとは思っていたが、もはやそれは叶わぬ夢だ。
彼女は1度目を閉じ、再びゆっくりと開けた。
そして、対面に立つレンに問いかけた。
「…貴方は、「死」が何なのか、分かる?」
「死?」
彼女は遠い目で話を始めた。
「…「死」とは、ただの現象に過ぎなく、この世界の、生を受けるモノ全てに、「死」と呼ばれる現象があり、それは、世界にとって重要で、必要な事だと、思う。」
彼女は続けた。
「…命には、それぞれ色があると、私は思っている。」
すると、暗黒だった世界は一瞬にして白い世界へと反転し、辺りに様々な色を灯した光が溢れ始めた。
「…全ての生き物には、それぞれの色があり、それは時に交わり、新たな色を生み出す。…私にとって「死」とは、無色を表していると、思ってる。」
「無色…。」
その時、思い出したくも無い事を思い出した。
あの頃の絶望にも似た日々。親友の死をきっかけに色を無くした蓮の世界を。
「つまり、お前は俺が死んでるも同然って言いたいのか。」
遠くを見つめる彼女に、レンは問いただす。
彼女は、レンを見つめ直す。
「…いいえ。俗に言う「死」とは、ただの状態を表す言葉。今、貴方の言う「死」は、ただ心臓が止まって動かなくなった状態を言うのでしょう。…でも、貴方が自分が死んでいると思うのなら、それが真実。」
そう言う彼女は、一歩。また一歩とレンの元に歩き始めた。
どこが地面かも分からないこの空間には、彼女が近づく音が少しずつ近づいていた。
「お前は一体、何なんだよ。」
そして。
目の前まで来た彼女は、足を止める。
「…私達は、“死の聖痕”を受けた者、スロバトリア。」
すると彼女は、着ていた白いワンピースの袖部を下ろし始め、白い肌をはだけさせた。
思わずレンは、目を背けるが、彼女はまるで“見て”という様に、レンを見つづけている。
その視線にレンは、躊躇するように、彼女のはだけた胸元を見た。
「…っ!」
ソレは、あまりにも不似合いだった。
白い純白の肌に、発達前の小さな胸。
その胸の間に刻まれた、黒くて醜い黒十字。
「それ、は…。」
「…これが、“死の聖痕”。私が、姫から授かった、死の呪い。これらの力が、私達、皆を狂わせた。」
“死の聖痕”。まるでその名に相応しいモノだった。
黒く身体に刻まれている十字架は、普段見るものとは違い、歪な形で、さらに多少十字から黒い瘴気が漏れているのが分かる。
その恐ろしい姿はレンを畏怖させた。
これが、戦うべき敵なのだと。その姿なのだと。
「お前、達は…。」
何を言って良いのか分からなかった。
言葉に出そうとするものは、全て彼女の姿に打ち消され、とても簡単な言葉では太刀打ちできないと悟った。
だから、その後の彼女が言った事にさえも、レンは何も言うことはできなかった。
「…ガミルは絶望の力に呑まれ、優しさを失った。」
「…アモンは嫉妬の力によって、全てを諦めた。」
「…レグルスは恋人を殺され、全てを喰らう狂人へと成り果てた。」
「…ヴィクトは恐怖の力で、世界の恐怖を知り、壊れた。」
「…私達、スロバトリアは死の力で、死ぬ事が出来なくなった。」
「…アストライオスは無念の力で信じる心を失った。」
「…アスモデウスは欲望の力で、心が永遠に満たされなくなった。」
「…アヌデラは貧困の力で、求めていた幸せを手にできなくなった。」
「…ルンナは侮蔑の力によって、他人を大切に出来なくなった。」
「…アポロは憤怒の力によって、収まることの無い永遠の怒りを抱き続けることになった。」
「…トリシュラは苦痛の力によって、身体を引き裂かれる痛みに蝕まれることになった。」
「…マスティマは疫病の力で、治ることの無い病に身体を蝕まれ続けた。」
止まることなく話し続けた彼女は、最後にレンを真っ直ぐに見て言った。
「…貴方は、私達を救ってくれる?」
♢
その言葉の意図を探るのには、相当の時間と労力が必要とされるだろう。
しかし、それを考えている時間は残されてなく、疑問符を浮かべる彼女は、まるで期待しているようにレンの答えを待っていた。
だから、困惑続きのレンにとって、そう言う他に回答を持ち合わせてなどいない。
「救える、なら。でも、お前達は…。」
敵であり、多くの人を傷つけた。
そう言おうとした。
だが、彼女はその先の言葉を見越していたのか、発した言葉に続いた。
「…貴方は、勘違いしてる。」
「えっ、」
「…さっきも言った、本当は誰が、悪いのかを、考えるべき。でも、貴方は、周りの意見で、私達の敵となる。だからーーー」
その時。
彼女の目が青白く光った気がした。いや、実際に冷たい瞳は、黒に当てられてか、恐ろしく光を見せた。その存在は、まさにおぞましい者。
その為、一瞬の恐怖で動けないレンの眼前に彼女は居た。
そして、冷たい冷気と共に、細長く白い腕。そこから伸びる指先がレンの頰に触れた。
「…これから、私達の邪魔をするなら、『お前を殺す』。」
これが“死”を操る敵の力。
冷たい視線。死人のような白い肌。血の気の引いた唇に、全てを呪うような青白い瞳。
これが“死”を体現した存在なのだろうかと、震える身体と心臓を余所に、レンは考えた。
だか、レンの殺害を予告した彼女は、ふいに元の姿に戻った。
「…でも、貴方は殺すなと、言われてる。だから、今は見逃す。」
思ってもいない緊張からの解放に、全身の力が抜ける。
だが、今一度足に力を入れたレンは、彼女と向き合った。
辺りには先程まで飛んでいた色とりどりの光は無くなっており、元の暗闇の空間のまま。
「お前達を救うって話は、まだ、分からない。でも、教えてくれ!お前達は、何者なんだ!この、世界は一体…。」
「…それは、まだ貴方が知るべきことではない。…それを知るには、貴方は弱すぎる、から。でも、“死宝”についてなら、教えれる。」
すると、彼女は離れたレンに近寄った。、
「…“死宝”。あれは、負の感情を、体現したモノ。…アレが全て集まると、世界は終わる。」
「なっ!待て!いや、でも…どうして、それを俺に言うんだ?」
すると彼女は小さく微笑を浮かべ、再びレンの眼前に現れた。
そして、冷たく小さな手をレンに触れた。
急に近くに現れた美少女の顔に、心臓の鼓動を隠せないが、相手はあくまで敵。そう思いながらも、頬を赤らめさせながら彼女を見た。
だが、先程とは違い、彼女から確信的な恐怖は伝わってこず。
そして、息と息が互いに感じる距離で、彼女は言った。
「…貴方は、私達と同じ、死の匂いがする。」
「なっ、え?」
「…貴方の目には、死がこびり付いている。…とても、とても深い。私達よりも、多くの死を、見たの?」
「何を、言ってるんだ?」
とても心配そうに。とても恐ろしがりながら、彼女はレンを見ている。
「…この、胸の傷。これが本当の貴方?」
小さな手は、頬からゆっくりと下に降りていき、丁度心臓の部分に触れた。
黒い何かを、感じた。
それは彼女が触れたからではなく、元々居たかのように感じる、自身の悪。とも言うべきだろうか。
大きく、強く、強大で、暗黒の闇を感じたのだ。
「は、離れろぉ!」
恐れたレンは、彼女を無理矢理に突き放した。
「はぁ、はぁ、はぁ。」
「…可哀想。」
「何だと。」
可愛らしい生い立ちの顔には、悲しみが描かれ、それをそのままに、彼女は哀れんだ。
「…本当の自分が、どちらなのか分からないのね。…それは、貴方が見てきた、数多くの死のせい?それとも、それをさせた、貴方の神のせい?」
「だから、お前は、何を言ってるんだ。」
「…貴方には、何か近いモノを感じる。…だから、貴方に言うわ。」
そして。アメリアは言った。
「…“死宝”を揃えてはダメ。…私達を、救って。」




