43話 禁断の匣
そこは地獄だった。
そこに蔓延るのは、死しかなく、それ以外の生は、もはや存在を許されていない。
だから、今現在生きている2人でさえ、もうじき命の炎が消えるところだ。
『わた、しは…。かな、らず…。』
彼女の喉の表面は、爛れる様に焼かれ、そこが穴の様に広がっている。
そこから、ひゅーひゅーと空気を漏らしながらも、必死に彼女は言葉を伝えようとしている。
『アイリ!』
レンは傍でアイリを抱き、名前を叫んだ。
朦朧とする彼女の意識と視界は、もはや外の景色を映してはおらず、迫る死を明確に見せていた。
だが、その中でさえ、アイリは必死に伝えようとする。
『ごめ、ん、ね…。もう、1度…。』
『…あぁ、分かってる。』
そう。分かっている。
レンには分かっていた。こうなってしまっては、あと自分に出来る事は1つだけだと。
その後、命を落とした彼女は最期に、レンへの申し訳なさと、彼が背負う悲しい現実に謝罪をしたのだ。
でも。
そんな事はレンには関係無かった。アイリを救う為には、もう一度――。
何度だって。
遙か向こうから迫っていた闇は、瞬く間に彼らを死の底へと包み込んだ。
♢
王宮 対談の間では、カムイの説明にレン達は耳を傾けていた。
「我々の敵。それは黒使団と呼ばれている組織、奴らは“禁断の匣”と言っているが、どちらにせよ、奴らを倒さないことには、この国に平和は訪れないでしょう。」
カムイは眉間にしわを寄せ、きつい表情で話を進める。
手に持った分厚い紙の資料をめくりながら、視線をレン達に向ける。
「奴らの存在を初めて確認したのは、100年程前、聖鋭隊が建設されたすぐの頃だったそうです。」
「そんな昔から…。」
「当時の記録と現在の奴らを比べても、奴らの姿は変わっていない。恐らくは黒瘴気の力によるものだろうが、それだけ敵の力は強大でしょう。」
「そういえば、カムイさんが言ってた、柱?とかって何なんだ?それ以外にも色々あったけど、何だったっけ?」
疑問を抱いたリヒトが質問をした。
恐らくレンの意識が無いときの話であろうから、レンとしても、話を聞いておきたいところである。
その問いにカムイは答えた。
「黒使団。“禁断の匣”の奴らには、それぞれ階級と各々が持つ能力を表す言葉があるそうです。例えば、皆さんが遭遇した、ガミルという男。奴は、“禁断の匣”第1柱 牡羊の鍵絶望のガミル。」
カムイは、資料を3人に見せた。そこにはガミルが映った写真が3枚。
「恐らく彼は、黒使団の中で一番の実力を持つ者でしょう。その為、“第1柱”。“牡羊の鍵”というのについては、まだ詳細が掴めていませんが、『鍵』という言葉が使われているという事は、彼ら自身が、何かを開ける鍵の役割を担っているという事でしょう。」
「確かに、“禁断の匣”って名前にも『匣』って文字が使われてるし、それだと辻褄が合うな…。」
不思議な組織名ではあるが、それらと奴らの階級名に意味があるとすれば、目的を見つけ出すための突破口になるかもしれない。
考える中、レンはあることに引っかかった。
「そういえば、まだ把握していないんですが、敵の数はどれだけいるのでしょうか?」
考えていなかった事だが、レン達はまだ、敵の数を知らない。
レンが知る中では、第1柱のガミル。第3柱のレグルスの2人。
恐らくもう何人か居るのだろうが、それを知るには今しかない。
「記録によると、敵の数は全部で12柱までいました。」
「いました?」
過去形での言葉。レン達は疑問を覚えた。
「初めて奴らを確認した時は、12人の幹部で構成された組織でした。しかし、“始まりの魔女”ヘグドリカ・アンデルフォルツの力により、12人の内5人の幹部達は、封印されました。」
「って事は、あと7人か…。」
「ですが数年前、とある村に封印されていた箱は、奴らによって奪われてしまいました。そしてそこに住んでいた住人は1人の少年を除いて全員死亡。」
「っ!それってまさか。」
カムイの説明で、レンの脳裏に彼の顔が浮かんだ。
「はい。アーマ・ライトの故郷だった村です。」
「「「っ!!」」」
シーナに見せられたアーマの映像が、鮮明に蘇る。
奥歯を噛み、悔しい思いを感じながらも、レンは、アーマの敵を討つためにと、表を上げる。
「つまり、封印は解かれたって事ですか?」
「いえ。ヘグドリカの魔法は頑丈なモノで、封印を解くためには、どんな生物が束になっても足りないほどの魔力をぶつけるしかありません。我々の調査で、此処近年でそういった巨大魔力の観測はありませんので、封印は解かれていないかと思います。」
「そうですか…。」
とりあえずは一安心だろうか。
仮に封印が解かれて12人全員揃っていては、レン達の骨が折れる作業になるだろう。
内5人の封印解除がまだだとすれば、敵が“死宝”を集める目的としては、“禁断の匣”12柱を全員揃え、再び国を攻撃する。それが目的だろうか。
レンは、他4人を見た。
恐らく全員がレンと同じ考えを持っているのだろう。
「まぁ、堅苦しい話はこの辺にしようか。」
重くなった空気を読んで、国王が声を上げた。
それには全員賛成のようで、皆が肩の力を抜くのを感じた。
すると、対談の間の扉が鳴り、そこから、ケモ耳のエリカが入ってきた。
「国王様。失礼致しますワン。エレナ王女様がお戻りになられましたニャン。」
するとエリカの後ろから、ブロンド髪の美しい花柄の赤いドレスを身に纏った、少女が姿を現した。
「只今戻しました。お父様。」
「おぉ。此度は透水都市までご苦労だったな。それで、収穫はあったか?」
「はい。二大魔獣の一匹 ヴァルトラの調査では、今現在で活発な動きをする様子はありませんでした。その為私は、王宮騎士団と現地で別れ、そのまま戻って参りました。」
エレナは淡々と現地報告を終えた。
「そうか。では、長旅の疲れを癒やすと良い。あぁそうだ。紹介しよう。知っている者もいるかもしれんが、ゴエティア王国第一王女 エレナ・ゴエティアだ。」
国王の紹介に、エレナは3人に頭を下げた。
何故だろう。どこかで会った事ある様な…。
ゴエティアの家系は、父であるビーデルト・ゴエティア、妃は既に他界しているそうで、王座を継ぐのはエレナの兄である、エレン・ゴエティアになる予定だったそうだ。国王は、それを止めあえて都市の代表者の中から国王を選ぼうとしているのだ。
報告を一通り終えたエレナは、可憐な振る舞いを見せながら部屋を出た。
「それでは今日は、この辺でお開きにしようか。」
国王は椅子から立ち上がりながら話すと、3人に目を向けた。
「私は、明日から此処を離れることになる。その間は、王宮でゆっくりしてくれて構わない。」
話し終えた国王は、カムイの誘導の元、部屋から退出。
リヒトとアイリ、レンも同じく部屋から出ると、各自室へと戻った。
「アイリ様。従者の方がお見えになっておられますワン。」
対談の間を出ると、エリカがアイリに報告した。
どうやらセルヴィが来ているらしい。
「分かったわ。有り難う、エリカ。」
3人は揃ってアイリの部屋へ向かうと、部屋の前でセルヴィが立っていた。
「セルヴィ!」
「アイリ様。」
セルヴィを見つけたアイリは、モノ恋しそうにセルヴィの名を呼び、彼女の元へ走った。
「お怪我はありませんでしょうか?鉄鋼都市では大変でしたね。」
「ううん。そんなこと無いよ。私は…レンに助けてもらったから。」
アイリはレンを見た。
その視線を追って、セルヴィもまたレンを見た。そしてもう一度アイリを見ると、少しほっとした表情で笑みを見せた。
「アイリ様。ご無事なのは確認しました。それでは屋敷に戻りましょう。」
「…セルヴィ。聞いて欲しいの。」
アイリは国王からの指示を全て話した。
そして敵の事も。全て。
「…行かれるのですか。」
「うん。私が皆の為に出来る事がこれだと思うから。」
「…。」
セルヴィは黙ったまま何も言わない。
流石に今までのねだりとは違い、命に関わることだ。さすがのセルヴィも簡単に了解は出来なのだろう。
「…ミサキレン。」
「!なんだ?」
「1つ、約束してください。…必ず。必ず、アイリ様を護りなさい。それを約束出来るのであれば、私は何も言いません。」
セルヴィ、そんな約束されなくたって、既にそのつもりだよ。
レンの瞳は、意思は真っ直ぐにセルヴィに向いた。
愚問だったかもしれないな。
セルヴィは心中で後悔しながらも、レンの返答を受け入れた。
「では私は、アイリ様が旅に出られるまで、共に生活致します。」
「うん!よろしくね!セルヴィ!」
「…しかし良いのですか?アイリ様にとって此処は――」
「セルヴィ。何も言わないで。…分かってる。」
アイリとセルヴィの最後のやり取りは、レン達の耳に入ることは無かった。
♢
~翌朝~
「アイリの様子がおかしい?」
「はい。そうなんですニャン。」
部屋で寝そべっていたレンの所にやって来たエリカは、入るなり、レンのベッドへ近寄り座った。
まぁ、レンは別に気にしないものの、こんな所を誰かに見られては、怒られないだろうかと心配になる。
どうやら、エリカの話によると、今朝、朝食を届けにアイリの部屋に行くと、何か思い詰めている様な顔で出てきたという。
「疲れておられるのかと思ったんですが、特段何かされている様子も無かったので、きっと何かあったのかと心配になったワン。」
「なるほどなぁ。」
特段、レンに思い当たる節は無い。
それどころか、逆にテンションが上がったりするのかと思っていた。
「もしかすると、屋敷が心配なんじゃないかな?セルヴィもこっちに来てるし、その間に屋敷に何かあったらって思ってるとか?」
「…確かに、それもあるかもしれないニャン。でも、それだけであんなに暗い顔はしないと思うワン。」
「まぁ…。それなら、俺に何か言ってくるだろうし、確かにアイリらしくないと言うか…。」
予想は外れたようだ。
エリカの言うとおり、屋敷が心配なら、従者のレンに何か言ってはくるだろうし、それなりの案を考えたりしてるだろう。
考えても思いつかない為、レン達はセルヴィに聞くことにした。
部屋を出た2人は、アイリの部屋の向かいにあるセルヴィの部屋に到着。エリカがルンルンとした顔でノックすると、セルヴィが顔を出した。
そしてレンの顔を見るやいなや
「…ぅわ。」
汚いモノを見る目で見てきたではないか!!予想はしてたけど!
「何のご用でしょうか?」
「実は、アイリ様のご様子が変だと思いまして、何か込み入った訳があるのかとニャン…。」
セルヴィの対応にエリカが理由を説明した。
話を聞いたセルヴィは、「なるほど」と納得した顔をして、レン達を部屋に招き入れた。
綺麗に片付けられた部屋には、各室同じのベッドに丸いテーブルと椅子。1つしか出ていなかった為、セルヴィは隅に片付けていた椅子をもう1つ出した。
なるほど。俺は立って聞けと。承知した。
「話は理解しました。」
「良かった。それで?何でアイリは元気無いんだ?」
話が始まった。
レンが質問を問いと、再びセルヴィは汚物を見る目線を向けた。
「あなた。ここ数ヶ月、アイリ様と行動を共にして、更には、アイリ様の過去を知っているにも係わらず、察しが出来ないのですか?本当に、人間ですか?生物ですか?存在する価値あるんですか?」
「酷すぎじゃない!?新章に入って、お前酷くなっていない!?」
「はぁ。」とため息をこぼすセルヴィ。
話を聞いていたエリカは、何か思い当たる事がある様で、「あっ!」と声を上げた。
「何だ?分かったのか?」
「はい。恐らくは幼少期の嫌な思い出ですワン。」
「その通りです。アイリ様が小さい頃、黒使団に屋敷を襲われてすぐに此処に匿われました。アイリ様にとってこの王宮や部屋は、悪しき嫌悪な思い出を思い出す場所なのでしょう。」
セルヴィは説明を終え、机に置いていたカップに手を伸ばした。
レンがこの世界に来て、アイリの屋敷に行ったときに、その説明を聞いていた。それを思い出してレンは、それに気づけなかった自分への羞恥と、何か嫌な思いを抱いた。
もちろんアイリの方が、余程の気持ちなのだろうが、それはレン達には計り知れないことだ。
「分かったら、さっさと部屋に戻って下さい。私はこれから、食事の支度をしなければなりませんので。エリカも。ちゃんと時間通りに来るのですよ?」
「はーい。」
部屋を出るようセルヴィに急かされ、レン達は部屋に戻ることにした。
「そういえば、お前ってセルヴィと面識あったんだな。」
「はい。アイリ様とセルヴィ姉様がこの王宮に来られた時に、家事の色々をお姉ちゃんと学んだニャン。」
「なるほどなぁ…。お前の姉って今どこに居るんだ?」
「お姉ちゃんは今、緑園都市の方で買い物をされているワン。確かもうすぐ戻って来るとかニャン…。」
たわいも無い話を続け、2人はレンの部屋に戻ってきた。
(これから旅に出るっていうのに、これ以上アイリに嫌な思いはさせたくないな。)
ベッドに座り、考え込むレンにエリカは近寄った。
顔を上げると、そこには和やかな笑みを浮かべるエリカの顔が。
「自分に出来る事を探してるワン?」
「あぁ。どうすればいいんだろうな。俺に出来る事って…。」
すると、先程まで笑みだったエリカは、何か企みを捏ねた顔に変化。そしてレンの目を見た。
「レンお兄さんは、何か武器等は持っているニャン?」
「えっ、いや、これと言ったのは持ってないけど。唯一あるっていったら、あそこのコート位かな。」
指さす方向には、鉄鋼都市に出かける前にセルヴィと選んだ、黒いロングコート。今思うと、あれにはかなりお世話になった気がする。
「お兄さんは、“グリフォン”って知ってるワン?」
「え?あぁ。確か二足歩行の羽が生えた怪物だっけ?それがどうした?」
「グリフォンの羽で作られた防具は、魔力を流すだけで、浮遊する事ができるそうですニャン。もちろん限りはあるワン。もし、レンお兄さんがそのグリフォンを討伐したら、アイリ様はレンお兄さんの実力を理解して、今後の旅で心配になることは無いでしょうし、防具の素材も手に入って、一石二鳥ニャン!」
エリカは天井に指を掲げ、何か嬉しそうな顔。
だが。
「いやいや。そう簡単に倒せる訳ないだろう。しかも、どこに居るかも分かんないのに、どうやって討伐するんだよ。」
「その辺は安心ワン。グリフォンは、光明都市付近の森の奥に生息してるニャン。確か、住民からは“アレ”って言われてたワン。」
あっ。思い出した。
確か、アイリに初めて会ったとき、そんな事言ってたっけ。まさか、それがグリフォンだとは…。
「し・か・も!」
エリカはレンにこっちへ来いと手招きすると、耳元で呟いた。
「古から、グリフォン等の中型魔獣を討伐した男は、女にモテると言われているニャン。(嘘)」
エリカの言葉は嘘である。
「まじか!?」
「はい!(嘘)」
エリカの言葉は嘘である。
「さらに、グリフォンには“魅了”の成分を放出する事があるそうで、それを浴びると異性の相手は、イチコロとかワン。」
エリカの言葉は嘘である。
「よし、やる!行くぞぉ!!」
「「おぉぉーー!」」
エリカの言葉は嘘である。
♢
ギィィ。
これだから王宮の地下の部屋は嫌いなのだ。
古い金属が鳴りながら開閉する扉からは、朽ちた鉄の破片が地面に舞い落ちており、剥き出しとなって居る鉄筋は膨張と伸縮を繰り返したせいか、破断している。
さらに、この悪臭と言ったらありはしない。
王女エレナは、王宮地下にとある人物に会いに来ていた。
「お久しぶりです。お婆様。」
「おぉ。お前さんがここに来るのは珍しいのぉ。」
電気を点けると、そこには、白髪の老婆が1人、水晶に向かって座っていた。
「透水都市はどうであったか?」
「はい。とても穏やかな場所で、水の元素が至るところで感じれる、素敵な場所でしたよ。」
「そうかい。それで?アレは手に入ったのかい?」
「はい。こちらを。」
エレナは、手元に持っていたモノを差し出した。
老婆は、それを受け取ると、包んでいた布を解き、その中からそれを取りだした。
“精霊の涙”と呼ばれるその結晶は、光を受けると、まるで涙の様に光を反射させ、下に光を垂らす。それが由縁で“精霊の涙”と呼ばれている。
エレナが透水都市に行ったのは、海王ヴァルトラの調査もしかりだが、その次にそれの入手が目的であったのだ。
なぜ“精霊の涙”が必要なのかは分からない。ただ、老婆は、これから必要になると言っていた。
「お婆様、それをどうするおつもりで?」
「ちょいと計上を変えるのじゃ。だが、まぁ出来る事なら、これを使うことがない方が一番よいのだがのぉ。」
「…。」
どういう意味なのか分からない。ただ、占い師である彼女がそう言うのであれば、そうなのだろう。
「エレナよ。」
「はい。」
「これから、大きな事が起こる。それは過去の戦いが現在に影響しての事だ。お前はその中心となる者を導く役割を持っておる。」
「…はい。」




