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40話 戦いの終わりは

 

 海岸に押し寄せる波は岩盤に当たって複数に別れ、崖の上に立つレンの頬に冷たい水しぶきを送った。


 そこは誰も足を踏み入れることのない、海と陸の境界地。


 レンはそこの崖の上に立ち、ただじっと地面を見ている。誰も眠っていない2つの墓石を見ながら。


 ♢


「あいつは……ガミル。」


 レンの脳裏に映ったのは、以前の光明都市での奇襲。あの圧倒的な存在感。そして場を制圧する膨大な魔力。あの時は魔力探知が出来ず、その力の根源が分からなかったが、今なら分かる。

 奴がどれだけ強いのか。


「レン。私の後ろに隠れて。あいつの相手は私が!」

「俺もだ!怪我人は休んでな!」


 レンの前に出たアイリとリヒト。


 幾ら回復魔法で怪我を治癒したからといって、体力的に回復した訳ではない。ここは今回の戦いで一番戦闘の少ない2人が前に出たというわけだ。


 するとその時。


「ガミル!お前の望み通り、手に入れたぞ!」


 突然、アーマがガミルに向かって叫んだ。


 既に満身創痍で戦闘が出来る状態ではない。そんな彼は優勝賞品である首飾りを手に持ち、それをガミルに見せ付けた。


「……。」


 見せられるモノを見て、ガミルは満足そうに微笑むと、手元に黒い瘴気の輪を作った。

 するとアーマが持っていた首飾りのもとに同じような輪が出現。そこからガミルの元に移動した。


「ご苦労。それにしても随分とボロボロだな。私の力を与えているにも係わらず、その傷だとよほどの強者が居たのか?」

「別に、何もない。それより、仕事は終わったぞ。早く弟を!」

「……あぁ。そうしてやろう。」


 黒い一線が走った。


「――っ!?ぐふっ!」


 誰も気づかなかった。アーマの背後に現れた瘴気の輪に。そしてそこから伸びる剣線がアーマの心臓を貫いた事に。


「アーマ!!」

「ぐふっ、なっ、なに……を。」

「何もないさ。ただ、お前の望みを叶えるというまでだ。」


 吐血し、胸を貫く剣を信じられない顔で見るアーマ。それに対してガミルは至って冷静に、残酷に話す。


 そして、その表情を見てアーマは悟った。


「まさ、か、シーナは……。」

「あぁ、死んだよ。()()()言い忘れていたが、魂を切り離された肉体は数日と保たないんだ。お前が、私の任務をこなしている間に、腐った肉と化したよ。」


 まるで当たり前。そう言っているような顔のガミル。アーマは奥歯を噛み締め、湧き上がる後悔を感じた。そしてその思いが心を締め付け、痛めつける。


「うおぉぉぉぉ!!」


 後悔と痛みで塗りつぶされた心は黒い闇と化した。


 そしてその気持ちは、残り少ない彼の瘴気の栄養となり溢れ出す。


「うっ、ぐぅっ。」


 身体から溢れ始めた大量の黒瘴気は、空気を押しつぶす程の重圧を放ち、まるでアーマの怒りを体現している。


「お、お前を………殺すっ!!」


 貫く剣を抜き取り、アーマが構える。今までに感じたほどが無い瘴気を放出する黒槍が出現。アーマはそれをガミルに向かって投擲した。


 空気を斬る。と言うより、一つ一つの空気の壁を破壊しながら向かう黒槍はまるで、怒り狂う龍がその矛先を敵に向けたかのよう。


 ガミルはそのまま動かず余裕の表情で立つ。


 その時。


 パシュンッ!


「なっ!?」


 呆気の無い音と共に黒い業火を放つ黒槍が打ち消された。


 アーマは目を見開き、血の気の引いた表情でガミルの前に立つ男を見ていた。


「…ふぅ。間に合ったね。」


 ギリギリのタイミングを狙ったかの如く、そこには左半身を無くし、こちらも満身創痍のロキが立って居た。


「余計なマネをしたな。ロキ。」

「アッハハ。そんなこと言って、僕が居なかったら君はちょっと火傷してたよぉ?きっと。」

「ふん。ところでその傷はどうした?戦鬼神との戦闘はそこまで手こずったのか?」

「うーーん。まぁ、ボチボチだね。」


 未だに痛みが残る醜い傷跡に「いたたっ。」と顔をしかめつつロキはレン達に目を向けた。


「確か、君がアテナの契約者だったね。」

「っ!」

「悪いけど彼女の死体、あっちに置いて来ちゃったから、ちゃんと埋葬してあげてね~♪」

「てめぇ!」


 その冷酷無慈悲な言葉にレンの怒りが立った。しかしアーマとの戦闘の傷が酷く、立ち上がるものの直ぐに座り込んでしまう。


「ところでガミル。あの子どうするの?持って帰る?」

「いや。その必要はない。奴はもう用済みだ。」


 ガミルの赤い視線は真っ直ぐに、力なく座り込むアーマに向かっている。


「…そうだ。還して貰うぞ。私の瘴気(力)を。」

「――っ!がっ、あ、あぁぁぁぁ!!!」


 突如。アーマが尋常で無い程苦しみだした。驚いたレン達は一斉にアーマを見る。


 そこには先程抜いた剣の抜け跡から瘴気が抜けていき、それが一直線にガミルの元に向かっている現象が発生していた。


「あぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「アーマっ!」

「レンっ!ダメ!近づいたら瘴気の影響を受けちゃう!」

「でもっ!」


 アイリに止められ、レンは「くそっ!」と奥歯を噛み締めた。このままではアーマの命が危うい。そんな気がした。


 そして。


 最悪の事態はやって来た。アーマ・ライトが保有する黒瘴気が全て抜き取られたのだ。


「あ、ぅ、」


 アーマは膝から崩れ落ちるようにその場に倒れ込み、背中から感じるそれは、まるで死体を見ている様だ。


「アーマっ!!」


 レンは弾けてアーマの倒れ込む場所に向かって走った。


「おい!しっかりしろ!アーマ!!」


 身体を起こして見た顔は、虚ろな目を遠方の彼方を見つめ、力なく開いた口からは微かな息を感じ取った。


「レ…ン……。()は、まっ、間違ってた…のか……。」


 口調や言葉遣い、表情が元のアーマに戻った気がした。だが、命の灯火は今にも消えそうで、波が来れば流される砂のよう。


 彼の言葉は後悔の想い。それはとても重く。とても深く。とても悲しい。


 苦しそうに、悲しそうに小さく息をするアーマにレンは何と声を掛けたら良いのだろうか。


「ごめん……ね。君、を、傷つけて…しまった。」

「アーマ。もう喋るな。大丈夫!もうすぐ聖鋭隊が来るから!そしたらアグレナに頼んで治してもらおう!な?」

「…っ。」


 必死に笑顔を作るレンに向けてアーマが笑った。

 その目は全てを悟った者の目だ。何故か分からないがそう確信したのは事実。


「あれ、シーナ。よかっ、た。無事、だったんだね。」


 死に際の彼の瞳には、最愛の家族、シーナ・ライトの姿が。

 もう視界を維持する力は残っていない。だが、弟の姿はしっかりと見える。


 そうか……。迎えに来たんだね。


 再びアーマは笑みを見せた。そして彼を抱きかかえる最後の友人の顔を見た。


「あり、がとう……。僕、を救おうと…してくれて。もう…大丈夫、だよ……。あっ、でも…1つだけ、あると、したら。君達と…もう一度――――。」


 その先の言葉を聞いた者は誰も居ない。


 最後の力を使って話そうとした言葉は、虚しくも灰と化し、アーマと共に宙に消えていった。


 死が、そこにあった。


 目の前に居たはずの友人。やっと本当の彼に出会えた筈だった。だが現実はそれをいとも簡単に破壊し、その手から相手を引き裂かせる。

 眼前で起こった死にレンは瞳を固め、ただ手元に残った少量の灰を見つめた。


 死が、手に残っていた。

 揺らぐことの無い。変えることの出来ない。逃れることの出来ない。戻ることの出来ない。死があった。


「っぁ。あ、ぁ。うっ、ぁあぁぁぁぁぁぁ!!」


 嗚咽に等しい声が喉から発せられた。


 あぁそうだ。俺はこの出来事を視た事がある。


 何て情けない。

 どうして想像出来なかった。

 どうして気づけなかった。

『未来視』は未来で必ず起こる出来事を視せるのだ。


 俺は。俺は。俺は。俺は、俺はぁぁ!!


 また。失ってしまった。

 また。気づかない振りをしていた。

 また。力の無さがこの現実を作ってしまった。


 叫んだ。叫び続けた。


 声が枯れようが、声帯が傷つこうがどうでも良い。喉に感じる微かな痛みなどどうでも良い。それよりも一番に心が痛い。


「ガミル!!!」


 行き場の無い怒りと無念はその首謀者へと向いた。


「お前を…コロスゥ!!」


 そして暗黒怒りは、またしてもレンを呑み込み、彼の心の在処を見失わせた。

 漏れ出すのは涙では無く。血でも無く。ただ一つの殺意を込めた瘴気。


「ガッ、」

「ほう。」

「おい。あれって。」

「さっきと、同じだ……。」


 アーマ以上の瘴気を放つレンを見て、ガミルは興味深そうにレンを覗いた。

 レンの後ろではアイリとリヒトが先程のおぞましいレンの姿と今の姿を照らし合わせる。


「……止めないと。」


 アイリは小さい声で呟いた。


「どうするの?あれ。結構ヤバイやつだと思うなぁ。」


 一方。まるで他人事のロキ。それもその筈。敵意を向けられているのはガミルなのだから。


「どうするもないさ。我々の予定は既に終わっている。仮にもアレが攻撃を仕掛けてくる様なら、私とて容赦はせん。」

「ふーーん。とか言って、本当はあの子に興味があるくせに。まっ、僕には関係ないけどね。早く帰ってこの傷治さないとだし――」


 ロキが帰路へ振り返った時だった。レンは槍の形をした瘴気を一斉に放出した。


「!!」


 奇襲に驚く表情は無く、ロキは迫った黒槍を片手で破壊。


「おい。調子に乗るなよ?くそガキが。」


 ロキは片手に炎の球を作り始めた。


「『獄炎弾(ごくえんだん)』」


 猛々しい炎獄の炎は、巨大な太陽の形を形成し、それをレンに向かって打ち放った。


 迫る炎球。だが、その前に人影が現れた。リヒトだ。


「おぉりゃぁ!」


 リヒトは回し蹴りで炎球に対抗。足にはアイリの光魔法の加護が働いている。

 何秒か踏ん張りを効かせたリヒトは、炎球を発源者のロキに蹴り返した。


「ちっ、」


 パシュンッ!


 蹴り返された炎球は、先程のアーマの攻撃を無効化したように、呆気ない音共に消えた。


「レン!しっかりして!」


 隙を見計らったアイリはレンを背中から押さえ込みにかかる。だが、思っていたより彼から放たれる瘴気の力は強く、吹き飛ばされそうになった。


「グッ、アガッ。」

「しっかり、して!!!」


 少し荒療治になるが、アイリは光魔法を最大限に放出。心中でレンに申し訳ないと思いながら、その光を一気にレンの瘴気へと向けた。


 温かくも痛いトゲを持った光は、レンの瘴気を浄化していき、黒く染まった瞳も元の綺麗な色に戻った。


 そのまま倒れ込み意識を失ったレンは、アイリの腕の中で眠りについた。


「やはり光魔法は厄介だな。」


 声の主ガミルは、未だ上空を位置取り、3人を見下ろしている。


「ごめんけど、僕はもう魔力が無くなっちゃったよ。後宜しくね~。」

「あぁ。いずれお前達も邪魔者となるのだろうな。そこの少年は惜しいが、ここで消すとしよう。」


 そう言ってガミルは足元に巨大な黒い魔方陣を描く。


「この魔力量、やばいな。」


 一番ガミルに近い位置に居るリヒトは、そのまりょくの膨大な力に後ずさり。


 誰もが危機を感じた時。


 ヒュゥゥ。


 何かが上空から来るのが分かった。それはガミル達よりも更に上。


 ズドォォン!!


「「っ!!!」」


 それはまるで流星の如く。空から地へ落下した。


 突然の落下物に一同騒然。そんな皆をおいて、煙の中から図太い声は発せられた。


「これ以上の好き勝手はさせんぞ。」


 老いた声ではあるが、その言葉、声には果てしないほどの強さを感じる。

 それを聞いて誰の応援が来たのか理解したアイリは叫んだ。


「カムイさん!」


 そう、現れたのは、聖鋭隊総隊長―カムイ・ヴェルト。今現在においてアトランティス王国で一番の力を有する最強の存在。


「遅くなってすまないな。……。」


 アイリの前に立つカムイは横目に現状を把握した。そして最後にアイリに抱かれているレンに目を向ける。


「間に合っては…無いようだな。だが、これ以上犠牲が出ることは無いぞ。」

「……カムイ・ヴェルト。厄介だな。」

「……。」


 鋭い視線をガミル達に向けたカムイは腰から剣を抜いた。その輝かしい剣身から感じる威圧は震えるものだ。


 ガミルは小さく舌打ち。


「黒使団。お前達がこれ以上ここを荒らすと言うのなら、私は優しくはしていられない。判断は間違えぬことだ。」

「……。」


「それに、お前達の事は既に調べが付いている。黒使団、いや『禁断の匣』第1柱 牡羊の鍵(アリーズ・タリ) 絶望のガミル。」

「ほう。そこまで調べていたのか。ならば、我々の目的は言うまでもないか?」

「あぁ。」

「ふん。まぁいい。であれば、今日は貴様の言葉に甘ええ退かせてもらおうか。我々の目的物は既に手元にある。」


 カムイの言葉にガミルは笑みを浮かべ返答。そして背後に輪を作り、その場からの退散を始めた。


「一つ言っておこうか。」


 すると、ガミルは何かを思いついたように振り返る。


「“黒い神話は必ず実現する。再び神聖戦(ラグナロク)が始まり、世界は闇に染まる”」


 そう言い残し闇の中に消えていった。


 ♢


 そこから事態は一気に収集されていった。


 街の被害も最小限に抑えられ、唯一酷い場所と言えば、レン達が戦った場所。そしてアイザ・ファルティマ邸。どうやら騒ぎに合わせて奇襲があったらしい。


 各街から聖鋭隊の応援が続々と集まり、街は復興に向けて一歩を踏み出したのだ。


 それから数日経った時、国王は今回の事件を【鉄鋼都市奇襲事件】と名付け、当面の間、催し物の中止。また、格言式の延期を発表した。

 国民からは批判の声も多々あったが、仕方がないと言うしかのだ。


 こうして。鉄鋼都市での事件は終わりを迎えた。新たな事件の始まりの種を残し。


 ~The Next Chapter~

2章完結です。

これからもよろしくお願いします!

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