30話 戦いの序章
この度は投稿にこれだけの時間をかけてしまい申し訳ないです。
別に悪気があったわけでは無いです。
別に忘れてたなんてことは無いんです。
別に編集に催促されたから頑張った訳では無いんです。
コンコンッ
ある日の夕暮れ時。アテナはとある館に訪れていた。
その立派な館のドアをノックした。ここに来ること自体は初めてだが、この建物の存在は以前から知っていた。それ故に、アイリに無理言って連れてきてもらった理由がここである。
『―――――』
「うむ。お邪魔するのだ。」
中からの声を確認し、アテナは室内へ入った。
扉の閉まる音が響き、その後に静かな時間が訪れた。
窓からはオレンジ色の太陽が射し込み、夕方の空間を作り出す。カラスが鳴けば夏の夕方と思えるだろう。
館の中は埃っぽく、息を吸えば咳き込んでしまうほど。
ソファーやテーブルなど、家具一式が揃えられてはいるが、そのどれもが白いシートを被せられ、誰も住んでいない空き家を感じさせた。
実際、今ここに住んでいる人間は居なく、鉄鋼都市内では幽霊屋敷と怖がられているそうだ。
アテナはそんな噂など知ったことではないという顔で部屋の中へ進んだ。そして、数歩歩いたところで足を止めた。
顔を少し上げ、その場所に視線を向ける。
『久しぶりだねぇ。』
アテナが視線を向ける先。そこから姿無き声が聞こえた。声質は何かに覆われているようで、曇っているように聞こえるが、それが彼の地声だとアテナは知っている。
「うむ。元気そうで何よりなのだよ。アプー。」
『お互い様だねぇ。』
まるでランプから魔人が出てくるようなBGMを流しながら現れたのは、館の部屋をきつそうに座る程の大きさの巨大な赤い人型の像。
身体は肥満体質の人間の身体に、長い鼻と大きな耳が特徴である。
巨体に合った喋りのリズムでアプーは話しながら、持ち前の自慢の鼻の先をスリスリと擦った。
『でも、ここに入るまで、君の力を感知していたけどぉ、入ってきた時はびっくりしたよぉ。何せあの美貌の戦闘女神が、こぉんなにもロリッ子になってるんだからぁ。』
「ロリッ子言うな!良いか?これはあくまでも仮の姿なのだ。今は契約獣として臨界してるだけであって、仕方なくなのだ!仕方なく。」
小馬鹿にする様にアプーは笑い、それに対してアテナは必死で誤解を解こうとする。そもそも何故人間の時の姿がこのロリ姿なのかは、アテナでさえ分かっていない。
アプーは『そうなんだぁ~。』と心のこもっていない発言で返答する。
『それで?僕に何か用かな?既に“統率者”としての座は無い僕に手伝えることなんて、限られたものだよぉ。』
笑っていたアプーは、満足すると笑い涙を拭いて、アテナを見下ろした。
“統率者”
それはかつて統神アトラスに仕えていた最も『神の座』に近い人間達の事を言う。実際を言うと、人間と言えど殆ど神と同じであった。
アプーもその内の1人であり、当時は不治の病を治療するなど、比較的裏方仕事の役割であった。しかし、アプーにはそれ以外に優れる能力がある。それは『神の座』を失った今でも残っている、彼本来の力。
「お前の『未来予知の力』を借りたい。今回はそのために来たのだ。」
アテナの発言にアプーは驚いた顔をする。
“予知”とは、その名の通り未来に起こる出来事を予知する能力である。
だが、同様にミサキレンもまた『未来予知』の力を持っている。アテナが今回わざわざ鉄鋼都市まで来てアプーの力を借りることにしたのは単なる気まぐれ。アテナはそう自分の心を解釈している。
暫く黙っていたアプーは、まるで待っていましたと言わんばかりの顔をした。
『ふふふっ。まぁ何て言うかは分かっていたけど。分かったよ。なんの予知をして欲しいんだい?』
「話が早いのだ。統神は、この鉄鋼都市が始まりの分岐点と言っていた。だからここで何が起こるのかを予知してもらいたいのだ。」
アテナは言った。それを聞いたアプーは難しい顔をして、しばらく黙り込む。
『分かった。というのが君の望む一番の回答なのは分かってるつもりだよぉ。でも、予知で視えるものはあくまで可能性。僕はこの力を受けたときに、確定で無い可能性は人に知られてはならないと言われた。』
簡潔に言えばアプーの答えはノーということ。アプーは「ごめんねぇ」と言う。
『でも、1つだけヒントなら教えられるよぉ。』
少し落ち込んだ顔をしたアテナにアプーは慰めるように言った。
『アテナの言うとおり、この鉄鋼都市で起こることは、始まりの内の1つだよぉ。』
「やはり……。」
憶測通りである。アテナは険しい顔をする。
「私はどうすればいいのだ?」
『違うねぇ。』
「えっ?」
間を置かずアプーは真剣な顔をして答えた。
『君は既にどうしたらいいかを知っている。知っていてその答えを理解するためにここに来た。違うかい?』
「………。」
『運命というのはどうやっても決まっている。抗おうとする事さえも運命だ。君は僕の所に来る前、いや、この世界に来た時からどうするかを決めていた。そして問題が目の前に来ると自分の選択が正しいものかを理解しようとしている。それは決して悪いことではない。でも僕は君の選択にイエスと言うことも、ノーと言うことも出来ない。選択は命あるもの全てに持たされた物であり、他人の言葉でその選択を変えることは出来ない。まして未来の一部を知る僕は最も答えることは出来ない。』
しばらくアテナは黙り込んだ。
少々言いすぎたかと思ったが、昔のままのアテナであればこんな事ではへこたれないだろう。むしろ闘争心を燃やし、望むところだ!と豪語するだろう。
「相変わらず哲学的な事を言うのだな。あぁ、そうかもしれないのだ。お前の言う通り、私は既に答えを決めているかもしれないな。でないと、ここへ来ることはない、か。」
アテナは二へっと笑った。
ここへ来てよかった。おかげで何をすればいいかを理解した。結果がどうであれ、自分の出来ることを精一杯しよう。アテナはそう決めたのだ。
その顔を見たアプーは悟ったように頬を緩めると、目の前に居るかつての友に暖かい視線を送る。だが、次の瞬間には目を細め、思い詰めた表情で視線を窓際へと移した。
「どうしたのだ?」
アテナは不穏な表情をする友を見つめ、心配の言葉をかけた。
声を受けたアプーは、まるで何かを決意したかのように1度頷き、アテナを見た。
『ここには………アイツが居る。』
「アイツ?」
突如として言った発言にアテナは引っかかった。
それはアプー言葉にではなく、言い方に違和感を感じたのだ。
彼にとって珍しく、遠回しな言い方をした。
基本喋りたがりの彼は、何でもかんでも直ぐに話す性格をしている。そんな彼が、わざわざ遠回しに話しをするということは、それだけアプーが危険視している人物ということになる。
そしてアテナは、一瞬の間に脳内で推理し、その人物が誰を指すのかを理解した。
「まさか。」
『......』
アプーは静かに頷く。
それを見たアテナは、全てを察した。アプーの言う「アイツ」という存在が誰なのかを。
彼がどういった思いでアテナに話したかを。全て察した。
『アテナ。これは僕からの願いだ。 』
「…………。」
アテナは静かに見上げる。
『この戦いは、僕達の時から続いている。終わらせられるのは、君しかいない。』
「分かっているのだ。そのために私は此処へ来たのだからな。まぁアプー。お前は統神の元でのんびり見ているといいのだよ!」
アテナは自信満々に胸に手を当て言い放った。
それを見たアプーは胸の奥に感じる刺さるような痛みを感じた。何せアテナの言う通りにならないからだ。
アプーは感じていた。これから自分に迫る現実を。
その後アテナ達はたわいもないかつての話題で話を続けた。
「有り難うなのだ。」
アプーの気遣いにアテナは笑みを浮かべた。昔もこの様に情報をもらっていた時代があったのだ。それを思うと、心が痛くなるが、今は感傷に浸っている場合では無い。
「有り難うなのだ。」
もう一度アテナは礼を言う。
それを聞いたアプーはにっこりと柔らかな笑みを浮かべ、煙とともに消えていった。
残されたアテナはもう二度と再会できない友を考えて、一滴の涙をこぼした。
♢
~数時間前~
「アテナ~。おーい。どこ行った~。」
「アイリ。さすがに本棚の下には居ないんじゃないかな?」
現在アイリは、アテナを探している。
明朝。半開きで目を開けるとアテナが窓を出て、どこかへ飛んでいく姿を見た。
日が昇った後、確認してみると耳に付けているイヤリングが無い。つまり、アテナはどこかへ行ったということ。
既にアテナの存在を他のメンバー達に話していたアイリは、協力を求め、行方不明のアテナを捜索してる最中というのが今の状況だ。
血眼になったゴミ箱の中を探すアイリに、ルナは後ろから釘を刺す。
「別に探さなくてもいいんじゃない?そのうちしれっと帰って来るよ。」
「でも……。」
急にどこかへ行ってしまうと心配になる。その心境を察したルナはため息を吐きアイリと共に部屋を探した。
今のところ残された部屋はこの厨房のみである。
食い意地を張っているアテナのことだからきっとここに居るのだろうと考えていたが、どうやら的外れのようだ。
すると入り口のドアが開いた。
そこにはパティムとミレアが並んで立っており、何か言いたげな目でこちらを見ている。
「アイリちゃん。その、アテナちゃん、居なかった。ごめんね。」
「ちょっと!何でパティムが謝るのよ!」
パティムは成果が期待していなかったものだと感じ、謝罪をした。だが、間髪入れずにミレアが横から水を差す。
2人の報告を聞いたアイリはしゅんとした表情を見せる。それを見たルナは問いかけるように言った。
「どうする?アイリ?」
「どうするもこうするも、放っておきなさいよ。そのうち帰って来るんだから。それに今日も講義あるんだから、諦めなさい。」
冷たい態度を取るミレアにルナはむっとした表情をするが、彼女の言っていることが正しくあれば、何も言い返せない。
「……そうだね。ミレアの言うとおりだよ。」
何も大げさに考えることは無かった。アテナが1日居なくなろうが、どうせ帰って来るのだから今探す必要は無い。
アイリは心の中で踏ん切りをつけた。
すると、
「アイリちゃん……。」
パティムが自信なさげに声を発した。
「探索魔法を使ってみるのはどうかな?」
「ちょっとパティム!!」
パティムの出した提案にアイリはハッとした顔をした。
だが同時にミレアの声も響き、パティムは肩をビクつかせた。
なぜ思い付かなかったのだろう。確かに探索魔法ならばアテナを探すことが出来るかもしれない。しかし、
「でも仮にアテナがこの建物内から出てたらどうするの?あの魔法は半径50メートル以内の対象しか認知出来ないでしょ?」
「あっ、そうか。ごめんね。」
何事にも規制がかかるということか。
ついに手段が無くなった。
「分かった?もう諦めなさい。さっ、講義行くわよ。」
ミレアはクルッと向き直り部屋を出ようとする。
そしてその背中を追うようにアイリはミレアに声を掛けた。
「ミレア。ごめんね。迷惑掛けちゃって。ミレアの言うとおりだ。私一人で先走っちゃってごめん。やっぱりミレアは大人だね。」
「………。」
「?どうしたの?」
どうしたのだろう?急に足を止めたミレアはふるふると揺れ始めた。
「あぁーー!もう!分かったわよ!協力するわよ!」
「えっ!いいの!?」
「あなたがそんな顔いつまでもしてると、講義に支障が出るのよ!だから今回だけよ!いいわね!」
どうやら協力者が出来たようだ。
アイリはどうしてミレアが考え直したのか分からずキョトンとし、色々察したルナは「ちょろい。」と一言。ちなみにそれを聞いたミレアがルナを睨みルナは「アハハ」とごまかすように笑った。
「それでどうするの?やっぱり外も探しに行くの?」
アイリはフンッと鼻を鳴らすミレアに問いかけた。
その問いにミレアは溜め息を吐き答える。
「あなた馬鹿ね。魔法を使うに決まってるでしょ?肉体労働なんてごめんよ。」
「でも......。」
探索魔法はすでに無駄だと証明されている。何せ探す範囲に限りがあるとされれば、どうしようもない。だがミレアの提案はその考えを覆した。
「“サーチ”を使えばいいでしょ?そんなことも分からないの?」
「だからそれは術者一人で捜索できる範囲に限りがあるからダメだって......あっ!そうか!」
「ね?やっと分かった?」
アイリは納得した顔でミレアを見た。アイリの声の数秒後、パティムもまた、ハッと顔を変え、笑顔を見せた。
「え?何?みんなどうしたの?」
一人取り残されたルナはキョロキョロ目線を移動させ、アイリを見た。
「ルナ!分かんない?ここには術者が4人居るんだよ!」
そう。簡単な事だった。1人で探せる範囲が限られているのならば、人を増やして範囲を広げればいいのだ。
「ここには魔術師が4人居る。しかも1人桁違いの魔力を保持してるアイリが居れば、鉄鋼都市全体を探せるでしょうね。」
ミレアは補足の説明をしてルナを見た。
だが、
「えっと、ごめん。そもそも“サーチ”ってどんな魔法だっけ?」
ルナはエヘヘと可愛らしげに舌を出した。
「えっ、ルナ。“サーチ”は昨日の講義で習ったよ?」
ルナの発言を聞いた他3人はため息。
そういえば昨日、ルナは講義中爆睡しててアグレナに酷く怒られていたような......。
とにかく条件は整ったということで、アイリ達は“サーチ”を使ってアテナを探すことにした。
パティムが用意したのは鉄鋼都市の位置図。探索魔法は探す対象の魔力を感知した後、その魔力根を図に落とさなければならない。でなくては場所が特定できずにまた見失ってしまうからだ。
「じゃあいくよ。」
4人はそれぞれ円形に並び手を繋ぐ。こうすることで魔力を合計することが出来る。
合計された魔力は中心に光となって集まり、アテナの特定位置を示した。
「ここに。」
そこは街中の何処か建物。詳しい名称までは特定できないが、ここまで分かれば十分な収穫だと言える。
アイリは3人の顔を見た。
「ごめんね、みんな。行ってくる!」
颯爽とアイリは教室を出た。
久しぶりの見るアドムの街並みにアイリは心を躍らせていた。レンと共にここへ来た時にパッと見ただけで、実際にここまでじっくり見ることは無かった。
そのため、この街がここまで暑苦しいものだとは想像していなかった。
「とりあえず探そうか。」
アイリはもらった地図をもとに目的地へ向かって歩き始めた。
大体、1時間が経過した。
おかしい。
地図に落とされた魔力根は間違いなくアイリのすぐ近くに灯してある。なのにどうやっても「その場所」にたどり着けない。
アテナはその場所から動くことなく居る。しかし道が見つからない。
魔法が失敗?
いや、それは有るまい。仮にもアグレナから教授を受けている生徒達だ。さらに探索魔法は初級魔法である。どうあっても失敗するとは思えない。
焦り始めたアイリ。するとその心を嘲笑うように、魔力根が消え始めた。
「どうしよう。このままだと。」
アテナを見失ってしまう。
せっかくみんなが協力して得られた成果なのに。それを無駄にしてしまう自分が恥ずかしい。悔しい。アイリの目に涙が浮かぶ。
すると、
「迷子かい?お嬢さん。」
「えっ.....。」
何者か、後ろから声が掛けられた。
声を掛けてきたのは二十代くらいの男性だろうか?肌は女性のように白く。そこに描かれた目や口、鼻はどれもが美しい。赤い瞳は太陽の様に美しく、彼が男であることを忘れさせているかのよう。
男性は優しい口調で、それもおっとりとしたリズムで話す。
「ここは都市の中でも一番ごちゃごちゃしいてる所だからね。気をつけた方が良い。」
「あの、すいません。その、ここに行きたくて。」
そう言ってアイリは男に地図を見せた。未だ薄く残ったアテナの魔力根を指差し、道を問う。
すると男はフッと微笑み地図からアイリの眼へと目線を移した。
「ここは、この先の角を左に曲がった所にあるよ。」
「えっと。その角っていうのは?」
男性の指さした方を見ていたアイリ。だがその先に男の言う場所が見えない。
「いいや。あるよ。視界の片隅を見てごらん。いつもは意識しない場所にあるんだ。本当はそこにあるのに誰も見ようとしてない。だから見えないんだ。」
男は得意気に話すと、「ねっ。」とアイリの顔を見つめた。
視界の片隅。
アイリは眼を閉じ意識を集中させる。
視界に見える全体。その隅っこにある場所。普段は見落としているその場所は。
「あっ!あそこ!」
突然、アイリの視界の先にその道は現れた。否、ようやく見つけたと言うべきだろうか。
「見つかって良かった。さっ、また見失う前に行くといい。でないと間に合わなくなるよ。」
「あ、あの!ありが......あれ?居ない。」
耳元で聞こえていたような男の声は消え、そこには人が居た形跡を残していない。
アイリは不思議な気持ちを残しつつ、男性が指した方へ向かって歩き始めた。そして数分ほど歩いたところ。そこにそれはあった。
煉瓦造りの大きな建物。二階建て。いや、三階はありそうな高さの屋敷。全体はオレンジ色の煉瓦で敷き詰められ、そこに均等に白い煉瓦が横に敷き詰められた美しい建造物だ。
屋根は紺色で建物本体の色と美しいグラデーションを醸し出している。
そこは【精霊館】と呼ばれる場所。
一体誰がその名前を付けたのか分からない。だが、噂話で耳にしたことがある程度の場所で、実際に見たことがある人は殆ど居ない。
普段人間の意識から逃れている精霊が住まうとされているこの場所は何者も寄せ付けない魔法がかけられているらしい。
美しい。もちろん周りにも美しい建物はいくつもある。しかし、そこだけがまるで別世界からここに貼り付けられた絵画である。
アイリは一人神秘的な雰囲気を出す建物の前に立った。
「凄い。」
良い感想が出なくて申し訳ないとアイリは思った。あまりの美しさに圧巻されたと言うべきだろう。
暫く見とれていると、内側から玄関が勢いよく開いた。
「アイリ~~!!」
「アテナ!!」
中から現れたのは、獣姿のアテナである。可愛らしいちんまりとした羽をパタパタと動かしながら、アテナの胸元へ飛びついた。
「探したよ!」
「ごめんなのだ。実は情報収集をしていてな。それでこの【精霊館】に来たのだ。」
「そっか。何か情報は得られた?」
「残念だが何も無かったのだ。それより、アイリはどうやってここへ?【精霊館】は人間が不用意に近づかないように、認識阻害の魔法がかけられているのだ。視界の片隅にしか映らないここをどうやって?」
「うーん。誰だったんだろう?優しそうな人が教えてくれたんだ。意識を集中させるんだって。」
「ふむ。気になるのだよ。」
一体誰だったのだろう。
そんな気持ちを持ち合わせ、2人は【豪傑】へと帰って行った。
♢
..........
..........
..........
ガチャッ
館の扉が開き、誰かが中に入ってきた。
室内に緊張が走り、まるで火花のようにチリチリとした空気が漂う。
『いらっしゃいませ。と言った方がいいかな?』
やれやれ。今日は客人が多いな。
アプーは溜め息混じりに客人へ挨拶を送った。
だが返ってきたのは、分かっていた返答であり、冷酷で懐かしい声。
「いや、言わなくて結構だよ。っていうか分かっていたんじゃないか?僕がここに来ること。」
現れたのはロングヘアーの男は長袖の紺色のセーターの袖を捲りながら話す。
「それにしても悪い子だね。僕は忠告したはずだよ?彼女に余計なことは話すなと。」
長く伸ばされた髪を綺麗に掻き分けると、その冷酷な赤い瞳でアプーを見つめた。
男が放った言葉が何を指しているのかをアプーは理解した。そして理解した上でアプーは構えるように男を見つめ返した。同時にこのあと自分に起こる事も。
それは彼の未来予知の能力からではなく、男の右手に黒い大きな影が現れたのを見たからだ。
それを見てアプーは男に話しかけた。
別に考え直してもらおうというつもりは毛頭無い。ただ話したい。それだけの感情によるものだ。
『僕を殺しても何も変わらないよ?僕の言葉を聞いた彼女は、君に対する対策を練るはずだ。そして君は負ける。』
それを聞いた男は唸るように声をあげる。
「うーーん。それは違うかな。」
そして黒い影を纏った右手を振り上げた。
ボトッ
何かが落ちた。
目をやると、赤色の腕が無様に血を流し、まるで投げ捨てられたようにそこに落ちていた。
『っっっっっっっ!!』
「前にも言ったろ?僕に逆らうと痛い目を見るって。」
男は冷酷に笑った。
それはアプーの腕。投げ捨てられたように見えたのは間違いではない。男はまるで何も気に求めない感情で腕を切り落としたのだから。
痛みが体を刺激する中、流れる血を押さえ膝をついた。
その巨体が小さく、男には見えていた。
男は薄ら笑いを浮かべ項垂れるアプーの元へ近づく。
「それにしても、君の能力があれば今この状況を回避することも出来たはずだよ?それなのに君はこの場に居て、今この瞬間も逃げずに僕の前に居る。つまり君は分かっていてなお逃げなかったということだ。」
そう言って男は目の前に置かれていた木製の椅子を無造作に蹴った。
木片の散る音が響く。
「こうして僕が椅子を蹴ることも分かっていた。だろ?分かっていて僕の目の前に椅子がくるように配置していた。そうだろ?」
激情に刈られたように男は喋り続けた。
事実。アプーには彼の行動や言動は全て分かっていた。それでもなおこの運命から逃げなかったのは、出来るだけでも多くの情報を聞き出そうと考えたからだ。
だが、現実はそう簡単にいかないらしい。
整理されない脳内にその最悪な未来予知が視えた。
『はぁ、はぁ、はぁ、早く用事を済ませたらどうだい?』
「..........あぁ。そうするよ。」
覚悟は出来ている。
男はアプーに近づく。そして謎の黒い影をアプーの額に付けた。
「僕の能力は知っているだろ?」
『あぁ。......他人の能力を盗む力。だろ?』
「そうだ。では頂こう。『未来予知の力』を。」
その瞬間、黒い光が館の中から漏れた。
(すまない。アテナ......。)
薄れる意識の中、旧き友に向けて言葉を紡いだ。
そして......。
消えた。
次回はついに魔術競技祭スタートです!
波乱の第2章がついに動き出す!




