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22話 基礎鍛錬場


―時は少し遡り、二人が喧嘩を始めて数分が経った時―


 レンとリヒトの危ない戦闘からいち早く離脱したエマは、隙を突いて建物の外に避難していた。

中から物が破壊される音が止むことは無く、それどころか時間をおく毎に酷くなってる気が・・・・。


 現在、鉄鋼都市で一番に有名な鍛錬場【ジェイド】の建物内の責任者はエマを除いて皆、不在であり、暴走した二人を止める人がいない。故に人員不足だった。


 そんな人の気も知らないお二方は暴れるに暴れまくっているようで、室内の物が壊れる音がする。その度に、


「あふっ!」


 と、情けない声を口にしていた。


「はひっ!」


 ちなみに今のは、【ジェイド】の看板娘の銅像「ラビットソンちゃん」が粉々に破壊された音が聞こえたからだ。


「ど、どうしましょう。このままではエルトさんが帰ってくる頃には、建物が崩壊してしまいます」


 頭を抱え唸るエマを通行人の人達は「あぁ、ドンマイ」の視線で見つめる。

その視線を背中に受け、エマは恐る恐る振り返る。


 見ると二人組の青年達が騒ぎに気づいたようで集まっていた。


「どうしたんだ?あれ?」

「どうにもこうにも、【ジェイド】の中で男二人が喧嘩してるんだってよ」

「まじかよ!?ってか訓練場の募集締め切り日って今日だよな?うわ~、どうしよう。俺行こうかなって思ってたけど、あんなのが居るんじゃ行きたくないな」

「そうだよな。俺も同じ事考えてたぜ」


 と、まあ何とも言えない会話を背後でされている状況なわけで、一応受講生集めも業務内に入っているエマは何とかして考え直してもらおうと声を発っすが、それが届くこと無く彼らは他の群衆の中へと消えて行った。


「ど、どうしよう!このままだと今期最低の受講者数になってしまう~」


 再び頭を抱え唸り始めたエマ。


 実はこの鉄鋼都市一有名な鍛錬場【ジェイド】。現在、廃場の危機に瀕している。

近年、入門者数減少。そしてその原因とも言えるライバル鍛錬場【レベルド】の出現。噂によると【ジェイド】の責任者にして創立者である、バグシェイド・エルトと親しい人物が創立したとか何とか。


 そんなこんなでライバル店【レベルド】に鍛錬志願者を続々持って行かれているこの状態の中、今期最後の募集となった今日、どうしても人数を増やさないわけにはいかなかった。


 そしてこれだけ大切な今日、この始末である。


 一応、確認しているだけで五人の入門生が来ることは分かっている。つまりその五人は確実に確保でるのだが、それ以外が未だゼロ人。


 本来ならば、推薦や難問試験を通過した者しか採用しないのが【ジェイド】の決まりなのだが、先程も説明した入門生の減少に伴い、新たな政策として一般からの応募百人を採用する事にしたのだ。


 その為本日、その応募の締め切りとしていたのだが、現状受付前があのような修羅場的何かの戦場になっていれば、当然誰も近寄りたくないのだろう。故に先程の会話のようになってしまうのがオチだ。


「お、終わった。これで今期の入門生は前期の百分の一に、過去最低人数です・・・・」


 ついには首を垂れ、黒いオーラを放出し始めたエマ。

その様はまるで、目の前で我が家を破壊させられる哀れな家主のようで、マジドンマイとしか言いようがない。


 すると――


「おう、エマ。どうしたのよ?こんな所で項垂れて」


 分厚い男の声が背後で聞こえた。そして、その声を聞いた瞬間、エマの涙腺は崩壊。涙という涙の滝が目から溢れ、無念の表情でその男にしがみついた。


「エルトざま~、ごうじわげございばぜん~。わだじ、わだじのせいで【ジェイド】はおわりでず~!」


 そう。エマが泣き泣きに懺悔した人物。それは【ジェイド】の創設者―バグシェイド・エルトだった。


 古くなった建物の修繕をすると言って本日の早朝に買い出しに行ったエルトが戻ってきたのだ。

手には大きな木の板を持っており、エマが持つことはまずもって不可能であろう。


 一見すればどこぞやの大工のおじさんだが、彼の目つきは全くそれではなかった。


 鬼教官と噂される彼は、その噂通りの人間で、エルトを一言で表せと言われると「鬼」の一言に尽きるだろう。

 筋肉で覆われた大きな身体を一回り大きい赤黒い柔道着が覆い隠し、鬼の顔に見事に整えられた髭を見せる。


「そんなに泣き崩れて、一体何があった?」


 しゃがみ込みオイオイと泣き続けるエマを介抱しながらエルトは事の事情を尋ねた。


 エマは、鼻水、涙とエルト自慢の服にベッタリと付けながら今までの事を全て話した。


「ミサキレンとリヒト・アルテミラか。ミサキレンの方はアイザから大体の事情は聞いてはいるが、リヒト・アルテミラと言えば、『龍騎拳』の名人ではないか。まさかその二人が喧嘩しているとは」


 事態を把握したエルトは、ふむふむと髭をつつきながら困惑の表情で建物を見ている。


 喧嘩は未だに続いており、段々と被害が酷くなっているのが聞いて分かる。


「よし、ワシに任せておけ。今期はしょうが無いから入門生は五人で締め切ろう。なぁに、安心しろ。ワシに考えがあるんだ」


 未だ泣き止まないエマは、得意げな表情を決めるエルトを見上げるしか出来ない。

時に突飛な案を出して、幾たびの廃場の危機を乗り越えてきたエルトを信じるしかない。エマの心情はその一心。


 エマの頭を撫でたエルトは、立ち上がり建物に向かって歩き出した。まるで魔王を打倒しに行く勇者の様に。


 そのまま止まることなく建物内へと入っていくエルト。


「・・・・あっ!」


 その瞬間、エマはある事を思い出した。


 それは、エルトにとって、そして立派に建造された【ジェイド】の建物にとって重要な事、


「そういえば、アレ・・が・・・・」


 エマの言葉はエルトの耳に届くこと無く、そのまま室内に入っていった。


「そ、そう思うと、エルトさんがあの中に入っていったら、もっと酷いことになるのでは?というか、一方的な虐殺になるんじゃ・・・・」


 カタカタ震えるエマの脳内では繰り広げられる地獄絵図が綺麗に美しく描かれているのだった。


 視点を変えて【ジェイド】の室内、受付前に来たエルトは、ちょうどその瞬間に出くわしていた。

リヒト・アルテミラの拳がミサキレンに迫るその瞬間に。


 ミサキレンの表情を見るに、完全に敗北を認め、諦めていると言うより、相手の実力を認めた上での無抵抗なのだろう。だが、


(さすがにあれを喰らえばただでは済まんな)


 そう判断したエルトは入口から二人に向かって飛び出した。


「そこまでだ」


 そして迫るリヒトの拳とレンの脳天の間に、定価二百シャルで購入した厚さ十センチの板を差し出した。


 急に現れた壁に二人は驚き、同時にエルトを見た。


 ミサキレンの方は元から動いていなかったため特段問題は無かったが、攻撃のモーション途中のリヒト・アルテミラは、ストップをかけることが出来ず、そのまま板に直撃。


「いってぇぇぇーーーーー!!!」


 攻撃の威力を極限までに抑えたものの、スピードを落とすことが出来ずリヒトの拳はその勢いで木板に激突した。当然、コーティングなど一切施していないため、生身の人間の手が激突したのだ。当然痛い。


 そんなリヒトをよそに何とか大事にならずに済んだことに一息胸を撫で、痛がるリヒトと唖然とするレンを交互に見た。


「あのなぁ、若者達よ。元気に暴れるのは良い事だが、場所を考えんか。受付が広かったから良かったものの、ここにだって大事な物が―――」


 荒れ地となった受付を見渡し、ため息を吐くエルト。だがある所に視線が行った瞬間、その動きが止まった。


 何事かと視線を追ってそこを見る二人。


 見ると何か人型の銅像のような物が無残に破壊されているのが見える。


 頭部、胴体、下半身と分断されており、もはや修復不可能の原形を留めていないソレ。

よくよく見ると、頭からはウサミミが生え、胴体はスタイル抜群の女性。顔はチャーミングにウィンクを決めており、可愛らしいキャラクターの様。


 そしてそれを見たエルトはと言うと、


「ラ、ラビットソンちゃん!!!!!!!」


 と、神速の速さで駆け寄るとラビットソンちゃんなる物を抱きかかえ、叫んだ。

世界の中心で愛を叫ぶかのように。



「全く、この馬鹿共め!どうしたらあんな事になるんだ!」


 絶賛お怒りモード炸裂中の鍛錬場【ジェイド】の責任者である、バグシェイド・エルト。


 当然こんな大男がブチ切れているのだ、原因の元となったレンとリヒトの頭には大きなたんこぶが建造されている。


 色々とやらかした二人は、畳が敷かれた居間に案内され、現在正座をして説教を受けているところである。


 第一印象が問題児などであっては、最悪にも程がある。それに、ここを紹介してくれたアイザにどう顔向けして良いのやら。

 色々と試行錯誤し、エルトの機嫌を直そうと考えたレンは、未だ大事そうに抱えている【ジェイド】のマスコットキャラクターこと、「ラビットソンちゃん」について触れてみることにした。


「あ、あの。その「ラビットソンちゃん」、とっても可愛いですね」

「ん?おぉ、そうであろう!可愛いだろう?まぁ粉々だけどな」


 あれ?おかしいぞ?地雷を避けて歩いたはずなのにどうして避けた先に地雷があるんだ?


 とにかく話題を逸らさなくてはと思ったレンだが、考えた据えにどう足掻いてもこの地雷原からは抜けられないと結論に達してしまった。どうしようこれ。


 そんな中、更に地雷を踏んでしまった馬鹿は隣に座るリヒトだった。


「俺もそのキャラクター可愛いと思ったんです!マジで可愛すぎて、俺、惚れました!」

「・・・・・・」


 あぁ勇者だ。こういう奴を勇者って言うんだね。


 感心するレンは、当のエルトの顔を見た。

その顔はどうにも言えない、怒りのような、驚きのような、人間がこんな顔出来るのかと思わせる顔をしていた。


 まぁね、そりゃぁそうなるわな。


 しかし、これはチャンスだった。

もし仮にここでリヒトを黙らせることが出来れば、レンの株は一気に上昇。気に入られること間違いなし。

なんて卑劣なんだろう、俺。


「おい、空気読めって。言うか、何でお前ここに居るんだよ。証明書がないと入れないんだろ?さっさと出て行けよ」

「あぁ!?ぁんだと?またボコられたいのか、てめぇは?」


 どうやら逆効果のようで、火に油を注ぐとはこの事なのだろうか。


 思ったより食いついてきたリヒトにレンは当初の目的を忘れて牙を剝いた。


「はぁ?知らねぇし!さっきのはお前得意な分野で相手してあげてただけで、本当は俺が勝ってました~!」

「はぁ?ぶざけんじゃねぇよ!俺だって手加減してやってたんだぜ?それであの結果なんだから、お前はどうしたって俺には勝てねぇんだよ!」

「あぁ!?」

「あぁ!?」


 再び火が付いた二人は互いに睨み合い、バチバチと火花を散らしている。


 どうしようも無い男二人にため息を吐いたエマはふと、傍らで胡座をかいて座るエルトを見て、目を見開いた。

何てったって、彼から見えるどす黒い怒りのオーラが満遍なく放出されているのだから。怖いのなんの。


 そして溜めきれなくなった風船のように、エルトは音を立てて怒鳴った。


「喧嘩はやめい!この糞※※※※※共め!」


 止まらぬ勢いで嘯き始めたエルト。

相当怒りが溜まっていたのだろう。大好きなマスコットキャラクターを粉々に破壊され、自分の家とも言える【ジェイド】を荒し、おまけにその元凶達のせいで今期の参加人数の減少までされてしまっては、こうなってしまうのも仕方の無い事なのだろうか。


 だが、流石は大人の男。

罵声は最初の一言で終わり、その後は息を整え、二人に向き直った。


「リヒトに関しては、お前さんの師匠から話しは聞いてたから、今回ばかりは目を瞑ってやる。良いか?だから喧嘩するでないぞ」


 エルトの言葉を聞いたリヒトは、隣に座るレンの顔を見て、してやったりの顔。まるで俊敏な猿が阿呆な人間を馬鹿にするかの如く、それはもう、清々しいのなんの。


 対するレンは下唇を噛み、爪が皮膚に食い込むくらいに拳を握った。

その背後からは、怒りに怒り狂った狼が具現化されるくらいの怒りのオーラを放っている。


 犬猿の仲とはこの子達の事を言うのだろうかと、エマはため息を吐く。

同時に、男って小さい生き物だなぁと思ったのは内緒である。


 その後はエルトのきついきついお叱りの言葉を受けて何とか許して頂いた。

※ちなみに後日談だが、損害の支払い請求書がセルヴィの元に届いた日、アテンシア邸に落雷が落ちたとの目撃証言がいくつか上げられたという。


 事は丸く収まり、レンとリヒトは鍛錬場内に設置された団欒室へと案内されている途中だった。


 聞くと、今回は約一ヶ月間の研修のようなものだそうで、毎年二回行われている内の今期初だそうだ。

それをぶち壊したと思うとやるせないが、気にしないことにしよう。


「着きました。ここです。他の三名の方は既に入られてますので、教官の準備が終わられるまで部屋でゆっくりなさって下さいね」


 エマはニッコリと笑い二人を見た。

それを見て更に申し訳ないことをしたと心に轟かされるレンとリヒト。


 一ヶ月の訓練期間の間は、ここで共同生活を行い、仲間との絆を深めつつ己の能力を向上させるという教育方針の元、エルトが教官として監督してくれるらしい。


「とりあえず入るか」

「そうだな」


 さっさと居なくなったエマ。取り残された二人は、顔を見合わせ部屋のドアを開いた。


 部屋の広さは畳十畳以上。天井は高く、白い光が室内を明るく照らしてくれていた。


「すげぇ、立派なもんだな、これ」


 驚きを隠せないレン。リヒトも同様で室内をキョロキョロと見渡し、まるで落ち着かない犬のようだ。


 すると部屋の中央で座っていた三人組が立ち上がってこちらへ向かってくる。


「やぁ、君達が最後の二人なのかな?宜しくね」


 声を掛けてきた青年は、レンと同い年くらいだろうか。顔立ち共に美しく、薄い緑色の髪が部屋の白い光に照らされて美しく輝いている。


「よろしくな。俺は―――」


 差し出された右手を握り返したレン。だが、


「よぉし!お前らぁ!やるぞぉぉ!!!」


 友情が生まれる瞬間は儚く、閉めたはずのドアが勢いよく開きエルトが叫びながら乱入。


 五人は硬直し、現れた巨体を見上げることしか出来ない。

そんな人の気も知らないエルトは、ポケットから丸められた紙を取り出すと、それをさらに勢いよく広げた。


【開催!実力試し!肝試し!】


 力強く書かれた文字を見てレンは察した。


「準備ってもしかして、それのこと?」


 エルトは答えてくれなかった。



―数日前―


 薄暗い森の中、彼らは闇に紛れるように黒い外装を纏い、時折葉の隙間から流れ落ちる陽の光を毛嫌いし、フードを深く被る。


 鉄鋼都市アドムから南西方向に数キロ進んだ地点にある密林―メクティアル大密林に彼らは息を潜めていた。


 この密林はその字の如く、大きく深い木々が森を覆い、日差しと共にそこに住む獣や魔獣、訪れた者達の気配を消し去り、まるで迷路の様な密林から出させないようにする。その事から、通称『迷宮林』とも呼ばれており、滅多なことがない限り、人が入ることの無い秘境地帯だ。


 彼らがここを選んだのには理由があった。


 一つは、この周辺に住まう二大魔獣の一匹に気配を悟られないようにする為。


 彼らとて魔獣と同じように黒魔法、つまり黒瘴気を操る生物である。通常、魔獣同士の共食い、黒瘴気を持つ者同士の殺し合いは何故か起こらない。これは、当事者である彼らも知らないことで、何らかの繋がりがあることによるものだと考えてはいる。


 しかし、二大魔獣と人間達から恐れられる魔獣は別だ。

奴らは敵味方関係無しに襲いかかり、対象を殺す。故にこの場所が最適だったと言えよう。


 そしてこの場所を選んだ一番の理由、それは――


「ガミル様。敵の追跡は無いとの報告がありました」


 全身黒ずくめの男は、密林の出口と思われる場所に佇む、黒コートを羽織り、青髪を綺麗に後ろへ流した長身男に話しかけた。


「そうか、流石は『迷宮林』だ。これもアドムの無気配の能力が効いているせいなのかな。まぁいい」


 報告を受けたガミルは偵察に向かわせていた部下に向かって手を挙げると、それを見て空間に出来た黒い裂け目に消えていった。


「さて、機は熟した。仕事を始めようか」


 そう言ってガミルは傍らを見た。

そこには、先程の部下と同じく黒い外装を身に纏い、フードを深く被っている青年が立っていた。


「お前の仕事は、分かっているな?」

「・・・・・・・・・・はい」


 青年は小さく答えると、右手を地面に向けてかざした。

すると、青年の身体から黒瘴気が溢れ始め、ソレは、ドプンッと音を立て地面に落ちた。


 地面に落ちた黒い固まりは、彼を中心に円形に広がり、その黒い湖の中から人型で黒水を身に纏った何かが無数に現れた。見れば男の形をしている者も居れば、女の形、子供の形をなしている者も居る。


 その潤沢に現れる黒い亡者達は、一度外の世界に出るとシャボン玉のように割れて消え、そしてまた新たな亡者が生まれてくる。


 目の前の現象に多少なりと恐怖という感情を覚えたガミル。だが、それが自らの能力の一つと思えば、その恐怖が自分の力への過信に繋がると理解した。


「お前の活躍には期待しているぞ。くれぐれも行動には気をつけることだ。私とお前は既に繋がっている・・・・・・のだからな」

「・・・・・・・・・・・・」

「ふん、では行け。私は少し寄り道をしてから向かう」


 返答の無い事に少し腹を立てたが、今はそんな事を言っている場合では無い。最優先事項はもっと他にある。


 ガミルが言い終えるのと同時に青年はその場から消えた。


 青年が向かった方向に目を向け、彼との繋がりを感じる。

それは彼がガミルの力の持ち合わせている事への代償とも言える鎖。それは恐らく死よりも苦しいものかもしれない。


 ガミルは追っていた目を閉じると、背後に感じた気配に向かって口を開いた。


「盗み見、盗み聞きとは些か聊爾りょうじではないのか?レグルス」


 呼びかけに応じるように高い木の枝が折れる音が聞こえると、次の瞬間にはドサッという音と共に黒ずくめの男―レグルスが現れた。


「さすがは俺らのリーダーだぁ。この森の恩恵を意図もせずに俺の気配に気づくなんざぁ、この俺も何も言えねぇってもんだ」

「ふん、まぁいい。それで?何の様だ?」


 グチャグチャと魔獣の肉を食べるレグルスにガミルは半分呆れ顔で対応する。

見ると、口元から死骸を持っている手までも血でべっとりと塗りたくられ、生臭い臭いがここまで漂ってくる。

 おまけに彼の白髪にも血が付いているところからすると、よほど食べ方が汚いのだろう。


 よくもまぁあんな肉を食べられるものだ。


 自分には出来ない事をやってのけているレグルスに関心している中、食事を終えたレグルスは血の付いた指を舐めながらガミルを見た。


「なぁに、お前の手駒がどれだけのものかと思ってな。高みの見物ってやつだ」

「遊びに来たのなら早く帰るんだな。と言うか、お前はあの方の警護をしているのではないのか?」

「あの人なら今、透水へ行ってるよ。俺はその間、自由に動いて良いって言われたからな。ここのぬし様でも喰おうと思ったんだが、それよりも面白そうなところを発見ってわけよ」


 愉しそうに木々で隠れた空を見上げるレグルスにさらに呆れたガミル。


 そんな事をしては敵に見つかってしまうではないか。


 レグルスの軽侮な行動に落胆するガミルだが、懐から人間の手らしき物を取り出して食べ始めたときは、証拠隠滅は真面目に行っていると判断し、多少なりと安堵した。


「まぁいい。奴の事だが、奴は私に刃向かうことは出来ない。絶対にな」

「うわぁぉ。さすが血も涙も無いガミル様だぜ。っんま、でもそれくらいした方が必死になるもんな、人間って言うくだらねぇ生き物はよぉ」


 ニッコリと恐ろしい笑みを浮かべるレグルスに感染したのか、ガミルも自然と笑みが出た。


「そうだな、全くもってその通りだ」

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