14話 始まりの予兆
階段を降りる音は壁を反響して、自らの耳に戻ってくる。
その音のみが自分を下へと誘う階段を降りていると実感させる唯一の手がかりだ。壁に掛けられた蝋燭に火がつくことはなく、暗黒の暗闇が広がる世界に光という視覚の補助を与えてはくれないようだ。しかし、それもそのはず。ここはもう何年も手入れされていない場所であるからだ。
そこは王宮の地下。王座へと繋がる階段を最上階へと異なる反対側、つまり下へ降りていった先にその部屋は位置されている。厳重な四十構造の鍵と八百にも及ぶ魔術式で組まれた結界を抜けた先にそれはあった。部屋は畳二畳ほどの広さで、そこに置いてある物は部屋の中心に置かれた台座とその上に置かれた五色の色で作られた正方形の箱。蓋を開けるとそこには五色の光を放つ五つの石が、五角形の頂点に位置する箇所に置いてある。その石達がまるで意思を持ったかのように強く輝き、灯りすらも付いていないこの部屋に虹色の灯りを灯した。
この無の空気が流れる部屋に入れるのは“決められた血筋を持っている者”つまりはこの国の王だ。部屋に名前などなかった。ただ“部屋”そう言えば王宮の誰もがどのような部屋なのか理解することが出来た。しかし場所までは誰も知らない。それは王の血筋にのみ知らされる場所で有り、そこへ繋がる道も誰も知るよしはなかった。
置かれていた五つの石は、神からの恩恵の象徴とされており、王が交代する授王式にその姿は民の前にさらされることとなる。常に輝き続けるその石は、相応しい者の手に渡ると、輝きを無くし、真の姿を見せるという。それは、この国の神話に出てくる五彩神が持つと言われる“神具”となる。
そのため、必要の無いときは王宮の地下に保管され、光があふれ出さないように箱に入れられ、厳重な警備の元、保管されている。
そしてこれを郊外へ持ち出す際、詠唱を唱えなければならない。それは、この世界を創造した神への感謝。それは、この国を創った神の恩恵への祝福。心に込め、子守歌のように一つ一つの言葉を紡ぎ合わせ、唱える。声に出してはならない。それは心から感謝するという行為ではないからだ。声に出せばそれで感謝したと思ってしまう。故にこの結界はそれを許さず、まさに心から呼びかけなければならない。
少女は息を吸い込み、目を瞑った。そして歌う。心から詠唱を唱え、赤子を寝かせるように。
詩が終わり、目を開けると部屋は特に何も変化はない。しかし、少女には分かった。石を護る結界が消えている。少女は小さく微笑み、部屋を出た。
階段の手前まで来たとき、少女は薄桃色の小さな唇に触れた。
熱い想いが胸の奥からこみ上げてくる。ドクドクと心臓の音と脈打つように、その音を全身に感じ取った。
「また会いたいな・・・・・・」
金色の髪の少女は、薄暗い地下で王座へと繋がる階段を上り始めた。
♢
暑い・・・・。
「暑い・・・・。」
心のつぶやきが声に出てしまった。
外の気温は三十五度。この暑さはレンの身体を焦がすかのように攻撃してくる。
多分、一時間ぐらい外に居たら日焼け出来るのではないだろうか?というかそもそも、何でこんな日に外で花壇の水やりなんかを・・・・。
屋敷の玄関から横に並ぶ花壇にて、レンは現在お花に水やり中。
だいたい察しがつくと思うが、事は二時間ほど前に遡る。
―二時間前―
アイリの容態の急変から二日が経過した。
あの後、セルヴィの看護もあり、アイリは無事目を覚ました。目覚めたときは虚ろ虚ろな視界と声で、まるで何年も眠っていたように目を開き、
「レン・・・・。ありがと・・・・」
と呟き、再び眠りについた。
寝顔は安らかなもので、身体の異常など何処にもないように見受けられた。
そして、そこからの回復は恐ろしいほど早かった。まず仕事を終わらせたレンが晩食の為、リビングへ向かうと、いつもは小食のはずのアイリの皿が山盛りのパスタやステーキ等の山脈を築きあげ、まるで何処かの馬鹿精霊のように食べているではないか。
いや、今のはアイリに馬鹿って言ってるわけではなくて、あくまで例えだから。例え・・・・。
そんなこんなでいつもの流れを取り戻したアイリは、今まで通りに生活できるほど回復したという事だ。
そして今日。使用人仕事は休みで、久しぶりの休暇。前日の夜は「絶対昼まで寝るぞぉ!」と宣言を決め込み、一番邪魔をしてきそうなセルヴィとアテナに厳重注意をして眠りについた。元の世界に居た頃も休日は毎週予定など無く、昼まで寝るのが日課になっていた。
あれは午前四時位だっただろうか?ぐっすり眠るレンの鳩尾にその拳は突き刺さった。
「ふんぎゅらはっ!」と今までに無い声を発して、レンは目を覚まさせられた。相手?そんなのもちろんセルヴィに決まってるじゃないすかー。
前回と同様に瓦割りの要領で、レンに攻撃を仕掛けてきたセルヴィは、呻き声と共に起き上がるレンを下目遣いに見下ろすと、
「申し訳ございません。いつもの日課をこなさないと私、ダメなんです」
と笑みを浮かべ部屋を出て行った。
よし、殺そう。あいつ今日こそ殺そう。とアテナを起こそうとすると、寝相の悪い馬鹿精霊の氷結魔法と言われる、その名のとおりの魔法で氷漬けにされた。
そして悟った。この世界で俺の休暇なんて無いんだな・・・・。
そんなこんなでせっかくの休日は「そうですね。視界に入ると仕事の効率が八十九パーセント下がるので、花壇の水やりでもして下さい」と言われ今に至る。
せめてもの思いで、服装だけは休日着にしようと、街で買った紺色の半袖Tシャツと薄茶色をしたハーフパンツを履いて、レッツエンジョイ!である。
「暑っつい、疲れた、眠たい、休みたい、喉渇いたぁぁー!って、冷た!!」
愚痴や文句を垂れるレンの頬に何やらひんやり冷たい何かが当たった。
後ろを見ると白いワンピースに麦わら帽子を被った赤毛の少女、アイリが微笑み立っていた。
「ア、アイリ!?どうしたの?こんな暑い日に・・・・」
「部屋で読書してたら、外でレンが水やりしてるのが見えて、手伝おうかなーって思って出て来たの。でも、見た感じだともう終わりかな?」
「えっ!あぁ、もうすぐ終わるよ。だからこんな暑いとこ居ないで屋敷に入りなよ」
延長三十メートルはあるであろう屋敷の花壇を見渡すアイリは、残念と首をこくりと下に落とした。
さすがにこんな日に女の子、しかも病み上がり?の子を外に出している訳にはいかない。
「あれ?さっきなんか冷たいモノが当たったような気がしたんだけど・・・・」
「おぉ!そうだ、そうだ!はいこれ、お仕事お疲れ様」
アイリが渡してきたのは、冷たい氷?のようなもの。
触れると冷たい刺激が、指先から身体へと一瞬で伝達され、熱くなった身体を冷やしてくれた。
「なに?これ?」
「これは“氷零石”って言って、熱とか外の暑さで熱くなったコアの熱を冷やしてくれる石なの。でも、一回しか使用できないから、あんまり人気のない物なんだよね」
所謂熱冷ましの冷えピタの魔法石バージョンみたいな物らしい。それに使い捨てだから、あまり家庭には置いていないらしいが、何故かセルヴィがアホ買いしてるらしい。
「ありがと!お陰で身体が涼しくなったよ!」
「うん!私、日陰に居るからお仕事終わらせてたら来てね?」
もちろんです。アイリ様。一生何処へでも行きます。
口に出すのは恥ずかしいので、心の中に留めておく。代わりにグッと親指を立て、返事を返す。
作業スピードも上がったところで、残り数百メートルの花壇を風のごとく駆け抜け、鼻に水を上げる。
彼らも外の暑さにやられていたようだが、水分を含むとみるみるうちに元気になっていった。
仕事を終わらせ、アイリの座っている庭の木下に小走りで向かう。
それに気づくと、小さく手を振りアイリの右側の地面を軽く叩いた。ここに座れということらしい。
アイリの隣へ行き、「よっこいしょういち」と小さく呟いて座ると、「そのネタ古くない?」とツッコまれたのは何故だろうかと、レンは一生分かることはなかった。
「あのね、セルヴィから聞いたけど、私の病気を治してくれたのってレンとアテナなんでしょ?なんてお礼したらいいか・・・・」
「いいよ、いいよ!そんなの!前にも約束したろ?アイリを護るのはこのスーパー使用人ミサキレンだ!って」
「・・・・うん、そうだね。私もレンを護れるようにならないとだね!あっ!セルヴィが言ってたんだけど、レンが使った魔法は見たことがない不思議な魔法だったって言ってたんだけど、どんな魔法使ったの?」
レンは視線を座っている下に生える雑草に向け、思い出す。
それは、アイリを救った夜の話しだ。
―アイリを救った夜―
「アテナ。あの魔法は何なんだ?」
ベッドの上でレンとアテナは向かい合い座っている。
レンは前のめりの姿勢となり、自分が使用したと思われる魔法の説明を聞く。ここへ来て魔法理論の話しは何度か聞いてきたが、未だに詳しいそれと言ったものは聞いていない。
先程使用した魔法は、今までナツとセルヴィから聞いたモノのどれでもない。
それは全く別の魔法であるとレンは感じていた。
「・・・・その昔、イロジオンと呼ばれる護りの象徴とされる大きな像があった。ある時、長年人々から愛された巨像は、百年の時を経て命を宿した。レンも見たかもしれないが、それが奴の過去なのだ。イロジオンはとある神の眷属でな。あの魔法は対象の魔法の流れに干渉して、その効力を消すことが出来る魔法なのだよ」
「そんなの使用者の俺だって知ってるよ!ってか、とある神って、お前の眷属じゃないのかよ?」
「ん?まぁ、借り物でな。私の眷属で有りそうでないのだよ」
言葉の意味を濁そうとするアテナに疑問を覚えるが、追求しようがないのが今の実状だ。
「まぁあれだ。レンの魔法については、今後私がサポートしていくのだよ。だから今日は寝よう、私は眠いのだ・・・・よ・・・・」
結局、真相は掴めずじまいで終わってしまった――
回想は終わり、レンはアイリに向き合い話す。
とは言うものの、あんまり詳しく話すと後々が面倒になりそうだから、少しぼやけさせて説明することにした。
「それが、あんまりよく分かって無いんだけど、アテナが言うに回復魔法の応用編みたいなのらしいよ?」
あれ?ぼかしすぎちゃったかな?まぁ大丈夫かな、アハハハ。
「ふーん。そうなんだ。ふーん。まっ、ありがとね」
不機嫌なアイリの態度からレンは全てを察した。いや、察しざるをえなかったとでも言うべきなのだろうか?
ダメだこりゃ、完全に嘘だとバレてやがる。
とりあえず機嫌を元に戻して貰おうと、あれこれ試行錯誤するが全く何も思いつかない。
「い、いやぁ~。今日も暑いねぇ~」
その結果がこの始末である。
自分の対応能力のなさに絶望しているなか、アイリはうっすら笑ってこちらを見ている。
「ねぇレン。お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
「お、おう。なによい?」
するとアイリは顔の前で両手を合わせ、頼み込むような形で頭を下げた。
「お願い!街に連れて行って!」
「・・・・へっ?」
あまりに突拍子も無いお願いに不意を突かれた気分だ。
「街って・・・・、これまたどうしてさ?」
「だって、あの騒ぎって元々私が原因みたいなものじゃない?だから皆に謝りたいなって、思ったから」
と言うアイリだが、以前に一回街へ行ったレンは地元の人達の思いを既に知っていた。
だからここでアイリに伝えるのはフェアではないと思った。故に回答は決まっている。
「分かった。行こう!今度こそ街を堪能しようぜ!!」
笑みを浮かべ、グッ!っと親指を立てたレンを見てアイリの顔に笑顔の花が咲いた。
「うん!ありがと!!」
♢
屋敷を出た二人は、街へと向かう街路を共に歩いていた。
ここを二人で歩くのは、あの祭りの日以来だ。それ以降は使用人稼業として食材の買い出しや、清掃道具の新調などのため一人で街へ向かったりしたことはある。
その為、こうして二人並んで歩けることはレンにとって喜ばしいことであり、感動的な事であった。
街に着くとアイリは被害の復旧と人々の活気に驚いていた。まさにレンが見たときと同じ様な顔をして。
そのままアイリはキョロキョロと街を散策し、レンの方を振り向くと困った表情で駆け寄ってきた。
「レ、レン・・・・!凄いよ!直ってる!あんなにボロボロだったのに、嘘みたいに直ってるよ!!」
「あぁ、言ったとおりだろ?」
ピョンピョンとウサギのように跳ねアイリは、子供が喜んでいるときのようで微笑ましかった。そして、うれし涙で目を輝かせ、アイリという人間がいかに温かい心を持つ女の子かを教えてくれた。
実は街に来るまでにアイリには現在の街の状況などについてはあらかた説明しておいたのだ。
だが、半信半疑で信じられないアイリは暗い顔でここまで歩いてきた。なので自らの目で見て確かめてもらおうと言うことで、今に至る訳だ。
とりあえず街全体がどうなっているか見てもらおうと思い、探索を開始する二人。
レンの傍らでは、未だに信じられないアイリが、
「す、凄い。まだ一週間ちょっとしか経っていないのに・・・・」
と何度も呟きながら隣を歩く。
数分ほど歩くと一件の飲食店の前に着いた。光明都市の総括長を努めるグレンの店である。
レンはただ街を回っていたわけでは無い。もちろんアイリが通りたいと言った道は通ってきたが、それを見越して到達地点をこの店にしたのだ。
「レン。ここは?」
「街の統括長さんの経営してる店だよ」
「あぁ・・・・。グレンさんの・・・・」
この店には以前、馬鹿精霊ことアテナの一件でお世話になったことがある。その為何かと行きづらさは感じていたが、この前日に街へ買い出しに出かけているとバッタリグレンと出会ってしまった。別に疚しいわけではないが、顔を伏せるレンに、「おぉ!兄ちゃんじゃねぇかよ!何だよ!また店に遊びに来てくれよな!アッハハハ!!」と高笑いをしながらその場を去って行った。
ついでに、背中に張り手をくらわされたと付け加えておこう。
そんなこんなで、気にしなくて良いと言ってくれたグレンに会うためここへ来たのだ。
一応街の総括をやってる身だからアイリの心配もしていたのもあり、元気な彼女の姿を見せたいという気持ちもあった。
だが、レンは一つ心配をしていた。
それはグレンの性格である。あの男の性格、詳しくは分からないが、暑苦しくて病気なんて唾付ければ治るわい!みたいなことを言いそうな人間である。それに対してアイリは基本物静かで、時にレンが掃除中にカラオケで歌う、十八番の中でも一位の実力を持つ歌を歌っていると、「レン・・・・、ごめんけど、うるさいから黙ってて・・・・?」と言われた事がある。もちろん傷付いたが、アイリはそのくらいオットリした落ち着いた女の子なのである。
そしてそれらのことを察してか、アイリの顔が暗くなった。気のせいか頬が赤いような気がする。
意を決して、恐る恐る店の中に入る。
すると店の奥から「へいらっしゃい!!」と図太い声が聞こえた。ラーメン屋かここは・・・・?
奥から現れたのは、もちろんグレンだ。筋肉質な日焼けした肌に黒いピチピチのタンクトップを吸い着け、腰には『レストラン~そよかぜ~』とこの世界の文字で書かれたエプロンを着け現れた。
ちなみにツヴェルト・オーブの文字はレンの目には元の世界の文字で見えている。
これはアテナから「統神からの恩恵なのだ、感謝するように」と言って、特殊な魔法でレンをこの世界に順応させてくれたからであり、結構有り難いことだ。
明らかに店の名前と店主のイメージが反発し合っているこの店は、グレンの夢だったようで小さい頃から料理人を目指していたグレンとその奥さんと一緒に経営を始めたらしい。
気になるであろうグレンの奥さんは、とてつもなく綺麗な人らしい。レンはまだ見たことないが・・・・。
現れたグレンは、ニコニコと笑いながらレンの前に来ると、
「よぉ!兄ちゃん!来てくれたのか!嬉しいぜ!」
とハイタッチを要求してきた。
恐らく三十センチ程あろう身長差で、しかも背が高い側目線でハイタッチを要求されても届くものも届かないであろう。
レンはハイタッチの代わりにと、軽く手を挙げ挨拶をする。
「まぁな。それで・・・・、今日は連れも一緒なんだけど・・・・」
問題はここからであった。
物静かなアイリのことだ。グレンに「おぉ!アイリ様じゃないですかぁぁぁぁー!!」などと言い寄られては、光魔法のオンパレードで店の中がパリピなことになるに違いない。
いつの間にか正面に立ちあい、向き合う二人。レンはそこから少し離れ、被害を受けまいとする。
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
しばらくの間、無言の時が過ぎた。
恐らく殺気をぶつけているのであろうアイリは表情を見せず、ただジッとグレンを見上げている。
変化が起きたのは、その直ぐ後だった。
「・・・・フッ」
「・・・・プフッ!」
「「アッハハハハハ!!!!!」」
グレンが少しにやけると、アイリもそれに負けてか笑いを噴き出し、最終的には二人の笑い声が店の中に響き渡っているではないか。
「おぉ!アイリ様よぉ!随分とまた大きくなったじゃねぇかよぉ!えぇ?この間は怪我したって聞いたけど、大丈夫かよ?」
何が起きたのか分からないレンは、グレンから発せられる暑苦しい声をただ聞いて、目の前の状況に驚いているしかない。
「もう、アイリ様なんて呼ばなくていいから、昔みたいに“アーちゃん”で良いって!それにしても久しぶりだね、グレンおじちゃん。何年ぶりなんだろ?」
淡々と話しを進めて行く二人の会話に置いてけぼりを喰らっているレンは、何があったのだと近づいて真相を確かめまいとする。
「えっと、あれ?もしかして二人は知り合い?」
「そう言えば言ってなかったね!グレンおじちゃんは、私が小さい頃お世話になってた人で、小さい頃は一緒にお風呂も入ったりしたんだよ?」
「おい!そういう恥ずかしい話しは人前でするもんじゃねぇだろうよ!今では立派な王候補の一員なんだから、お言葉には気お付けるんだぜ、アイリ様?」
「もぉー!“アーちゃん”で良いって言ってるでしょ?・」
キャッキャとイチャつく二人を黙って見るしかないレンは店に置いてあるウサギの形をした置物を擦っていた。
♢
「ほぅ。ではお前さん達を襲ったのは、あの黒使団だったのか」
室内テーブルに腰を下ろした三人は、あの祭りの日に何があったのかを説明した。
これは、少なからずこの街の市民の人は知っておくべきだというアイリの意向によるものだ。もちろん当然のことではあるが、レンは聖鋭隊隊長であるナツから他言無用と言われており、では何も言われていないアイリなら良いだろうと屁理屈をたてた結果である。
話しを聞いたグレンは、レン達にその後の街の動きについて説明してくれた。
そして街の住民がどのように想いながら街の復旧工事を行ったのかを知ると、黙って聞いていたアイリの目に涙があふれ出した。
グレンはそっと肩に手を置き優しく擦った。
聞けばアイリは昔、黒使団の手によって家族を失い、その後少しの間グレン夫婦の元に預けられていたらしい。グレンは皆と同じように学校や、遊びに連れて行こうとしたが、世間で『悲劇の少女』等と言われており、どうしても心を開かなかったそうだ。
そのまま時は過ぎ、アイリとセルヴィは王宮へ移ることとなり、グレンともそれ以来会っていなかったそうだ。
恐らくアイリの涙には、二つの意味があるのだろ。
一つは、短い期間ではあったが自分を育ててくれた里親が今もこうして元気でいてくれたことに。
二つ目は、今まで世間から自分の評価がどのような扱いになっていたか分かったうえで、街のためにと頑張ってきたかつての自分への報復。今までの想いが街の皆に届いたことへの喜びが、彼女に涙を流させているのだろうと。
「アーちゃん。お前は今、街の皆から応援されてる。それは他でもないワシが証明する!だからお前は胸を張って自信を持って戦うんだ!なぁに、お前を応援しない奴がいたらワシが※※※して※※※してやるからな!」
「うん・・・・、ありがと、グレンおじちゃん」
「いい話なのにモザイクが入るあたり、さすがだと思うよ」
感動的な話しをしていることには違いないが、どうも締めが悪すぎる。
ツッコんではみるが、予想していたとおり風に流されてしまった。
「それで?今日はお前さん達何しに来たんだ?飯を食うってんなら作るけど、前居たあの嬢ちゃんみたいな量はさすがにごめんだぜ?」
「大丈夫。今日はあの馬鹿置いてきたから。飯も食いたいんだけど今日は、アイリと会わせようと思って来たんだ。まぁ意外な展開で度肝を抜かれたけど・・・・」
恐らく、統神とか言われる神様でさえもあの展開は予想出来なかっただろうな・・・・。
「そうかい、ありがとな!兄ちゃん!ワシもアイリが無事かどうか心配だったからな!」
「レン。私からもありがとう。あなたが居なかったら、グレンおじちゃんに会えてなかっただろうし」
二人からの激励の言葉に自分の行いが正しいものだったと判断出来たレンは、「おう!」と力図よく返事をする。
「あっ、それと――」
ここへ来た目的。一つはグレンとアイリを会わせることだったが、実はもう一つあった。
遠慮させること間違いないと思うが、迷惑をかけてしまった以上、やらないわけにはいかない。
「これ、前来た時の支払い。確か一万シャルだったっけか?あの時は奢りだって言ってくれたけど、さすがに店の経営もあるだろうし、あんな量タダって訳にはいかなくてさ・・・・」
レンが取り出したのは小袋に入った金貨だった。
馬鹿精霊ことアテナのお陰で、あの時は奢りと言う事で話しはついたが、やはり心残りだったレンは、給料を前払いと言う事でセルヴィに交渉し、日本で言うところの一万円を給料として、先に頂いたのだ。
どうやらこの世界の通貨の価値は、日本と全く変わりないようで一シャルが日本円で言うところの一円に該当するようだ。しかし、戦後間もない日本と同様で、一万シャルなど通常の市民が稼げる額ではなく、よほど高貴な屋敷の使用人などしない限り、そんな額を手に入れることは出来ない。故にレンは自らの立場を利用して、セルヴィに頼み込んだのだ。幸いにも月給が高い仕事のようで、セルヴィは虫を見るような目で見た後、お金を渡してくれた。
レンとしての一番の目的はこれであり、今まで不安で不安で夜も寝れない日があったような気がする。
「おいおい!兄ちゃんよぉ!これはいくら何でも多くねぇか!?」
「良いんだ。あの量からして多分これくらいだと思うし、下手したら足りないかもだけど。受け取ってくれ!でないと俺の気が収まらないんだ!!」
レンは頭を下げ、頼み込む。
別にこんなことに一生懸命にならなくても良いのではないかと、昔の自分ならそう言うだろう。しかし、敵に襲われた日。あの日以来レンは、毎日を一生懸命生きようと決めたのだ。それは何よりも護ると決めた人を護る為に。
その願いが通じてか、グレンはレンの頭を擦り、
「分かったよ。まっ、多分足りないだろうけど、一応貰っておいてやるよ」
そう言って、レンに頭を上げるように言った。
すると、グレンはにやけながら、アイリとレンの顔を交互に見た。
「・・・・?なんだよ?」
「いやなぁ?まさか人付き合いが苦手なアーちゃんが、男と一緒にここに戻ってくるなんて、想像してなかったぜぇ~」
「「こ、恋人なんかじゃない!!」」
二人揃って否定するあたり、よくあるパターンなやつだと思うだろうが、レンにとってこのシュチュエーションは願ってもみないことだった。
「そうか。やっぱりな」
と、レンの回想をもさせないグレンの手だれた、リア充防護結界は見事に炸裂した。
グレンの店を後にして二人は街を出た。
場所は屋敷へと繋がる一本道で、夕方となり涼しい風が左右に広がる森林の木を優しく撫でている。
それにはカーッ、カーッとカラス?らしき鳴き声も聞こえてくる。ここでツクツクボウシが鳴けば完全に日本の夏だ。
「レン、今日は本当にありがとね。お陰でとっても楽しかったよ」
しばらく続いていた沈黙を破ったアイリは、感謝の言葉と優しい瞳でレンを見た。
夕暮れ時で太陽が沈むオレンジ色の海の光が、彼女の髪や目に反射して美しい橙色の色を映し出した。これが本当の夕焼け色と言うのだろう。
「あぁ、俺も楽しかった。しっかしグレンの飯は美味しかったなぁ。プロ顔負けの品ばっかりだったぜ」
「ふふっ、グレンは光明都市一番の腕の持ち主で、料理の腕前ならアトランティスの三本の指に入るほどなんだよ?」
「まじかよ!?それ聞くと、なおさらあの容姿が可哀想に思えてくるぜ・・・・」
まさに筋肉だるまとも言えるグレンが料理をしてる姿など、出てくる料理は男飯に決まってる。
しかし、その期待を裏切るあたり、さすが三本の指に入るだけあると関心してしまう。
「また一緒に行こうね?」
「・・・・っ」
「・・・・ん?」
「えっ、あ、うん!もちろんだ!絶対行こうな!」
驚きの展開に不意を突かれた気分だが、こうしてアイリとまたデートの約束が出来たことは大変喜ばしいことである。
表で表されるレンの表情は驚いて、少し慌てふためいている感じだが、内心は――
(いぇぇぇぇぇぇーーーーい!よし!デートだぁぁ-!ひゃっほーう!アイリ様さすがです!大好きです!)
こんな感じである。
和気藹々と街での話しをしながら二人は屋敷に着いた。
門を開け、玄関口へと歩いて行くと、玄関前にセルヴィともう一人女性が立っていた。
女性は二人の存在に気づくと「あっ!」と声を出し一礼した。
何事かと思い、二人は顔を見合わせ、玄関で待つセルヴィの元へと向かった。
「お帰りなさいませ。アイリ様」
「ただいまセルヴィ。えっと、その人は?」
アイリの言葉に女性はニッコリ緩やかに笑い、アイリとレンを見た。
一瞬、ピンク色の目がレンと合った気がした。そしてその時、何故か嫌な予感と寒気を感じさせた。
「初めまして。私は聖鋭隊二番隊隊長、マナ・マーリンと申しますぅ。本日は王宮からの使いとして来させていただきました」
この日、ミサキレンの異世界物語が動き出した。
さーてさて、やっとのこさ物語がスタートラインに立ったわけであり、やっとのこさ本編っぽくなってきます!これからも楽しんで下さいね!




