94話 王女の奮闘
〜時間は遡り、場面は図書館前。エレナと敵副幹部 サエラムとの戦闘へ〜
「…………っ」
レンの確保と死宝の回収。
それが黒使団の目的だと知ってから、エレナは自らの役割と、それに伴う動きを変えた。
死宝の護りはエレナが命を張っているから問題無いが、レンの確保というのは中々に妨害し難い内容だ。
今レンは神具解放の手伝いとして、ベルテ達と祭壇に行っている。神具解放にどれ程の時間を要するのか分からないが、不確定要素の中、レンを護るというのは流石のエレナでも難しい。
それにレンの心は不安定な状態である。渡した精霊の涙は、持ち主の心を浄化する道具であるが、その汚れは涙と呼ばれる宝石に蓄積され、いずれは黒く染まる。
今それがどうなっているか、分からない。
「…………」
戦場に木霊する銃声。
色鮮やかな弾線が駆け抜ける。
撃ち続ける魔力弾。
エレナの魔力が尽きない限りはほぼ永久的に銃撃は可能だ。
しかし、
「フフフフフッ、無駄ですよエレナ様。貴女の攻撃は全て私には届かない。……しかし、これだけ伝えても未だ止めないというのは、やはり王族ならでは、ということでしょうか?」
風の様な笑い声を上げながらサエラムは話す。
サエラムは魔法を使えない。いや、正確に言うならば、魔法を使わない。と言う方が正しい。
念力を使った戦闘手法は珍しい。魔法が発達したこの世界において、超能力を使う者はいない。故にサイコキネシスといった超能力に対する手段は公式的に確立されてはいない。
エレナの使う魔法機関銃は自身の魔力を弾丸に変えて放つもの。
しかしそれら全てはサエラムの眼前で停止し、蒸発した水の様に消える。
既に百を優に超える数の弾を撃ち尽くし、魔力の限界が見えてきた。
「…………っ」
だがそんな事は気にしない。気にしている余裕はない。
エレナはただ、死宝を敵に渡さない。その為に時間を稼ぐしか出来ないのだ。
「ふむ…………まだ続けられますか。そろそろ魔力が限界ではありませんか?王女様よ」
不意に、何時までも現状が変化しない事に飽きてサエラムが口を開く。
その声色から明らかにエレナを格下と決め付け、それに応じた態度、戦闘をしている。
だからと言って逆上する程エレナは愚かではない。故に、ふぅ、と心に生じる怒りと共に息を吐き、冷静さを保つ。
「まだまだよ。それに、魔力が限界に近いからって私を舐めないでもらいたいわ。これでも王宮騎士団団長やってんだからーーッ!!」
魔力弾を放つ。
海王戦ではエレナの魔力を込めた弾をしようしていた。だが、今エレナは単純に魔力で形成した弾丸を放っている。
「左様ですか。確かに王宮騎士団の噂は常々聞いていましたよ。団長を筆頭にどの団員も強者揃い。中でもエムル・ディスタはずば抜けた戦闘力の持ち主だとか。あの“聖剣バスティフォナ”を持つ戦士は私達の中では有名人ですよ」
そう言いながら人差し指一つで、まるでロウソクの火を消すみたいに魔力弾を消し去る。
黒使団は聖剣、魔剣等の聖遺物を求めている。この情報はエレナが王宮に居た時によく耳にしていた。サエラムが言ったように、エムルは“聖剣バスティフォナ”の所有者であるのは確かだ。そして、黒使団が狙う聖遺物にバスティフォナは該当していた。
何故必要になるのかは、ある時捉えた黒使団の捕虜が喋っていた。(正確には拷問して喋らせた)
単純に戦力増加の為らしいが、末端の者に正確な情報が行き渡っているとは思えない。嘘であるとも言えないが、肯定もし難い。
だからこそ、王宮騎士団は聖遺物、特に聖剣、魔剣の確保を最優先に行動していた。
結果としてエムルが“聖剣バスティフォナ”の所有者となったが、残りの聖遺物は、エレナの知る限りは確認されていない。
「まぁ、聖剣の話は良いでしょう。いずれは私達の物となりますからね。それよりも、私の様な能力者と戦うのは初めてと窺えます」
「…………」
「あぁ、別に返さなくても良いですよ。私の独り言だと思っていただければ」
そう言い話を続ける。
「私の能力は サイコキネシス。私の把握する領域の物体を意のままに操る事が出来ます」
こんな感じです。と地面に散乱する瓦礫をふわりと手元に浮かべた。
「そうね、そういう人達が居ることは知ってたわ。でも魔法が発達した世界で、貴方達の様な超能力者は必要とされなかった。そもそも何故超能力者が存在するのかさえ未だに解明できてない。だから姿を隠し、ひっそりと生きている……と思ったけれど、貴方みたいなのもいるそうね」
世界に存在する数少ない超能力。彼等はその特質故に差別にあいやすく、酷い時は奴隷として人に買われたりしていた。
それがかつて昔の話であってもその為か、未だ超能力者は表立った活動はしてなく、何処かでひっそりと静かに暮らしているのだ。
しかし、そんな事情を知っているエレナであっても、今その情けを敵に向けるつもりは無い。
「ふふふっ、それもそうですね。確かに静かに生きるという選択肢もありました……が、私は今の状況に不満はないですよ」
そう言い、サエラムは胸に手を当てて、まるで初恋を語る若人の様に頬を赤らめ、目を閉じる。
「ある時出会ったのです。あのお方ーールンナ様と……ふふふっ、素晴らしかった。そう、あの時の記憶は今も鮮明に思い出せます」
あぁ、と妙に熱の入った吐息を漏らし、目の前に現れる「あのお方」を真っ直ぐ見つめ、
「とても……とても美しかった。あのお姿、あの佇まい、あの存在感、そして何より…………」
一拍、
「あの……“侮蔑”」
それが、サエラムの敬愛する 第九柱 侮蔑のルンナである。
「確か、第九柱だったわね」
アスモデウスから聞いた話だと、黒使団の幹部数名は現在封印されていて、第九柱の幹部にルンナという名前があった筈だ。
やはり狙いは幹部の復活が優先であった。エレナの予想としては、災厄の神の復活は直ぐには出来ない。要領は不明だが神を復活させるのであればそれなりの魔力が必要となる筈だ。その為の死宝の回収だろうが、内一つはアイリが封印している。
となれば、まず優先すべきは戦力増加であって、幹部達の復活が先だろうと予測していた。
「王女様も是非、ルンナ様の“侮蔑”を感じて頂きたい。そうすれば必ず価値観が変わるはず。そう!…………私の様に」
「…………へぇ、でも最後に「狂った」って単語が抜けてるみたいだけど、良いのかしら?」
崇拝する主に対し、最大の敬意を評するサエラム。その姿は正に神を崇める神父のように見えた。
だが、やはりエレナに同情なんて無く、ただその姿を嘲笑い、軽蔑した顔で冷たく言い放つ。
「どういう経緯かは知らないけど、私はどうあっても貴方の意見に賛同しない。此処は私が守るし、死宝も渡さない。ただそれだけよ」
再び銃口を敵へ向ける。
冷たい金属の発射口がサエラムを捉える。が、これまでと同様にしていては何一つ進歩が無い。
サエラムの領域内での攻撃は全てサイコキネシスで止められる。絶対防御と言える……が、エレナは一つの突破口を見つけていた。
「貴方を……仕留めるッ!!」
魔力弾が放たれる。
全部で五発。
どれも同タイミングで放たれ、狙いは真っ直ぐサエラムへと向かう。
しかし先程と同様、サエラムは簡単に魔力弾を消し去る。
既にこのやり取りを何度も繰り返している。
強い。
サエラムは副幹部として申し分ないほどに。それは例え敵であっても認めざるを得ない。
だからこそ、
「……」
ズゥン!
エレナは一時たりとも攻撃の手を緩めない。例え魔力の限界が近付こうとも銃口は常に的を捉え逃がさない。
崩壊した建物の影を上手く利用し、撃っては隠れを繰り返す。
対してサエラムは空中に浮遊したまま動く気配を見せない。
魔力弾による銃撃は効果をなさず、サエラムが指を振るえば無駄に消えていくだけ。故に動く必要は無いのかもしれない。
反撃はせず、ただ無表情に淡々と作業を繰り返しているようにも見える。
一閃、
また一閃と赤い弾線が戦場を舞う。
その光景はまるで花火が空に打ちあがる寸前の現象に似ている。
しかし、止まることのなかったエレナの猛攻は、不意に終わりを迎えた。
「……?」
サエラムに疑問が浮かぶ。
――何故止めた。
サエラムは自身の周囲数メートルの範囲で超能力によるサイコキネシスを発動することが出来る。エレナの戦闘スタイルを考えると確かに相性は良くない方だ。
しかし、だからといってここまで続いた銃撃を止める理由とは一体何なのか。
そしてその答えはエレナ自身が、建物の瓦礫から姿を現して語る。
「ようやく諦められましたか。随分と長い猛攻でしたがどれも全て意味を成さない。貴女の弾丸は私を捉えることなんて絶対にありえないのです」
戦況は常に有利であった。それが覆ることは絶対に有り得ないと自負していたが故に余裕であった。が、こうしてエレナが諦めた様子で姿を現したことでその余裕は確信へと変わったのだ。
…………故に、
……………その余裕故に、気付かない。
サエラムの周囲を赤い粉塵が待っていることに。
「諦める。か……確かに強い。いや、というか厄介ねサイコキネシスなんて。私の弾は全部当たる事なんて無いし、届きもしないのでしょうね」
でも、と続ける。
そしてゆっくりと右手を前に翳し、その先は真っ直ぐにサエラムを。
「でも、だからって諦める気は全く――無いッ!!」
翳した手を握る。それは手中にある何かを握り潰すかの如く。
瞬間、サエラムの余裕の表情が一気に崩れた。
「――これはっ!?」
――実に今更と言うべきか。
周囲に舞っていた粉塵が目にしっかりと視えるまでに濃度を増す。
まるで蛍の光みたいに大きな赤い点を発光させながらサエラムの周りを舞っている。
「…………なるほど。さっきまで撃っていたのはこれですか。私にわざと魔力弾を散らしてさせて周囲に炎の元素を撒き散らしていたと」
「そうよ。魔力弾はただの魔力の塊じゃない。魔法の源である元素を集中的に集めて私の魔力で固めて作っている。だから貴方が消したのは私の魔力の外殻だけで、中にある元素自体は消えていない。流石の超能力者様でも、源である元素に手出しは出来ないでしょう?」
エレナはニヤリと笑った。
赤い光―炎元素は発光したまま動きを止めサエラムを囲い、浮遊したまま。何が起こるのか予測できないためか、サエラムは元素の塊に触れようとせず、また、動こうともしない。
「さて、ではどうしましょう。ちなみに、これに触れるとどうなるのですか?爆発?それとも感電、体が燃えたりするのでしょうか。となると動くのはまずいですね」
「…………」
サエラムは未だ余裕を持っている。
あの一瞬――炎元素を出現させた時は驚いていたが、それもすぐに戻り、何か楽しんでいる様にも見えてしまう。
決めるなら油断しきった今しかない。
そう決め、エレナは再び銃を構えた。
「…………私の身動きが取れなければ銃弾が当たると?そんな簡単に―――」
ドパァンッ!!
銃撃。
爆ぜた音と共に弾丸の一発が放たれた。
「遅いです。それなら先程の方が…………いや、これは」
「貴方の方が遅いわよ!!」
同じように銃弾を消滅させようとしたサエラムの指が止まった。
だが、言う通り気付くのが遅い。
「っ!!!」
刹那、血飛沫が舞う。
それはサエラムの右肩を後ろから貫いた銃弾によって。
「やっぱり」
銃口をゆっくりと下げ、エレナは自身の予想を確信へと変えた。
「貴方、自分が認知している攻撃、物でないと能力が使えないのね」
「…………」
優位に上空権を取っていたサエラムがゆっくりと地上に降り立つ。
エレナの予想。それは、サエラムの能力についてだ。確かに超能力者については未だ解明されていないことが多い。
その中でサイコキネシス等は現象としてしか認知されていない。故にエレナは、サエラムが超能力者であると知り、まずは様子を窺っていたのだった。結果、敵の能力の穴を発見。
簡潔に言うと、サエラムは自分が認識、若しくは視界に入っている物にしかサイコキネシスを使えないという事。
考えてみれば簡単な事だろう。だが、戦闘の中でそれを確信させるにはかなりの労力が必要になった。エレナの魔力が半分以下であるのが良い証拠である。
攻撃パターンは二つに分けて行っていた。
一つはサエラムの視界の中での銃撃。
もう一つは、建物等の遮蔽物からの銃撃。
結果、どの二つもサエラムにかすり傷一つ付けられなかったが、そのおかげで能力の穴を見付けられた。
そう、サエラムは如何なる隙を付いた攻撃を防ぐ時も、必ず目でそれを見ていた。それだけで容易に理解出来た。
「ありがとう。簡単に気付かせてくれて。おかげでやり易くなった、魔法を使うのはあんまり好きじゃないけど、いつまでもポンポンと魔力を擦り減らされるわけにはいかないんだし、ここから本気で行かせてもらう」
「……先程の銃弾はただのフェイク。本命は炎元素からの直接攻撃。ですか。ふふっ、中々に、良く考えていらっしゃる」
ドクドクと血が流れる傷口を抑えながら、サエラムは未だ余裕の笑みを浮かべる。
しかしエレナとて、この程度の奇襲で倒せるほど簡単な相手だとは思っていない。だから、銃口を向け、次は確実に心臓を狙わんとする。
すると、
「ふふふっ、やはり、似てらっしゃる。その目、考え方。まるで、まるで彼を見ている様でしかないですね」
「……?」
不意に、サエラムは笑いだし、エレナの顔をジッと見つめて語り始める。
何故か、エレナにとってそれに恐怖を感じ、悪寒が背筋を駆け巡る。見ると銃を構える腕に鳥肌が立っていた。
「何を……何の、話をしてーーーー」
「おや?分かりませんか?」
激しく動揺したエレナの瞳孔は大きく見開き、心臓の鼓動が早くなる。
当然サエラムはそれを知らない。知らないが、エレナの顔を見れば明白だった。だから、勝ち誇った顔で、澄ました顔で、まるで自身が神にでもなったかのように、
「………貴女の……お兄様のお話ですよ」
ゆっくりと、耳元で囁くように言った。




