3 アリエのピアノ
まだ朝陽が見えない日々が続いた中で、イチは死を待った。待ち、待った。その日々は何よりも残酷な攻囲の戦場で夢が終わりを告げた瞬間だった。その夢は遠かった。
「あら、イチさんですね」
と、声がしたと思い後ろを振り返ると、アリエお嬢様が来ていた。
「アリエさんですね。今日も一緒に演奏しますか? ご主人様もお呼びしますから……」
アリエはピアノを弾き、作曲するから、イチがヴァイオリンを弾いて、一緒に演奏することが多々あった。そしてそれをエドワードが聴いていたこともあった。その哀しい楽は何に例えようにもできなかった。アリエ・ナビエスカはすでに死んでいたからだった。イチが生きている人と死んでいる人の中間だとしたら、アリエ・ナビエスカは死者の書に書かれていた。アリエはこの館より外に出ることができない。「この館の奥に何があるのだろう?」とイチはエドワードに訊いたこともあったが、「死者と黄金の間だよ」と小さくエドワードはつぶやくだけだった。アリエは死後の世界の奥で幽玄の楽を奏でていた。秘密が七色に光り輝き、何もなくなる夢の跡に、アリエは執拗に繰り返されたピアノを弾いて、イチがヴァイオリンを弾いては夢の中、エドワードはどこかへ行ってしまった。
「私を呼んだかい?」
「ご主人様。アリエお嬢様が新しい曲を作曲したとのことです」
「そうか、それはよかった」
そしてアリエはイチに楽譜を渡した。渡した瞬間、イチは精神の闇に生きている感覚をちらほらと覚えていた。




