4話 直感
「…………俺歩いてるよな?」
夏光は進んでも変わらない森を疲れきった顔で見回した。確かに夏光は数10分間歩いた。なのに森から抜けだすどころか、何1つ変わったものが見つからない。ただただ同じ景色が広がるだけだった。
少し歩いたところで、ピタリと止まり、夏光は額をピシャリと叩いた。
「おいおい……。これで4つの分かれ道は何回目だ? ほんと勘弁してくれよ」
地面にどっかりと腰を下ろす。長い間歩いたら普通は疲れるのだが、なぜか夏光は疲れていなかった。確かに精神面ではずっと変わらない景色に参っていた。しかし、特に体力的に疲れたりはしなかった。
「腹減ったな……。さっきこれ拾ったけど、食えんのかな」
夏光がガサゴソとパーカーのポケットを漁って出てきたのは、赤くて丸い果実ーーいわゆるりんごに近いような形の物だった。
「……食えるよな。りんごそっくりだし、大丈夫だろ」
大きく開けた口に果物を入れ、かじる。食感は見た目通りりんごにそっくりで、中身も果汁がたっぷり滴っている黄色だった。口の中全体に砂糖ほどに甘い味が広がる。ちょうど美味しい時期だったのだろうか。スーパーなどで買ったりんごよりも、数倍深みを感じた。
「なんだこれうめぇ! 日本のとは比べ物になんねえぞおい!」
よく噛んで、空っぽの胃袋へ運ぶ。その後、夏光は気に入ったのか、果実を食らいつくように芯まで食べ尽くした。
「はー、美味かったなぁ……。もっと食いたいところだけど、その前に今の状況をどうにかしねえとな……」
周りを見て、はぁ、とため息をつく。4つの道は全て通ったが結果は最初と同じとなった。ならどうすればいいのか。
「……あ、そうか」
何かひらめいたように夏光が立ち上がり、歩き出す。その方向は4つの道のどの方向でもなく、木が茂っていてとても通れないような隙間だった。
「4つの道がダメならその道以外を歩けばいいんだ! さすが俺ってば勘が冴えるなぁ」
と、自慢げに言って夏光は木々の中に入った。
「……暗い。はずなんだけどなんでこんなはっきりと物が見えるんだろ。やっぱり俺、なんかおかしいのか?」
人間は真っ暗の中でずっと過ごしていたらだんだんと周りが見えるようになるが、夏光の場合はそんなレベルでは無かった。まるで暗視ゴーグルでもつけているのかと思ってしまうほど視界が明確だった。
「ってことはラノベとかでお馴染みのアレか!? 転生したら最強の種族に生まれ変わっちゃったー。みたいな!? やっべーどうしよ、俺もしかしてめちゃくちゃ強いとか!?」
夏光は拳を強く握って目を輝かせた。男なら誰でも夢見る理想である。弱い人を襲う悪党をまるでハエを弾くようになぎ倒す、いわゆるヒーローや勇者などだ。
「って、何現実から逃げてんだ俺……。今はとりあえずこの森を抜け出す。それが一刻も早くやらなきゃいけないことだろ」
こんなことをしている内に、夏佳が遠のいたらどうする。また後悔することになってしまうなんて絶対に嫌だろ。
現実に戻り、夏光は自分に言い聞かせて、早歩きで進み続けた。
「……なんか風が冷たくなってきたな」
さっきまでは心地よかった風が、鋭い氷のように冷たく勢いが増していた。
「気味わりぃ……。早く出よう」
早歩きが、走りに変わる。何か嫌な予感がする。ここに長居するのは危ない。夏光は本能からか、そう感じた。
大量の木の道からようやく脱出し、すぐさま周りを確認する。すると、もはや見えないくらいの距離で何かが倒れていた。
「なんだ、あれ」
少しずつ、近づく。だんだんと形が分かってきた。赤く染まっている。そこでなんとなく夏光はそれが何か予想でき、冷や汗を垂らした。
「…………」
無言で構わず忍び寄る。やはり夏光の予想通り。人の死体だった。臓器は雑に食い散らかしたかのようにバラバラにされ、頭が無い。着ている服はボロボロに破けていて、肉が露出していた。
「うっ……」
残酷な死体とその悪臭に思わず夏光は口を抑えうずくまった。最悪の気分だ。
「やっぱりここは危ない……」
逃げるように足を踏み出そうとした時だった。草の影から赤色に光る2つの物体が夏光を捉えた。