潰れた眼球
プロローグ3話目です。まぁ、はい。よめば分かるような内容になっております。
無言でスキンヘッドの男からナイフを奪い、夏佳の目の前まで歩いてしゃがみこむ。その顔は恐怖以外の何でもなかった。
「や、やだ……やだ! 誰か助けて! 誰か!」
夏佳が必死に叫んでも何も起こらない。現実はどこかの物語のように都合が良いわけではない。ヒーローが助けに来るなんてことは絶対に無いのだ。
「へへへ……その表情たまんねえな……今楽にしてやるよっ!」
その声と共に、夏佳の腹にナイフを向け、力任せに突き刺す。ナイフはまるで魂を持ったように彼女の腹を抉り、白いTシャツには赤黒い血がじわじわと広がり、やがて大半を染めた。
「ーーうっ……かはっ」
嫌なうめき声が夏佳の口から漏れる。その顔は辛そうで、痛そうでーー夏光は恐れおののくしかなかった。
「夏佳……夏佳! 夏佳!」
やっとのことで出せた声で彼女の名前を呼ぶと、夏佳はゆっくりと夏光の方を向いた。
「お、兄、ちゃん……かっこよかった、よ」
力の無い笑みを浮かべ、涙を流す夏佳を見て、夏光も涙を流すしか無かった。
「ありが、とう。あり、がとう。」
「夏佳……」
「お兄、ちゃん。おにいーー」
男が腹に入れたナイフを雑に抜いて、今度は胸ーー心臓の辺りに刺した。
「ハッ、妹と墓場が同じで良かったなぁ、お兄ちゃんよぉ」
「夏……佳」
夏佳の表情が一瞬時が止まったかのように止まり、床に倒れる。
夏佳がーー夏佳が、死んだ。
「あああああぁぁぁぁぁぁ!」
ひたすら声を上げて叫ぶ。
いつも何も出来ないのに支えてくれた、本当は疲れて大変だったのにたくさん応援してくれた、俺の大好きな食べ物を作ってくれた、たった1人の頼れた人の夏佳が、目の前で死んだ。まるで見せつけられるかのように。
「夏佳を……夏佳を返せ!」
よろよろと立ち上がり、睨みつけるが、それを屁でもないように嘲笑い、男は夏光の足を蹴り飛ばした。
「だあああああぁああ!」
ーー痛い。痛い。だけど、夏佳はもっと痛かったんだ。腹を刺されて苦しんで死んだんだ。ならせめて、今出来る復讐をーー
怒り、悲しみ、痛み、全ての感情がかかった力を込め、男の足に噛み付いた。
「があああっ! このクソガキ! 離せっ!」
振り払われないようにしがみついたが、噛まれていない方の足で頭を蹴られる。目の前が一瞬真っ白になり、頭にキーンと高い音が響いた。
夏佳ーー俺、頑張ったよ。
「最後まで鬱陶しいガキだな! 死んでも忘れられねえぐらいの痛みを教えてやるよ!」
男がナイフを拾い、夏光に向けた。だがその方向は夏佳の時とは違い、夏光の目を向いていた。男がニヤッと笑う。
「地獄を味わえ!」
夏佳の血だらけのナイフを横に構え、眼球に差し込んだ。一瞬右の視界が半分消えたと思ったら、急に気が狂うような痛みが夏光を襲った。
「ああああああああああああああああああああああああああああああ!」
大量の血がボタボタと垂れるのが片目から見える。
咄嗟に目を抑えた手を男が振り払い、今度は綺麗な左目を狙った。
「やめ……やめーー」
先ほどとは違い、縦に向けて突き刺した。
「うあああぁぁあああああああぁぁああああああああああああああ!」
顔を動かしても何も見えない。ただ分かるのは今すぐ死にたくなるような痛みの感覚だけだ。
「うるせぇ叫び声だな……その喉も潰してやるよ」
数秒の間があった後、息が詰まった。
「ーーかふっ」
息の音が異常になり、身体が自然と倒れ込んだ。
ーー俺は、死ぬのだろうか。夏佳と同じところに行けるのかな。
疲れきった頭で考える。人は死んだらどうなるのだろう。天国に行くのだろうか。それとも地獄に行くのだろうか。
でもそんなことはすぐにどうでもよくなった。意識が、無くなる。死ぬんだ。
後数秒で死ぬと何となく分かった最後に夏光は思った。
ーー夏佳、助けられなくてごめん。
夏光は死んだ。
いかがでしたか。今回は鬱展開ですねー。