緊急事態
「夏佳!」
こんな叫び声は嘘でも出来ない。夏光は一目散にリビングのドアを開けた。
「夏佳! どうしーー」
そこまで言いかけ、目の前の光景を見て声が詰まった。
刺青をした金髪の男が夏佳の口を抑えて黙らせ、動かないように縄で縛っていた。もう1人のスキンヘッドの男は、包丁ほどの大きさのナイフを手に持ち、壁に寄りかかっている。
そこで夏光はようやく理解したのだ。
今、夏佳の命が狙われていると。
「ああぁん? お兄ちゃんが居たのかァ。めんどくせェなぁ……」
スキンヘッドの男がチッ、と舌打ちをした。
「な、何してんだよ! 夏佳を今すぐ離せ!」
「そんなこと言われて離す奴がいるかっつうの。馬鹿かてめェは」
「なぁ、この女ガキだけど意外といい体してるぜ。ロリってそそるなぁ……」
金髪の男が舐めまわすように夏佳の体を触る。夏光はそれが憎たらしくてしょうがなかった。
「お前ロリコンかよ。この男も持ち帰るってならそこの女も持ち帰っていいぜ」
「……お前ってホモだったのか」
「ちげェよ。口封じに決まってんだろ」
「あー、そういうこと」
男達がそんな会話をしている間、夏光はひたすら考えていた。どうすればこの場を切り抜けられるのか。
夏佳は縛られてて逃げることは出来ない。それに加えて男はナイフを持っているし、力の差は比べるまでもない。……どうすればいいんだ。どうすればーー
「じゃあこいつも縛っとくか」
金髪の男が縄を持って夏光に近づく。後ずさりしようにも後ろにはドアがあり、もう下がれない。
「ちょっとおとなしくしとけよ」
クソッ! このままじゃーー
その瞬間、どこからか着信音が鳴り響いた。
「あ、そういえばこの後飲みに行く約束してたんだった。ちょっと電話するわ」
金髪の男が後ろを向いて言った。
ーー今だ!
「うおおおおおおおお!」
金髪の男の頭をめがけ、拳を突きつける。予想だにしなかった攻撃に、男は床に顔から倒れた。
「がはっ!」
不幸中の幸いだ。後はもう1人の男をなんとかしてーー
「おいガキ。動くな」
スキンヘッドの男がドスの効いた声を響かせる。咄嗟に男の方を向くと、夏佳の首にナイフを当てて、ニヤリと笑っていた。
「動いたら妹ちゃん殺すぞ。いいのか?」
「……クソッ!」
考えが浅はかだった。もう1人の男がナイフを持っているのだから、1番危ないことぐらい分かっていたのに。
「よくもやってくれたなぁ、クソガキ!」
金髪の男が立ち上がり、夏光の頬にすかさずパンチを入れる。
「ガハッ!」
倒れ込んだところで体重をかけて夏光の腹を踏む。大の男の全体重がかかっているのだ。臓器か潰れてしまいそうなほどの痛みが夏光を襲った。
「があああぁああああ!」
「お兄ちゃん!」
目を血走らせ、足をバタバタを動かしてもがき苦しむ姿を見て男は嘲笑した。
「ガハハハ! このクソガキが! お前みたいなガキが大人に適うと思ってんじゃねえぞ!」
数十秒ほど踏み続けた後、今度は夏佳を睨んで男が笑った。
「予定変更だ。この女も殺す」