トロンボーン奏者の想像力(妄想力)
4月、吹奏楽部は新入部員をふやすためにも、恒例の
”新1年生歓迎ミニコンサート”を行った。
まあ、他の部活もやっきになって自分の部の宣伝をしている。
俺は、テナーバストロンボーンを吹いてる3年生、秋月 涼。
ミニコンサートのおかげか、1年女子が大挙して入部してきた。20人も。
うちの部には、トランペットにイケメントリオがいる。
いわゆるジャニーズ系の顔に、さわやかな笑顔、ついでにスタイルもいい。
今年の1年女子は、そろって金管、それもトランペット希望の子が
多いのは、この3人にあこがれて入部したのだろう。。
残念ながら、トランペットを希望して、望がかなったのは、3人だけ。
ペットを希望してた子は、14人いたから、他の11人は違う楽器にまわった。
ところで、わがトロンボーンパートは バス、テナー、アルトと3人の
僕を含めた”非モテ系”男子の下に、3人の1年の女子がはいった。
バストロンボーンの女子は、最初から”バストロンボーン”希望の1年だ。
吹奏楽の経験がないのに。ちょっと不思議とは思ったけど。
その不思議女子は、痩せていてるけどやたら元気で活発。練習も熱心だ。
他の女子二人は、最初こそ真面目にやっていたけれど、
だんだん、不真面目な態度が目につくようになった。
5月のGWには、練習に遅れてきたり、休みがちになったり・・
もう一人の1年女子、水瀬 由紀だけは、違っていた。
バスの先輩、3年の黒田に熱心に教わってたり、時々、自分で質問してたり・・
黒田のやつ、、時々、実際に手をそえてポジションを教えてる。
あーあ。あのボーっとした黒田は気がつかないんだな。
水瀬が、顔を赤くして、ちょっと嬉しそうな顔してるのを。
俺の教え方に問題があるのかな・・易しく優しく教えてるつもりなんだけど
僕の教えてる1年女子、鈴川は、覚える以前にヤル気が感じられないんだな。
「もしかして、俺の指導してる1年の海野、やめるかも」
そうアルトの稲田がこぼしてるのを聞いて、僕は内心ホっとした。
俺の指導法は、それほど問題じゃなかったかも
だいたい、1年女子の半分は、最初からイケメン3人に
つられて入っただけかもしれない。
”なんかかったるい
”部活、面倒だよ、楽器は重いし、わけわかめだし”
”先輩は優しいけどね・・・今いち残念?ってとこ”
”でも、水瀬は真面目に練習してんじゃん。もしかして、黒田先輩狙い?”
”ないないない、それなら、秋月先輩のほうが、ずっといい。優しいし
まあ、ちょっと背の低めなのは残念だけど”
・・聞いてしまった、サボリ中の海野と鈴川だ。黒田よりかは、ランクが
上なのは、ちょっと嬉しい。
水瀬もさすがに、黒田狙いってのは、ないだろう。
黒田は、ホームベースのような四角い顔に、細い目、黒縁のメガネ。短足。
太ってはいないけど、ガッチリした肩幅のわりに、身長がそれほどでない。
水瀬、疑って悪かった。水瀬はバストロンボーンが好きなんだな。
あんな重い楽器でも、派手な旋律がなくても、その音が好きで入部したんだな。
水瀬はどんどん、上達していった。毎日コツコツ練習。
それ以上の上達方法ってないよな。
6月も中ごろになってから、さぼりがちだった海野も、なぜか、熱心に練習をしだした。
稲田のやつ、どんな策を使ったんだ?
「いや、一言言っただけ。”トランペットの3人は、耳がいいから、ヘンな音
出したら、一発でわかるぞ。”ってさ。」
その手があったか。
話しは鈴川に伝わり、彼女も一生懸命練習をするようになった。しめしめ。
トロンボーンパートがまとまるといい。
で、6人でいいハーモニーを出すんだ。・・・ま、現実は程遠い。
1年の初心者が練習しても 簡単に上達できるもんじゃないんだ。
コンクールにむけ、部がまとまりだしたとき、いろいろカップルの
噂が聞こえてきた。▽▽さんと、指導してる先輩が恋人同士だの。
別れたの・・三角関係になったのだのの類の噂だ・・
もっと皆、まじめに音楽に集中しないとだめだろ?
でも、GFが出来るなんて、ちょっとうらやましい
7月になると、黒田と水瀬が付き合ってるって
話しが飛び込んできた。まじか?俺、黒田に負けたのか?あの細目に・・
黒田を問い詰めると、顔を赤くして”いえ、その告白されて・・”
・・・告白されたのか。
この事は、吹奏楽部中ひろまって、他の”非モテ系”男子に 希望を与えた。
いろいろ考えながら、歩いていたら、黒田と水瀬と黒田の父親と思える男性が
3人で こっちに歩いてくる。とっさに隠れようとしたけど、
無理だった。 もう、家族公認なんだ・・
「秋月先輩。こんにちは」
水瀬は、バツが悪いとかないのか・・
「先輩、紹介します。私の父です。」え?黒田でなく水瀬の父親?
「どうも 水瀬哲夫といいます。娘がお世話になってます」
いえいえそれほどでも。。と俺は、どぎまぎしてその場を逃げ出した。
黒田でなく、水瀬の父親? 顔はメガネがないだけで黒田とそっくりだったぞ。
体格も歩き方も雰囲気も、ついでに声も。あ、そうか。黒田父と水瀬父が兄弟とか。
でも、それなら、黒田なら「従妹です」って紹介するタイプだよな・・
もしかして、水瀬と黒田は 生き別れた兄妹とか??そうだ、間違いない。
水瀬父、他人にしては黒田に似すぎだし。
次の日、俺は部活でパート練習中、故意に黒田と水瀬から目をそらした。
生き別れの兄妹が部活で師弟愛なんて、可哀想なんだか、よかったね、なんだか
よくわけわからん。なんて言ったらいいのかもわからない。
「あの・・秋月。お前、何か、態度がおかしいけど、激しく誤解してない?
水瀬のお父さんは、偶然、会っただけだから」
「だって、お前、水瀬がお前の妹だったんだろう?まるでTVドラマみたいじゃないか?
生き別れの妹と高校で再会なんて・・」
黒田は、はあ?と 言って首を突き出した。
「秋月、なんの話だ?お前、少し早とちりの上、妄想しすぎだ。俺と水瀬の父さんとは、
まったくの赤の他人。これっぽっちの血のつながりもないぞ」
そういうと、又、練習に戻っていった。
(黒田、水瀬は重度のファザコンだ)
って言いたいのを、我慢して、勝手に妄想を暴走させた自分を笑ってごまかした。
でも、あれだけ似てれば、誰でもそう思うと・・まあいいか。