猛者の剣と無敵の剣
土岐はノートを開いてプレゼントを渡す人の名前を確認していく。
嶋田先生、松吉さん、お香代さん、松本先生、沖田さん、栄太、田辺さん、高階さん。
ーーー栄太、田辺さん、高階さんはきっと京都にはいないだろうし、居場所が分からないから直ぐには渡せないだろう。松本先生は居場所も特定できるから送るのも可能として、他5人は大丈夫かな。
今回、全部で10本のスヌードをオーダーした。自分が良いなと思った色でオーダーしたら結構渋いカラーリングになってしまった。
その中の一本、サーモンピンクはお香代さん。ダークグリーンは嶋田先生、藍は松吉さん、松本先生は黄土色、沖田さんはアッシュブラウン。田辺さんは山吹色、高階さんはシトロングリーン。栄太はアクアグレー。全て、いや松吉さん以外は「それっぽい色」と言うだけで、ぶっちゃけ今の時代の色の名前は分からない。
他2本は自分と同じ、渋い色目の橙色ともう一本はダークグレー。誰か他にあげる事になるかもしれないから予備ということで。
思えばここに来て、プレゼントをあげようと思える人が増えるとは一年前には考えられなかった。本当に有り難い事だ。
土岐は個別に小さい風呂敷に白檀の文香を置いてそれぞれスヌードを包み、そこに和紙に名前を書いたタグを結んで行く。
全てを包み終わり、壁に掛けてある自作のカレンダーを確認した。
嶋田先生とお香代さん、松吉さんは25日に渡すとして、沖田さんはその前に渡しに行こう。
今日は旧暦で1863(文久3)年12月15日。グレゴリオ暦では1864年1月23日土曜日。2日前の13日が大寒だったから、そりゃ寒い訳だ。
何気なくカレンダーをめくって行くと、1864年6月5日(1864年7月8日)の×印が目に入る。この日は金曜日、仏滅。先の世では仕事帰りにビアガーデンに寄って冷たいビールでも飲んだらきっと美味しいと思えるような、今と間逆で暑い日になるだろう。前日の4日は小暑だ。
「はぁーー。」
思わずため息が漏れて、白い息も漏れた。
先の事を心配しても仕方ないとは分かってる。
もういっそ、古高さんが新選組に捕まる前に拉致っちゃえば良いんじゃない?と言う物騒な考えも浮かぶけれど、私にはきっと攘夷志士であろう人を拉致できる腕前もない。
そもそもが拉致って考える事自体、栄太達テロ集団と変わらないじゃないか。
栄太、頼むからやめてよ。
「これ、カレンダーに×書くの早過ぎたかなー。」
土岐はカレンダーを見ながらポツリと呟いた。
土岐は江戸にいる松本良順宛てに手紙を添えてスヌードを送る事に決め、御用飛脚に「幕府御典医頭取助、松本良順先生宛ての大切な書状と荷である」と、かなり無理を言ってしぶしぶ了承してもらった。
ゴリ押しが通ったのも土岐の名前がそれなりに医師として有名になっていたのと、御用飛脚頭が土岐の患者であり松本と土岐の仲を知っていたからだったりする。
普通は御用飛脚にゴリ押しは不可能だし絶対にNGだ。下手をすると幕府を愚弄するのか、と言う展開にもなりかねないし、飛脚頭が罰せられるかもしれない。
もちろん、土岐はそんなリスクを考えてはいなかったし、他に荷物があるなら一緒に持って行ってもらったら好都合くらいにしか考えていなかった。
土岐がそれを知るのは松本から御礼の手紙が届いてからであり、土岐は慌てて飛脚頭に謝罪に行く事になる。その際土岐がその飛脚頭に自分のスヌードと同じ色目のスヌードを贈り、飛脚頭が土岐とお揃いのスヌードを好んで身に着けていたと言うのはまた別の話だ。
新選組の壬生の屯所で2人の男が向かい合っている。
2人は八木邸の道場の前に立って話しをしていた。
「くりすます、ぷれぜんと、ですか?」
沖田は土岐が言った言葉を復唱する。
「そう。西洋の神様のお祝いなんだが、日頃お世話になっている人や家族、大切な友や恋人に贈り物をするんだ。今の季節は寒いし、使ってもらえると有り難い。」
そう言って土岐は沖田に手渡しでスヌードが入っている風呂敷包みを渡した。
「あの、私は先生に何も用意をしておりませんし。」
沖田が戸惑う様に土岐を見ながら珍しく遠慮するように言う。
「ああ、そう言うのじゃないから。ちょっとかしてくれ。」
土岐は沖田の手から風呂敷包みを奪うと自ら包みを開け、スヌードを取り出して戸惑う沖田の首に被せると、二重になるように首に巻き付けた。
ヒラリと文香が地面に落ちて、沖田の鼻孔にはスヌードに移った文香の白檀の香りが届く。
「うん。落ち着いた色だからどうかと思ったが、沖田さんに似合うね。それに私のよりも銀糸の刺繍が映える。ぱっと見で直ぐに分かるな。」
土岐が刺繍部分に軽く触れると、沖田がその部位に視線を落とす。
「これ、先生の家の?」
「そう、うちの家紋。沖田さんのところの物ではないが、まぁ、私からのプレゼントと言う事で。別に他家の紋でもおかしくはないだろう?」
「はい。ありがとう、ございます。大切に、使います。」
沖田は刺繍部分に触れると、途切れ途切れに礼を言った。
「沖田さん?」
いつもと少し様子の違う沖田に土岐は不思議そうに声をかけた。
「いや、実は。このように他人からぷれぜんと、なる物を貰ったのは初めてで、いささか照れくさく・・・。」
どうやら沖田は照れているらしい。
いつもの沖田と違い、その姿は可愛らしく思える。
そんな沖田の反応に、思わず土岐のイタズラ心が頭をもたげる。
「沖田さん、そのスヌード、私の里ではそれを送る行為の裏に意味があるんだ。」
「すぬうどの意味、ですか?」
「ああ。それは誰かれ構わず贈るのは憚られる物だ。時には誤解を招くからな。」
「誤解?」
沖田が不思議そうに土岐を見る。
「首に巻くものをプレゼントする意味は、あなたに首ったけ、って事だ。」
「は?」
沖田がよく理解出来ないと言うような声を出す。
「つまり」
そう言った土岐はおもむろに沖田の両手を握ると不敵な笑みを一瞬浮かべた。
「あなたの事を、私は心からお慕い申し上げております。どうか、どうか私と一緒になってください!」
真面目な顔をして一息に言い切った。
「は?なっ!?土岐先生?!」
途端に沖田が顔を真っ赤にして周囲を見回す。
少し離れたところでは、こちらを見ていた隊士達がポカンとした表情で固まっている。
「・・・って言う意味があるらしい。理解したか?」
可笑しそうに言う土岐に、沖田は大きなため息を1つつくと土岐の手を振りほどき、スッと右手を刀の柄にかけながら腰を低く落とした。
「土岐先生。お覚悟、よろしいか?」
低い声が発せられがその顔は未だに赤い。
「いや、無理無理。覚悟なんて私には出来ないから。」
そう言いながら両手を上げて苦笑を浮かべた土岐は、沖田から間合いを取るように後に飛ぶ。
冗談とは言え、沖田さんが刀の柄に手をかけるのは心臓に悪い。
それに伝える事を伝えねば。
土岐はふと真面目な表情をして、赤い顔をしたままの沖田の目を見つめた。
「沖田さん。いや、総司。いつも私に付き合ってくれてありがとう。」
土岐は姿勢を正すとゆっくりと頭を下げた。
沖田が驚いたように土岐を見ている。
「あなたは弟のような友のような、そんな存在だ。風邪を引かぬよう寒い内はそのスヌード、しっかり使ってくれ。結構暖かいぞ。」
その言葉に沖田は何とも言えないような顔をした。
「では、周囲も何事かと興味を引かれておるようだし、用も終わったので私は帰るよ。」
何事も無かったかのように言う土岐に、固まっていた沖田が我に返ったように動きだす。
「っ、あなたは!何時もそうだ。時に一方的で、本当に姉さんの様に私をからかって楽しんでおる!」
そう言った沖田が動き出そうとした土岐の腕を掴む。
地味に強く握られた腕が痛い。
「この間、あなたが男にいちゃもんを付けられたと聞きました。何でも、どこぞの侍がその場をおさめたとか。」
その沖田の言葉にビクリとする。
どこぞの侍は栄太だ。
それにこの流れ、嫌な予感しかしない。
「だからかねてより、少しでも武芸を身に付けてくださいと言っておるのです。あなたは、私の弱点にもなる得ると以前申したはず。」
沖田さんの心配そうな声音から、本当に心配してくれたのだと伝わってくる。
ちょっとくすぐったい様な感覚だ。
「心配をかけてすまない。それから、ありがとう。」
そう言った土岐をうろん気に見つめていた沖田は、思わず天を仰いだ。
「あーー、もう。何であなたみたいに弱い男が居るのでしょう?私の周囲には今まで居ませんでしたよ?まぁ、あなたの様な人が何人もいたらこちらの身が持ちませんが。」
「取り込み中悪いが、沖田さん。土方さんが呼んでる。」
不意に静かな声が割って入り、土岐も沖田もそちらを見た。
土岐はその男の足音も気配も全く感じなかった。
スラリとした身長に、ほどよく筋肉が付いた上半身。
くっきりとした二重まぶたに薄く引き結ばれた口元。形の良い眉にスッと通った鼻筋。十中八九、誰が見ても女子にモテそうな美丈夫だ。
だけど私は彼の目が得意じゃない。
それは何人もの人間を葬ってきたからだろうか。
この人は、新選組の汚れ仕事を任されていたとされている。
誰に聞いても剣の腕は恐ろしく強く、ただただ無口な男であったと。
また、会津藩主の松平容保公に忠義を尽くした人だとも聞いている。新選組の内情報告も、きっと定期的に会津藩に上げているのだろう。そう言った意味では、ある意味新選組内部の会津藩のスパイとも言える。会津藩お預かりとなったのだから、誰かが新選組の内情を会津藩に報告しなければ預かる方も把握しきれず不安になるというものだろう。
左利きだと言われているけれど、当然だが腰の物は左差し。
深い藍色の着物に縦の黒のストライプの入ったグレーの袴。
似合っていて素直にカッコいいと思う。
「ああ、斎藤さん。直ぐに行きます。」
沖田の声と共に、土岐は斎藤に向かって頭を下げた。
「お見かけした事はあるが、対面するのは初めてだと思う。花屋町通り医院の土岐です。」
「ああ、あなたの事は存じておる。斎藤一と申す。」
そう言うと斎藤は土岐に頭を下げた。
「2人とも、固いですよ。お2人を知っておる身としては変な感じだ。」
沖田が2人を見ながら感想を述べる。
「いや、初めて言葉を交わす折はこんなものだろう?大体あなたがおかしいんだ。初対面で普通、甘味を食べに行きましょう、なんて言うと思うか?怪しい人物だと警戒されるのがオチだろう?ねぇ、斎藤さん。」
同意を求めた土岐に、斎藤は固かった表情をふと緩めると頷いて沖田を見た。
へぇ、この人はこんな顔もするんだ。
そう言う表情をしていれば年相応に見える。
「それはそうと、斎藤さんからも土岐先生に言ってください。自分の身を守るくらいの腕は必要だと。」
いやいや、新選組ワンツーくらい強いコンビに言われても。
「それが出来れば苦労はしない。でも、私は全くダメなんだよ、そっち方面は。」
土岐が諦めた様に沖田に言う。
「剣を習った事はおありか?」
静かな声を紡ぎながらも斎藤の視線が土岐の左腰の小太刀に向く。
「いや、竹刀を持った事もなければ、この小太刀を抜いた事もない。」
「では、体術は?」
斎藤の質問に土岐は静かに首を振る。
「では、土岐先生の得意なものは?」
「最近では縫合を。松本良順先生にもお墨付きをいただいた。」
「なるほど。」
武術とは全く関係ないことを答えた土岐に、斎藤は納得した様に頷いた。
「斎藤さん、それじゃあただ聞いただけではないですか。」
沖田が斎藤に突っ込みを入れる。
「総司、早く土方さんのところへ行け。」
そんな沖田に冷静な目を向けると、斎藤はこちらに来た目的を再度伝える。
沖田は深いため息をつくとスヌードを入れていた風呂敷を懐にしまい、スヌードの家紋部分に軽く触れた。
「土岐先生には言いたい事がいくつかありますが、また今度に。・・・これ、ありがとうございました。」
そう言って僅かに微笑み踵を返すと建物の中へと入って行った。
そんな沖田を斎藤と土岐の2人が何とはなしに見送った。
で。
何で斎藤さんは動かないでそこでこっちを見てるの?
私は医院に帰りたいけど、もうそろそろ帰って良いかな?
ここでの用事、終わりましたけど。
あなたのその目で見られたら、チキンな私は動けません。
永倉新八が沖田総司と斎藤一を評して使った言葉ですが、本当、剣は関係ないタイトルですいません。




