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花屋町通り医院  作者: Louis
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A gift shopping

チラチラと雪が降り、吹く風に流される様に舞う。

時折雲間から差し込む日の光を浴びて、キラキラ光ってとてもきれいだ。


グレゴリオ暦ではとっくに新年を迎えているから、この染み入る様な寒さも当然と言えば当然か。グレゴリオ暦のクリスマスも日々の忙しさに紛れて忘却し、気付いたのはクリスマスが過ぎて3日経ってからだった。昨年は毎日を過ごすだけで精一杯で、季節のイベントに気を配るなんて事はできなかった。そう言った意味では忘れていたとはいえ、こうしてクリスマスを思い出すくらいには心に余裕が出来たんだろう。


土岐は河原町通り近くの寺町と御幸町の間にある松原通りを目指していた。

この辺りには、小さいながらも呉服店が立ち並ぶ。

その中にあって、存在感の大きな呉服店。

創業当時は伏見で古着屋と両替商を営んでいたんだとか。それが現在では大坂、江戸、名古屋にも店を構える大店(おおだな)だ。初代は豊臣方についていた元武士で、大阪夏の陣以降に商人になったらしい。

天保8年にあった大塩平八郎の乱では他の豪商・富豪が焼き討ちにあう中、この店は「義商にて犯すなかれ」との触れがあり焼き討ちを免れた。

この店の経営トップは江戸中期にあって「先義後利」を経営理念に掲げたのだから素晴らしい。

藍色に白字で丸に大の文字の暖簾は遠目でも目立つ。

そう言えば、平成時代にたまに東京駅まで行くと、ついついこの店に寄ったものだ。

ここには土岐が好きだったショップが数件入っていた。


土岐はその暖簾をくぐると、店の中を見回した。


「あれ、土岐せんせ。おいでやす。お早い起こしどしたな。」

顔見知りの番頭が土岐を見つけて笑顔を向けた。

身長は土岐よりやや低く、中肉中背と言った人懐っこそうな顏をしている30代半ばの男性だ。小綺麗なグレーのアンサンブルを着て、土岐の中では若旦那のイメージそのままだった。

同世代なのも何気に親しみが湧く。


「ああ、三郎兵衛さん。ご無沙汰しておる。診療が早く終わったもので、早々に参りました。」

土岐は声をかけて来た番頭に嬉しそうに話しかけた。


「ああ、そのすぬうど、よう映ってはりますえ。今日お召しのお着物にもよう似合うてはります。」


「さすが三郎兵衛さん、言う事がお上手だね。このスヌード、本当に重宝してますよ。絹の縮緬は暖かいし、伸縮性があって使いやすい。こちらにお願いして本当によかった。」


「そりゃ、よろしおす。あてらも注文もろて作った身としてはその言葉が一番有り難いことどす。」


「・・・で、頼んでいたスヌードは全て揃っているだろうか?」

「へぇ、全て出来上がっておます。ちょっと持って来ますよって、検分していただけますやろか?」

その番頭の言葉に、土岐は嬉しそうに頷いた。


「もちろん。」

「ほな、ちぃと待っとってください。」


三郎兵衛は土岐にそう告げると、店の奥へと入って行った。

土岐が周囲を見渡せば、店内は着物を求めに来たであろう若い女性客や武士などで賑わっている。さながら百貨店の洋服売り場に買い物に来た人達のようだ。



なんの事はない。

土岐は日頃お世話になっている人達に贈り物と言う名のクリスマスプレゼントを渡そうと考えていた。そのプレゼントに選んだのが土岐が日頃愛用しているのと同じ作りのスヌードであり、色違いの布にそれぞれ桔梗紋をさりげなく刺繍して貰うようにオーダーしていた。人にあげるのに自分の家の家紋を入れるのはどうかとも思ったけれど、ここではそれもアリらしい。


土岐が番台前の上がり框に腰掛けて待っていると、三郎兵衛が乱れ箱を持って戻って来た。乱れ箱の上には違った色の縮緬が丁寧に折りたたんで乗せられていた。


「こちらは全て、丹後縮緬を使うておます。表地と裏地の色は同じものを、全てのすぬうどに銀糸で桔梗紋を入れました。」

三郎兵衛が乱れ箱からスヌードを1つ手に取ると、それを土岐に渡した。

土岐は気をつけてそれを受け取ると、ゆっくりと広げて刺繍を確認した。

そこには桔梗紋を縁取る様に、さりげない感じで銀糸の刺繍がほどこされていた。

家紋はそこまで目立つ事なくすごくお上品に仕上がっている。


「この刺繍、素敵だな。とても繊細でさり気ない。それに縮緬の質感も縫製も素晴らしい。」

手放しに褒めた土岐に、三郎兵衛はニヤリとした笑顔を向ける。


「土岐先生好みで粋どすやろ?それにこのすぬうど、よう動いても首から外れる事はあれへん。・・・土岐せんせ、このすぬうど、あてらの店で売らしてもろても良えやろか?」


三郎兵衛の言葉に、思わず土岐は三郎兵衛を凝視した。

良いのだろうか?スヌードと言う名前を使っても。

いや、今更だけれど。

スヌードって確か、スコットランドの未婚女性が元々付けてた網状のヘアバンドだった気がする。きっと、今現在のスコットランド女性も使ってるはず。


そう考えた土岐は一瞬戸惑う様に無言になった。


「もちろん、せんせには謝礼はしますよって。なんやったら、今回の注文分はお台無し、更にいくらか上乗せして支払うてもええ。」


土岐の沈黙をどう受け取ったのか、三郎兵衛はどうしてもスヌードを売る許可が欲しいようだ。それ程売れる見込みがあるのだろうか。


「いやいや、三郎兵衛さん。そんな事したら私からのプレゼント、贈り物にならないし、何より対価を支払わねば作って頂いた方に申し訳ない。それに、スヌードはこちらで売って頂いて構わない。」

そもそも私だって勝手に誰かのアイデアを使ってるんだ。


商品を取りに来た手代に持っていたスヌードを渡すと手代はそれを乱れ箱に戻す。

「今、風呂敷に入れて参ります。」

そう言うと乱れ箱を持って奧へと消えて行った。


そんな手代を見送った土岐が思い付いた様に付け足す。


「ただ、もし。スヌードの案を買ってくれると言うのなら、有り難くその分のお代はいただこう。

だが今ではなく、今後、援助が必要な際はそのお代をもって助けていただけたら有り難い。」

今は有り難い事にお金に困る事はない。だが今後の動乱時に何があるかはわからない。

金銭援助は少額とは言え、いくらあっても有り難いものだ。それにここのお店は間違いなく平成時代まで存続しているのだから。


「あてらぁとしては、利が出た分の正統なお代はせんせに受け取って欲しいと思うとります。その方が商いすんのに憂いがおまへん。ほな、せんせの良ぇようにしまひょ。」


「ありがとう、三郎兵衛さん。」

土岐が頭を下げれば、三郎兵衛は温厚そうな笑みを浮かべた。


「なんの。こちらこそ、儲けさせてもらいますよって。」

そう言って帳面と携帯用の筆筒を取り出した三郎兵衛は、そこに何やら書き付けると土岐へとその紙を破って渡した。


「せんせがその紙を持って来てくれはったら、お代をお渡しする様にいたします。万が一無くされてもこちらで分かるようにしときます。」

手渡された紙には丸に大の字の紋と三郎兵衛の名前、用件が記されていた。


「かたじけない。」


「いえいえ。またこちらをご贔屓に、よろしゅう頼みます。」

「ああ、また何か要り用があれば三郎兵衛さんに頼みます。」


土岐と三郎兵衛が話しをしている間に乱れ箱の中のスヌードを全て風呂敷に包んだ手代が土岐に商品を持って来た。


「せんせ、こちらをどうぞ。」

「ありがとう。」

笑顔で礼を言えば、手代は驚いたような顔をした。


「ん?何か?」

「ああ、いえ。何でもありまへん。」

手代は焦ったようにそう言うと、お辞儀をして2人の前を辞した。


土岐が不思議そうに首を傾けると、三郎兵衛がおかしそうにしながら口を開いた。


「普通、お武家はんは手代に礼を言うことはおまへん。」


「いや、そもそも私は武士では」

「そうやとしても。腰の小太刀に立ち居振る舞い。それに花屋町医院の若先生や。」


それが何か?という表情をした土岐に、ついに三郎兵衛がおかしそうに笑い声をあげた。


「そこ、笑うところです?」

土岐は怪訝な顔をして三郎兵衛を見た。


「いや、えろうすんまへん。」

何とか笑いをおさめた三郎兵衛はそれでもおかしそうに土岐に謝罪した。


「せんせは今のせんせのままで居てください。」

「はぁ。」

何となく納得が行っていない土岐に、三郎兵衛は嬉しそうに頷いた。


土岐はいまいち理解をしていないが、まだまだ身分制度がはっきりとしているこの時代、武士やそれに準ずる身分の者の中には偉そうな態度を取る者も少なくなかった。

周囲から見た土岐は医者であるのは言わずもがなだが、武士階級なんだろうな、くらいに認識されていた。本人は「武士ではない」とあちこちで言ってはいても、何か理由があってそう言っていると思われている。

もちろん土岐はそんな周囲の認識は知らないけれど。


「それでは、こちらが言われていたお代です。ちょうど入っておるので、確認してください。」

土岐が巾着に入れた代金を三郎兵衛に渡すと、三郎兵衛はそれを受け取った。


「へぇ、ほな確かに頂戴します。」

「それでは三郎兵衛さん、私はこれで失礼する。」

土岐は軽く頭を下げると、三郎兵衛もきっちりと頭を下げた。


そのまま三郎兵衛は土岐を見送りに店の前まで出ると土岐の目を真っ直ぐに見た。

「せんせ、おおきに。」


そう言った三郎兵衛に土岐は微笑むと片手を上げる。


「ああ。三郎兵衛さん、またな。」

そう言って踵を返した土岐は松原通りを西へ向かって歩いて行った。


「土岐せんせに近くでお会いしたんは初めてやったけど、なんや人好きのするお人どしたなぁ。お武家はんに面と向かって礼を言われたんは初めてどした。」

先ほどの手代が嬉しそうに三郎兵衛に話しかける。

土岐が居たら全力で否定しただろうけれど、手代からはしっかり武士だと思われている。


「せやな。あのお人は身分に頓着せん貴重なお人や。」

三郎兵衛は先ほどの土岐を思い出して口元を緩ませた。


この店からスヌードが発売され、京の街で人気を博すのは新年明けて節分が過ぎた直ぐの事である。

歴史のあるお店です。

新選組の隊服もここのお店で揃えられました。

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