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花屋町通り医院  作者: Louis
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閑話:医者の不養生

このお話は読まなくても本編には影響ありません。

ちょろっと平成/幕末な話です。

「医者の不養生」なんて言葉は実はよく聞かれる言葉だ。それは幕末だろうが平成だろうが変わらない気がする。

何故かというと、とにかく忙しいから。自分の体調を構っていられないほどに毎日が飛ぶように過ぎていく。

何でそんな事が分かるんだと言われれば、私の周囲には医者をしている人間が多い。

私の友人は外科で、担当患者が急変すれば駆けつけられる場所に居れば必ず連絡がくる。それが食事中だろうが寝ていようが関係ない。


以前、友人たちと銀座のイタリアンで食事をした事があった。銀座の大通りに面したビルの上にあり、ちょっとした銀座の夜景が見える素敵なレストランだった。

私たちはゆっくりと食事をしながら会話に花を咲かせていたのだけれど、不意に友人一人の携帯が鳴った。

病院から持たされているPHSで、何か緊急事態が起きれば連絡がくるようになっている。

私たちはイタリアンにいたし、それなりにワインも飲んでいた。電話を受けた友人の顔も既に赤くなっている。

「どうだったの?」

と私が聞けば、彼はため息をつきながらも私をチラッと見てから隣の友人に目を向けた。

「担当患者が具合悪いらしいから、俺、ちょっと大学行くわ。悪いけど、あとは二人で食事楽しんで。」

そんな赤い顔をして本当に大丈夫なのかと思いつつ友人を見ていれば、既にその表情は仕事モードになっていた。

私と親友が「気をつけてね」と声をかけると、片手を上げて急ぎ足で店の出口へと向かう友人の姿があった。


「しかし、相変わらず大変だね。」

目の前の親友にそういえば、彼女はワイングラスを持ちながら苦笑した。

「仕方ないよ、それが仕事だしね。私も今病棟で受け持ってる心配な患者さんがいるから、ここ数日いつ呼びだされるかと思ってるとこ。」


諦めたようにそう言えば、彼女はマジマジと私の顔をみた。

「それにしても、あんたは良いよね〜。」

「え、何で?」

「だって、訴えられるリスクも私達と比べたら少ないだろうし、夜勤もないし、それに何より患者さんから『ありがとうございました』って言われることが多いでしょ?」

「そりゃまぁ、ありがとうございました、と言われる事はあるけど、どうなんだろう。私達の場合、日本では法制化されていないから色々と制限があって悔しい事もあるよ?認知度だって低いし、『ああ、バキバキするんでしょ?』とか言われたり・・・。」

私はそう言って思わず顔をしかめた。

「・・・だから、前から医師免許取ればいいって言ってるじゃん。」


「いやいや、簡単に言わないでよ。今から医学部受験してうまく3年に編入できたとして、研修医が終わるまで6年でしょ?そこから専門分野へ行って一人前になるのに10年はかかるよ?それに、別に医者になりたいんじゃなくて、私はカイロプラクターでいたいの。そりゃ、医師免許持ったカイロプラクターは魅力的だけどさ。」


「ま、それもそうか。あんたはそのままが良いのかもね。」

そういうと彼女は大きなため息をついた。


「うちらなんか、良かれと思ってやった事が逆に患者を怒らせたり、さっきまで元気に夕食作っていたっていう救急で運ばれてきた患者が急変して死亡して訴えられそうになったり。・・・その人自身がリスクの高い疾患を持っていて本人も家族も気付かずだったんだけどさ。」

「何だったの?」

「マルファン症候群。」

「あー・・・。それはまた・・・。」

「手の打ちようが無いって事だってたくさんあるし、うちらなんて、薬や整備された施設がなかったら本当、無力だわ。」

「いやいや、そんな事」

「あるよ。」

私の話を遮ってそう言った親友の顔は、どこか自嘲するような表情をしていた。

彼女との付き合いは長いし、基本的に何でも話す。

それでも、彼女の仕事に関する事はもちろん知らない。

それなりに長い事医者をしていれば、思うところはきっと沢山あるんだろうと思い、私は思わず口をつぐんだ。


そんな彼女は体力があるように見えて、一旦風邪をひくとよくこじらせていた。

こうなると長い。

以前は病院で薬を自分で処方して持ってきたり、点滴も持ってきて自宅でハンガーにかけて点滴をしたりしていた。もちろん、ここ最近は管理がしっかりと行われているため、持ち出しなんかできない。

さすがに身体がキツくなると連絡が来て、私が彼女の家に行ってご飯を作ったり氷枕を作ったりと手伝ったものだ。

困った時はお互い様。

こういうのを持つべきものは友って言うのだろうか。

とてもアナログたど思いつつも、氷水の中にタオルを浸してそれを絞り、額に当ててやる。

「やっぱりこれが一番気持ちいいよね。今は色々と市販品が出てるけどさ、直ぐ暖かくなっちゃうのが難点だけど、これが一番良いわ。」

ベッドに入りながらそう言う彼女の赤くなった顔を見つめる。


「・・・そろそろ帰らないといけないんじゃない?」

「まぁ、こういう時って心細いって言うし、あんたが寝付くまでここにいるわ。」

「そ、か・・・。ありがと。」

「いいから。とりあえず、ゆっくりと休みな。」

そう言って友人を介抱したのはいつの事だったか。


「確かに、これはアナログだけど、気持ちいいわ。」

土岐はベッドに仰向けになりながらもポツリと呟いた。

以前友人が風邪を引いた時に言っていた言葉が思い出される。


「まったく。若せんせは無理をし過ぎです。もう少しご自身の身体をいたわらんと。」

そのお香代の言葉に土岐は思わずクスッと笑った。


「なんですの?」

「いや、看病する人の言う事って、今も昔も変わらないな〜と思ったらおかしくて。・・・きっと、私の友達、友も同じように思っていたのかなと思ってね。」


「土岐せんせの友、ですか?」

「そ。私の、蘭方医をしていた友が風邪をこじらせた時、いまお香代さんが私に言ったのと同じ事をその友に言ったんだよ。」


土岐がお香代を見れば、お香代は話の先を待っているように見て取れた。


「いや、自分を心配してくれる人が近くにいるのは、とても心強いし有り難いなと思って。」

頭がぼーっとして身体の火照りで怠さも感じる。

残念ながら、ここには特効薬はないので自分の体力で回復するしかない。

ただ実際、平成にいた頃のように近所の内科の「とりあえず抗生物質を出しておきます」という、飲みに行った時の「とりあえず、ビール」みたいな言葉が嫌いだった土岐は、平成にいた頃から極力頓服薬しか飲まなかった。ウイルス性◯◯と診断されたのに、なんで抗生物質を出すんだ?というのが土岐の言い分だった。抗生物質は細菌や真菌には効果はあれど、ウイルスには全く効果がない。その抗生物質をポンポン処方し、中途半端に服用した患者が多いから耐性菌が増えていくんだ、と思っている。

この場合は、とりあえず、自分の免疫細胞達に頑張ってもらうしかない。


「それは、お互い様というものですよ。」

少し照れたように言うお香代の言葉に、土岐は少しだけ口角を上げる。

それも、以前私が思った事と同じだ。


「ま、医者で養生しない者が多いから、医者の不養生という言葉があります。元来、医者というのはそういう者なのかもしれません。けれど、それでは患者が困ります。しっかり養生して、早く快復してくださいませ。」

お香代は土岐に言い聞かせるように言った。


「ああ、そうだね。それ、機会があったら今度私の友にも言っておくよ。」

そう言うと、土岐はゆっくりと目を閉じた。


土岐が全快するまで、まだ後数日かかる事になる。



薬は医師や薬剤師の指示に従って飲んでくださいね。薬の事は、薬局であれこれ質問をすれば色々と教えてもらえます。


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