浪士組の人間
「先生のお陰で、足を着いても強い痛みが来なくなりました。先生に言われた事は、なるべく毎日気を付けておるつもりです。」
奥沢は、申し訳なさそうに私の目を見て言った。
「それは良い心がけだね。どれ、ちょっと足を診せてくれる?」
私は言うと、奥沢は座っていた椅子と同じ高さの診察台に左足を置いた。そこには大分汚くなったさらしがきつく巻かれていた。
私はさらしを手早く取り除き、湿布を外すと足関節周囲の圧痛と関節の動きを確認した。まだ7日しか経っていないため、内出血で紫色になった皮膚も圧痛もあった。ただ、しっかりと圧迫をしていたお陰か、腫れはそれでも大した事はなかった。
土岐は素早く湿布を貼り、そのままさらしをきつく巻いて行った。
「奥沢さん、腫れは大分良いけれどまだ圧痛があるね。まぁ、まだ7日しか経っていないからこんなもんだけど、順調だと思うよ。もう半月は足に負荷をかけない様に気を付けてくださいね。」
私は目の前の青年の目をじっと見つめてそう言った。
「まだ、剣の稽古はできんのですか。」
奥沢は残念そうにそう呟いた。
「まだ、できないね。ある程度安心出来る所まで良くならないと、無理する事で更に治りが遅くなる。そうなると余計困るのはあなただ。」
伝えなければいけない事はしっかりと伝える、というのが私がずっとやってきた事だ。現代でもここでもそれは変わらない。
奥沢は意を決したように土岐をみた。そして、ゆっくりと話を始める。
「実は、私は。・・・その、壬生浪士組で伍長をしておるのです。」
え、みぶろうしぐみ??
何て?もう一度言ってみようか?
咄嗟に何かを言おうとした自分の口を、グッと理性で抑える。
それが息を飲んだように見えたのだろう、奥沢は少し悲しい顔をした。
「我らはこの京で壬生狼と言われて嫌われておりますからね。」
自嘲気味に言う奥沢に、私はなんとも複雑な心境になった。
私は「壬生浪士組伍長の奥沢栄助」を歴史上の人物として、知っている。
彼は壬生浪士組、後の新選組の中でもあまり名が知られていない隊士だ。それでも、池田屋事件において殉職する隊士として彼は知られている。もし歴史通りになれば、この目の前の青年は後数年したらこの世からいなくなるのだ。
だからここに来て以来、難しいとは思いながらも歴史に名を残す組織や人物には極力関わりたいとは思わなかった。
それなのに、とうとう新選組隊士を引き当ててしまった。彼の交友関係には嫌でも私が知識として知っている人物がいる。できれば、これ以上関わり合いたくない。
「いや、そういうんじゃないんだ。別に私はあなた達を嫌っている訳ではない。それに、奥沢さんが浪士組に居るのにはちゃんとした理由があるんだろう?それが何かは知らないけれど、それが私利私欲ではなく、何かしらの大義があれば良いんじゃないか?」
そう言った私に、奥沢は少しほっとした様に口元を緩めた。
「土岐先生はやはり、噂通りの人物の様だ。」
え、何。私って噂されてるの?
そう思ったら、どうやら怪訝な顔をしていたらしい。
奥沢が思わず苦笑をこぼす。
「花屋町通りの両先生の評判は、町中でも良いんですよ。人格者の嶋田先生と、正直者の土岐先生。それにお二人ともなかなかの美丈夫だ。特に女子の評判に上りやすい。」
「へぇ、私が正直者とは意外です。まぁ、京の人の様にお上手を言えないし、たまに心を鬼にして辛辣な事も言いますからね。」
私は普段に自らの言動を思い返しながら頷いた。
「そんな歯に衣着せぬ所が、逆に好感が持てると。」
奥沢は少し楽しそうに言った。
私はきっと怪訝な顔をして奥沢さんを見ていたんだろう。
咳払いした奥沢は姿勢を正し、前回と今回の治療費を差し出すと礼を述べて立ち上がった。
「それでは、土岐先生。これにて御免仕る。」
「ああ、奥沢さん。また半月後に見せてください。その間に悪くなる事があれば、迷わずに来るように。」
土岐がそう言って立ち上がると、奥沢は折り目正しく腰を折ってお辞儀をすると、診察室を後にした。
私はゆっくりと椅子に座り直すと、奥沢のカルテに状態を記入した。
ここから浪士組の屯所がある壬生村は約2km位だったはず。ここは島原にも近いし、多くの著名人が出入りする島原近くにある医院には、いつかは聞き覚えのある名前の人物が来るとは思っていた。
平成の世の中と違い、ここでは暗殺、喧嘩、病気などで簡単に人が死ぬ。
私がここへ来て約1年。厳しい現実を沢山みて来た。
自分が関わった人が死ぬのは、本当に耐え難い。子供や自分よりも年若い人達が死んで行く。この時代の医者には対処出来ない事が山の様に存在していた。
「今の平均年齢っていくつなんだろ?」
私は思わずそう呟いて頭を振り、少し暗くなった気持ちを振り払った。
今日は、まだ夕方まで医院を開けている。
これから少し忙しくなるだろう。