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花屋町通り医院  作者: Louis
28/45

The mindmaping

土岐はその後、診察室へは戻らず自室へと向かった。

部屋に入るなり、机の引き出しを開けるとボールペンとMemoと書かれたノートを取り出した。


土岐は何も書き込んでないページを開くと、ノートの真ん中に「池田屋事件」と書き、それを丸で囲んだ。

しばらくその文字をジッと眺める。


そしてその丸で囲んだものの近くに、佐幕派(会津藩、新選組)、倒幕派(長州藩etc)と書いてこれもまるで囲むと真ん中の池田屋事件と線で結んだ。

そのまま頭に浮かんだ事を枝を伸ばす様に描き足していく。


佐幕派→御用改め→戦闘→捕縛→この場での殉職者→奥沢栄助。

戦闘→負傷者→永倉、藤堂、沖田?、安藤、もう一人→この内1ヶ月後に死亡→安藤、もう一人。

御用改め→動ける隊士37名→体調不良→怪我など→人員不足。

新選組→御用改め→理由→京都の街をテロから守る為→実際にこの時は火事にならずにすんだ。

御用改め→殺人集団のイメージ?→新選組の知名度向上→犯罪抑止?

会津藩→京都守護職を任される→貧乏くじ→でも引き受けた真面目な松平容保さん。

会津藩→池田屋へ到着遅れる→新選組を余り信用してない?→結果的に新選組の知名度向上。


長州藩→武力行使→テロ計画→孝明天皇の拉致計画→京都に火を放つ計画→徳川から政権の奪取→本当の目的は開国。

孝明天皇の拉致計画→天皇を取り込んで政権の奪取。

本当の目的は開国→用意周到にイギリスに留学生を派遣→米英との交渉の準備?→自らが政治の中心になる。

池田屋事件の犠牲者→宮部さん以下6名と吉田年麻呂→政治の中心人物だった人たちが亡くなり、大政奉還が2年ほど遅れる→それでも結局数年後には大政奉還。


思い浮かんだ事をつらつらと枝葉が分かれる様に描いて行くマインドマップ。

自分の思考の整理や勉強にとても役にたつ。開発したトニー・ブザンは素晴らしい。


「うーん。」

土岐はマインドマップを見ながら思わずそう声に出した。

自分の感情を一切入れないで描いて行くと、大政奉還という結果が分かっているだけに新選組の働きが悲しく思えてくる。それでも、京都の街を実際に大火から救ったのだから、その功績は大きい。

かたや長州のやり方は、やはり無茶苦茶だ。倫理なんて全く考えられていない。一般人の事をまるで無視したテロ行為だと思う。いや、元々戦争を始める気なのか。大義の為には犠牲もやむなし、ってことだろうか。


「これ、どう見ても長州藩のやり方がまずいよなぁ・・・。新選組は頑張るけれど、こちらは時代の流れが見えてない。早いところ坂本龍馬が頑張ってくれたらこういう事件もおきないかもしれないけれど、それはちょっと後の話だし。回避はできないんだろうな。」


その時に自分はどうするか。

さっき高階さんといた時は、自分の感情がグッと押し寄せてきた。

でもこうやってみると、少し心のざわめきが落ち着いてきた気もする。

私は、私の立ち位置を変えることはしない。ここに来た時から、そう決めたはずだ。

だから、基本的に傍観するしかない。

するしかないんだけれど、やはり何もしないのは自分自身が許せない。

だから、何かできそうな事をやってみよう。

自分の考えが矛盾していることはよくわかってる。

聞いてる人がいたら、自己満足だと言われるかもしれない。だって、他にも沢山亡くなる人がいる。それ以降も、久坂玄瑞だって追い詰められて自害する。

それでも直近の奥沢さんと年麻呂問題。何とかならないものか。


回避出来そうな問題点を見つけるとすれば、新選組側は明確だ。体調不良者が多く、人員不足。これは私でも何とかなりそう。

倒幕派は、うーん。確実なのは、栄太郎・・・年麻呂と直接話しをしてみる事だ。彼の考えが聞きたい。当日に池田屋へ行くのを止められるなら、止めたい。


先ほどまでの、胃の奥にくる重い感覚は軽減された。

自分ができる範囲で、回避できるかはわからないけれど何となく腹は決まった。


誰か、池田屋事件が何時だったか教えて欲しい。

って思っても、誰も教えてくれる訳ないか。改めて年号を覚える大切さを思い知る。


「考えていたって頭に思い浮かばないし。さて、田辺さんの所へ行くか。」

土岐はグッと伸びをして大きく息を吐くと、机の上にあるノートとボールペンを机の引き出しにしまった。


そしてふと、机の上に置かれている鉄扇に目が留まる。

鉄扇の肩の部分には、細かな更紗模様が彫られている。いかにも女性らしいデザインだ。

土岐はその鉄扇を手に取ると、ゆっくりと広げてみた。


そう言えば、この鉄扇を貰って以来何故か広げる事はなかったな。

芹沢鴨、か・・・・。

あなたが私の立場なら、きっとこんな風にグズグズ考える事もなかったんだろうな。自分の感情に実直な人だった。


土岐はふと、鉄扇の内側に文字が書かれている事に気づいた。

『尽忠報国ノ士芹沢鴨拝』


「これ、『拝』ってなってる。そう言えば、どこかの女性にあげる予定だったと言ってたっけ。」

「拝」は「拝舞はいぶ」の略字だ。ごく近しい大事な人へあげるつもりだったんだろう。そんな大切であろう物を、関係のない私が貰ってしまった。

・・・着流しを着るときは、大切にこの鉄扇を使わせてもらおう。


土岐は鉄扇を机の上に置くと、静かに手を合わせて黙祷した。

そしてゆっくりと立ち上がると、田辺と高階がいる奥へと向かった。



奥の部屋の襖の前に立つと、土岐はコンコンとノックを2回した。中にいる二人には、これがない時は不用意に襖を開けないようにと伝えてある。ここの襖は木戸でできており、中からは鍵がかけられるようになっていた。


「土岐先生、開いてますよ。」

中から高階さんらしい声がする。

私は眉間にしわを寄せながらも、目の前の扉をガラリと開けた。


「高階さん、外にいるのが誰か確認してから開けるようにと言ってあるでしょ?しかも私じゃないかもしれないのに・・・・・・・って、何してるんだ?」

土岐にしては低い声が出た。


二人の男が上半身裸でベッドの上でバディストレッチしてる。いや、田辺さんの場合は包帯が巻かれてるけれど。

そんなことしたら、確実に傷に堪える!!


土岐の思い切り不機嫌そうな顔を見た田辺は、焦ったようにベッドの上に正座をした。まだまだ傷の痛みが酷いはずなのに、起き上がってなおかつ痛そうに動いている田辺に呆れる。隣では高階も正座をしていた。


「いや、これはその、高階が土岐先生から教えていただいたストレッチなるものを試してみようと言うので、痛みを押して付き合っておったのです。」


あんた達馬鹿か?!と叫びそうになるのを必死で堪える。

それだけ動ければ傷の具合は良いのかもしれない。

それでも土岐は思わず眉間に手を当てた。


「田辺さん、痛みを押してやらなくて結構。傷が開いたらどうするんだ。高階さん、田辺さんは先日傷を負ったばかりだ。ストレッチなんて無茶なことに付き合わせるんじゃない。やりたかったら松吉さんか私が付き合う。」


「いや、土岐先生の手を煩わせる訳には。」

高階が土岐から目線を逸らして言った。


土岐はあからさまにため息を吐くと高階に視線を送る。


「鍛錬ができないのが心配であれば、私が付き合う。とは言っても武術はできんから、筋トレだけどな。高階さんが根をあげるような鍛錬を教えてあげよう。」

ニヤリと笑った土岐の顔が怖い。


「いや、その、全くもって、申し訳ない。」

恐る恐るという具合に土岐を見た高階は、ベッドに手を着くと、軽く頭を下げた。


土岐はそんな高階と困った顔をしている田辺をニヤリとした顔で見ていたが、ふと先ほどマインドマップに書いた言葉を思い出し、真面目な顔になった。


「ところで、長州藩の二人にちょっと聞きたい事があるんだ。」

土岐はなんでもないように言った。


「なんだろう?」

高階が改まって座りなおす。


土岐は田辺にも視線を向けながら、壁にもたれて腕を組んだ。

「大義の為なら犠牲もやむなし、って、2人は思うか?」


「それはそうだろう。たとえこの身が死んだとしても、それが後の大事の役に立ったなら、それは本望だと思う。」

田辺はベッドの上で壁にもたれながらもそう言った。そこには嘘も何も含まれていないように感じる。


土岐は今度は高階を見た。

「高階さんは。」


「私もその様に思う。武士とはそうあるべきものだ。」

高階は姿勢を正したまま、そう言い切った。


「武士、ねぇ。じゃあ、自分たちじゃなくて、例えばその犠牲が市井の人たちだったらどうする?それも致し方なし、なのか?」

土岐の言葉に、二人の男は思わず口をつぐんだ。

その反応を見た土岐は、内心ちょっと安心した。少なくとも、本心のこの人たちは一般人を巻き込むのはあまり良い事ではないという認識はあるらしい。・・・それでも、大義があれば巻き込むのもやむおえないって思うんだろうか。


「私は武士ではないから、誰かの為に死ぬ覚悟はない。他人の大義の為に巻込まれるのもごめんだ。その大義の為に友人知人が巻き込まれるのも納得できない。そんな状況に陥った友人をなんとか助けようとする場合、あなた方はそれを愚行だと思うか?」


「愚行かもしれんな。愚行かもしれんが、それを先生がよしとするのなら、良いではないのか?それがそもそも土岐先生なのだから。」

高階がどこか納得した様に土岐に言った。


「先生は私の命の恩人だ。そんなあなたに何かあれば、私は全力であなたを助けよう。」

田辺が真面目な顔をして土岐に言った。


「それが藩を裏切ることになっても?」

意地悪をいうつもりはないけれど、藩意としてではなく、個人の意見が知りたい。


「武士に二言はない。」

辛そうな顔をしながらも、田辺はそう言った。


たまたまこの人が真面目なのか、だいたいの人がこうなのか。いや、きっと前者だろう。この人たちがたまたま真面目なんだ。全ての武士がこうだとは思えない。

下心のない純粋な思いは、何とも歯がゆい。


「田辺さんの気持ちはありがたいが、そう言う思いは大切な人の為に取っておいた方が良い。では、私はその田辺さんの気持ちに報いるためにもきっちりと治療をして無事に退院していただく。その間、新選組からはあなた方二人を守ろう。そのかわり、二人にはしっかりと協力してもらう。だから無茶はしないように。・・・さて、じゃあ消毒して薬を付けてさらしを取り替えようか。」


高階がベッドから椅子へ移動すると土岐はベッドへ片膝を着き、田辺のさらしを手早く解いていく。アルコールを付けた真綿を竹のピンセットで挟んで傷の上を拭っていく。


田辺はまだ傷口が沁みるのか、硬い表情をしていた。

一通り消毒が終われば、嶋田先生の調合した塗り薬を傷口全体に付けていき、長い長方形のさらしをかぶせてから体幹部をさらしで巻いて行った。


「よし。高階さん、だいたい交換の仕方はわかってるよね?今度は高階さんにやってもらう。」


土岐がそう言えば、高階は大きく頷いた。


「土岐先生、ありがとうございます。ところで、土岐先生は白檀の匂袋をお持ちか?毎回近づくと香ってくる。」

田辺が土岐を見上げるようにして聞いた。


「ああ、匂袋じゃないんだがな。女子のようだと有吉殿にも言われたが、白檀の香を焚くことがあるからな。その香りが着物に染み付いているんだろう。」


「なるほど・・・。」

田辺が納得したように言った。


「よし、では私は診察室へ戻るとするよ。田辺さんはゆっくり休んでいてくれ。高階さんは、鍛錬、っと、筋トレがしたいなら後で診察室に来てくれ。付き合おうじゃないか。」

土岐はいたずらな表情を浮かべると、じゃあなと言い残して部屋を出て行った。


「・・・なぁ、高階。」

「何だ。」

「俺は早く傷を治さねばな。」

「そうだな。」

「先生の事だ。俺たちを守ると言って、無茶をしかねん。」

「そうだな。」


気付けば二人して口元が緩む。

面と向かって誰かから「守る」と言われたのは初めてだ。

武士たるもの、守る側であるのが当然だと思っていた。

だが、守ると言われる側というのも、まんざら悪いものではないと生まれて初めて認識した高階と田辺だった。


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