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花屋町通り医院  作者: Louis
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暗殺

土岐は早速2通の文をしたためた。

一通は松本良順にアポを取るためのもの。もう一通は新選組副長の土方歳三に山崎丞の医術指導を正式に受け入れるというもの。


新選組へは直接出向いても良いとも思ったけれど、ここはあえて文で伝える事にした。

何かあってからでは困る。

このところの新選組は、長州藩の取り締まりに躍起になっている。


数日して、一人の新選組隊士が土方副長からだと言って文の返事を持ってきた。

土岐は診察室にその隊士を通すと、その男性を待たせたまま手紙の返事を書いた。山崎丞に来てもらう日時を決めるためだ。


「ああ、そう言えば芹沢局長は元気にされていますか?」

土岐は何気なくその隊士に聞いた。


途端に隊士の表情が曇る。

土岐は机に目線を向けていたが、隊士の返事がすぐに返って来ない事を訝しく思い、ふと隊士の方を見た。


「芹沢局長は、3日前に隊に潜伏していた長州の手の者達によって、殺されました。」

隊士は視線を少し落としたまま苦々しげにそう言った。


土岐はその言葉に思わず目を見開いた。

なんだかスッと背筋が寒くなるのを感じた。


「そう、でしたか。」

とうとう暗殺が、決行されたのか。

土岐は自作のカレンダーの日にちを確認した。

3日前と言うと、9月16日。そう言えば、あの夜は雨が降っていたっけ。


歴史を変えたいとか、そんな大層な事はこれっぽっちも考えてない。

きっと、本や教科書に載っているような事がこれからも起こって行くんだろう。


胸の辺りに重いモヤモヤした感覚を感じ、土岐は思わずグッと筆を握りしめた。

大きく空気を吸い込んでゆっくりと吐く。

土岐はそれ以上このことについて何も言えなかった。


視線を下の文に落とすとそのまま続きを書き上げ、最後に自らの名を記した。

土岐は文を折って封筒代わりの紙に包み、表に「土方歳三殿」と記した。


「お待たせして申し訳ない。では、これを土方さんに届けてください。」


「はい。」

隊士は短く言うと、軽く頭を下げた。


土岐は門まで隊士を見送ると、去って行く隊士の背中を見ながら大きなため息をついた。


ーーあの日会った芹沢さんは、もう居ない。

知っている人が死ぬという、何度味わっても苦い重苦しい感覚に、胸の辺りがモヤモヤする。

芹沢さんとは約2週間前に会って話をした。思いがけず、鉄扇を貰った。それ以外に、特に個人的な付き合いがあった訳ではない。それでも、何とも嫌な気分になる。・・・しかも、その暗殺の首謀者に手紙を書いてるわけだ、私は。

新選組は、今後もかなりの人数の隊士を粛清していく。

多くはあの土方さんが最終決定するわけだ。


土岐は、新選組の屯所で会った土方歳三の姿を思い浮かべていた。


社会において、女性の嫉妬や妬みは強いというけれど、邪魔者を蹴落とそうと実際に行動に移すのは少ない様に思う。いや、もしかしたら私が知らないだけかもしれないけれど。

それよりも男性の方が随分と攻撃的であり、文字通り邪魔者は抹殺してしまうわけだ、ここでは。

平成の世の中でそんな事になったら、きっと私立SP業の需要が相当ありそうだ。

まぁ実際、平成の世の中でも知らないだけで自殺や病気と称した暗殺はあったんだろう。

大きな組織が関わる故意の暗殺が、一般市民の耳に入る訳がない。

そう言った意味では、国を動かす政治に少しでも関わるというリスクは今も先の世も変わらないのかもしれない。ただ今回の暗殺には目撃者が居て、さらに後世では多くの人の知るところとなったのだから、暗殺として完全犯罪にはならなかったわけだ。


「邪魔者は蹴落とす、ってのは、まだ可愛いんだろうな。」

蹴落とされる方が殺されるよりマシだと思い、思わず小さく呟いた。


芹沢鴨自身、新選組に入る前は人を殺している。因果応報といえばそうなのかもしれない。

それでもやはり、釈然としない。

土岐はしばらく往来のある花屋町通りを眺めていたが、フイと踵を返すと医院の中へと入っていった。



「土岐先生、少しよろしいか?」

診察室に居た土岐に声がかけられた。


机の上のカルテから視線を上げると、そこには高階が立っていた。


「あれ、高階さん。どうしました?田辺さんに何かありました?」

土岐は不思議そうに高階に言った。高階が診察室に来るのは珍しい。


「いや、包帯を洗って干したのだが、あれは我らの部屋にしまって良かったのかと確認を。」


「ああ、大丈夫ですよ。あれは田辺さん専用だ。・・・それにしてもその格好、なかなかお似合いだ。」

土岐は高階の格好を見て、思わず口にした。


「そう言われても嬉しくはないが、こちらに迷惑はかけられん。」

高階は顔をしかめると、丸腰のウエストに手を置いた。


高階は花屋町通り医院に入院している田辺の身辺世話係として、町人の格好をして医院の中をうろついていた。基本あまり診察室に顔は出さないが、患者がいない時間帯には医院の中をある程度自由に動き回っていた。


「こちらとしても助かりますよ。松吉さんも、高階さんの働きには助かってると言ってます。」


そう言った土岐の言葉に、高階は少しホッとしたように微笑んだ。


「なにぶん厄介ごとを持ち込んだ我らゆえ、ご迷惑ばかりかけてはおられん。」


高階にそう言われた土岐は、ついでだとばかりに告げる。


「高階さん、もうちょっとしたら新選組の方が一人、ちょくちょく医院に出入りするようになります。基本的に私の自室を使いますが、もしかしたらこちら側に来ることがあるかもしれない。前もって高階さんには知らせますが、気をつけておいてください。」


土岐がそう言えば、高階の顔があからさまに硬くなった。

「なぜ、新選組のものが・・・?」


「詳しくは言えないが、強いていえば新選組の『御用改め対策』だ。その事をあなた方に理解しておいてほしい。」


土岐は先ほどの口調とは違い、少し硬い口調で高階にそう言いながらも真剣な視線を向けた。


「あい、解った。」

苦々しそうに言った高階だったが、彼自身、この医院の立場も理解していた。


「さて、ではもう少ししたら田辺さんの包帯を換えに行こうか。ああ、そう言えば、吉田年麻呂殿や有吉熊次郎殿、久坂玄瑞殿は元気にされてるか?」


何でもない事のように聞いた土岐だが、実はこの人達が医院に来た時から気になっていた。あの時別れて以来、あの3人からは全く文も届いていない。


高階は一瞬驚いたような表情をしたが、なぜかゆっくりと頷くと口元を緩めた。


「やはり、土岐先生が『みつひら』殿か?」


「みつひら・・・・?」

土岐は考えるような素振りをして、はたと思い出した。

そう言えば、栄太郎が名前を年麻呂に換えたと言った時、私も冗談で「じゃあ私は光衡で」と言った気がする。


「美濃の国の源氏、土岐光衡殿から名を貰ったのでしょう?」


「そう言えば言いましたね、そんな事。すっかり忘れてたな・・・。」

あの場にいたのは栄太郎と熊さんだけだ。高階さんはきっとその二人のどちらかからその話を聞いたんだろう。


「有吉殿とは会っておらぬが、他の二人は元気にしております。近々京にも来る事があるでしょう。」


という事は、有吉さんはわからないとして二人とも京都にはいないのかな?

「それは良かった。会う機会があれば、私が宜しく言っていたと伝えてください。」


「もちろん。」

高階はすっかり和やかな雰囲気になって土岐を見ていた。


長州の人達は、それこそ見つからない様に京都に出入りしている。

長州だけでなく、肥後や薩摩、土佐もそう。昔後輩がこの人達のことを「テロサー」と表現したことがあった。私がそれは何?と尋ねると、「テロサークルですよ。」と言われた。なるほど。言い得て妙だなと思った。ともあれそのテロサーの方々がとんでも計画を企ててあの新選組を有名にした池田屋事件に繋がるんだけれど。だいたいの季節は暑い夏だって覚えているけれど、あれって何年だったっけ??あー、もう。年号覚えるの苦手だったんだ。いっその事、栄太郎に聞いてみるか。それこそ、今度は口封じされるかもしれないけれど。

池田屋事件といえば、長州藩だけでなく、土佐藩の浪士も何人か殺されたはずだ。

その土佐と言えば、坂本龍馬だって京都にいるはずだ。天誅と称した暗殺が、武市瑞山の指示で岡田以蔵によって行われている。


って、いや、ちょっと待て。


それどころじゃない。池田屋事件では新選組の奥沢栄助と、そこに駆けつけようとした長州の栄太郎も殺される!!!


あーー、もう。

前々から分かってたから、この人達に関わり合わない様にしてたんじゃないか。

ただの歴史の一部として知っていた事が、これから現実の事件として経験すると思うと芹沢鴨が暗殺されたと聞いたときよりも更に心が重くなった。

私、どうしよう。歴史をどうこうしようと言う気はまったくない。でも、自分の知り合いが死ぬと分かっていて、何もしないでただ見ていられるだろうか?・・・無責任だけれど、しばらく江戸にでも逃げようか。ほんとうの私なんて、しょせん平成時代のアラサー女子だ。これから起こる現実を直視する自信がない。


「土岐先生?どうされた?」

高階が呆然とした顔をした土岐に怪訝そうに話しかけた。


「あの、高階さん。後で田辺さんの所に行くので、先に戻ってもらって良いだろうか?」


ちょっと、自分の知識を整理したい。いや、整理したって仕方ないけれど、とりあえず私が知ってる事を書き出してみよう。

書き出した所でどうにもならないだろうけれど、何かしないとこのモヤモヤした気持ちが晴れない。

後悔したって後の祭だけれど、だから私は幕末の歴史上知ってる人達に会うのを避けていたんだと改めて自覚した。


ほんとうに、どうしよう?

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