表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花屋町通り医院  作者: Louis
22/45

新選組の沖田

沖田、土岐と坊主頭の男は八木家の門から出ると、坊城通りの端で立ち止まった。


「土岐先生、平間から芹沢さんが土岐先生を借りると聞いた時は焦りましたよ。」

沖田が困った様な顔をして言った。


「だから、私が早く参ろうと言って」

「松原さんは黙っててください。」

沖田は松原と呼ばれた男の言葉をピシャリと遮る。


大体分かった。きっとこの坊主頭の松原さんが沖田さんを呼びに行って、早く行こうと言ったにもかかわらず、沖田さんは何かをやっていて一向に行こうとしなかった。そうこうしている内に私は芹沢さんに半強制的に連れて行かれ、平間さんが沖田さんに私の事を伝えに来て、きっと焦ってやってきた、と。


土岐は大きくため息をつくと、沖田をチラリとみた。


「別に、芹沢さんは確かに短気でアクが強い人間かもしれないが、悪い人物ではないですよ?少なくとも私の持った印象は。」


その土岐の言葉に、沖田と松原はポカンとした顔をした。

そんな顔をしていた沖田が、ふと嬉しそうな顔をする。


「そうですか。それなら良かった。」


土岐は興味深そうな顔で自分を見てくる沖田を不思議そうに見ていた。


「それでは、私はこれにて失礼します。」

松原と呼ばれた男が軽く頭を下げる。


「あ、本当に親切に、ありがとうございました。松原さん。」

土岐が松原に向かって頭を下げると、松原は嬉しそうに口角を上げた。


「なんの。それでは、また何か機会があればな。土岐先生。」

松原はそう言って沖田にも軽く会釈をすると、そのまま前川邸の裏門の中へと消えて行った。


「親切者は松原さんと山南さん、ってね。」

隣にいた沖田がふとそう口にした。


「そうなんだ。あの人があの松原さん・・・・。」

「どの松原さん?」

「あの松原さん、ですよ。」


土岐は沖田の質問を軽く冗談のように流すと、何となく切ない様な笑みを浮かべた。


新選組の松原忠司。

一度は新選組の組長になる男だ。何があったのかは定かではないが、記録上では「病死」とされた。それでも実は、何らかの問題で平隊士に降格処分を受け、切腹をしたが死に切れず、その傷が元で亡くなったという話もある。通常正式な切腹は介錯人が付くが、そうでなかったことから個人的に切腹を試みたのかもしれない。

何にしても、切ない。

今日会った人物のほとんどが、もう何年か経ったら居ない人達だ。


「ふーん・・・。」

沖田は土岐の返事に納得行ってない様だったが、土岐の様子をみているとそれ以上聞く事は出来ず、口をつぐんだ。


「ところで、沖田さん。沖田さんの姉上と私のどこが似ておるのですか?」

唐突に聞いてきた土岐に、沖田は思わず目を見開いた。


「土岐先生、また突然・・・。」

沖田が思わず赤面して土岐を見た。


「それほどまでに、私は女子の様にヤワに見えますか?・・・まぁ確かに、剣術や武術はからきしできないが。」


実際は女子だからね。沖田さんは、ついからかいたくなる。


「いえ、私はそう言う意味で文に書いたのではなく、」

沖田はそこで言葉を区切ると、思わず土岐をジトリと睨んだ。


土岐は我慢が出来ないと言う様に、思わず噴き出す。


「その様に、私をからかわないで頂きたい。」

少し拗ねた様に言った沖田だが、そんな土岐を見て表情が和らいだ。


新選組の筆頭組長である沖田は、いつしか周囲からは恐れられ、昔から付き合いのある試衛館仲間以外に気軽に友人付き合いが出来る人間は居なかった。

それもあり、壬生界隈の子供達と遊ぶ際は「宗次郎」と名乗り、自分が新選組の沖田である事を隠して遊んでいた。


この人は私が新選組の沖田総司であると知ったにも関わらず、その態度を全く変えない。

あの芹沢さんをもって悪い人物ではないとキッパリ言い切るこの男は、もしかしたらかなり変わった感覚の持ち主なのかもしれない。

だとしても。


「そう言う所も含めて、私の姉上と似ているんですよ。」


「ふーん。ま、弟ってのは何時の時代も兄や姉にそうやってからかわれるもんだ。」


「なぜです?」


「そんなの、可愛いからに決まってるだろ?」

さも当たり前だと言う土岐に、沖田は思わず呆れた様にため息をついた。

筆頭組長である自分を「可愛い」と言う人物は、今後早々現れる事はないだろう。そのように言われても、不思議と嫌な気はしなかった。


「てめぇ、こら総司!!またおめぇ、俺の私物を持ち出しただろうがっ!!何処へやった?!今日という今日は勘弁ならねぇ!!」


突然の怒声に沖田と土岐が同時にそちらを見れば、怒り心頭と言う形相の土方が前川邸の裏門の奥からこちらに向かってズンズンと歩いて来る所だった。


「げ。」

「げ。」


土岐と沖田の言葉が思わず被る。


「土岐先生、走りますよ!」

そう小さく言うと、沖田は土岐の手を取って北へと走りだし、手を引っ張られた土岐も自動的に走りだす事になった。


その後を、鬼の形相の土方が追いかける。


「てめぇら!!待ちやがれ!!」

相変わらず怒り全開の土方がその後を追う。

まるでリアルな鬼ごっこだ。


500mほど走ったところで、また土方が叫んだ。


「いい加減に止まらねぇか!!」


「嫌ですよ!!だって土方さん、止まったら私の事怒るじゃないですか!」


「当たり前ぇだろうがっ!!」


「って、私は関係ないでしょうが!!」

思わず土岐がそう叫んだ。


あまりにも沖田が速く走るので、珍しく土岐は息が苦しくなってきた。

手を引かれてるし、着物だし、草履だし、小太刀刺してるし。

そもそも、よく腰に2本刺しでここまで速く走れるものだと思う。


平成の時代では、「走る」とは特別な事ではない。第二次ランニングブームと言っても良い程、ランニング熱が高まって来ていた時代、巷ではランニングに関する雑誌が多く出版され、皇居の周囲はランニングステーションや休日には渋滞も起きる程のブームだった。

その平成の人達は、江戸時代の人たちはいわゆる「ナンバ走り」をしていた、と思っている。これは右手と右足、左手と左足が同時に出る動きで、いわゆるクロスパターンの左手右足、右手左足の現代の走り方とは全く異なるものだと思われていた。なぜ昔の人が「ナンバ走り」をしていたのか勘違いされたかと言うと、幕末期にフォトスタジオで撮られた写真に写っている人が、多分間違ってそういうポーズを取ったからだろう。

でも、実際には違う。

たとえ袴だったとしても、大腿の真ん中位の長さの着物を着る事で股関節周囲の動きに制限がでるし、何より侍は左腰に刀を2本刺している。現代の様に走ることは叶わず、小股で股関節というよりも骨盤のジャイロスコープ運動で走っていたと言っても良い。だから、両腕を思い切り振らなくてもある程度走る事は出来る。軽いジョグなら両手を腰の後ろで組んで走っても全く問題なく走れる。まぁ、この走り方で腕を振ることができれば、体幹の捻りが加わってさらに疲れにくく効率良く走ることが出来るのだが。


結局土方は沖田と土岐には追いつく事が出来ず、諦めて途中で立ち止まると大声を出して言った。


「いいか、おめぇら!!2人とも帰って来たら説教だ!!屯所に戻ったら2人で俺の部屋まで来い!!」


土方の怒声を背に聞きながら、土岐は沖田を見て言った。

「沖田さん、・・・私は、行きません、からね!だって、関係、・・・ないですから!」


土岐がそう言えば、沖田は徐々に走るスピードを緩めながらも後方を見ると、土方が諦めて屯所へ引き返すところだった。


「土岐先生、それは、ダメですよ。・・・だって、土方さん、二人で、って、言ったじゃ、ないですか。」

二人して息切れしながら走るのをやめ、互いに目を見つめ合った。


「だから、あれは、土方さんが私の事を、隊士だと間違えて、いるだけでしょ?」

土岐は懐から手ぬぐいを出すと、ジットリと汗をかいた顔を拭う。


さっき芹沢鴨に女子だとバレたところだ。1週間前に会った事に気付いているかは分からないけれど、この上土方にまで会ってバレる危険をおかしたくはない。


「大丈夫ですよ、土岐先生。さすがの土方さんも、あなたがいれば、そこまできっと、怒れない。」

途切れ途切れにそう言った沖田は、何かいたずらでもする様な笑顔をしていた。


こいつ、確信犯だ!

「沖田さん、・・・あんた良い度胸してるな。」

土岐は思い切り皮肉を込めてそう言った。


「度胸?度胸なら人並みにありますよ。伊達に一番組の組長をしている訳ではありません。」


こう言う時の弟って腹立つんだよな〜〜〜!

土岐は何とも懐かしくも腹立たしい感情を持って沖田の額の前に右手を上げると、思い切り中指で弾いた。


「っつ・・・!」

沖田が思わず両手で自分の額を押さえると、怒った様に土岐を睨んだ。


「ああ、ごめんごめん。思わず沖田さんが弟の様に見えてしまってな。身体が勝手に動いたのだ。」

たいがい、自分も大人気ないと思う。三十路にもなって何をやってんだろう。

でも、きっと大人は子供が思っている程、大人気ある大人は少ないんだと思う。


「土岐先生、ほんっとあなたは・・・・。もう良いです。早く行きましょう。」

沖田はそう言うと坊城通りを屯所がある南方向へ引き返した。


「え、なに。戻るの?」


「私たちが行く甘味処は屯所の直ぐそばにあるお店ですから。・・・団子ではなく、金つばを。」


土岐はそうい言われて、そういえば何やら八木家の裏側手にお店があったような、と思い出す。

私たち、もしかしなくてもこの暑い中を走り損?

土岐は微妙な表情を浮かべると、諦めた様に沖田の後に続いた。


幸福堂。何とも縁起が良さそうな名前だ。

なんでも最近できた店らしく、金つばはこの店のこだわりらしい。

イートインも出来るこの店は甘味好きな隊士達もたまに足を運ぶのだとか。


沖田と土岐は店のベンチに座ると、金つばを一つずつオーダーし、お茶をいただいた。


久しぶりに食べた金つばは、何とも素朴な小豆の味が美味しく、お茶に良く合った。一つだけ注文をつけるなら、これだけ暑いのに熱いお茶よりも冷たい麦茶や玄米茶が欲しい所だ。って、この時代の人は暑い日も熱いお茶を飲んでいたのかと驚いたものだ。メニュー表を作って、熱いホット/冷たいアイスという項目を作ったら、更にお客さんに受けるんじゃなかろうか。もちろん、氷は手に入らないけれど。


沖田さんと私はお店に居る間中、他愛もない話をした。

そして先ほどなぜ土方が怒っていたのかという原因となったモノを沖田が土岐へと差し出した。


「土岐先生にこれを見せようと思いまして。」

沖田がとても楽しそうにそう言った。


『文久三年亥ノ春 豊玉発句集 土方義豊』


閉じられた冊子の様な物の表紙には、線の細い楷書でそう記されていた。

土岐は差し出されたそれを無言で受け取る。


まさか。

まさかこれを自分の手に取って見る日が来るとは思わなかった。

それは紛れもなく、後世では知っている人は絶対に知っている、土方歳三が書いた句集だった。


「・・・・義豊。」


「ああ、それは土方さんのいみなですよ。」

沖田は何事でもない様に土岐にそう言ったが、土岐はあからさまに大きく息を吐いた。


それは知ってる。知ってるけれども、諱はそう簡単に人に教えて良いものではない事を土岐は知っていた。というか、この時代にいる人間なら誰だって知ってる。


「沖田さん。これ、諱が書かれているのなら、きっと土方さんにとってはとても大切なものなんだろう?だから先ほどはあそこまで怒っていたのか。」

土岐が非難めいた視線を送れば、沖田はバツが悪そうな顔をした。


そんな冊子をめくれば、左から2番目の句が丸で囲まれていた。

ーーーしれば迷い しなければ迷わぬ 恋の道ーーー

あ、この句は有名だ。見た事がある。

その左隣には、しれば迷い しらねば迷う 法の道、とある。


うーーん。隣同士に書かれているし、同じ様な感じだから一緒に作ったのだろうか。


真剣に見入っていた土岐に、沖田は興味深そうに話しかけた。

「何か気になる句でもありましたか?」


その沖田の言葉に土岐は句集から顔を上げると、諦めた様に沖田の目を見て小さな声で呟いた。


「沖田さん、さっきは私は関係ないと言ったが。不本意だが、私も一緒に土方さんに謝ろう。」


人があまり人目に触れさせない様に大切にしている物を、勧められたとは言え、完全に興味本意で見てしまった。そりゃあ、歴史好きなら、目の前にこれを出されれば絶対に手に取るとは思う。思うんだけど、先ほどの土方さんの様子を考えると、かなり後ろめたい気持ちになった。よほど大切な人でなければ、諱で書かれた物を人目に晒すという事は考えられない。


「それは心強いです!では、屯所に戻りましょうか。」


なぜか嬉しそうな沖田を見ると、自然とため息が出てくる。

でも、こうなってしまっては逃げるわけにもいかず、土岐は会いたくない土方に会う事を決意するのだった。




幸福堂さんは本当は創業明治元年なので、この頃はまだ壬生にお店はありません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ