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花屋町通り医院  作者: Louis
20/45

Walking down the street

情けない。

とっても、情けない。

そりゃ、大きくなってちゃんとした着物を着たのは高校生の時の従姉妹のお姉さんの結婚式、成人式、友人の結婚式のたった3回。後は夏祭りに浴衣を着るくらいだった。

幕末こっちに来てからというもの、男物の着物を着ていたから女物も問題なく着られるだろうとタカをくくっていた。

なのに思ったように全然着られないじゃないか。


皆さんに言いたい。平成時代の様に、幕末ここの女性達があんなにもきっちりと毎日着物を着ているのかと言えば、それは違う。彼女たちは毎日普段着で着物を着ている訳だけれど、平成時代の様にどこぞのパンフレットにでも出てくる様にきっちり着物を着ていた訳ではない。もちろん、きっちりと着ている武家の娘さんや奥方もいるけれど、大抵の街の女性はお端折りもくったり、襟の合わせもピシッとなっていない、いわゆる「普段着」な訳で。

当初はそういう格好をしている女性達に違和感を感じた事もあったけれど、どうやら平成時代の方がおかしかったのだという結論に至った。まぁ、着物姿で炊事洗濯をしている訳だ。着崩れない方がすごい。

当初、よれよれの着物、よれよれの袴は平成時代では見られないものだったから余計におかしいと思ったのかもしれない。

でも。とにかく私としては今回初めての事だし、平成スタンダードな感じで女物の着物を着たいと思った。

だって、折角でしょ。こっちに来て初めて着るんだ。

自然と気合が入ると言うもの。

正直、最初は女物の着物を着るということへの抵抗感はあった。

絶対周囲にバレる。花屋町通り医院の若先生が女装してる、と言われるのではと心配もした。

それでも、いざお香代さんに着物を手渡されると、何とも言えない高揚感を感じた。

例えて言うなら、子供の頃に七五三で着飾って写真を撮る前の、そんな気分だ。

着物一つにこれは大げさかもしれないけれど、お香代さんの好意に是非とも報いたい、きっちりと着物を着たい、という思いが湧いてきた。

そして一人で30分ほど奮闘した訳だけれど、結局冒頭へと戻るわけだ。

本当、情けない。

きっちりとお端折りを作るどころか、裾の長さを合わせるのでさえ上手くいかない。

着付け教室に通う生徒さんがいるのも、頷けるわ・・・。

土岐が悶々としていた時だった。


「若せんせ、着替え出来はりました?」

その声とともにお香代が土岐の部屋へと入ってきた。


「なんや悩む様な顔して、どないしはったんどす?」


「お香代さん、申し訳ないが・・・、一人でこの着物が着られんのだ・・・。」

恥を忍んでそう言えば、お香代はカラリと笑った。


「そないな事どすか。大丈夫、私が着付けて差し上げます!」


お香代さんの京言葉と武家言葉のミックス具合がなんとも言えない。こう、普段私と二人でいる時は武家言葉が自然と出る様になってきた。それだけ私に心を許してくれているのかと思えば、自然と笑顔になる。


お香代さんの用意してくれた着物は、落ち着いたライトブルーグリーンのシンプルな単衣の着物で、この暑い夏には涼しげに映えるだろう。帯はベージュで織りで模様が入り、帯締めは濃いグリーン、帯揚げも同色のグリーン系がチョイスされていた。


「せんせ、何時も男物の着物の時もアッサリしたお着物が好みですやろ?この単衣もアッサリしとるけど、普段は男やったら着られん色を選んだのです。」


私は一目でその着物が気に入り、お香代さんに礼を言った。本当に彼女は私の趣味をしっかりとわかってる!松吉さんが出来る男なら、お香代さんもやっぱり出来る女だ。土岐は普段からお香代をみていてそう思っていた。


「お香代さん、本当にありがとうございます。何から何まですいません。よろしくお願いします。」


「任せてください。」


お香代はそう言うと、着物を羽織った状態の土岐の前に腰紐を数本持って立った。


私はと言えば、手を上げて、下ろしてを数回繰り返し、ただそこに立っているだけだった。お香代さんはとても手際よく着付けをしていき、帯まで締めると帯揚げと帯締めをグッと結び、ふぅ、と一息ついた。


「せんせ、これで着物はええどす。後はその髪やけど。"かもじ"を使います。」


お香代は鏡の前に土岐を座らせると、これまた手際良くかもじを付けて髪を結い上げて行った。


かもじ。今回使用するのはエクステタイプのかもじ。土岐の髪は後ろで一括りに出来るまでに伸びたので、そこにエクステを付けて頭の後ろでお団子の様に結い上げる作戦だった。この時代の女性はあまりその様な髪結いをしていないけれど、どう頑張っても結えない長さの私の髪をアップにするにはエクステをつけてアップにする位だった。その真ん中に、シルバーの涼しげなかんざしを一本刺した。


「まぁ、こんなもんどすな。少し白粉をつけて、軽く紅でもさしましょか。」


肩に手拭いを置き、特にベースメークもすることなく、表面に粉を刷毛で付けると朱色の紅を人差し指に取り、土岐の唇へと軽く乗せた。


「・・・・・・。」

「これなら、若せんせだとバレる心配はないでしょう?」

お香代がとても自信有り気にそう言った。


うわー、化けたもんだ。馬子にも衣装。

自分自身の感想にこれはどうかとも思うけれど、思わずそんな言葉が浮かんだ。

平成の時代でもナチュラルメイクが常だった土岐は、紅を付けただけでも雰囲気が違って見えた。


後は、何となくビューラーと眉毛も整えたい。

土岐は旅行鞄から化粧ポーチを取り出して睫毛にビューラーを当て、眉尻にペンシルを入れた。


「何や不思議な化粧道具ですね。」

お香代は物珍しそうに覗き込んだ。


「そうだね。先の世の化粧道具だよ。」


「土岐せんせ、それだけで先ほどと何や雰囲気が違いますね。」

お香代が感心した様に言うと、土岐はニヤリと笑った。


「これなら私だとわからないだろうね。お香代さんのお陰で、私も女子の様に見えるよ。」


「ように、て!せんせは女子やないですか!それにしても、その喋り方・・・。」

お香代がそう言えば、土岐は困った顔をした。


「それが、どうもこれが板についてしまってね。これじゃなかったら、あちらに居た時の喋り方しか出来ないんだ。」


「京言葉は?」

「直ぐボロが出そう。」

「では、臨機応変で参りましょう。」

キッパリと言い切ったお香代に申し訳なさを感じながらも、土岐はゆっくりと頷いた。



「なんどす、2人してそないなボケ面は?」

お香代が嶋田と松吉に向かってそう言った。


「・いや、お香代さん。ボケ面って。」

土岐が苦笑する。


嶋田と松吉は、素直に土岐の雰囲気と見た目の変わり様に驚いた。


「これは絶対にあなただとはわからないよ、土岐さん。今日は楽しんでおいで。」

嶋田がそう言えば、松吉も大きく頷いた。


「あの土岐先生が、どこからどう見ても女子の様です。」

そう言った松吉の肩をお香代が叩く。


「はい、ありがとうございます。では、行こうか、お香代さん。」

土岐が苦笑しながらお香代を見る。


「ほな、松吉さん。少し離れて、よろしゅうお願いします。」

お香代が松吉を見てそう言えば、松吉はばつが悪そうにしながら頷いた。


「では、行って参ります。」

3人は嶋田へと挨拶をすると、医院を後にした。



毎日ちょくちょくと出掛けている街だ。幕末(こっち)に来た時は何もかもが物珍しく、全てが興味深かったけれど、今となっては日常風景だ。

女子の格好をしているからと言って、何かが変わる事は無いと思った。

それでも土岐は、ふとある事に気が付いた。普段女子から感じる視線がない。代わりに、男子からの視線を感じる。かと言って、睨んで来る様な事は無いので、こちらも視線を投げて来た方を見ると、にっこりする者もいれば、慌てて視線を逸らす者もいる。


土岐はふと、隣に居るお香代を見た。

女性から見ても可愛いらしくてしっかり者。彼女と往診へ行く時は、男子からもチラチラと見られる事があった。


ーーーなるほど。男姿(おとこすがた)の私ではなく、女子の私と一緒だからお香代さんを無遠慮に見ているのか。なら男姿の私も少しは役に立っている訳だ。


と、土岐はどうも頓珍漢なことを考えていた。


そんな二人の5m程後ろを、腰に二本差しの松吉はゆっくりと付いていった。

2人の道中は特に問題もなく、櫛を見たりかんざしをみたり呉服屋を覗いたりと、普段土岐ができないような女子らしい時間を過ごしていた。

土岐は思っていたよりも、随分と楽しい時間をお香代と過ごした。


もうそろそろ医院に戻ろうと、河原町通りを下っていた時だった。

乾物屋を営む商店の店先で男たちが店の者のもめている様で、その周囲を町の人たちが遠巻きに様子を伺っていた。


お香代や土岐も思わず足を止める。


「なんや、壬生狼みぶろの局長はんが、押し借りまがいをしてはるんやて。」

「ほんま、いややわぁ。京の治安が悪ぅなったんも、あん人達がおるからやないやろか?」


そんな言葉が聞こえてきて、本当に新選組は京の人たちから人気がなかったのかと改めて思う。あの人たちは京の治安維持の為に居るんだろうに。まぁ、押し借りまがいの事をしていれば、評判が悪くなるのもいたしかたないんだろう。


そう思って店を離れようとすると、ちょうど中から数人の男達が出てきた。

土岐とお香代の二人の視線が、一番最初に出てきた男へと自然に向いた。

周囲にいた人たちが、男を通す様に道を開ける。


色白で細面だが、頬骨が高い気が強そうな顔。スラリとした高い身長はこの時代では珍しい。背が高いせいか、少し高圧的に見えるのはこの人の特徴なんだろう。

その人物が手に持つ鉄扇は、この人のトレードマークと言っても良い。新選組、押し借り、鉄扇というキーワードで、この男が誰なのか、たぶん分かってしまった。

だれ?でっぷり太っていて目が小さかったと言った人は?少なくとも、目の前まで迫ってきた人物はでっぷりとはしていない。


「なんだ、女。何か用でもあるのか?」

思ったよりも低い声がして、思わず男をガン見していた土岐はハタと我に返った。


隣を見ると、お香代が青い顔をしてこちらを見ている。お香代の隣にはいつの間に来たのか、松吉が立っていた。その手は腹の前に置かれており、ともすれば何時でも刀を抜ける位置なんだろう。


「いや、特に用はない。」

言って土岐はしまったと思った。言葉、つい何時も通りに喋ってしまった。


その土岐の応えを受けて、男が片眉を上げる。男は不敵に口角を上げると、ゆっくりと土岐へと手を伸ばした。


松吉が土岐の前に出ようとした刹那、別の男が男の手を掴むと土岐と男の間に割って入った。


「おい、いい加減にしねぇか、芹沢さん!!」

少し怒りを含んだ声に、芹沢と呼ばれた男は「ふん」と鼻を鳴らした。


「これはこれは、副長どの自らお出ましとは、ご苦労なことだな。」

明らかにバカにしたような言い方だ。


副長と呼ばれた男は一瞬身体を強張らせた様に感じたが、特に怒鳴ることもなく、静かに言った。


「こんな事をしてたんじゃ、示しが付かねぇだろうが。こんなところで油売ってねぇで、早く屯所に戻ってくれ。」

「ならばお主が金策に回ってくれれば良かろう。」


往来でのこの会話を不味いと思ったのだろう、副長と呼ばれた男はそれ以上口答えをする事をやめた。


ーーー金策。そう言えば、新選組は常に金銭問題を抱えていたと聞く。特に、浪士組だった当初は芹沢鴨の押し借りまがいの金策のお陰でなんとかやり繰りしていたのも事実だ。今回のこれもその一部なんだろう。

やっぱり、あの男は芹沢鴨。


芹沢は興味深そうな視線を男越しに土岐に向けた。

「ではな、女。」


その後、一緒に連れ立っていた男達を数人引き連れると、「副長」と呼んだ男を残して河原町通りを北へと上がって行った。


「あの、せんせ」


「大丈夫だったか?」

お香代が土岐に話しかけると同時に、副長と呼ばれた男が土岐へと振り返った。


そして初めてお互い目が合う。


間違いない。この人は副長の土方歳三だ。角屋で会った時は暗くてはっきりと顔立ちが分からなかったけれど。この人のざんぎり頭にした写真は余りにも有名だ。・・・しかし、本当に色々と苦労人だよな。


返事のない土岐を不思議に思ったのか、もう一度声がかけられた。


「おい?」

「・・・・・・・はい、問題ありません。」

土方に同情を感じて別の事を考えていた土岐の、思わず出た一言だった。

できればこれ以上の会話をしたくない。きっとボロがでる。


「そうか。すまぬ事をしたな。」

そう言うと、副長と呼ばれた男、土方が土岐とお香代に向かって頭を下げた。

角屋で会ったのが一番最初だけれど、シラフで初めてちゃんと対面して会話をしたのは初めてだ。鬼の副長と言われているけれど、こうやって見るとなかなかに節度をわきまえて見える。

それに現代でも幕末のイケメンの筆頭に名前が上がる人物。


「ーーーところであんた、どこぞで会わなかったか?」

顔を上げた土方が土岐に視線を向けた。


「いややわ、副長はん。この方はつい先日京に来はったばかりどす。京見物して、これから帰るところや。」

隣にいたお香代がすかさずフォローを入れる。


「どちらかの武家のお方か?」

土方はお香代の隣にいる松吉とお香代、土岐を見て、武家の娘とでも判断したんだろう。


「まぁ、そんなところどす。」

相変わらず土岐は口を開かず、お香代が応える。


「申し訳ない。我らはこれから急ぐ故、これにて失礼する。」

今まで黙って成り行きを見ていた松吉が初めて口を開いた。

その松吉の一言で、お香代は土岐に視線を向けて頷き、土岐もそれに応えて頷いた。


「では、失礼いたします。」

土岐はそう言うと、土方に軽く頭を下げた。


「あ、おい・・・!」

思わず呼び止めようとした土方だったが、3人はそのまま振り返る事もなく、河原町通りを南へと下っていった。


ーーーいや、思い出せねぇが、なぜか見覚えがある。それとも他人の空似か?

・・・しかし、芹沢さんには本当に参ったもんだ。どうにかして策を練らねば。

土方は大きくため息をつくと、押し借りまがいをした乾物屋へと謝罪をすべく、入っていった。


もちろん、芹沢が借りた金を返す当ては無い。




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