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花屋町通り医院  作者: Louis
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意外なコネ

「は?嶋田先生、今、何と?」


「だからな、土岐さん。松本良順という人物が、あなたに会いたいと言っておる。」


え?松本良順って・・・幕府の御典医である人が、なんで私の様な町医者に会いたいの?

そもそも、松本良順を呼び捨ての嶋田先生って・・・。


「・・・・・。」


「あやつと私は昔から懇意にしておってな。土岐さんの事を文に書いたら是非会ってみたい、とな。」


私の事を、文に書いた?


「その様な顔をするでない。別に特別な事は書いとらんよ。土岐さんが来てからの、この医院の事を少しな。」


諭すように話をする嶋田先生を、私はついつい物申したい目付きで見てしまった。


少し前、もうそろそろ幕末の史跡となる場所を見て回っても良いんじゃない?と調子に乗って丹虎へ行ってからの流れに大いに反省した。調子に乗ってはいけない、と。


「ですが嶋田先生、私のような町医者に会ったところで、幕府の御典医ともあろう方が何を・・・。」


「ほう、やはり土岐さんは松本良順を知っておるのだな。」

嶋田はニヤリと含みのある顔をした。


「直接はもちろん知りません。が、知識程度には松本良順という医師を知っています。」

しまったと思ったけれど、もう遅い。


「例えば?」

何を知っているのか、嶋田先生は聞きたいのだろう。


「そんなに多くは知りませんよ。松本良順先生は確か江戸の方の生まれで、お父上は千葉・・・今はなんと言うか知りませんが、佐倉という所で順天堂という医院をされている佐藤泰然先生。松本先生は佐藤家から松本家へ養子に出されました。その後、江戸の医学所で先生をされており、幕府の御典医をしておられる、と。・・・見た感じは、こう、恰幅の良いかただったと思いますよ、今は知りませんけれど。」


土岐は腕で松本の身体を体現してみせた。

以前、明治期に入ってからの写真を見たことがあった。あの幕末期にあって、何を食べたらあんなに恰幅がよくなるんだろう?と思ったことがあった。


「なるほど。先の世では会った事もない人物の姿を見ることができるのか。」


「まぁ、そうですね。」

土岐は曖昧に返事をした。


「実はな土岐さん。今度、松本先生が上洛される。その折には島原の角屋で一席儲けようではないか。土岐さんの目で、松本良順という人物がどんな人物なのか、確かめてみるといい。」


嶋田先生、それもう決定事項じゃないですか、と内心諦めながらも目の前で楽しそうな表情をしている嶋田先生をみると、何ともにくめない気分になった。


個人的には、私は松本良順にはとても興味を持っていた。

実は常々誰かに外科的処置の方法を教えて欲しいと思っていた。

それが松本良順なら可能だろう、と。

ここの嶋田先生は、基本的には漢方医だ。内科的な事であれば、漢方薬で対応できる。また、整形外科的な事にもそれなりに対応して来られた。ただ、いわゆる「外科」は嶋田先生も私も専門外だった。その主たるものが刀傷だ。

平成の世の中ではお縄になる行為ではあるけれど、どうにもこうにも傷が塞がらず、縫合をした事は何回かあった。それでも、それが正しい縫合では決してない。ここ最近では刃傷沙汰が多く発生しており、刀傷に対する対応もきっともっと増えるはずだ。

以前、友人が研修医の頃にブロックの肉を買ってきてダイニングテーブルで縫合の練習をしていた事があった。あのときは良く器用に縫うもんだと感心して見ていたけれど、こんなことなら縫い方を教えて貰えば良かった。平成の時代に私が縫う事はなかったにしろ、その方法だけでも。まぁ、今更後の祭りだけれど。


「そう、ですね。それでは松本先生にお会いできるのを楽しみにしておきます。」


土岐はそう言ってゆっくりと立ち上がると、嶋田へと振り返った。


「それでは、嶋田先生。診察へ戻ります。」


その土岐の言葉に嶋田はゆっくりと頷いた。

「では、松本先生の件はまた後日日取りも含めて伝えます。」


嶋田は土岐へとそう言うと、そのまま文机へと向かい、何やら文をしたため始めた。




土岐が診察室へ向かうと、部屋には既に男性が座っていた。


「お待たせしました。」

土岐は入室ど同時に声をかけた。


「これは土岐先生、ご無沙汰しております。」

そう挨拶した青年は、とても嬉しそういな表情をしていた。

足の調子はもう良いはずだ。


「ご無沙汰してます、奥沢さん。・・・足の状態はどう?もう痛みは感じない?」


「はい、おかげで痛みは全くござらん。」


「それは良かった。じゃあ、ちょっと足を動かすよ。・・・どう?」

「大丈夫です。」

「よし、じゃあ今度は自分で動かしてみて。・・・痛みは?」

「ありませぬ。」


土岐は一通り奥沢の足関節の触診をして、顔を上げた。


「うん、奥沢さん、もう大丈夫だね。剣の稽古は普通にしてもらって構わないよ。もう医院には来なくても大丈夫。」


土岐がそう言えば、奥沢は椅子から降りて床に正座すると深々と頭を下げた。


「土岐先生、この度は誠にかたじけのうございました。」


「あーー、うん。奥沢さん、これ、私の仕事だから。頭を上げて下さい。」

土岐が困ったように言えば、奥沢は嬉しそうに顔を上げるとそのまま立ち上がった。


「もし、壬生の方に来る用事がある際は、ぜひ屯所にも顔を出してくだされ。」


「そうだね。そっちに行く事があったら覗いてみるよ。」

土岐は奥沢の言葉に軽く答えた。


「それでは、此度はこれにて失礼つかまつる。」

「はい。お大事にしてね。」

土岐は立ち上がると医院の玄関まで奥沢を送り、軽く手を振った。


そんな土岐を見た奥沢は、軽くお辞儀をすると医院の門を出て行った。


土岐は奥沢が消えた門の外をジッとみつめていた。

奥沢さん、どうかどうか、無事でいてください。

土岐はそう祈ると、また診察室へと戻って行った。






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